ぬいぐるみとの約束

踏み出す勇気

やすらぎ亭の朝は、焼きたてのパンとスープの香りで満たされていた。
木のランプがやわらかく灯り、宿に泊まる旅人たちが次々と朝食をとりに集まってくる。

わたしは階段を下りながら、少し眠たげに目をこすった。
すると、広間の奥から明るい声が響いた。

「おーい、シエル！　こっち空いてるぞ！」

声の主は、赤みがかった髪を無造作に跳ねさせた剣士、ガイルだった。
隣には、落ち着いた表情のユイカと、やわらかく微笑むマリーの姿も見える。

「おはよう、みんな」
「おはよう！　ほら、こっち座れよ」
ガイルが手を振ると、わたしは笑って頷き、ノアと一緒に席へ向かった。

テーブルの上にはすでに温かいスープとパンが並び、湯気が立ち上っている。
マリーがスプーンを手に取りながら、柔らかく微笑んだ。

「ちゃんと眠れた？」
「うん。やすらぎ亭のベッド、ふかふかで気持ちよかった」
「でしょ？　ここのパンも評判なのよ」

ガイルが豪快にパンをちぎって笑った。
「ここの飯は冒険者の命だぞ。腹が減ってたら戦えねぇからな！」

ユイカが呆れたように肩をすくめる。
「食べることしか考えてないんだから……」

その明るいやりとりに、わたしは思わず笑みをこぼした。
こうして話していると、少しずつこの町に馴染んできた気がする。

ノアがスープを覗き込みながらぽつりと呟いた。
「でも、そろそろ財布が心もとないな」

ガイルがパンを口にくわえたまま、にかっと笑う。
「ははっ、そりゃそうだ。宿代も食費もかかるしな。だったら、ギルドで依頼受けてみたらどうだ？」

ノアがスープを覗き込みながら、尻尾を軽く揺らした。
「そうだね、オレも一緒だしな。シエルが困るようなことはさせない」

ガイルはにかっと笑い、パンをちぎって口に放り込む。
「ははっ、頼もしい相棒じゃないか。なら安心だな！」

ユイカが小さく息をついて微笑む。
「……そうね。ノアがいれば心強いわ」
「……うん、やってみようかな」
わたしがそう口にすると、ガイルは満足そうにうなずいた。
「その意気だ！　最初は誰だって初心者だ。けどな、一歩踏み出せば景色は変わるんだ」

マリーが優しく笑みを浮かべる。
「依頼の内容は自分で選べるの。簡単なものから難しいものまでいろいろあるけど、場所によっては危険も伴うわ。けれど、それだけにやりがいもあるのよ」

ガイルがパンをちぎりながら笑った。
「最初は小さな依頼からでいいんだ。荷物運びとか、掲示板に貼られてるおつかいみたいなやつな。
あとは薬草採取とかも多い。地味だけど、覚えておくと役に立つぜ。ちゃんと報酬も出るし、こつこつやってれば信用もつく」

ユイカがスープを飲みながら、落ち着いた声で補足する。
「薬草の見分け方は意外と難しいのよ。似てるけど毒のある草もあるし、採る場所を間違えると台無しになることもある」

ガイルが肩をすくめて笑う。
「ま、最初は誰でも失敗するさ。オレも昔、毒草抱えて帰ってマリーに怒られたことあるしな」

マリーがふわりと笑みを浮かべた。
「ふふ、あの時はほんとに焦ったのよ。でも、覚えれば楽しいわ。」

わたしは三人の話を聞きながら、胸の中に少しずつ勇気が湧いてくるのを感じた。
「……なんだか、やってみたいかも」
思わず口にすると、ノアが嬉しそうに尻尾を揺らす。
「シエルならきっと大丈夫だ。困ってる人を助けるの、好きだろ？」

ガイルがパンを最後まで食べきり、立ち上がった。
「よし、決まりだな。飯を食ったらギルドに行こう。俺たちもついでに依頼を見てくる」

ユイカが穏やかに頷く。
「案内くらいはするわ。初めてなら手続きも分からないでしょう？」

マリーがカップを置き、にっこり微笑んだ。
「新しい一歩ね。きっと、いいことが待ってるわ」

わたしは小さくうなずき、胸の前で手をぎゅっと握った。