神は絶対に手放さない

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神は絶対に手放さない

15、染井川先生のスパルタ授業(一日目)

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「わーっ、すっげ! 本当に部屋に露天がある!!」
「静汰先輩、走ると危ないですよ」

 終業式が終わり、三人で車に乗って組織の施設へ直行。顔合わせと今夜からの簡単な役割分担について話し合った後、俺と志摩宮は蛍吾が予約しておいてくれたという温泉宿に送ってもらってきていた。
 「グランピング気分には程遠いだろうが、離れで温泉付きだからゆっくりできると思うぞ」という蛍吾の台詞通りのロケーションに、テンション上がりまくりの俺は部屋のガラスの向こうに露天風呂を見つけて小走りだ。
 フロントで温泉は二十四時間湧きっぱなしだと説明された通り、タイル造りの浴槽には並々と湯気の立つ湯で満たされている。長い庇の伸びた下に、ウッドテラスと浴槽が埋め込まれている。海辺の宿だったから期待していた通り、露天からは海が眺められるようだ。ここではスイッチオフでゆっくりしよう。
 我慢する気もなく、荷物をその場に放り出して服を脱ぎ出した。

「先輩、脱衣所あっちですけど」
「細かいこと言うなって。志摩宮も入ろ」

 脱いだ服をわさっと纏めて抱えて、志摩宮の指差した脱衣所へ向かう。
 シャワーのある内風呂と外風呂への扉がある洗面室兼脱衣所のような小部屋に服を置いて、早速外へ出た。
 そろそろ八月の午後四時は、まだ陽が高い。
 全裸にじわっと汗が湧いて、風呂に入ればサッパリするだろうなとまずは湯桶を探した。が、見る限り、無い。

「なー志摩宮、内風呂から手桶取ってきてくん、ね……」
「はい? 無いんですか?」

 掛け湯をしようにも桶が無いのだと、入ってきた扉を振り向くと、志摩宮も入ってくる所だった。
 手ぶらで来たその姿に、思わず呆けて口が開く。

「なっが」
「あー……はいはい」

 俺の反応に志摩宮は肩を竦めて、踵を返して内風呂の方へ行って手桶を取ってきてくれた。先にどうぞ、と渡されて、正気に戻って掛け湯をしてざぶんと湯船に入った。

「ふはーーーーー……」

 暑くても温泉へ入ると気持ちいい。
 浅めの浴槽の中で足を伸ばして首まで浸かると、その横に志摩宮が入ってきた。
 横目で見た瞬間に、長い逸物が湯の中でふわふわ揺れるのが勝手に目に入ってくるので大げさに目を逸らした。
 なにアレ。こっわ。馬かよ。
 完全敗北に、自分のを隠す気すら失せる。同じ日本人と比べてだって、大きい方ではない。小さくはない……はず。
 せっかくの温泉でちんちんの事を考えるのも嫌なので、頭を空っぽにして暫く浸かった。

「……い、静汰先輩、大丈夫ですか? そろそろのぼせますよ?」
「ん……」

 肩を揺すられ、ハッと気を戻した。

「あっぶね、俺寝てた?」
「たぶん寝てました」

 だいぶ頭がクラクラする。上がろうと床のタイルに手をついた筈が、柔らかい肌に触れて慌てて自分の位置を確認した。俺が触ったのは、どうやら志摩宮の脚だ。
 いつのまにか、志摩宮のあぐらの上に横抱きにされている。

「は……? なに? なんでこの体勢?」
「静汰先輩が上向いたまま沈んでいきそうだったんで首だけ支えようと思ったんですけど、ひっついて来たんで」

 溺れそうな気配を感じて、寝惚けながら防衛本能が働いたのだろうか。
 有難いが、尻の下に男のアレの感触があるのは落ち着かない。降りようと身動いだら、俺の尻で擦れた志摩宮のソレがぐっと硬くなってしまった。

