神は絶対に手放さない

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神は絶対に手放さない

11、雑踏の中で気付く。

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「ふはー、つっかれたぁ」
「ちょ、先輩、無理ですって。俺の手首まで壊す気ですか」

 やっとホテルの部屋に辿り着くと、俺はベッドに倒れこもうとして、志摩宮に止められた。
 指が全滅した俺の右手は、今は包帯で志摩宮の左手とがっちり結ばれている。一応間に包帯をクロスするようにしてあるおかげで全く角度を変えられない訳ではないが、確かに俺が無遠慮に行動すれば志摩宮まで怪我をするだろう。
 病院からここまでは車で移動するだけだったから、そこまで気にすることもなかったので気が抜けていた。

「蛍先輩、ルームサービスとって良いって言ってましたよね。俺、腹減ったんで頼みますけど先輩はどうします?」
「うーん、手で食べられるやつならいけそう。サンドイッチとか」
「了解です」

 利き手が使えなくなった俺の代わりに志摩宮が内線で食事を頼んで、やっと二人でベッドに腰を下ろした。
 俺の右手は包帯でぐるぐる巻きにされていて、その大きく真っ白な見た目は某鼠を連想させる有様だ。
 組織のお抱えである病院は、個人病院というか診療所と呼ぶほうがしっくり来る、外観は平家の民家だった。そこで診てくれた老齢の男性医師は、まず俺の手をレントゲンにかけて驚いていた。

「すごいねぇ、ここまで捻れてるのに一本もスジが切れてないよ。さすが神子様だねぇ」

 医師はしきりに感心したように頷き、「これなら手術も必要ないね」と、曲がった指を俺になんの説明も無く整復し──痛みで死ぬかと思った──、形を整えてテーピングを施して、最後に巻いてきた蛍吾の護布をも巻いた。蛍吾から話がいっていたのか志摩宮の手首と俺の手首をその上からさらに包帯で巻いて「はい終わり。一応様子見たいから三日後にもう一度来てね」。
 そこからまた車に乗せられ、三十分ほど揺られて辿り着いたのがこのホテルだった。
 ホテルの周りは森なのか林なのか、とにかく木ばかりで、民家などの灯りは見えない。客用の駐車場にもあまり車は無いようで、客足は多くないようだが、もう十時を回った時間だというのに出迎えの店員が出てきて、質が悪い訳では無いようだった。
 不安だからと霊視をオンにしたままだったのだが、ほとんど霊が居なかった。居るには居るのだが、そのどの霊も、従業員のような格好をして楽しそうに歩き回っているだけなので害は無さそうだ。
 フロントで名前を告げて渡されたキーは四階の角部屋、一番非常階段に近い部屋だった。
 怪我した俺と、その手を繋ぐように包帯で巻かれた志摩宮の姿はどう見てもおかしいものだったろうに、よく教育されたホテルマンは何も聞くことなく笑顔で部屋まで荷物を持って案内してくれた。
 思えば、フロントで食べ物を先に頼んできてしまえば良かったかもしれない。
 割と早寝の俺はもう睡魔に囁かれていて、しかし腹が減ったという志摩宮を我慢させる訳にもいかず必死で瞼を上げていた。

「先輩、横になってもいいですよ」
「いや、それ絶対寝るから。ルームサービス受け取ったらにする」
「先に風呂入りますか? 少しは眠気覚めるかも」
「この腕じゃ無理だろ。明日でいい」

 ダブルベッドに横並びで座り、志摩宮は俺の怪我した手を無理に動かさないよう気遣ってじっとしているようだ。

「そんな気ィ遣うな。先生も言ってたろ、手術も必要ないくらいだって。好きな事してろよ。ゲームするか?」

 スマホを取り出しながら聞くと、志摩宮は目線を下の方でうろうろさせて、「じゃあ……」と小さい声で寄ってきた。
 そのまま顔が近付いてくるので、反射的に後ろに避けると、彼は少し残念そうな表情で口元だけ笑う。

