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初めての訓練
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朝の光が町の屋根を越えて、外の丘をやさしく照らしていた。
グレイに案内され、わたしたちは町の外れにある訓練場へ向かっていた。
道の両脇には背の高い草が風に揺れ、遠くで鳥の声が響く。
やがて、開けた場所に出る。
地面は踏み固められ、いくつもの木製の的や魔法痕の残る岩が並んでいる。
剣士や魔法使いたちが、それぞれの訓練に励んでいた。
「ここが新人の訓練場だ。ギルドに登録したばかりの冒険者が、まず最初に腕を磨く場所だ」
グレイの声が低く響く。
ノアが辺りを見回し、尻尾をゆったりと揺らした。
「なるほど、活気があるな」
わたしは小さく息をのんで、胸の前で手を握った。
今日からここで、わたしの“初めての訓練”が始まる。
グレイは訓練場の中央を横目に、少し離れた端の方へ歩き出した。
「ここなら他の訓練生に迷惑をかけずに済む。最初は落ち着いて理を感じることに集中しろ」
わたしたちは彼の後を追って、地面に立つ。近くでは、まだ不安定な魔法を放つ新人たちの声が時折響いていた。
グレイは木製の的を指差し、淡々と告げる。
「魔法は“理(ことわり)”を理解してこそ精度が上がる。
今日はその理を“狙いに乗せる”訓練をする」
「……?」
首をかしげたわたしを見て、グレイは少し口元をゆるめて言い直した。
「つまり、どう当てたいかを思い浮かべてみるんだ。
“狙い”と“想い”を合わせること、それが魔法を思いどおりに動かす第一歩だ」
「……なるほど」
まだ完全にはわからないけれど、何となくイメージが掴めた気がした。
グレイは一歩前へ出て、手を的に向ける。
その指先から、小さな炎がすっと生まれ、まっすぐ木製の的の中心を打ち抜いた。
炎は消える寸前まで乱れず、赤い跡を残して煙のように溶けていく。
「こうして、“力任せにぶつける”よりも、“狙いを定めて制御する”ことを意識するんだ。
魔法は強く放つものではない。理を理解して導けば、無駄なく的に届く」
彼の言葉どおり、次の瞬間、指先から放たれた炎の弾が一直線に飛び、的の中心を正確に撃ち抜いた。
音も焦げ跡も最小限、ただ、理に沿って動いた炎の軌跡だけが残る。
わたしは息を止めたまま、その光景を見つめていた。
「見たか?」
グレイが的を見届けてから、静かに言った。
「力を込めるほど軌道は乱れる。理を信じて、想いをその流れに乗せる。それでいい」
ノアが隣でにこっと笑い、尻尾をぱたんと揺らした。
「やってみよう、シエル」
わたしは頷いて、一歩前へ出る。
正面には木製の的。その中央に刻まれた印が、妙に大きく見えた。
「水の理を借りてみろ」
グレイの声が背後から静かに届く。
「水は流れ、形を変える。焦らず、自分の“流れ”を思い出せ」
わたしは両手を前に出し、目を閉じて呼吸を整えた。
頭の中に浮かんだのは、森の小川のきらめき。
その穏やかな流れを思い浮かべると、掌にひんやりとした感覚が集まっていく。
次の瞬間、透明な水の球がふわりと浮かび、的に向かって飛んだ。
ぱしゃり、と音を立てて散る。
グレイは的を見て、わずかに口元を緩めた。
「悪くない。力はまだ足りないが、流れは掴めている。もう一度だ」
その声は厳しさの中に、どこか期待を含んでいた。
「次は“届かせる”だけじゃなく、“貫く”ことを意識してみろ。
水の理は形を変える。柔らかさの中にも鋭さがある」
わたしはこくりとうなずき、再び両手を前に出した。
今度は、激しい雨の勢いを思い浮かべる。
空から落ちる無数のしずくが、同じ方向へと流れ、ひとつの線を描くように。
掌に集まった冷たい気配が一瞬で強まり、水の弾丸が鋭く放たれた。
ぱしん、と音を立てて的を正確に撃ち抜く。
