神は絶対に手放さない

wannai

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神は絶対に手放さない

27、伝わらない

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 ドア枠を素手でぶん殴って変形させた志摩宮は、俺を睨んだまま部室へ入ってこようとした。
 金属を素手で殴って無傷のゴリラが、背後に炎のエフェクト揺らしながら歩み出したとして。止められる人が居たら見てみたい。

「し、志摩宮、なんでそんな怒って」
「あんたが逃げたからだろうが!!」

 ビリビリビリ、とガラスを揺らす程の声量で怒鳴られ、反射的に身を縮こめて志摩宮から逃げるように後退った。
 っこ……怖っ! めちゃ怖いんだけど! なんなの忠犬じゃなかったの!?
 ハッとして部室を見回した。文芸部員は女子ばかりだ。きっと俺以上に怯えているはず……と、思ったのだが。
 皆が皆、俺たちを見つめて堪え切れないみたいに微妙な笑みを浮かべていた。口元を押さえて隠そうとしているが、口角が上がっているし何より目付きが、なんか、気持ち悪い。
 なんでこいつら怖がってないの。
 怒っている志摩宮よりそっちの方が不審なので気をとられている隙に、志摩宮は俺の二の腕を掴んで引っ張り上げて立たせようとする。

「部屋戻るから、さっさと立って」
「……お姫様抱っこじゃないんだ……」

 誰だ余計な事を言ったのは。
 志摩宮が疎ましげに部員の方を睨むと、彼女らは目を逸らして関係無い風を装った。

「静汰が暴れないなら、してもいいけど」
「全力で暴れる」
「なら自分で歩いて。さっさと。早足で」

 志摩宮は俺を先に歩かせると、腰の辺りを膝で蹴ってきた。なんて雑な扱いだ。こいつ本当に志摩宮か?

「これ、今度弁償するから」

 すれ違い様にドア枠を指して俺が言うと、部員たちは半笑いで顔を見合わせた。

「う、ううん……。それより、次来る時は志摩宮くんも一緒だと嬉しいかな」
「こいつ?」
「うん。最初から一緒なら壊さないだろうし。あと、二人並んでると……うん、良い」
「うん、イイよね……」
「私、ケイセイだったけど、シマセイに宗旨替えした……」
「セメの嫉妬美味しい……」
「忠犬セメと狂犬セメ、二度美味しいね……」
「……?」

 何を言ってるのかよく分からない。
 首が九十度傾くくらい考えを絞ってみたが、俺の語彙ではケイセイもシマセイもセメというのも、妥当な漢字が思い付かなかった。
 日本語なのに理解出来ずに首を捻る俺の背中を志摩宮はもう一度蹴って、それに急き立てられるようにして俺は別棟から寮の自室へと戻らされたのだった。

「話って何」

 部屋に蛍吾の姿は無かった。
 二人きりは嫌だな、と思った俺の背後から、志摩宮に抱き竦められそうになって即座に加護で逃げた。するりと躱した俺を見る志摩宮の目が、淀んで暗くぞっとした。

「志摩宮。話、あるんだろ」
「……先にご褒美くれてもいいだろ。夏休み全部潰したんだぞ」
「は?」
「静汰の為に、……静汰と離れて頑張ってた俺を、少しは労ってやろうと思わないの?」
「だから、訳分かんねぇって」

 じりじりと俺を壁に追い詰めようとする志摩宮と距離をとり、俺はまっすぐ志摩宮を睨みあげる。
 俺の為に? 夏休みを全部潰す? 恋人と遊んでた奴が何言ってんだ。
 怯まない俺に志摩宮は自分を落ち着けるように長く息を吐いて、それから俺のベッドに腰掛けた。