「あ、やっぱダメですよね。怪我してますもんね」

 言われて、キスしようとしてきたのだと気付いた。いつも避ける間もなく急にしてくるから、そういうつもりなのだと分からなかった。
 怪我を気遣う志摩宮がいじらしくて、俺から唇を寄せる。ちゅ、と彼のそれに触れてから、これじゃまるで俺と志摩宮が好き合ってるみたいだな、と苦笑した。

「いいよ。だいじょーぶ。好きなだけしていい」

 志摩宮の唇を舐めながら囁くと、緑の目が俺を見つめたまま細められて、噛み付くみたいに──いや、噛み付かれた。舌を甘噛みされて、ぶるりと震える。
 なんで、噛まれるのが気持ちいいんだろう。
 舌を噛まれながら、唇が深く交差する。志摩宮の唾液が垂れてきて、俺の唾液を啜られる音に頭の中が痺れた。じゅ、ちゅう、と水っぽい音が耳に木霊する。

「ん、んんぅ」
「せんぱぃ……、もっと飲んで」

 志摩宮は傾いだ俺の身体を右手で抱き寄せて、俺が右手をつかないように支えてくれた。指が変な方向に曲がらないように左手で右手を守るみたいにされて、その掌の暖かさに腰が熱を持った。

「膝、乗っちゃダメか。この体勢キツい」
「……先輩も、結構えっちですよね」
「枯れてる男子高校生の方が珍しいだろ」

 膝に乗って向き合ってキスしたいと提案した俺に、一も二もなく志摩宮は承諾してくれたので、立ち上がってベッドに腰掛けた彼に跨った。
 密着した股間に、猛った志摩宮のそれがぶつかって二人して溜息を吐く。

「先輩としか出来なくなったらどうしてくれんスか。キスだけでこんなんなるの、先輩だけですよ」
「お前はまだ良いだろ。俺なんてお前以外知らねーんだぞ。他の奴とヤッてお前と比べて気持ち良くなかったらどうしてくれる」
「ご愁傷様です」
「マジかよ。相性良すぎかよ」
「残念ながら」

 揶揄うために腰を前後に揺らして擦り付けたのは俺なのに、たまらなくなって志摩宮に抱き着いて唇を吸った。
 ズボン越しに、屹立した肉が擦れて息が上がった。志摩宮の口の中を舐め回して、舌を噛まれて涎を垂らす。
 お互い息が荒くなるのを隠せもせず、それしか頭にないみたいにキスを続けた。
 あと少し。あと数回腰を揺らせばその刺激で達せると思った時、急に志摩宮が顔を離してしまった。

「先輩、駄目です。着替え無いんで、イくのは無しです」
「は……? ここまでして? そんな……そんなん、脱げばいいじゃん」

 ね、と続けようとする俺の股間を掴みあげて、志摩宮はものすごく意地の悪い顔で笑った。

「俺も無しでいいですから。口でしてもらうにも手ぇ気になるし、治るまで俺も我慢しますね」

 高らかに宣言した志摩宮は言葉通りすっぱりやめてしまうようで、俺と自分の顔をタオルで拭いた。頃合い良くルームサービスが到着したチャイムに涼しい顔で出ようとするので、その夜は諦めるしかなかった。どうせ明日には蛍吾も来るし、加護も張り直されているだろうと信じて疑わなかったから。












 翌朝ホテルに来た蛍吾は、俺を見て憮然とした面持ちで言った。

「張り直されて無い」

 蛍吾がテイクアウトしてきたバーキンのハンバーガーに齧り付いたところだった俺は、それを咀嚼して嚥下してから、「え?」と聞き返した。

「張り直されてない……? 俺、まだ加護無しってこと?」
「そうだ」

 蛍吾は俺に何度か手をかざして確認して、やはりと首を振った。

「一応聞くが、志摩宮とヤッてねぇよな? 脱処女で神様から見放されたとか」
「してねーから!」
「志摩宮」
「昨日はキスだけです」
「そこまで答えんな志摩宮!」

 蛍吾は持ってきた荷物の中から消臭スプレーを取り出して志摩宮に渡した。

「一応持ってきて正解だったな。志摩宮、静汰にそれ掛けたら包帯外していいぞ。一晩ご苦労様」
「いえ」

 俺は悶々とした気持ちを忘れるために構わず爆睡してしまったが、志摩宮はどうやら俺の手が気になって眠れなかったようである。大欠伸をしながら受け取ったスプレーを俺に掛け、手首に巻かれていた包帯を巻き取った。
 離れていく体温が、少し寂しい。

