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賑わいの中で 後半
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分厚い扉を押し開けると、外の喧騒とはまた違ったざわめきが一気に押し寄せてきた。
中は広いホールになっていて、壁際には依頼の紙がぎっしりと貼られている。
革鎧をまとった戦士や杖を携えた魔術師たちが談笑し、酒場のように賑やかな声と木の机を叩く音が混ざり合っていた。
思わず足が止まりそうになる。けれど、ノアが前に出て振り返り、安心させるように頷いた。
「大丈夫だよ。受付はあそこだ」
指さす先には、木製のカウンターがあり、整った制服を着た女性が冒険者たちと次々に言葉を交わしていた。
その様子を見ているだけで、胸の奥がどくんと高鳴る。
わたしは鞄の中の紹介状を思い出し、無意識に手で確かめる。
(……これが、最初の一歩なんだ)
ノアと並んで歩き出し、受付のカウンターへと向かった。
女性職員は視線を上げ、わたしたちに向けてやわらかな笑みを浮かべた。
「いらっしゃいませ。ご用件は?」
わたしは少し緊張して鞄の中を探り、ライナスから預かった羊皮紙を取り出した。両手で差し出すと、職員は丁寧に受け取り、目を通す。
「……なるほど。ライナスさんからの紹介ね」
彼女の表情が驚きから柔らかさへと変わり、視線がわたしに戻ってくる。
「冒険者登録をご希望なのね?」
わたしは小さくうなずいた。
「……はい」
ノアが隣で胸を張り、尻尾を誇らしげに揺らす。
「シエルは僕の相棒なんだ。きっと立派な冒険者になる」
職員はくすっと笑みをこぼし、机の奥から数枚の書類を取り出した。
「名前と年齢、それから得意なことを書いてちょうだい」
羊皮紙に並ぶ文字を前に、わたしは思わず手を止める。
「……得意なこと?」
ノアがくすっと笑い、尻尾を揺らす。
「動物と仲良くすること、でいいんじゃないか?」
職員は目を丸くしてから、楽しそうに微笑んだ。
「それは珍しいわね。きっと役に立つわよ」
そう言って、彼女は机の端に置かれた透明な水晶玉を指さした。
「それとね、登録のために魔法の適性を調べる必要があるの。手をかざしてみて」
促されるまま両手をそっと重ねると、水晶の奥で淡い光が揺れはじめた。
やがて青い波紋が広がり、次に風のような緑の渦、最後に柔らかな金色のきらめきが浮かび上がる。
「……っ!」
思わず息をのむわたしに、職員が目を丸くしてから感心したように頷いた。
「水と風、それから光……三つの属性を示すなんて、すごいわね」
ノアが誇らしげに胸を張り、尻尾を揺らした。
「ほらな。やっぱりシエルは特別だ」
職員は検査の結果を書類に記し、机の引き出しから小さな板状のカードを取り出した。
「これが、あなたの冒険者カードよ。名前と登録番号が刻まれていて、冒険者である証になるの。失くしちゃうと、再発行に銀貨1枚かかるから、なくさないようにね」
「……銀貨1枚!?」
エリーに教えてもらった金銭感覚が頭に浮かぶ。銀貨1枚あれば、宿に泊まって温かい食事を食べられるはずだ。
(そんなにかかるなんて……絶対になくせない……!)
