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神は絶対に手放さない
14、緑色の記憶
しおりを挟むそれから数日、夏休みに入るまでの間、志摩宮がどんな人間なのか観察した。俺が悪いなら謝らなければならないだろうが、怒っている理由を聞いても志摩宮は答えてくれそうにない。
分かった事といえば、二つだけ。
一つ、蛍吾より俺と仲が良かった。
俺と蛍吾のクラスに後輩の志摩宮が休み時間毎に来ていても、誰一人として驚かないし文句も言ってこない。教師すらも。
そして、志摩宮は当たり前みたいな顔をして俺の隣の空席に座って、スマホゲームをし始める。主に協力プレイなのだが、これがめちゃくちゃ上手い。キャラは育成されているが記憶が無いから全くの初心者の俺を連れて、おそらく高難易度のダンジョンを難なくクリアしていく。
俺のスマホが新しくなったのも志摩宮が蛍吾に頼んだから──一緒にプレイするのに低スペック過ぎてロードが長くて苛つく──とは教えてくれたが、どういう経緯で志摩宮と遊ぶようになったのかは、いくら聞いても教えて貰えなかった。
放課後は志摩宮のバスの時間までスマホゲームをして、それから寮に戻って夕飯を食べて、寝て起きたら志摩宮が寮の前で待っている。
行動だけなら親しい友人だと思うが、当の志摩宮の態度はひどく事務的で、笑った顔は初対面のあの日以来見たことがない。
なのに、常に側に居る。義務か何かなのか。暇さえあれば来る。
あまりに気まずくて一度朝から姿をくらまして保健室で昼寝していた事があったのだが、目を覚ましてスマホを確認したらチャットが『どこですか』で埋まっていたのが怖すぎて、以来逃げるのはやめた。次の日ビクビクしながら登校したら、普通に「探すの面倒いんでどっか行くなら言って下さい」と言われた。俺の護衛か何かなのか。
二つ、友人が少ない。というか、俺と蛍吾以外と喋っているところを見たことがない。
蛍吾と話している時の志摩宮はそれほど話しにくい雰囲気ではないのに、俺相手だと途端に不機嫌そうになる。これはたぶん、俺が──記憶を失う前の俺が──何か怒らせたからだと思う。じゃなければ一緒にゲームしようとしないだろうし。
俺と蛍吾以外の人間に対しては、どちらかといえば蛍吾への態度と似ていると思う。形だけの敬語と、砕けた雰囲気。決して話しかけ辛い感じではない。なのに、誰も志摩宮に積極的に話しかけようとはしないのが不思議だった。
ああ、それからもう一つあった。
志摩宮の『名前』に関して、誰も口にしない。ネームプレートも全て苗字だけで統一されている。学校側が用意する生徒名簿を覗き見してみたが、それにすら苗字だけだったので、何か事情があるのだろう。蛍吾に聞けば分かるかもしれないが、隠している事をわざわざ暴くような真似をするのも気持ち悪いので気にしないことにした。
以上、志摩宮に関して分かったのはたったの三つだ。
どうして彼と仲良くなったのか、皆目見当がつかない。
何もしないのも気まずいから付き合っているが、ゲームは暇つぶし程度としか思っていない俺と、ヘビーゲーマーの志摩宮。
雑談しようとしても愛想笑いもしないし。返事はしてくれるけど。
そんな志摩宮と、二週間も同じ部屋で寝泊まりする事を考えると気が重い。
終業式を明日に控え、今日は午前中で授業が終わった。長期連休に実家に帰る生徒に配慮して、準備時間がとれるよう今日は部活動も禁止だ。
だから、教室にはもう俺と志摩宮以外誰も残っていない。
明日の終業式後すぐ車で千葉にある組織の施設に向かい、翌日からは大規模浄霊会──『除霊』というと五月蝿い辺りがいるらしい──だ。
グランピングの夢は断たれた。予約が間に合わなかったのだ。俺が予約忘れとかあり得ない、とぶつぶつ言っていたら、二件目の依頼で神様の加護を失っていたとかで、神子失格になるかならないかの瀬戸際だったのだと蛍吾に教えられた。
加護が全て割れた上に呪いまで受けるなんて、どれだけヤバい仕事だったのか。詳細を聞きたかったのだが、「長くなるしまだ詳しい事は全部調べ終わったら話す」と言われてしまった。
志摩宮にも聞いてみたが、何も見えない彼にとっては「なんか箱を壊せって言われたから壊しただけ」の仕事だったらしく、何の要領も得られなかった。
そういう訳で、しかし気を回した蛍吾が組織の施設の近場に宿をとってくれたとかで、組織の人間達と雑魚寝は回避することが出来た。志摩宮と相部屋というのだけが気がかりだが。
スマホゲームをしながら正面に座る志摩宮に聞こえないように長く息を吐く。時刻はそろそろ十二時を回る。冷房が止まってしまった教室は段々蒸し暑くなってきて、喉も乾いたし腹も減ってきた。
もしかして、このまま志摩宮のバスの時間までやり続けるんだろうか。
「昼飯……どうする?」
おそるおそる聞いてみる。