「どうしたんだろうな、お前の神様」
「昨日の箱の神様に恐れをなして逃げ出したとか」
「馬鹿、お前、守ってくれてる神様に対して馬鹿にするような事言うな」

 蛍吾は怒るが、だって見たことも無い神様だ。勝手に神子にして俺を縛るくせに、肝心な時にすら現れてくれない。

「神様っていうなら、昨日の志摩宮の方がよっぽど神様だったろ」

 俺たちを救ったのは確かに志摩宮で、それを聞いて蛍吾もムッとした顔のまま黙った。
 俺の神様なんて、未完成の神様が壊せる程度の加護しか張れない。その上、助けにも来てくれない。そんな神様なんて、と八つ当たりのような感情が沸いたが、それもこれも昨晩の自分の見通しの甘さが招いた事態だと行き着いて嘆息した。
 俺の頭が悪いせいで起こった事を、神様のせいにするもんじゃないな。というか、そんな感情が俺の中にあるから、神様が来なかったのかもしれない。
 このまま加護が張り直されなかったら、もしかしたら神子をクビになるのかな。
 ふと過ぎった不安に蛍吾を見ると、彼は俺の思考を読んだみたいに頷いた。

「一ヶ月しても加護が戻らなけりゃ、お前は祖父さんとこに強制送還」
「マジかー」
「帰る場所があるだけマシだろ。いきなり宿無しじゃ生きてけねーんだし」

 蛍吾はあくまでドライで、何年も一緒に過ごしてきた俺を当然のように切り捨てる前提で話をする。彼の性格は分かっているし、妹のことがあるから荷物になった俺を組織からかばい立てする気も無いのは重々承知だ。
 思い出そうとしても写真でしか見たことの無い祖父の顔を思い浮かべて、ヤクザに世話になるのは嫌だなぁと頭を振った。

「先輩のお爺さんって、どこ住みですか」

 バーガーよりポテトがお気に召したらしい志摩宮は黙々とポテトを食べ続けていたが、俺が祖父のところへ、と言うのを聞いて口を挟んできた。

「茨城の方だっけな。会ったこともないし、母さんから聞いたけどめっちゃ怖い人だったらしいから鬱」
「なんなら俺のとこ来てもいいですからね」
「考えとくわ」

 言いつつ、そんな事は絶対にしないが。
 いくら志摩宮が一人暮らしとは言っても、親元を離れた学生の部屋に無職が寄生するわけにはいかないだろう。どのみち、祖父の所へ行くしかないのだ。

「……黙って消えるのは無しですよ」
「消えねーし。俺が自殺するようなタマに見えるかよ」

 組織をクビになっても、高校を中退になっても、どうにでも生きようはある。下手だが紋を飛ばす事もできるし、霊障のある物件なんかの除霊をするのもいいかもな、と、クビになった時の事を考えてこなかった訳ではないのだ。
 まともな生き方ではないかもしれないが、少なくとも絶望して死のうなんてのは俺の中には無い選択肢だ。

