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神は絶対に手放さない
22、視線の意味
しおりを挟む目を覚ました時、外はもう太陽が真上にあった。スマホで時間を確認すると、午後一時を回っていた。
やや寝苦しく、掛け布団を横に置いやって寝転がったまま隣を見ると、もう既に志摩宮は起きた後のようだった。軽く畳まれた布団を見て、少し淋しい気持ちになる。
起きてクーラーの設定温度を見たら、今日は二十七度に設定されていた。汗ばんだ身体が気持ち悪いので、志摩宮が不在のうちに風呂に入ってしまうことにする。露天風呂に出ると直射日光は当たらないもののかなり暑く、外に出てきた事を少し後悔した。
「はあ……」
それでも、湯船に浸かってしまえば極楽だ。真昼間に風呂というのも、むしろオツとさえ思えてくる。
仕事が少し早めに終了してから、宿に戻ってきて速攻寝たので睡眠は十分だ。今日は少し宿の外を散策するのもいいかもしれない。
ざざあ、ざざあ、と心地の良い波音を聞きながら、気が付けばまたうたた寝してしまったようだ。
コンコン、とガラスを叩く音に瞼を開けて振り向くと、部屋の中から志摩宮が窓を叩いていた。
「溺れるなよ」
「ん」
窓越しに心配そうにする志摩宮の手には、宿の売店ではなく、コンビニのロゴマークのついたビニール袋が下がっている。中から炭酸水のペットボトルを出して、「冷蔵庫に入れとくよ」と声をかけて窓際から離れて行った。
……まさか、炭酸水を買うためだけにわざわざ宿の外へ出てコンビニまで行ってきたのか?
まさかな。何かのついでだよな。
「……」
軽率に炭酸水が好きだなんて言ったからかと、ちゃんと礼を言って次からはお茶で良いと言わなければ。上がろうと立ち上がったが、中に戻るためのドアが向こうから開いて志摩宮が入ってきた。
股間にぶら下がるソレを隠そうともしてくれないせいで、思わず見てしまって慌てて首ごと横を向いた。
「静汰?」
湯船に入ってきた志摩宮が不思議そうにしているが、自分の股間の奴がどれだけ凶悪かくらい自覚して欲しい。大浴場とかだったら、年配が寄ってたかって大盛り上がりに違いない。
「あの、別に炭酸水じゃなきゃ飲まないとか無いから。お茶飲むし」
「え、ついでだから。コンビニに課金カード買いに行った、そのついで」
だから気にしないで、と志摩宮は言う。本当だろうか、と見つめたら、ふいと視線を逸らされてしまった。
「……静汰、たまにそうやって黙って見てくるけど、それ結構恥ずかしい。なんか勘違いしそうになるから、やめた方がいいよ」
「お、おう……?」
確かに、女の子ならまだしも男に見つめられても微妙かもしれない。志摩宮に見つめられたら秒速ダウンしそうだけど、と内心で嘆息した。
「先上がるわ」
志摩宮の裸は目の毒だ。反応してしまう前にと、早々に風呂から上がった。軽く足だけ拭いて内風呂へ移動して、頭と体を洗う。髪を洗うとじゃりじゃりと砂が出てきて、布団の方も砂が落ちているかもしれないと心配になった。
内風呂を出ると、志摩宮も上がったところだった。彼に背を向けて、タオルで水を拭き取る。何故だか若干気不味い。なんとなく視線を感じたが、志摩宮はこちらを見ていなかった。
部屋へ戻ると、朝食──とは言っても、宿にとってはランチだが──を摂りに本館へ行くことにした。昨日同様、志摩宮は冷やうどんに少しの果物と緑茶だけだ。心配だからと言って少食なのを何度も言うのもなんなので、今日はそれについては何も言わないようにした。俺もいつも通り大量に食べる。
食事を終えて飲み物を飲みながらスマホで天気やらSNSを確認していると、テーブルに寄ってきた二人組みの女性たちに声を掛けられた。
「あの、一昨日から連泊してますよね? お二人も観光ですか?」
「……いえ、夏休みの短期バイトで」
大学生くらいだろうか。濃くは無いがしっかり施された化粧に、長い爪には控え目なラインストーン。黒髪の女性たちはそれぞれ整った容姿で、おそらく男受けは良いのだろう。今も、話しかけるのが迷惑だと思われるなんて想像もしていないに違いない。
「どこで働いてるんですか? 短期ってことは、この辺の海の家とか?」
「お店行っていいですかぁ♡ バイト終ったら遊びましょうよ」
「飲食店じゃないので……」
遊ぶ、の意味が、志摩宮を見る目線で知れるので不愉快だ。
面倒だな、とどうあしらおうか考えていたら、先に志摩宮が彼女らに話し掛けた。
「あのさ、俺ら高校生だよ」
「えっ」
「あんたら二十歳越えてるでしょ。淫行で捕まるよ?」
志摩宮が流暢な日本語を喋ったのも驚いたようだが、俺たちが高校生だった事も予想外だったらしい。なんでこんな高い宿に高校生が、とぶつぶつ言いながらも引き下がってくれた。