この数日で分かったが、志摩宮はあまり大勢に囲まれるのは好きではないようだ。蛍吾と俺と、それ以上で話をしようとすると、一歩退いてスマホでゲームをし始める。スマホをしまって話をしてくれるのは二人か三人の時だけだ。
人が多いのが嫌いならば、飯に誘っても嫌な顔をしそうだから、誘うにも勇気が要る。
「どうします?」
ピコン、と志摩宮のキャラが死んだ音がした。珍しく攻撃を避けミスったらしい。
志摩宮は気にしないようで、視線を上げて俺を見る。目を合わせるのがなんとなく躊躇われて、今度は俺が視線をスマホに落とした。
「今日は寮で昼飯出ないから、俺は外に食いに行こうかと思ってたけど。志摩宮は?」
「特に決めてません」
「あー……うん、そっか」
一言、飯食いに行くか、と誘えばいいだけなのになかなか難しい。言い淀む俺に、なんとなく志摩宮の視線が刺さっているのが分かる。
再プレイするのかと思えば、志摩宮からパーティを切られてしまった。
「帰りますか」
志摩宮はスマホをポケットに入れて席から立ち上がった。
慌てて立ち上がろうとする俺に、志摩宮は「もういいですよ」と言う。
「いいって、何が」
「俺に付き合って遊んでくれて、ありがとうございました。満足したんでもういいです」
それじゃ、と志摩宮は片手を上げた。その顔には何の未練も見えない。
え、と俺の方が焦ってしまう。去って行こうとする志摩宮の腕を慌てて掴んだ。掴んでから、どうしたらいいか混乱する。
「……バイトなら、ちゃんと同行しますよ。蛍先輩と約束しましたから」
振り返る志摩宮は、掴まれた腕を見て眉根を寄せて不快そうにする。その反応にずき、と胸が痛んで、すぐに手を離した。
志摩宮はずっと、『俺』なんてどうでも良かったのか。
『四月からの四ヶ月間の俺』とは仲良く出来たが、今の俺とは仲良くなれないと判断したのだろう。
俺だって、どうして志摩宮と仲良くなれたのか分らない。巡り合わせが悪ければ、こうして仲良くなることもなく離れていくだけだ。
「そ、か。……うん。分かった。引き止めてごめん」
散々うざったいと思っていたのに、いざ離れていくとなると急に寂しくなる。我ながら自分勝手だ。
志摩宮に悟られないよう、パッと笑顔を作って手を振った。
「じゃあ、また明日。色々面食らうことあるかもしれないけど、俺と蛍吾でフォローするから。頑張ろうな」
じゃーな、と志摩宮に背を向けて、自分の席へ戻った。鞄に筆記用具を詰め、テーブルに置いたままだったスマホをズボンのポケットに突っ込む。
瞼を閉じて、細く息を吐いた。
もういい、と言った志摩宮の声が脳に響く。彼の怒りは治っただろうか。いや、もうどうでも良くなったのかもしれない。
常に一緒に居ることにクラスの誰もが驚きもしなかった。それほど俺たちは仲が良かったのだ。それなのに、忘れてしまったから。
「……あ」
そうか、と今更気付く。
忘れたから怒っていたのか。
呪いの紋について、どんな呪いだったのか詳細は蛍吾は教えてくれなかった。ただ、とにかく消さない事には不便だったから、俺は一も二もなく記憶と引き換えに紋を消す事を選んだと聞かされた。
俺ならそうするだろうな、と納得がいったからそこに何の疑問も抱いていなかったのだが。
もしかして俺は、志摩宮に何も言わずに記憶を消したのだろうか。
消えた記憶はきっちり四ヶ月分だ、と蛍吾は言っていた。正確に期間が分かるなら、その期間に出会った志摩宮との記憶が丸々消えるのは分かっていたはず。
それなのに、何故。
俺は、自分で言うのもなんだが、そこまで冷たい人間じゃない。仲が良いなら尚更、その上志摩宮は組織の事も話せる間柄。事情を話してからでも良かったはず。
それが、どうして志摩宮には言わずに記憶を消したのか。
考えようとしても、記憶に無い事に関してはお手上げだ。真っ白な記憶を辿ろうとしても、無いものは辿れない。
諦めて帰ることにした。
蛍吾なら理由を知っているだろうか、と踵を返した正面に、物言わず志摩宮が立っていた。
「……っ、び、っくり、したぁ」
そういえば、帰っていく志摩宮の足音は聞こえなかったかもしれない。あれだけ冷たい態度をとっておいて、何故帰っていないのか。
「淋しいですか」
志摩宮は、まっすぐ俺を見ている。
窓から入った光が、志摩宮の瞳に射し込んだ。煌めく緑色に、見惚れてしまう。見覚えがある。この緑に既視感が湧く。それがいつなのか分からないけれど、とても懐かしい気分になる。
「先輩」
呼び捨てに、という条件を出した癖に、志摩宮は名前で呼ばない。
苛立ったようにもう一度呼ばれて、返事を催促されているのだと気付いた。
「ラーメン、好きか」
淋しいだなんて、言えるわけがない。男同士でそんな事言うの、気持ち悪いだろ。
「好きです」
「どこ行く?」
「先輩が決めていいですよ」
「んー……、じゃあ、西通りの『香月』とか。どう?」
俺が提案した店名を聞いて、志摩宮は数日ぶりにくしゃっと顔を歪めて笑った。
「大好きです」
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