「そういう意味じゃないです」

 志摩宮も分かっていたのか、すっぱり言い切って、しかしではどういう意味なのか、は答えてくれなかった。
 そして、志摩宮スプレーがあれば寮に戻っても大丈夫だろうと三人でまた学校へ通うようになり、気が付けば一週間経っていた。
 まだ加護は戻らない。
 蛍吾は箱を作った術師を探しているとかで授業以外の時間を本部で過ごすようになった。一人で居る二人部屋が寂しくて、放課後は寮の門限ギリギリまで志摩宮と過ごした。
 片手で出来るスマホゲーがあれば暇潰しは十分だ。どんなゲームをやらせても志摩宮は上手くて、「なんでそんな上手いの」と聞いたら、「ゲームが上手ければ友達が出来ると思ってたんスよねぇ」と返ってきた。淋しそうな小さい志摩宮を思い浮かべて抱き締めそうになったが、続いて「ま、ゲームよりセックスのが楽だし女は次から次へ寄ってくるんで、友達要らなかったっスけどね」と言うので怪我してない方の手で腹を殴ろうとした。避けられた、クソ。
 二週間経っても、加護は戻らなかった。
 三週間目に入ると、もう諦めの気持ちが沸いてきた。学校で蛍吾に祖父からの手紙を渡されて、億劫ながら中身に目を通した。俺を受け入れる準備はいつでもある。まともな世界に帰ってこい、と書かれていた。ヤクザがまとも、と笑うしかなかった。指の骨折はもうほぼ治りかけていて、テーピングを全て外した診療所の先生が「さすが神子様、治りが早い。奇跡レベル」と言うのに愛想笑いを返すことも出来なかった。
 四週目。蛍吾はもう授業にさえ来なくなった。神子の俺が通うから、と同行していたのが、もう理由付けにならなくなったからだろう。リハビリで指はもう箸を使える程度には動かせるようになって、放課後は志摩宮とラーメン屋巡りをした。志摩宮は脂っこいのより支那そば系のさっぱりした中華そばが好きらしかった。
 あと三日後には、祖父の家に行くことになる。寮の自分の荷物を纏めてダンボールに詰め込んだ。幸いにして、量は多くない。最悪、通帳と判子さえあればいい。スマホは組織で契約して渡されたものだから、置いていかなければならないが。
 ピロン、と着信音が鳴った。
 もう、俺にメッセージを送ってくるのは志摩宮くらいだ。画面をつけると、『夕飯どこ行きます?』と書いてあった。今日は用事があるから寮に戻ると言って別れたのだが、どうやら飯は一緒に食べに行くつもりだったらしい。断りの文を書こうとしてから、薄暗い部屋を見上げて『十八時に駅前で』と書き直した。すぐさま承諾の返信がくる。
 街に出るにしても、もう組織の車は使えない。学校前からバスに乗って駅まで行き、志摩宮と合流した。

「どこ行きましょうか」
「うーん……。今日は志摩宮の行きたいとこ」
「俺ですか? じゃあ、西通りの『香月』で」

 志摩宮は、何を決めるにも早い。迷いがなくて、一緒にいてストレスがない。
 あと三日。いや、もうあと二日と何時間か。それを過ぎれば、志摩宮と会えなくなる。
 数歩先を歩く志摩宮の猫背を眺めて、不意に目の前が歪んだ。溢れ出しそうになった涙に、自分で驚いて慌てて深呼吸する。胸が苦しい。志摩宮と離れることを考えると、悲しさでどうにかなりそうだった。
 前を歩く志摩宮はご飯時で人通りの多いアーケードの中を人にぶつからないように歩くのに集中していて気付かない。俺がどれだけ熱の籠もった目で彼を見ているか。
 深い呼吸を繰り返す。
 好きって、苦しいんだな。
 初めての経験に苦笑が浮かんだ。笑う余裕があれば大丈夫と、自分を励ます。
 どうやら俺は、志摩宮を好きになってしまったらしい。キスが上手かったから。遊んでいて楽しかったから。同じラーメンを美味しいと言ったから。友達が居ないのが似てると思ったから。命を助けてくれたから。理由はいくつも思いついて、そして鼻の奥がツンと痛んで泣きそうになった。
 人通りの中、一人で立ち止まる。志摩宮は気付かない。気付かないでほしかった。
 志摩宮をヤクザなんかと関わらせちゃいけない。このまま普通に高校を卒業して、普通に生活していってほしい。だから、祖父の家を志摩宮に教えるつもりは無い。
 人混みの中、後ろ姿の志摩宮の黒髪は埋もれてしまう。それでも、俺にはどれが彼だか分かる。長めの癖毛の、しかし触ると意外と硬い髪の毛。
 好きだよ、志摩宮。
 声には出さず告白して、自分の気持ちに納得して歩き出した。
 志摩宮が選んだ店の前で彼は待っていて、遅れて着いた俺を見て不思議そうにした。