「っ! 俺、先に出ます」

 志摩宮は俺を放り出して、慌てて内風呂へ走って行った。がっつり上を向いてしまった屹立は、隠せるサイズでは無かった。
 自分のを見下ろし、「普通」と呟く。
 アレだと、彼女になる人は大変だろうなぁ。
 そういえば、彼女がいるのか聞いたことが無かった。居なそうだけど。
 二週間で少しは仲良くなれるだろうか。昨日ラーメン屋に行った後から、少し態度が軟化してきた気もするが。
 そんな事を考えていたら、またうつらうつらとしてきてしまって、慌てて起きて風呂を出た。
 脱衣所で体を拭いていると、和室の方から志摩宮が顔を出す。

「今内線かかってきたんで、夕飯、本館で十八時にしましたけど、良かったですか」
「おっけー」
「ちょい早いですけど、静汰先輩、眠そうなんで」

 愛想は無いが、志摩宮はよく気を遣う方だと思う。こういう所が可愛いから手元に置いていたのだろうか。

「……あのさ、呼び捨てでいいよ」

 『四ヶ月間の俺』に対抗心が湧いて、そんな事を言ってみた。
 志摩宮は首を傾げ、

「静汰、って呼ぶと、なんとなく敬語使い辛いんスよね。バランス悪くて」
「バランス? よく分かんねーけど、だったら敬語もやめればいいじゃん」

 気にしねーよ? と言うと、志摩宮は嬉しそうに笑った。口角が上がって、大きな目が線みたいになる。
 俺、こいつの笑った顔好きかも。大人っぽくて近寄りがたい顔が急に子供に戻るみたいで、なんか良い。

「やった。じゃ、タメで話しますね」
「抜けてねーぞ」
「まぁ、急には無理ですけ……だけど」

 顰めっ面で志摩宮は言い直し、でも口元はにやついている。タメ語がそんなに嬉しいのか。一瞬志摩宮の後ろにブンブンと振られる尻尾が見えた気がして首を捻った。
 着替えを済ませ、食事の時間まではスマホゲームに興じた。
 本館での食事は、海沿いだけあって海鮮尽くしだった。肉が少ないのは俺的にはイマイチだったが、志摩宮は脂の少ないサッパリした物が好きらしく大満足だったようだ。そういえば、『香月』でも中華そばを頼んでいたっけ。

「せん……静汰は、チャーシュー増し豚骨とか好きだよね」
「ラーメンならなんでも好きだけどな。まあ、一番は豚骨だな。とろとろのチャーシューと煮卵がつけば最高」

 食事が終わって部屋に戻ると、和室に布団が敷かれていた。並べて敷かれた二組の布団に、何故だか一瞬どきっとしたが、志摩宮に悟られないよう布団に倒れ込んだ。

「もう寝ますか?」
「敬語」
「……もう寝る?」

 うつ伏せで布団に倒れた俺の隣に腰を下ろした志摩宮の声音は優しい。安心する。

「寝ねーよ、これからが本番なんだし。もう一回風呂入ってから行きたい」
「風呂で溺れないでくれよ」
「志摩宮も一緒に入って見張っててくれればいいじゃん」

 ごろん、と仰向けに転がったら、俺を見る志摩宮の視線とぶつかった。
 何か言いたい事がある。そんな顔をしているのに、志摩宮は何も言わない。下唇を噛んで、恨むような目をして、ふいと目を逸らした。

「志摩み……」
「俺は仮眠しますんで、時間になったら起こして下さい」

 じゃ、と志摩宮は充電ケーブルにスマホを挿すと、布団に潜って寝始めてしまった。
 何度呼んでも無視されてしまうので、諦めて一人で風呂に入った。
 眺望できる真っ暗な海は、今は静かに凪いでいた。