「お前が老けて見えるのは分かるけど、俺はどう見ても未成年だろ」
「ってか、あの程度の顔面レベルで静汰に話しかけるとか烏滸がましい」
俺が言うと、志摩宮も頷きながら、しかし見当違いな憤慨の仕方をしていた。
「普通に綺麗な人たちだったと思うけど」
「全然タイプじゃなかったくせに、フォローはするんだ。良い子ちゃんぶってるな静汰は」
「そりゃ……」
確かに好みでは無かったけど、外見をどうこう言うのは失礼だろう、と。だったら俺レベルでは志摩宮に話しかけられなくなるじゃないかと、むすっとしてしまった。
ぐいっと飲み物を飲み切って、先に席を立つ。
「俺、先に戻るわ」
食器のトレイを持ってさっさと席を離れると、慌てて志摩宮もついてくるようだ。
「静汰、待って」
無視してトレイを返却口に置き、部屋までの道順を早足で戻った。後ろに志摩宮の足音がついてくる。
「ごめんって。良い子ぶってる、ってそんな嫌だった?」
「そこは怒ってねぇよ」
「じゃあどこだよ? なんで急に怒ってんの?」
志摩宮は全く分からないようで、困惑しながらも謝ってくる。それもまた何だか情けない。だって、これも俺の八つ当たりみたいなものだから。
立ち止って、志摩宮の顔を見た。彫りの深い、整った顔。大きい二重に綺麗な色の瞳。じっと見つめ返されると、世界に俺と志摩宮だけならいいと願いたくなる。ほら、俺レベルじゃ話しかける事すら烏滸がましい。
「……静」
「見た目で人を馬鹿にするな。不愉快だ」
端的に、それだけ伝えてまた歩き出した。
少ししてから、志摩宮の足音が黙ってついてきた。
更に気不味くなってしまった。喧嘩なんてしたくはないのに。
どうやって空気を変えようか、思い悩みながら離れの玄関ドアに鍵を差したところで、スマホの着信音が鳴った。この音は、志摩宮のだ。
「ごめん、ここで出るから」
チラと後ろを振り返って、軽く頷いて先に部屋へ入っていようとした。
「静汰、肩にゴミついてる」
俺の肩の方に手を伸ばしてきた志摩宮が、そのまま固まった。
「ん?」
スマホを耳にあてながら、もう片方の手を俺に伸ばしたその姿勢で、志摩宮が驚いたような表情で止まっていた。スマホの向こうからは声がしている。あまり高くない、──男の声に聞こえた。
「静汰」
もう一度はっきりと、志摩宮は俺の名前を呼んだ。なんの意味があるのか、ゴミがついてるなら取ってくれればいいじゃないかと思うのに、志摩宮は伸ばした手を引っ込めて、電話の向こうに話し掛けた。
「……おう。分かった分かった、今から帰るから。ほんとだって。すぐ帰る」
え、と今度は俺が驚きに固まってしまって、なのに志摩宮はスマホを通話状態にしたまま、俺に言うのだ。
「静汰、悪いんだけど俺今から帰るわ。蛍先輩には俺から連絡するから」
「は?」
「うん、分かった。夜には戻れるから、飯でも食うか」
志摩宮は俺のことなんてどうでもいいみたいに、スマホを耳にあてて電話の向こうの誰かと会話しながら、俺が開けたドアから部屋に入っていく。そのまま荷物を纏めたようで、一度通話を切ったと思ったら今度は蛍吾に掛け始めたようだ。
「蛍先輩、すいません。俺ちょっと急用で戻らなきゃならなくなりました。詳しい話はそっちでするんで、迎え寄越してもらってもいいですか。……はい、静汰は別で。はい。じゃあロビーで待ちます」
手早く連絡を済ませた志摩宮は、俺に「それじゃあ急ぐんで」とだけ言って、部屋を出て行った。
取り残された俺は、ただ放心するしかない。
電話の向こうの相手は、志摩宮の恋人だろうか。男の声だった。という事は、彼氏か。志摩宮、ゲイだったのか。ああ、だったら怒られるだろうな。すぐ帰ってこいって怒られたのか。ああ、ああ……当たり前だ。
布団の片付けられた畳の上にへたりこんだ。
動く気力が湧かない。ともすれば、泣き出しそうだ。それだけはするもんかと、奥歯を噛み締める。考えたくない。感情が高ぶらないように、精一杯呼吸するだけに努めた。
閉まった窓の向こうから、波の音が聞こえる。それを聞くのに集中すれば落ち着ける気がして、神様に祈るのを思いついた。
神様、神様。片思い相手に、同性の恋人がいました神様。泣きそうです。慰めて下さい神様。
神様相手に失恋報告なんて、と思わず笑ってしまった。でもそれで、少し落ち着きを取り戻せた気がする。相変わらず神様は俺の前に現れてはくれないけれど、きっと聞いてはくれている気がした。
ピリリ、と今度は俺のスマホが着信音を鳴らした。掛かってきた番号を確認するが、誰だか分からない。というか、登録以外から掛かってきた電話には出ない事にしている。
着信は五秒ほどで一度切れ、そしてまた掛かってきた。同じ番号だ。
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