「店入ろうとしたら居ないから、迷子かと思いましたよ」
「悪い」

 肩を竦めて謝って、中に入ってラーメンを食べた。食事が終わって外に出ると、まだ夕暮れで電飾がやっと灯きはじめた頃だった。

「門限まだですよね。俺の家、寄ってきますか」

 志摩宮の言う意味が分からない訳もない。回復して箸を使えるようになった指を見て、今まで言ってこなかったのが不思議なくらいだ。

「行く~」

 にこ、と笑い返すと、志摩宮の目尻が下がる。
 一ヶ月近く、ちゃんと我慢していたのだから。しっかり責任とって貰わないと。
 志摩宮の部屋へ入ると同時に、彼は玄関の鍵も掛けずに俺を抱き寄せて口付けてきた。貪るみたいに唇を吸われて、どれだけ彼も我慢していたのか測れるみたいでゾクゾクする。

「先に風呂」
「なに女みたいな事言い出すんですか」
「だって、クチでするんだろ? そのままはちょっとレベル高くね」

 そのまま俺を食い殺しそうな勢いでキスして玄関に押し倒そうとしてきた志摩宮の気持ちをどうにか抑えさせて、風呂場へ行って服を脱ぐ。その合間にも、志摩宮は我慢出来ないみたいで俺の耳や首に噛み付いて舐め回すので、シャワーを浴びる頃には体が志摩宮の唾液臭くなっていた。

「先輩、先輩」
「ほんとに犬みたいだな、もう」

 しまいにはシャワーを浴びながら胸の突起を舐められて、意味がないだろと叱りつけた。

「だって、先輩が口でしてくれるんでしょ? 興奮すんなって方が無理」

 それ言う前から大興奮に見えたけど、とは言わないでおく。一ヶ月近く溜まった性欲がどれほどか、自分の中の沸き立つもので分かっているから。
 志摩宮のソレは勃起すると亀頭までずる剥けで、シャワーの湯をそのまま当てると少し痛そうにした。指で軽く覆うようにして洗ってやると、息を詰めて首を振った。

「だめです、先輩。手でされるとすぐ出ちゃうんで、口で」
「はいはい」

 余裕無さげにされると、俄然燃えてくる。
 シャワーを止めて志摩宮の股間の前に膝をつくと、ガチガチのソレの先端をぺろ、と舐めてみた。びく、と揺れる志摩宮の腰。軽くでも洗ったおかげだろうか、変な味も匂いもしない。思ったほど抵抗感もなくて、もう一度舌で舐めた。
 裏のくびれのあたりに舌を這わせて先端を唇で覆うと、志摩宮が俺を見下ろしながら必死で息を殺しているようだった。もしかしたら、この程度の刺激でもイきそうなのかも、と考えると可愛らしい。喉のあたりまでぬるりと咥えこんでみた。

「……っ」

 志摩宮が息を詰めて震える。気持ちいいと感じてくれるのが嬉しくて、そのまま裏筋を舐め回した。ちゅう、と吸い付きながら頭を前後に動かすと、それだけで口の中で肉が震えて弾けた。
 どろりと吐き出された精液は苦くてえぐい。口の中のそれをどうすべきか分からずいると、肉を引き抜いた志摩宮は膝をついてしゃがんで俺の口の下に掌を差し出した。吐き出せということだろうか、と遠慮なく彼の掌に性液を垂らす。
 溜まったそれをどうするのかと思えば、その掌で俺の肉茎を握られて腰が跳ねた。

「な、なん」
「俺の、気持ちいいですか」

 精液を潤滑に使って扱かれて、俺の陰茎はぐちゅぐちゅと酷い音を立てる。

「先輩。俺のザーメンで扱かれて、気持ちいいですか」

 志摩宮の手は以前みたいに優しくない。乱暴に手早く扱かれて、でも俺も呆気なく精を吐いた。
 しばらくぶりの快感に、力が抜けて浴室の壁にずるずると背を預ける。一旦休憩したいのに、志摩宮は俺の出したのを潤滑材が増えただけみたいな顔をして、手を止めてくれない。

「志摩宮、ちょっと、待って」
「無理です」
「いや、俺も無理だから」
「嘘つき」

 まだまだイけるでしょ、と囁かれて、キスをしながら舌を甘噛みされて二度目の絶頂を迎える。
 ひゅうひゅうと呼吸が怪しい俺の上に乗り上げて、志摩宮は精液でどろどろになった腹に彼の陰茎を擦りつけてきた。

