ぬいぐるみとの約束

misa

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村との出会い 前半

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村の入り口をくぐる少し手前、男性が歩きながらふと口を開いた。
「そういえば、まだ名前を聞いてなかったな。君、なんていうんだい?」

わたしは少し戸惑いながらも答える。
「……シエル」

「シエルか。いい名前だな」
ライナスは柔らかく微笑み、自分の胸を軽く叩いた。
「俺はライナス。ここいらで狩りをしてるんだ。よろしくな」

ノアがにこっと笑って口を挟む。
「ほら、これで怖くないでしょ?」

小さく頷き、ほんの少し緊張が和らいだ。

村の入り口をくぐると、通りに面した家々から人々の視線が集まった。
洗濯物を干していた女性が手を止めて声をかける。
「おや、ライナス。かわいい子を連れてるけど、どうしたんだい?」

「森の道で出会ってな。村に来るっていうから一緒に来たんだ」
 
ライナスが軽く手を挙げると、別の老人が腰を伸ばして笑う。
「よく来てくださった。ゆっくりしていきなさい」

人々の好奇心と温かな空気に、わたしはますます落ち着かなくなり、またそっとノアの袖を握った。

やがて三人は村の奥にある、石造りの小さな家の前にたどり着いた。
木の扉が開き、中からはちみつ色の髪の女性が顔をのぞかせる。
「おかえり、ライナス……って、その子は?」

「道で出会ってな。しばらく休ませてやりたいんだ」
ライナスがそう言うと、女性はふわっと笑顔を広げた。
「私はエリー。ライナスの妻よ。よろしくね!」

そう言うやいなや、エリーはシエルをひょいと抱き寄せた。
予想もしなかった温かさと柔らかい香りに、シエルは目を丸くして固まる。
「ふふっ、かわいいわねぇ」
エリーの笑い声が耳元で響き、その音に少しだけ緊張がほどけていった。

「さ、入って入って!」
エリーは笑顔のままわたしの手をとり、家の中へと招き入れた。

エリーに手を引かれるまま家の中へ入ると、
白塗りの壁と、天井の梁のあいだからこぼれる木の香りがふわりと包み込んだ。

「こっちよ」
エリーは軽やかに歩き、陽の光がたっぷりと差し込む部屋へと案内した。
窓辺には鉢植えの花が並び、木の食卓には素朴な陶器の皿とカップが整えられている。

わたしはそっと椅子に腰を下ろす。
外の道の緊張が、あたたかな空気に溶けていくのを感じた。

エリーは台所に立つと、壁際の石造りの窯から焼きたてのパンを取り出し、
木の皿にふんわりと載せた。
香ばしい匂いが部屋いっぱいに広がり、思わずお腹が小さく鳴った。

「今日は狩りの肉があるの。スープにしたから、いっぱい食べてね」
エリーは鍋から湯気の立つスープをよそい、わたしの前にそっと置いた。
透明なスープの中には、やわらかそうな肉と色とりどりの野菜が浮かんでいる。

ノアは隣の席で、ちょこんと前足をテーブルにのせて覗き込む。
エリーが笑ってカップに温かいミルクを注ぐと、ノアの鼻先がくすぐったそうにぴくぴくと動いた。

わたしはスプーンを握りしめ、そっと口に運んだ。
野菜の甘みと肉の旨みが舌に広がり、あたたかさが喉を通って体の奥までしみわたっていく。

「……おいしい」
思わずもれた小さな声に、エリーがにっこり笑う。
「よかった。おかわりもあるから、遠慮しないでね」

向かいの席でライナスがパンをちぎり、スープに浸して頬張る。
「エリーのスープは、この村で一番うまいんだ」
エリーは嬉しそうに目を細め、その笑顔がランプの光に照らされてやわらかく揺れた。

その温もりに包まれるような気持ちになり、
冷えていた心までゆっくりと解けていくのを感じた。

スープを最後まで飲み干し、木のスプーンをそっと皿に置いた。
「……ごちそうさまでした」
その声にエリーが嬉しそうに目を細め、空になった皿を下げながら、にこっと親しげに笑いかけた。
「せっかくだし、このあと少し村を見ていく? きっと面白いものがたくさんあるわ」

ライナスもパンをかじりながら頷いた。
「市場は今日はもう終いだが、鍛冶屋や井戸の広場ならまだ人がいる。案内してやるよ」

少し迷ったあと、そっとノアを見る。
ノアは金色の瞳をきらりと輝かせ、尻尾を小さく揺らした。

その反応に背中を押されるように、小さく頷いた。
こうして、村での小さな散歩が始まった。
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