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神は絶対に手放さない
6、はぐらかして逃げればいいのに、と胸中で嘲笑う
しおりを挟むコンコン、コンコン、と。
控えめに、しかし何度も鳴り続けるノックの音に、目を覚ました。
ベッドから半身を起こして伸びをすると、背中がばきばきと音をたてた。蛍吾はまだ寝ている。
スマホの画面をつけて時間を確認すると、七時半を過ぎたところだった。
「はいよー」
ドアをノックする誰かに、起きたことを伝える為に声を出しながら欠伸を噛み殺す。鍵を開けてドアを開くと、ワイシャツに制服ズボン姿の志摩宮が立っていた。
「ああ、ネクタイ、蛍吾が持ってんだっけ」
「はい。ズボンの方は替えを履いてきたんですけど」
志摩宮を部屋に入れ、ベッドの方へ戻る。
八畳ワンルームの二人部屋は、ベッド二つがほぼ全てを占めている。どうせ床に床に放ってあるんだろうと見当をつけて蛍吾の荷物を漁ったが、どうにも見つからないので蛍吾を起こすことにした。
「蛍吾、昨日志摩宮が車に置いてった着替えは?」
「う~……眠い……」
掛け布団を剥がして蛍吾に聞くが、布団を取り返そうとした彼は目測を誤って俺に抱き着いて引っ張ってくる。
「蛍吾、志摩宮の、着替え。ど、こ」
蛍吾を引っぺがし、着替えはどこだと問い詰めるが、寝起きの悪い蛍吾は唸るだけで答えてくれない。
「ったくー。志摩宮、悪いけどもう少し待って。蛍吾なかなか目ぇ覚めないから」
「それはいいんですけど……。先輩、その格好で寝てたんですか」
志摩宮に言われて、自らを見下ろす。下着のタンクトップにトランクス。もう最近は夜でも暖かいし、至って普通だと思うが。
どこかおかしいだろうか、とよくよく確認して、昨日のままの下着がパリパリなのに気付いて顔を赤くした。
「う、わ。あ、そっか、俺昨日風呂入って無かった! ちょっと風呂入ってくる!」
そりゃあ志摩宮も訝しげにするわけだ。
慌ててチェストから下着とタオルを取り出すと、それを抱えて部屋を出た。寮の大浴場は、当然だが朝は湯船が無い。が、シャワーは使えるので、他にも何人か、朝練から帰ってきてシャワーを浴びている生徒がいた。
「静汰じゃん、珍しい」
「おー、おはよ」
「うわ、静汰がこの時間に起きてる」
「うっせ」
見知った顔から話しかけられ、挨拶を返しながら手早く湯浴みを済ませた。
ドライヤーで頭を乾かしていると、後ろから来た誰かに髪を引っ張られる。
「離せや」
「柄悪ぅ。静汰、お前そんなんだから友達出来んのだろ」
俺の髪を一つまみして指にくるくる巻きつけ、短髪の男がカッカと笑った。
彼は後藤。後藤……なんだっけ。朝飯と昼飯の時、食堂でよく会う三年生だ。ソフトテニス部だかで、一年中日焼けした肌に黒髪短髪の、いつ見ても変わらない奴。
「この髪もな、もうちょい短くしろ。さっぱりしてた方が女にはモテるぞ」
「うっざー」
「この、本当に可愛げないなお前は」
ぐりぐり、と額を指の第二関節で押され、その手を容赦なく振り払う。
「後藤先輩も、そんなんだから後輩にウザがられるんですよー」
「俺はモテモテだぞ。蛍吾と張るぞ」
「無い無い」
「なんだと」
ひとしきり雑談して、後藤は先に風呂場を出て行った。話しているうちに生乾きの髪も乾いたことだし、と俺も部屋に戻ることにする。
ただいま、と自室に戻ると、蛍吾はもう制服を着て身支度を始めていて、志摩宮は俺のベッドに腰掛けてスマホを弄っていた。
「おはよー、蛍吾」
「ああ、おはよう。体痛ぇわ」
「そりゃそうだろ。だから二人で寝るの狭いって言ったのに」
当たり前だろ、と呆れるが、顔を上げた志摩宮が珍しく無表情で俺を見つめるので言葉を止めた。
「……制服、蛍吾から受け取ったなら、先行っていいぞ?」
このところ、ちゃんと自分の教室で授業を受けるようになった志摩宮に、登校を促すが、すぐまたスマホに視線を落として無視されてしまった。
「志摩宮?」
「ちょっと調べ物してるんで、それ終わったら行きます」
「はあ」
「俺は先行くぞ」
一番遅く起きた筈の蛍吾が、何故か一番最初に支度を整えてさっさと出て行った。鞄を持っていったから、食堂で朝食を食べてそのまま教室へ向かうのだろう。
俺も朝食を摂りたいが、志摩宮を一人にするわけにはいかないのでスマホを持って蛍吾の方のベッドへ腰掛けた。
「先輩のベッド、こっちじゃないんですか」
志摩宮に問われ、そうだけど、と返す。
「お前の隣に座るの怖いもん」
「怖い?」
彼は目を丸くして、心底驚いた顔をする。
「俺の何が怖いんですか。自分で言うのもなんですけど、先輩の言う事、ちゃんと聞いてますよね」
「そうだけど。……エロい事しない? しないならそっち座るけど」
もしかしたら、本当にバイトの報酬としてしか俺をそういう目で見ないんじゃないかと、腰を浮かせ掛けたのだが。
「それ、して欲しそうに聞こえますよ」
にやあ、と笑って言われ、尻を元に戻した。
「それ。そういうとこが怖いっての」
「……それにしても、先輩、タフですね」
「は?」
急に話題を変えられ、何の事かと首を傾げる。タフ? タフネスのタフ?