「あ、あ、ぁ」
「ね、先輩、口って一回だけ?」

 もう一回、ダメですか、と志摩宮は俺の股間を彼のソレで擦り上げながら聞いてくる。狡い。俺を先に二度イかせてから聞いてくるなんて。
 あ、と無言で口を開けると、志摩宮は嬉しそうにその切っ先を俺の唇の間に差し込んできた。

「優しく吸って、先輩。強くされるとすぐイきそう」

 頭を撫でられて、志摩宮の珍しい仕草に瞼を閉じる。言われた通りにあまり強くしないように吸い付くと、頰をふにふにと撫でられて褒められた。

「先輩、じょーず」

 ぞくぞく、と背筋に歓びが駆ける。
 もっと褒めてほしくて、限界まで口に頬張って彼の肉を舐めた。舌のざらざらしたところで裏を舐めると志摩宮の目が細められる。喉奥を押されると苦しいけれど、粘膜の感触が良いのか志摩宮の反応が良くなるので、頑張って奥まで咥え込んだ。
 ちゅう、ちゅう、と吸いついていると、二度目の精液が口の中に吐き出された。
 志摩宮は荒い息を整えながらまた膝をついて俺の口の中の精液を受けとって、今度は俺の胸にそれを擦りこんでくる。ぬるぬるで突起を刺激されると、嫌でもまた勃起してしまう。少し休みたいが、志摩宮が応じないだろうからしょうがない。
 呼吸音が二つ、バスルームに響く。
 乳首をぬるついた指で弄り回され、冷たいタイルの上でされるがままに喘いだ。気持ちいい、気持ちいい。それだけが頭の中に響く。
 なのに。不意に、思った。今してるのは、セックスじゃない。俺たちはまだ一度もセックスしてなくて、志摩宮は俺とセックスしたいとも思ってない。誰かに囁かれたみたいなその言葉に、身体から熱が抜けていく。

「……先輩?」

 萎えてしまった俺の中心を見て、志摩宮が首を傾げた。
 勃起してもそれほど大きくない小さくなった俺のソレを擦ってくれるが、なかなか元に戻らない。

「わり、ちょっと今日はもう打ち止め」
「ええー? 先輩が? この前、六回は出したじゃないですか」
「は? 六回?」
「ほら、前に来た時」
「そんなイったっけ……」
「性欲オバケだと思ってましたよ」

 マジかよ、と苦笑する俺に、志摩宮がまた口付けてくる。気持ちいいのに、熱が戻ってきてくれない。
 志摩宮はただ俺を使って抜きたいだけ。そんなの分かってる。最初から分かってて付きあってやってるんだろうが。好きなのは俺だけ。セックスしたいのは俺だけ。
 頭の中でガンガンと俺の声が喧嘩する。痛いくらい喚くそいつらに、いい加減にしろと叫びたくなった。

「床、冷たいっスからね。ちょっと温まってから、ベッド行きましょうか」

 志摩宮は縮こまる俺を諦めて引き起こし、シャワーの湯を出して汚れた体を洗い流した。
 バスルームを出ると、戸棚から出してきたタオルを渡された。ほんのりと洗剤の香りだけがする、ゴワゴワしたバスタオル。柔軟剤とか使うタイプじゃなさそうだしな、と得心して体を拭いて服を着た。

「まだしますってば」
「俺はもう今日は無理だって。お前だって、あと何回もはしねーだろ?」
「……まあ、出せてあと一回くらいですけど」

 だろ、と志摩宮を小突いて、ベッドの方へ歩いていく。
 何か飲みますかと聞かれたのでお茶と答えたら、また前みたいに口移しで飲まされた。気持ち良くて、嬉しくて、なのに心が冷えたままだ。
 胸のあたりがずきずきと痛む。なんだこれ、すごく面倒くさい。