わたしはカードを両手でしっかり握りしめた。手のひらに伝わる感触が、ただの板切れじゃなく、大切な証に思えてくる。
ノアはその様子を見て、くすっと笑った。
「シエルらしいな。でも、それくらい大事にするなら安心だ」
わたしはうなずき、カードを大切に鞄へしまった。胸の奥で小さな鼓動がどくんと響く。
これが、わたしの新しい一歩の証なんだ。
受付の女性が微笑み、わたしを見つめた。
「それじゃあ、シエル。あなたにぴったりの人を紹介するわ」
そう言って、受付の横の扉を軽くノックする。
「グレイ、ちょっといいかしら? 新しく登録した子をお願いしたいの」
中から低い返事が聞こえ、扉がきぃと開いた。
現れたのは、眼鏡をかけた背の高い男性だった。きちんと整えられた制服に、無駄のない動き。表情は固く、わたしを一瞥するとすぐに視線を受付へ戻す。
「新しい登録者か?」
短く放たれた言葉に、わたしの背筋がぴんと伸びた。
受付の女性はにっこりと微笑む。
「この人はグレイ。魔法のことなら安心して任せられるのよ」
わたしは緊張で喉を鳴らしながら、小さく頭を下げた。
「……よろしくお願いします」
グレイの瞳が、ようやく真っすぐにわたしを捉える。
中は広いホールになっていて、壁際には依頼の紙がぎっしりと貼られている。
革鎧をまとった戦士や杖を携えた魔術師たちが談笑し、酒場のように賑やかな声と木の机を叩く音が混ざり合っていた。
思わず足が止まりそうになる。けれど、ノアが前に出て振り返り、安心させるように頷いた。
「大丈夫だよ。受付はあそこだ」
指さす先には、木製のカウンターがあり、整った制服を着た女性が冒険者たちと次々に言葉を交わしていた。
その様子を見ているだけで、胸の奥がどくんと高鳴る。
わたしは鞄の中の紹介状を思い出し、無意識に手で確かめる。
(……これが、最初の一歩なんだ)
ノアと並んで歩き出し、受付のカウンターへと向かった。
女性職員は視線を上げ、わたしたちに向けてやわらかな笑みを浮かべた。
「いらっしゃいませ。ご用件は?」
わたしは少し緊張して鞄の中を探り、ライナスから預かった羊皮紙を取り出した。両手で差し出すと、職員は丁寧に受け取り、目を通す。
「……なるほど。ライナスさんからの紹介ね」
彼女の表情が驚きから柔らかさへと変わり、視線がわたしに戻ってくる。
「冒険者登録をご希望なのね?」
わたしは小さくうなずいた。
「……はい」
ノアが隣で胸を張り、尻尾を誇らしげに揺らす。
「シエルは僕の相棒なんだ。きっと立派な冒険者になる」
職員はくすっと笑みをこぼし、机の奥から数枚の書類を取り出した。
「名前と年齢、それから得意なことを書いてちょうだい」
羊皮紙に並ぶ文字を前に、わたしは思わず手を止める。
「……得意なこと?」
ノアがくすっと笑い、尻尾を揺らす。
「動物と仲良くすること、でいいんじゃないか?」
職員は目を丸くしてから、楽しそうに微笑んだ。
「それは珍しいわね。きっと役に立つわよ」
そう言って、彼女は机の端に置かれた透明な水晶玉を指さした。
「それとね、登録のために魔法の適性を調べる必要があるの。手をかざしてみて」
促されるまま両手をそっと重ねると、水晶の奥で淡い光が揺れはじめた。
やがて青い波紋が広がり、次に風のような緑の渦、最後に柔らかな金色のきらめきが浮かび上がる。
「……っ!」
思わず息をのむわたしに、職員が目を丸くしてから感心したように頷いた。
「水と風、それから光……三つの属性を示すなんて、すごいわね」
ノアが誇らしげに胸を張り、尻尾を揺らした。
「ほらな。やっぱりシエルは特別だ」
職員は検査の結果を書類に記し、机の引き出しから小さな板状のカードを取り出した。
「これが、あなたの冒険者カードよ。名前と登録番号が刻まれていて、冒険者である証になるの。失くしちゃうと、再発行に銀貨1枚かかるから、なくさないようにね」
「……銀貨1枚!?」
エリーに教えてもらった金銭感覚が頭に浮かぶ。銀貨1枚あれば、宿に泊まって温かい食事を食べられるはずだ。
(そんなにかかるなんて……絶対になくせない……!)
わたしはカードを両手でしっかり握りしめた。手のひらに伝わる感触が、ただの板切れじゃなく、大切な証に思えてくる。
ノアはその様子を見て、くすっと笑った。
「シエルらしいな。でも、それくらい大事にするなら安心だ」
わたしはうなずき、カードを大切に鞄へしまった。胸の奥で小さな鼓動がどくんと響く。
これが、わたしの新しい一歩の証なんだ。
受付の女性が微笑み、わたしを見つめた。
「それじゃあ、シエル。あなたにぴったりの人を紹介するわ」
そう言って、受付の横の扉を軽くノックする。
「グレイ、ちょっといいかしら? 新しく登録した子をお願いしたいの」
中から低い返事が聞こえ、扉がきぃと開いた。
現れたのは、眼鏡をかけた背の高い男性だった。きちんと整えられた制服に、無駄のない動き。表情は固く、わたしを一瞥するとすぐに視線を受付へ戻す。
「新しい登録者か?」
短く放たれた言葉に、わたしの背筋がぴんと伸びた。
受付の女性はにっこりと微笑む。
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わたしは緊張で喉を鳴らしながら、小さく頭を下げた。
「……よろしくお願いします」
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