 深夜二十三時を回ってやっと、迎えの車が来る。志摩宮を起こして二人で乗り込み、窓の外の闇を眺めながら昼間の施設へ向かった。
 施設は、表向きはある企業の慰安施設となっている。外構は白い鉄柵と常緑樹で囲まれて小綺麗なものだが、中の建物はコンクリ造の簡素なものだ。地区の集会所をだだっ広くした感じ、といえばいいだろうか。
 中は大きな厨房と広間の二つに区切られているだけで、下っ端構成員はここに滞在する間、自分達で煮炊きして雑魚寝である。ある程度地位が高くなると、近場に自分で宿をとっているようだが、俺と蛍吾が他所泊まりを許されたのは今年が初めてだ。蛍吾はあまり金を使いたくないからと、近場のビジネスホテルをとったらしい。ちなみに俺と志摩宮の宿代は俺の給料から引かれる。
 敷地の出入口から車でしばらく入ったところにある建物の玄関アプローチからは、階段を降りればすぐ砂浜だ。
 見ようによってはプライベートビーチと言えなくも無いそこには、今は大量のブルーシートが敷き詰められている。闇の中で月明かりに照らされて光るブルーシートの上に、組織の構成員が大量に座っており、仕事の開始まで待機中だ。
 これからここで、全員で経を唱えながら浄霊を行うのだ。
 大まかに分けて、三班。海で死んだ人の霊を呼び出す経を唱える班と、呼び出した霊達を浄霊する経を唱える班。そして、経ではどうにも出来ない悪霊と成り果ててしまったものを、紋で強制的に浄霊する班。
 俺は今夜は浄霊班で、蛍吾は例年の如く紋浄班だ。
 車が停められ、外で待っているだろう蛍吾の姿を探したら、玄関灯で照らされたポーチに見知った男を見つけて自然と眉間に皺が寄った。
 男はいつものスーツ姿ではなく、紺のポロシャツにブラックデニムで煙草を吸っている。サンダル履きの男の横に蛍吾の姿を見て、今年は奴も参加するのかとうんざりした。あいつも組織の人間なのに、俺を神無神子と呼ぶ。だから嫌いだ。
 車を降りると、手持ちの携帯灰皿で煙草を消した染井川がまっすぐこちらに歩いてくる。

「よう」
「……どうも」

 組織内では明らかに神子の方が地位は上の筈なのに、どんなに下っ端の構成員でも表面的には俺を神子として敬うのに、染井川だけはそれをしない。
 俺より十数センチ高い所から見下ろして、挨拶代わりにいつも小馬鹿にする台詞を掛けてくる。
 単純に仲が悪い相手なら気にしないのだが、染井川とは挨拶くらいしか接点が無い。それなのに、何故だか彼は毎度こうして俺を苛めにやって来る。俺は気が強い方だと思うが、理由の分からない嫌われ方をするのは苦手だ。やり返していいのか悪いのか、その判断材料さえ無いのだから。

「今日はお前、浄霊班だったな」

 仕事についてかと、少し安堵する。いつもの中傷もされない。
 頷きを返すと、染井川は右手を上げて空中に紋を描きだした。蛍吾より素早く描かれたそれは、俺ではなく俺の背後で待っていた志摩宮に飛んだ。

「あの……?」
「そいつは紋が効きにくいらしいからな。そいつ本人じゃなく、まずは周りに見えない壁を作る」

 どうやら、素人の志摩宮に防御の紋をかけてくれるつもりらしいと判断して、染井川の作業を黙って見つめる。
 そんな優しい奴ではないと、今までの奴の行動からして有り得ないことだと判断できた筈なのに。

「で、その壁に温度調節機能と回数カウント機能を付けるだろ。で、壁の外側に霊的衝撃を感知するセンサーつけるだろ」

 温度調節? 回数カウント?
 染井川が何をしようとしているか分からず、どうしたらいいかと離れた場所でこちらを心配そうに見ている蛍吾に視線を送るが、彼は首を横に振るだけだ。
 そうしている間にも、染井川は見たこともない紋を素早く正確に志摩宮へ飛ばしていく。
 まず、一度飛ばした紋に後から他の紋を付随させるのを見たのが初めてだ。蛍吾は全ての紋を描いてから飛ばしていたし、そもそも他の術師は複数の役割を持つ紋を描く事すら霊力不足になって描ききれないだろう。
 顔を合わせると嫌味を言っていくだけの男だと思っていたが、相当な術師だったらしい。
 驚きに気をとられて、彼の紋が何をしようとしているのかまで気が回らない。

「……で、温度調節と回数カウントをリンクさせて、最後に壁の外側に霊を引き寄せる紋で、完成」

 完成と言われても。
 何をしたのか、冷静に最初から辿り直してみる。
 まず壁。壁に霊障があると回数がカウントされて、回数とリンクして温度調節。温度調節?