「志摩み……」

 お茶のボトルを冷蔵庫に戻しに行って戻ってきた志摩宮に、もう一度口でしてやろうと触れかけた時だった。
 ズキン、と酷い頭痛に襲われて、思わず目を瞑ってこめかみを押さえた。吐き気と目眩に同時に襲われ、ベッドの横に蹲る。

「大丈夫ですか?」

 心配して志摩宮に触れられた肩が、バチッ、と音を立てて彼の手を弾き飛ばした。

「え……」

 何が起こったのか、目線を上げて志摩宮を仰ぎ見る。志摩宮は弾かれた手を見てポカンとしてから、再度俺に触れようとした。
 バチ、と今度は明確に火花を散らして、志摩宮の手が弾かれた。
 どうして。俺も志摩宮も、目を丸くする。
 暫し呆然として、考えついたのは、俺の神様の加護が戻ってきたのかも、という事。しかし、神様なんて姿形も見えなかったし、今まで物理的にこんなにあからさまに人を弾くこともなかった。それより何より、志摩宮は俺を害する意図なんて全く無いのに。

「一応聞きますけど、嫌がってるわけじゃないですよね」
「当たり前だろ。ってか、いつ加護張り直されたんだ?」

 何か見えたか、と聞こうとして、志摩宮には何も見えないんだったと思い出して頭を抱えた。蛍吾がいれば何か見えたかもしれないのに。

「あ、そうだ。蛍吾。蛍吾に連絡しなきゃ」

 荷物は纏めてしまったし、猶予ギリギリではあるが。加護が戻ってきたなら、クビは免れるはずだ。クビにならなければ、もう少し志摩宮といられる。
 喜色満面でスマホを出して電話をかけようとした俺を止めようとして、志摩宮はまた加護に手を弾かれた。

「どうなってんスか。触れないんですけど」

 もう一回しようとしたのに出来ないのが不愉快なのか、志摩宮は珍しく俺を睨みつけてくる。いや、正確には俺に張られている加護を、かもしれないが。

「俺にも分かんねーよ。俺の神様、調整ミスってったのかな」
「もっかい聞きますけど、先輩がやってんじゃないですよね?」
「違うって。なんで今更そんな事するんだよ」

 するなら最初からするって。と俺が答えると、志摩宮は不承不承といった体で服を着始めた。

「ごめんな。加護が戻ったらまたしてやるから」
「絶対ですよ」

 唸るように志摩宮は俺の謝罪を受け入れて、蛍吾に電話する俺をベッドに腰掛けて黙って見つめてくる。

「蛍吾、加護が戻った」
『は? 今更だな』

 電話口の蛍吾はさほど喜ぶ様子も見せてくれず、しかも『言わなきゃ普通の生活に戻れんのに馬鹿だな』と、俺がクビになるのを望んでいるみたいな事を言うので口を尖らして拗ねる。

「なんだよ。俺と離れるのが淋しくて顔見せなくなってたくせに」
『んなわけあるか。仕事だ仕事』
「俺の加護が戻ってるか確認しに来るのも仕事のうちじゃねーの? 加護が無いって言うの辛くて逃げてたんだろ蛍吾ちゃん?」
『……うるせぇ』
「ほらな。素直になれよ蛍吾、俺の加護が戻って嬉しいだろ?」
『しばくぞ』

 蛍吾をからかって遊んでいたら、苛立たしげに志摩宮がダン、と床を踏み鳴らした。あ、そうだった。伝えなきゃいけないことはそれだけじゃない。

「あのさ、戻ったのはいいけど、加護が強過ぎるみたいなんだよ」
『強過ぎる?』
「そう。志摩宮の手が弾かれて、俺に全く触れなくなってる」
『それは……困るな』
「だろ」

 電話口の向こうで、蛍吾は考え込むようだ。が、話だけではどうにもならないと悟ったのか、直接会って加護を見たいから寮に帰ると言って電話を切った。
 なので、俺も寮に帰る事にする。バスを使ってもまだ門限に間に合う時間だ。
 志摩宮はまだ憮然とした面持ちで、しかし律儀に俺を駅まで送り届けた。

「それ、治ったら絶対続きしてもらいますからね」
「分かってるって」

 俺を乗せたバスを見送る志摩宮は、いつまでもこちらを睨みつけていた。


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