ぬいぐるみとの約束

misa

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村の日々 前半

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翌日の朝。
窓の外からは、もう子どもたちのにぎやかな声が響いていた。
「にげろー!」「つかまえるぞ!」
きらきらとした声が遠くから流れ込んでくるのに、わたしはまだ布団の中で目を閉じていた。

昨日は子どもたちと走り回っただけで、体はもう限界だったらしい。
これまでほとんど動くことのなかったせいで、その疲れはまだ深く残っている。
まぶたは重く、布団の中から抜け出そうとしても、体が鉛のように沈んで動かない。

まだ寝ぼけて動けずにいると、ノアがくすっと笑いながら声をかけてきた。
「おはよう」
その声に、重たかった意識が少しずつ霧が晴れていくように戻ってきた。
わたしは布団の中から、かすかに返事をした。
「……ん、おはよう」

ノアは窓の外をちらりと見て、耳をぴくりと動かす。
「もうすっかり朝だぁ。村のやつらは早起きだな」
のんびりとした声とは裏腹に、尻尾は楽しそうにゆったり揺れていた。
 
わたしはまだ体を起こせずに、布団の上で小さく息をついた。
「……みんな元気すぎる」
「昨日あれだけ走ったんだから仕方ないさ。むしろ、よく頑張ったほうだろ」
ノアはわざと軽くからかうように笑い、金色の瞳を細めた。

わたしはむっとしながらも、少し照れくさくなって布団に顔を埋める。
「……ノアだって笑ってたでしょ」

「あはは、もちろん。シエルが楽しそうだったからね」
ノアは尻尾を揺らして、わざとらしく胸を張った。

そのやりとりに、少しだけ眠気がほどけていく。
ちょうどそのとき、扉の方からエリーの明るい声が響いた。

「シエル、ノア、起きてるかしら?」
扉の向こうから、弾むようなエリーの声が響いた。

わたしは慌てて布団から上体を起こし、ノアと目を合わせる。
「うん……いま起きたところ」
少し眠気の残る声で返事をすると、エリーが軽やかに笑った。

「ふふ、ちょうどよかったわ。朝ごはんの用意ができてるの。焼きたてのパンもあるから、温かいうちに食べましょ」

扉の向こうから漂う香ばしい匂いに、わたしのお腹がぐうっと鳴る。
ノアがすかさず尻尾を揺らし、くすっと笑った。
「ほら、いい匂いするだろ。さぁ、行こうか」

その声に背中を押されるように、わたしはゆっくりと布団から抜け出し、ノアと一緒に食卓へ向かった。

木の食卓には、窯で焼かれたばかりのパンと、りんごが並べられている。
香ばしい匂いが鼻をくすぐり、思わずお腹が鳴った。

「おはよう、シエル。よく眠れたか?」
すでに席についていたライナスが、パンを手に取りながら穏やかに声をかける。
その落ち着いた声に、少しほっとする。
 
「たくさん食べてね」
エリーがにこっと微笑み、かごいっぱいの赤い果物を差し出してくれる。

わたしは首をかしげて小さくつぶやいた。
「……りんご?」

エリーは少し目を丸くして、それから柔らかく笑った。
「ふふ、りんご? 聞いたことないわね。これは“りこ”よ。甘くてちょっと酸っぱくて、朝にぴったりなの」

ノアはパンをちぎりながら、こちらを見て尻尾を揺らした。
「昨日走った分、いっぱい食べないとな」

りこにかじりついた瞬間、口いっぱいに広がる甘酸っぱさと爽やかな香りに、自然と笑みがこぼれていた。

「……おいしい」
思わずもれた声に、エリーがにこっと微笑む。

ノアがその様子を見て、くすっと笑う。
「気に入ったみたいだな」

食事を終えると、エリーが立ち上がって手を合わせた。
「さあ、片付けちゃいましょ」
彼女が食器をまとめはじめるのを見て、わたしも慌てて椅子から立ち上がった。
「わたしも手伝う!」

けれど慣れない手つきで皿を持ち上げた途端、思わずぐらりと傾きそうになる。
「わっ……!」
すぐそばでノアが皿を支えてくれた。
「っと……危ない危ない。大丈夫、一緒に運ぼう」

優しく支えてくれるノアに、わたしは小さく頷いた。
エリーがその様子を見て、ふわりと笑った。
「ありがとう、シエル。助かるわ」
その言葉に、胸の奥がほんのりあたたかくなった。

台所に入ると、エリーが桶に水を張り、木の器や皿を一枚ずつすすぎ始めた。
わたしも隣に立ち、ぎこちなく布で皿を拭く。水の冷たさに指先がびくっと震えたけれど、それを見たエリーは「上手よ」と微笑んでくれる。

ノアはその様子を横で眺めながら、尻尾をゆったり揺らした。
「ふふ、家事をするシエルも悪くないな」
 るんるんした声に、わたしは思わず顔を赤らめて布で皿を強くこすってしまう。

水の音と笑い声が重なり、台所はなんだかとても心地よい空気で満たされていった。
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