「昨日あれだけ俺としたのに、蛍先輩ともしたんですね」
「は?」
蛍吾と?
何を、というのが、昨日の志摩宮とのような行為を指しているのに気付いて思わず、
「ねーよ!!!」
と叫んだ。
「蛍吾とあんな事できるか、気持ち悪いっ」
「だって、蛍先輩と付き合ってるんでしょ?」
「ねーーーーーーーーよ!!!!!」
ここまで大声を出したのはいつぶりだろう。
あまりの驚きに隣室への配慮も忘れて吼えてしまって、まだ登校していなかったらしい隣室から壁をドン! と叩かれてしまった。
「……無いから、マジで」
今度は小声で、しかし志摩宮を大真面目に見つめて首を振る。
蛍吾とは仲良くやっているつもりだし、まあふざけてキスくらいなら出来なくもないかもしれない。けれど、あんな、……舌を入れたりだとか、股間に直接触れるなんて論外だ。想像しそうになるだけで鳥肌が立つ。
「でも昨日、蛍吾先輩から『ケツは俺のだから使うな』って念押されましたけど」
くら、と目眩がした。なんだそれ、と即座に否定しようとして、寝入りに蛍吾がそんな事を言っていたような、と思い出す。
「それ、たぶん俺の貞操守る為の嘘だから。お前、ケツでヤる趣味無いんだよな。だったら意味のない嘘だから、そのまま忘れろ」
「ああ、そういう事ですか」
なんだ、と答える志摩宮は、しかしどうでもよさそうに見えたのだが。
「恋人が居るのに俺とヤれるなんて、先輩ってかなり尻軽なんだなーと思ってたんですけど」
「恋人が居るっぽい俺とヤれるお前も相当だけどな」
無表情なのに、何故か後ろにブンブン振られた尻尾が見える。この幻影、霊視と同じでチャンネル設定で消えるようにならないだろうか。
「だから昨日、蛍吾がどうとか言ってたのか」
「これで遠慮なくできます」
「お前のどこに遠慮があったんだよ」
あれだけしておいて、と昨日を思い出して股間が熱を持ちそうになり、慌てて他の事を考えようとした俺の前に、志摩宮のスマホが差し出された。
「なんだ?」
「青姦できる公園マップです。近場だと三ケ所、少し遠いけど見られても身バレしなそうな距離なら七ヶ所くらいっスね」
叩き落とそうとしたスマホに、さっと逃げられる。
「お前な」
「だって、毎回手でするだけじゃ飽きますし」
「飽きたらやめりゃいいだろうが……」
「飽きないこともあるにはありますけど」
志摩宮がニッと歯を見せて笑う。
それが本題だったろうに、巧く誘導されたものだ。
「……言ってみろ」
「俺ね、フェラされんのが一番好きなんです。正直突っ込むより好き」
ぐぅ、と唸る。アレを? あの長さの極悪なブツを?
「無理」
「クチだけでやれとか鬼畜いこと言わないんで。手メインで、先っぽ咥えてくれればいいんスよ。……それとも、青姦(そと)の方が良いですか?」
まぁ、青姦に飽きたらもっと違うこともしてもらう事になりますけどね、と。志摩宮は完全に脅しにかかってくる。
ほら、やっぱり怖いじゃないか。
「口だったら一回で終わるか?」
「バイト一回につき一回、ですよ」
「わーってるよ」
ため息を吐いて、承諾した。
「さすが先輩」
何が流石なのか。
立ち上がって、自分のスマホを開いた。もう食堂の朝食の時間を過ぎていた。今日は朝飯抜きだ。
「行くぞ」
「はいっ」
にこにこで俺の後についてくる志摩宮は、他の生徒からは忠犬にしか見えないだろう。
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