「温度調節ってなんだ?」
「教えて貰う立場で敬語も使えねぇのか、神無神子様は」
「……温度調節とは何ですか」

 嫌な予感に、大人しく言い直した俺に染井川がニヤァといやらしく笑う。

「単純に温度を変化させる機能だ。入力される回数によってプラス1℃ずつ」

 壁に霊障があると1℃ずつ壁の中の温度が上がる。
 そして、外側に霊を引き寄せる機能。

「……!」

 我ながら頭の回転が遅過ぎた。
 視界のスイッチを変え、霊が見えるように集中する。

「志摩宮! 蛍吾の方行ってろ!」
「そりゃ駄目だ。はい、『位置固定』追加」

 染井川の紋を描くスピードは驚異的だ。
 加護で弾こうと手を伸ばす前に、志摩宮に紋が飛んでいく。

「クソッ、なんでこんなこと」
「綺麗な顔でクソとか言うなよ神子様よぉ。ほら、お出ましだ」

 まだ霊を呼び寄せる経は始まっていないのに、志摩宮に付随された紋に引き寄せられた霊たちが海から上がってくる。
 ざあ、と寄せてきた波の中から、人の形を残すものから残骸のような有様で這い回るものまで、多種多様な霊が波の数だけ姿を見せた。闇の中で蠢くそれらは、灯を見つけた蛾の如く、こちらへ向かって進んでくる。
 砂浜で待機していた構成員達が慌てて経を読み出すが、一心不乱に志摩宮へと向かい彼らをすり抜けてくる霊の数の方が多い。

「えーと、つまり俺にヘイト集まってて、攻撃上限回数で死(デス)ってこと?」
「呑気にゲームみたいな解説すんな!」

 慌てて加護の力を借りて近寄ってきた霊を浄霊し始めるが、数が多い。経を唱えられればあれはゲームでいうなら範囲魔法だから志摩宮の近くで唱え続ければいいのだが、生憎俺は経が苦手だ。長ったらしくて眠くなるから覚えてない。
 なので、志摩宮の前に陣取って、近寄ってくるやつをひたすらに素手で叩いていくしかない。丁寧にやってやる余裕は無いから、一人につき平手一回で怨みを引き剥がして強制的に浄化する。
 霊に触れる度に溺れそうになる。海で死んだ人間の大半は溺死だから当たり前だが、たまに刺された後に海に落とされた奴とか、撃たれた奴までいる。そいつらの痛みが休みなく俺の中に流れ込んでくる。
 苦しい上に、全身痛い。クラクラする。
 砂浜の浄霊班が本格的に経を唱え出すと数は少なくなったが、染井川の指示なのか、今度は紋浄班の担当だろう大物がこちらへ這ってくるのが見えた。

「ちなみに、人間の脳が耐えられるのは四十二度な。気温イコール体温じゃねえけど、まあ目安にしてくれや」
「……このクソ野郎、終わったら絶対ぇ殴る」
「やれる体力残しとけよ」

 ハハ、と染井川は俺の罵声を鼻で笑って、また煙草を吸い始めた。俺に嫌がらせしておいて、自分は堂々とサボろうというのか。
 一瞬カッとなって志摩宮を放って殴りに行こうかと思ってしまったが、ぐっと拳を握って目の前の大物に気持ちを戻した。
 平手一発でどうにか出来る代物では無い。だが、小物が全く来なくなった訳でもない。大物に時間を掛けて浄化する為に志摩宮から離れれば小物に叩かれて志摩宮が死ぬ。大物を近寄らせ過ぎれば浄化が間に合わなくてカウントが増える。
 朝までに大物が何匹くるか分からない。できる限りカウントは増やさないようにしなければならないだろう。
 俺が錆びついた頭を回転させてどうしようと考えているのに、背後の志摩宮は呑気に自分の周りの見えない壁を叩いて「パントマイムー」とかやっている。気が抜けるからやめてほしい。
 手が届かないうちから少しでも削れればいいのに。
 そう考えついて、振り回していた片手で紋を描いてみた。一度目は急に小走りで寄ってきた霊に気を散らしてしまって失敗したが、二度目は形にはなった。描いた破邪を、大物に飛ばすと少しは穢れが落ちた気がする。
 これならいけるか、と片手で近場の霊を浄霊しながら、もう片手で紋を描いて大物に飛ばす。大物はすぐ傍まで迫ってきた。
 これなら片手でも、と軽く見たのがいけなかった。
 大物に触れた先から、一気に何十人分もの痛みと苦しみの断末魔の記憶が流れ込んできてたまらず叫んだ。