「こっち座って」
「話ならここで聞く」

 頑なな姿勢を崩さない俺にようやく志摩宮の方が折れて、それでも俺が部屋から逃げないか見張るみたいにじっとこちらを見ながら話を始めた。

「静汰に呪いを掛けた奴を見つけた。それから、偶然だったけど、そいつが使ってた『箱』も一緒に」
「箱……」

 蛍吾が言ってた箱の事だろうか。それを、俺に呪いを掛けた術師が持っていたという事は。

「え、それ、もしかして掛けられた紋がもっと酷いやつだったら……」
「蛍先輩的には、「死ぬような紋なら神様が弾いてただろうよ」って話らしいので、死ぬ事は無かったと思いますけど」
「そっか……。でも、記憶が無くなる程度で済んだのはラッキーだった方だよな?」

 俺がそう言うと、志摩宮は少し考えてから首を振った。

「何か勘違いしてないか。静汰に掛けられた呪いは、『記憶を失う』って呪いじゃない」

 そんなの分かってるが。意味が分からず呆けた俺に、しかし今度は志摩宮が「あっ」と顔を引き攣らせて呻いた。

「あー……えっと、今の無しに」
「どれを?」
「あ~~……」

 何やら失言だったらしいが、どういう意味でのこの焦り様なのだろう。
 俺に呪いが掛けられて、それを解く為には記憶を犠牲にする必要があった。それは蛍吾と志摩宮に聞いた通りの筈なのに、何をそこまで焦っているのか。
 不意に勘付いた。
 『何らかの呪い』を掛けられて、解く為に記憶を失った。その、『呪い』の内容を、二人のどちらからも聞かされていなかった事に。

「どんな呪いだったんだ」
「……」

 志摩宮は嫌そうな顔で唇を噛んだ。当たりだ。

「別に、志摩宮が教えてくれないなら蛍吾に聞くけど」

 スマホをポケットから出して蛍吾にメッセージを送ろうとする俺に、志摩宮は酷く怯えた表情をする。
 何故彼がそんな表情をするのか。呪いの内容で志摩宮に迷惑を掛けたのか。それとも、志摩宮が俺に掛けたのか。どの道、呪いのせいなのだったら彼が恐れる理由が分からない。
 蛍吾に聞く内容を逡巡しているうち、先に志摩宮が口を開いた。

「呪いの内容は、『俺が静汰に触れなくなる』だけでした」

 触れなくなる。……それだけ?
 志摩宮の顔色が悪い。まるで断罪を待つ囚人みたいに真っ青だ。何がそこまで彼を追い詰めているのか。

「それだけ?」
「……」
「それだけの呪いを解く為に、俺は記憶を失う方を選んだのか?」
 そう聞いた俺に、志摩宮は絶望した表情で、聞きたくないみたいに俯いた。
「……そうです」
「んで? 何を隠そうとしてたの」

 そこに、何の秘密があるのか。
 敬語に戻ってしまっている志摩宮は、辛そうに俯いてそれ以上黙りこくってしまった。

「志摩宮」

 何度話し掛けても、志摩宮は答えない。ただ黙って、嵐が過ぎるのを待つように。
 その様がとても卑怯に見えて、苛立った俺は腕を組んで垂れた志摩宮の後頭部に言い放つ。

「答えなくてもいいけど、それならもう俺に関わるな」
「!?」

 驚いて顔を上げた志摩宮は、一層顔を青くさせていた。唇をわなわなと震わせて、泣きそうに見える。ここまでの表情をするくせに、こいつには本命が居るなんて、やっぱり詐欺だ。

「俺は俺を騙そうとするやつを側に置いとくほど懐広くない。寝首かかれるのは御免だ」
「騙したりしません! 俺は、先輩の為に」
「俺が求めてない事を押し付けるのは、ただのお前の自己満足だろ。俺は頼んでない」