飛び散った水しぶきが陽光を受けてきらりと光った。
「……っ!」
思わず息をのむ。木片が少しはじけ飛び、光がきらりと反射した。
「……当たった」
息をつめて見守っていたノアが、尻尾を勢いよく振った。
「やったな、シエル!」
グレイは短くうなずき、わずかに目を細める。
「いい感覚だ。理と想いがかみ合った時、魔法はこうして形になる。忘れるな」
静かな声が、胸の奥に深く響く。
わたしは大きく息を吐き、両手を見つめた。
グレイは少し間を置いて、視線を的から外さずに言った。
「……もうひとつ、試してみよう。今度は“風”だ」
「風……?」
思わずその言葉を繰り返す。
光や水とは違う、形のない理。
わたしに扱えるのだろうか…そんな不安が胸をよぎった。
「そうだ。水は形を持つが、風は形がない。理を感じられなければ、すぐ散る」
グレイの声は淡々としていたけれど、どこか挑むような響きがあった。
わたしは再び両手を前に出し、目を閉じた。
風、触れられないのに、確かにそこにあるもの。
息を吸い込むたびに頬を撫でるその存在を思い浮かべる。
けれど、掌に力を集めようとしても、何も起きなかった。
焦りが胸をかすめ、わたしはぐっと息を詰める。
「力を入れるな」
背後からグレイの声が飛んできた。
「風は押しつけるものじゃない。流れに寄り添え」
(寄り添う……?)
深呼吸をして、今度は肩の力を抜く。
草の上を通り抜ける風の音。
それが、自分の呼吸と重なっていくのを感じた。
すると、指先のあたりで小さな揺らぎが生まれた。
ふわりと、ほんの少しだけ空気が流れ、髪がかすかに揺れる。
「……今のだ」
グレイが静かに頷いた。
「かたちにしようとするな。感じた“流れ”を大事にしろ」
ノアが隣でにこっと笑い、尻尾を揺らす。
「最初の訓練にしては上出来だな。グレイも満足そうだったぞ」
「……うん」
少し照れながらも、心の中に小さな達成感が広がっていく。
その静かな鼓動が、わたしの“始まり”を確かに告げていた。
グレイに案内され、わたしたちは町の外れにある訓練場へ向かっていた。
道の両脇には背の高い草が風に揺れ、遠くで鳥の声が響く。
やがて、開けた場所に出る。
地面は踏み固められ、いくつもの木製の的や魔法痕の残る岩が並んでいる。
剣士や魔法使いたちが、それぞれの訓練に励んでいた。
「ここが新人の訓練場だ。ギルドに登録したばかりの冒険者が、まず最初に腕を磨く場所だ」
グレイの声が低く響く。
ノアが辺りを見回し、尻尾をゆったりと揺らした。
「なるほど、活気があるな」
わたしは小さく息をのんで、胸の前で手を握った。
今日からここで、わたしの“初めての訓練”が始まる。
グレイは訓練場の中央を横目に、少し離れた端の方へ歩き出した。
「ここなら他の訓練生に迷惑をかけずに済む。最初は落ち着いて理を感じることに集中しろ」
わたしたちは彼の後を追って、地面に立つ。近くでは、まだ不安定な魔法を放つ新人たちの声が時折響いていた。
グレイは木製の的を指差し、淡々と告げる。
「魔法は“理(ことわり)”を理解してこそ精度が上がる。
今日はその理を“狙いに乗せる”訓練をする」
「……?」
首をかしげたわたしを見て、グレイは少し口元をゆるめて言い直した。
「つまり、どう当てたいかを思い浮かべてみるんだ。
“狙い”と“想い”を合わせること、それが魔法を思いどおりに動かす第一歩だ」
「……なるほど」
まだ完全にはわからないけれど、何となくイメージが掴めた気がした。
グレイは一歩前へ出て、手を的に向ける。
その指先から、小さな炎がすっと生まれ、まっすぐ木製の的の中心を打ち抜いた。
炎は消える寸前まで乱れず、赤い跡を残して煙のように溶けていく。
「こうして、“力任せにぶつける”よりも、“狙いを定めて制御する”ことを意識するんだ。
魔法は強く放つものではない。理を理解して導けば、無駄なく的に届く」
