ぬいぐるみとの約束

misa

文字の大きさ
17 / 27

基礎の一歩

しおりを挟む
翌朝。
やすらぎ亭の窓から差し込む柔らかな朝日で目を覚ました。
昨日の出会いや食堂でのにぎやかな声がまだ耳に残っていて、小さな期待がじんわりと広がっていた。

ノアはすでに目を覚まし、尻尾をゆったり揺らしていた。
「準備はいい?」
その問いかけに、わたしは深くうなずく。

今日から、魔法を学ぶ日々が始まるのだ。

やすらぎ亭を出ると、石畳の道に朝の光が反射してきらめいていた。
通りには露店が並び、パンを売る声や馬車の車輪の音が重なり合う。町全体が目覚める音に、胸が少しずつ高鳴っていく。

ギルドの扉を押し開けると、昨日のざわめきとは違い、まだ人も少なく落ち着いた空気が漂っていた。受付の女性がにこやかに迎えてくれ、わたしたちは奥の部屋へと案内される。

そこにはすでにグレイが待っていた。
机の上には数冊の分厚い本と、水晶のように透き通った球体が置かれている。

グレイはわたしを一瞥し、短くうなずいた。
「来たな。では、始めよう。魔法の基礎からだ」

硬い声だけれど、その奥にある確かな導きが伝わってくる。
わたしは深呼吸をして、ノアと視線を交わした。

(ここから、本当に始まるんだ……)

グレイは羊皮紙に整った字で「炎」「水」「風」「光」「闇」と書き並べた。
「……これが、世界に流れる“理(ことわり)”の一部だ」
シエルが小さく首をかしげるのを見ると、彼は少し言い直す。

「つまり、世界の“決まりごと”のようなものだ。
火は熱くて、物を燃やす。水は冷たくて、流れる。
その決まりを知り、どう使うかを考えるのが、魔法を学ぶということだ」

そう言って、彼はゆっくりと手のひらを上に向けた。
淡い光が集まり、小さな炎がぽっと灯る。
「たとえば、この炎。燃やすことも、照らすこともできる。
でも、“温めたい”と思えば、やさしく人を包む火にもなる」

炎が消えると、彼は静かに続けた。
「大事なのは力じゃなく、“どうしたいか”という想いだ。
それを理に重ねて、初めて魔法は形になる」

シエルはただ、見入っていた。
小さな炎が消えたあとも、その温かさがまだ指先に残っているような気がした。

グレイは炎を消す。
「……さて。見ているだけでは掴めない。今度は君がやってみる番だ」

「……うん、やってみる」
小さく息を整えながら答えると、グレイは静かにうなずいた。

「難しく考えるな。自分の中にある“理”を感じろ。
水でも風でも、光でもいい。君の想いが一番強く響くものを思い浮かべてみろ」

わたしは深く息を吸い、両手を胸の前でそっと合わせた。
静かな空気の中で、しろきつねの時のことを思い出しながら、“照らしたい”という気持ちを思い浮かべる。

その瞬間、手のすき間からふわりと光がこぼれた。
小さな灯のように揺れ、部屋の中を柔らかく照らしている。

「……できた?」
わたしがつぶやくと、グレイは目を細め、静かに頷いた。

「できている。しかも光の理とは、珍しい」
わずかに驚きを含んだ声だった。
「光と闇は、古くから“対となる理”とされている。扱える者は少なく、特に光は癒しと導きの力を持つ。君のような年でその片鱗を見せるのは、なかなかないことだ」

ノアが嬉しそうに尻尾を揺らした。
「すごいじゃないか、シエル!」

その言葉に、わたしは思わず頬が熱くなるのを感じた。
「えへへ…ありがとう」
照れくさく笑いながらノアの方を見つめると、自然と笑みがこぼれた。

グレイは腕を組み、短くうなずいた。
「今日はここまでだ。次回は身を守るために攻撃魔法も覚えよう。焦らず、ひとつずつ覚えていけ」

わたしは小さくうなずき、深呼吸をした。
明日が少し楽しみに思えた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

あなたが幸せになるために

月山 歩
恋愛
幼い頃から共に育った二人は、互いに想い合いながらも、王子と平民という越えられない身分の壁に阻まれ、結ばれることは叶わない。 やがて王子の婚姻が目前に迫ると、オーレリアは決意する。 自分の存在が、最愛の人を不貞へと追い込む姿だけは、どうしても見たくなかったから。 彼女は最後に、二人きりで静かな食事の時間を過ごし、王子の前から姿を消した。

勝手にしろと言われたので、勝手にさせていただきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
子爵家の私は自分よりも身分の高い婚約者に、いつもいいように顎でこき使われていた。ある日、突然婚約者に呼び出されて一方的に婚約破棄を告げられてしまう。二人の婚約は家同士が決めたこと。当然受け入れられるはずもないので拒絶すると「婚約破棄は絶対する。後のことなどしるものか。お前の方で勝手にしろ」と言い切られてしまう。 いいでしょう……そこまで言うのなら、勝手にさせていただきます。 ただし、後のことはどうなっても知りませんよ? * 他サイトでも投稿 * ショートショートです。あっさり終わります

最後に言い残した事は

白羽鳥(扇つくも)
ファンタジー
 どうして、こんな事になったんだろう……  断頭台の上で、元王妃リテラシーは呆然と己を罵倒する民衆を見下ろしていた。世界中から尊敬を集めていた宰相である父の暗殺。全てが狂い出したのはそこから……いや、もっと前だったかもしれない。  本日、リテラシーは公開処刑される。家族ぐるみで悪魔崇拝を行っていたという謂れなき罪のために王妃の位を剥奪され、邪悪な魔女として。 「最後に、言い残した事はあるか?」  かつての夫だった若き国王の言葉に、リテラシーは父から教えられていた『呪文』を発する。 ※ファンタジーです。ややグロ表現注意。 ※「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載。

無能妃候補は辞退したい

水綴(ミツヅリ)
ファンタジー
貴族の嗜み・教養がとにかく身に付かず、社交会にも出してもらえない無能侯爵令嬢メイヴィス・ラングラーは、死んだ姉の代わりに15歳で王太子妃候補として王宮へ迎え入れられる。 しかし王太子サイラスには周囲から正妃最有力候補と囁かれる公爵令嬢クリスタがおり、王太子妃候補とは名ばかりの茶番レース。 帰る場所のないメイヴィスは、サイラスとクリスタが正式に婚約を発表する3年後までひっそりと王宮で過ごすことに。 誰もが不出来な自分を見下す中、誰とも関わりたくないメイヴィスはサイラスとも他の王太子妃候補たちとも距離を取るが……。 果たしてメイヴィスは王宮を出られるのか? 誰にも愛されないひとりぼっちの無気力令嬢が愛を得るまでの話。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載しています。

悪役令嬢と言われ冤罪で追放されたけど、実力でざまぁしてしまった。

三谷朱花
恋愛
レナ・フルサールは元公爵令嬢。何もしていないはずなのに、気が付けば悪役令嬢と呼ばれ、公爵家を追放されるはめに。それまで高スペックと魔力の強さから王太子妃として望まれたはずなのに、スペックも低い魔力もほとんどないマリアンヌ・ゴッセ男爵令嬢が、王太子妃になることに。 何度も断罪を回避しようとしたのに! では、こんな国など出ていきます!

処理中です...