 俺が言い切ると、志摩宮は顔をくしゃくしゃに歪めて一層泣きそうになった。これじゃまるで、俺が苛めてるみたいだ。

「俺と先輩は……、身体の関係があったんです」

 流石に絶交をぶら下げられれば言うしかないと思ったのか、志摩宮が話し始めた。
 なんとなく察してはいたけれど、大袈裟に驚いた表情を作ってやる。

「身体の、って」
「俺が言い出した事です。先輩は流されてただけで……俺はそれにつけ込みました。バイトの報酬を金じゃなく身体で払ってくれって」

 おっしゃーーー、俺、セーフ。
 俺から手を出したんじゃないと知り、内心だけでガッツポーズだ。彼氏持ちに手を出すような腐れ外道じゃなくて良かった。彼氏持ちなのに俺に手を出す志摩宮はやっぱりド外道だけどな。
 語る志摩宮を見下すように表情を動かさず、俺は黙って先を促す。

「それで、俺に好意を持ってたあいつが、俺と先輩を引き離そうとして呪いを……『俺が先輩に触れられない』呪いを掛けたんです」

 つまり、俺にとっても都合の良い呪いだった訳か。
 志摩宮に強要された関係を清算したかった俺は、四ヶ月分の記憶なんて安いものだと思っただろう。そして俺は忘れ去り、志摩宮は最初それに不満で怒っていたが、次第にどうでも良くなって無かった事にした、と。
 なんだ。俺も望んだ事だったんじゃないか。
 てっきり記憶を失う前の俺も志摩宮を好きだったのだと思い込んでいたから、志摩宮が関係を無かった事にしたのを怒っていたが。
 むしろ確かに、俺の為であったのかもしれなかった。

「うん。納得」

 平然と頷いた俺の様子に、志摩宮は訝しげにこちらを窺っている。

「あの、先輩」
「ん、何?」
「その……それだけ、ですか」

 ああそうか。確かに、男同士で関係があったと聞かされて、平然としているのはおかしいかもしれない。でも。

「別に、今はそういう関係じゃないし。第一記憶が無いんだから、それに関して俺が何か言う事は無いけど?」

 男同士で、という事に、嫌悪感はあまり無い。むしろ、有る方が時代錯誤だと思う。たまたまそういう関係になっていただけだろ、と軽く流してやるのが正解だろう。
 だってこいつは、ここまできてもまだ彼氏が居ることすら話さないのだから。
 知らん振りをして清算してしまうのが一番だ。

「そう、ですか」
「で、そのお前を好きだった奴が術師って事で合ってる? 今そいつはどうしてるの?」
「蛍先輩に箱と一緒に引き渡して、今は本部だと思います。組織の人間じゃないのに紋が使える理由も聞き出さないといけないとかで」

 ふーん、と頷きながら、ならそのうち俺も本部に呼ばれるかな、などと考えていると、不意に部屋のドアがノックされた。

「いるよー。誰?」
「令慈です。時間あったら、少しお話があるんですが」

 はて、令慈って誰だっけ、と思いつつもドアを開けると、小動物のようにちんまりとした文化祭実行委員長がそこに居た。
 そっか、こいつ令慈って名前なんだっけ。

「話って、実行委員関係?」
「いえ、そうではなくて……。他の委員とは割と親しいんですが、静汰くんだけあまり話した事がないので、良ければ色々話して交友を深めてみようかな、と」

 こて、と首を傾げながら上目遣いに見上げられて、おお可愛い、と感心した。これ、無自覚なら相当の天然タラシだな。

「うん、別にいいよ俺は。暇だし。──志摩宮、もう話終わったよな?」

 俺のベッドに座ったままの志摩宮に、帰れ、と目線で促す。が、彼は無表情に令慈を見てから首を横に振った。

「まだ終わって無いです」
「俺はもう話すこと無いんだよな」

 だから帰れ、出て行け、と。俺が言うのに、志摩宮は動かない。

「あの、僕、出直しましょうか」

 俺と志摩宮の間に張り詰めた空気を読んだのか、令慈が困ったように言って、しかし俺はわざと志摩宮に見せつけるように彼の肩を抱いてドアから外へ出た。

「飯でも行こっか。今ならまだバスあるし」
「え、でも」
「先輩!」

 非難するような志摩宮の声を背に、俺は乱暴にドアを閉めた。
 同じ轍は二度踏まない。

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