彼の言葉どおり、次の瞬間、指先から放たれた炎の弾が一直線に飛び、的の中心を正確に撃ち抜いた。
音も焦げ跡も最小限、ただ、理に沿って動いた炎の軌跡だけが残る。
わたしは息を止めたまま、その光景を見つめていた。
「見たか?」
グレイが的を見届けてから、静かに言った。
「力を込めるほど軌道は乱れる。理を信じて、想いをその流れに乗せる。それでいい」
ノアが隣でにこっと笑い、尻尾をぱたんと揺らした。
「やってみよう、シエル」
わたしは頷いて、一歩前へ出る。
正面には木製の的。その中央に刻まれた印が、妙に大きく見えた。
「水の理を借りてみろ」
グレイの声が背後から静かに届く。
「水は流れ、形を変える。焦らず、自分の“流れ”を思い出せ」
わたしは両手を前に出し、目を閉じて呼吸を整えた。
頭の中に浮かんだのは、森の小川のきらめき。
その穏やかな流れを思い浮かべると、掌にひんやりとした感覚が集まっていく。
次の瞬間、透明な水の球がふわりと浮かび、的に向かって飛んだ。
ぱしゃり、と音を立てて散る。
グレイは的を見て、わずかに口元を緩めた。
「悪くない。力はまだ足りないが、流れは掴めている。もう一度だ」
その声は厳しさの中に、どこか期待を含んでいた。
「次は“届かせる”だけじゃなく、“貫く”ことを意識してみろ。
水の理は形を変える。柔らかさの中にも鋭さがある」
わたしはこくりとうなずき、再び両手を前に出した。
今度は、激しい雨の勢いを思い浮かべる。
空から落ちる無数のしずくが、同じ方向へと流れ、ひとつの線を描くように。
掌に集まった冷たい気配が一瞬で強まり、水の弾丸が鋭く放たれた。
ぱしん、と音を立てて的を正確に撃ち抜く。
飛び散った水しぶきが陽光を受けてきらりと光った。
「……っ!」
思わず息をのむ。木片が少しはじけ飛び、光がきらりと反射した。
「……当たった」
息をつめて見守っていたノアが、尻尾を勢いよく振った。
「やったな、シエル!」
グレイは短くうなずき、わずかに目を細める。
「いい感覚だ。理と想いがかみ合った時、魔法はこうして形になる。忘れるな」
静かな声が、胸の奥に深く響く。
わたしは大きく息を吐き、両手を見つめた。
グレイは少し間を置いて、視線を的から外さずに言った。
「……もうひとつ、試してみよう。今度は“風”だ」
「風……?」
思わずその言葉を繰り返す。
光や水とは違う、形のない理。
わたしに扱えるのだろうか…そんな不安が胸をよぎった。
「そうだ。水は形を持つが、風は形がない。理を感じられなければ、すぐ散る」
グレイの声は淡々としていたけれど、どこか挑むような響きがあった。
わたしは再び両手を前に出し、目を閉じた。
風、触れられないのに、確かにそこにあるもの。
息を吸い込むたびに頬を撫でるその存在を思い浮かべる。
けれど、掌に力を集めようとしても、何も起きなかった。
焦りが胸をかすめ、わたしはぐっと息を詰める。
「力を入れるな」
背後からグレイの声が飛んできた。
「風は押しつけるものじゃない。流れに寄り添え」
(寄り添う……?)
深呼吸をして、今度は肩の力を抜く。
草の上を通り抜ける風の音。
それが、自分の呼吸と重なっていくのを感じた。
すると、指先のあたりで小さな揺らぎが生まれた。
ふわりと、ほんの少しだけ空気が流れ、髪がかすかに揺れる。
「……今のだ」
グレイが静かに頷いた。
「かたちにしようとするな。感じた“流れ”を大事にしろ」
ノアが隣でにこっと笑い、尻尾を揺らす。
「最初の訓練にしては上出来だな。グレイも満足そうだったぞ」
「……うん」
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その静かな鼓動が、わたしの“始まり”を確かに告げていた。
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