「うああああああっ」

 溺れる。苦しい。誰か、誰か助けて。伸ばした手はどこにも届かない。波に飲まれて深いところへ沈んでいく。目が痛くて開けられない。開けても真っ暗闇だ。誰か。誰かいないのか。一人は嫌だ、一人は怖い。人を、人を引き込め。同じように海にいる人間を、一人が寂しくないように。

「先輩? 先ぱ、静汰、大丈夫か?」

 膝をついた俺に、心配げな志摩宮の声が掛けられるのが聞こ
 痛みで頭がガンガンと揺らされる。水なんて入っていないはずの喉が空気を吸えずに喉を押さえて呻いた。溺れる。空気が、酸素が吸えない。誰か。

「おい、いいのか? こっちの坊主のカウント増えまくってんぞ」
「……!」

 蹲って呻く俺の横にしゃがんだ染井川に煙草の煙を吹きかけられ、その不快さに正気が戻ってきた。
 大物を横薙ぎに一閃すると、志摩宮に向き直って慌てて小物を浄化する。
 近場の霊を叩く手で紋を描きながら飛ばすと、先ほどより殲滅が楽になった気がした。
 合間に背後を確認すると、立ち上がった俺を見上げた志摩宮は酷い表情だった。膝をついて見えない壁にぴったりと手をつけて、それ以上俺に手を伸ばせないのがもどかしいみたいにするので、壁越しにその手に自分の指を重ねた。

「悪い、志摩宮」
「俺は大丈夫っスよ。それより、静汰の方が心配。めちゃくちゃ叫んでたし」
「もう、大丈夫。もう絶対増やさん」

 俺がそう言うと、志摩宮はやっと安心したのか表情を崩した。

「じゃあ俺暇なんでゲームやってますね」
「……余裕ね、お前」

 ちょっと暑いんで脱ぎますねー、とその場でTシャツを脱いだ志摩宮から、視線を逸らして呆れた。
 だが、もう油断はしない。
 中の温度がどれくらい上がったのか分からないのだ。もう絶対に近寄らせない。
 浄霊は本格化してきて、岸から上がってくる霊の量も増えている。一度はこちらまで来るのが減っていた筈なのに、前で経を唱える浄霊班の集中力が切れてきたのかこちらへ溢れてくる数が増えてくる。
 片手では足りない。もっと早く殲滅したい。経を唱えながらやればいいのだろうが、俺の経モドキはその、人前で口ずさむには、少し恥ずかしい。
 もっと早く紋を飛ばしたい。なら、片手ではなく両手なら?

「くっそ、むずい」

 思いついたら即実践してみるが、一番描き慣れた破邪の紋ですら左手で描くと紋としての形を為さずに消えてしまう。
 だが、両手で描ければ絶対に楽になる。
 黙々と、ひたすらに紋を描き続ける。近いものから紋で浄化し、それでも間に合わなかったものだけを加護を使って浄化する。
 霊との同調が少なくなると精神的な負担は減ったが、紋を描き続ければ当然腕に負担がくる。俺は霊力を神様から補充出来るとはいえ、肉体的な負担は減らせない。
 それでも、手を止められない。いつまたさっきのような大物が出るか分からないのだから。
 夜明けまで五時間。
 俺はひたすらに紋を描き続けた。

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