神は絶対に手放さない

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神は絶対に手放さない

28、相反する

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 夏休みが終わり、二学期が始まった。
 蛍吾は術師への尋問と箱の調査で忙しいらしく、授業には出ているが寮には帰ってきていない。「色々分かったら教えるから、しばらくは普通に学校で遊んでて」と言われれば、俺に出来ることもないので言う通りにした。
 遊ぶとは言っても、新学期が始まってすぐに文化祭の準備が始まったので、もっぱら俺は委員会の小間使いとして校内を走り回っている。
 振り分けられた予算では足りないと文句を言うクラス委員への対応。内容の決まっていた演劇の脚本や配役に途中から反対の声が上がって仲違いしたクラスの仲裁。運動部は部活ばかりして手伝わないと運動部の顧問に直接抗議しに行こうとする文化部たちの説得。
 あれ、これ、雑用っていうよりクレーム処理要員かも。
 配送されてきた用品をクラスに届けたり、門扉の飾り付けや各クラスの進捗確認や手伝いのような本来の雑用をしているのは、主に志摩宮だ。
 その志摩宮とは、あれきり話をしていない。
 何も話しかけてこないし、俺も話しかけていない。それなのに、いつも俺のあとを追い掛けてくるものだから、どうせなら志摩宮にも委員会の仕事を振るように令慈に言ったのだ。
 志摩宮もそれに素直に従って、黙々と仕事をこなしているようだ。
 時たま、志摩宮が何か言いたげに俺を見ている事がある。食事中だとか、寮の前まで俺に着いてきて別れる時だとか。それでも結局何も言わないので、俺の何も聞かない。
 志摩宮は他の誰かのものだから。
 前に街で見かけた、志摩宮の横を歩いていた可愛らしい少年は、校内では見掛けない。他校の人間なのか、もしかしたら後輩で、まだ中学生なのかもしれない。
 どうでもいい。気にしたくない。考えたくない。
 これ以上志摩宮と仲良くなってはいけない。好きになってはいけない。間男になんてなりたくない。
 だから無視した。志摩宮を視界に入れないように、あの緑の瞳に見惚れないように。
 最初は志摩宮に頼みごとをするのにいちいちビクビクしていた令慈も、文化祭まであと二日ともなると慣れたのか、小間使いとして便利に使っているようだった。

「静汰くん、次、ちょっとあっちで試しに仮装してみてくれる?」
「……仮装?」

 今日は久々に小競り合いの仲裁みたいな仕事が無くて、ダンボールやら画用紙が足りないと騒ぐ連中に物を振り分けたり運びに行ってやったりと雑用が多かった。
 忙しいのがひと段落したところで、令慈が教室の中の衝立で区切られた向こうを指して言った。確かそっちでは、朝からユミとリサたちが何かしていた筈だ。

「うん。僕たちもね、少しくらいは文化祭っぽい事しようかって話になって。それで、異性装だったら割と簡単だし、準備もあんまり必要ないからどうかなって」
「異性装って……え、女装?」
「まあ、僕たちはそうなるね」

 女子は男装だね、と言う令慈も、どうやらよく見れば化粧された後だったらしい。瞼がラメでキラキラと光っていた。
 元が小動物じみた可愛い顔をしているから、あまり女装という感じがしない。もしかしたら、リサ達のメイクの腕が良い所為かもしれないが、コスプレ感は皆無だった。

「令慈は顔可愛いからメイクしてもあんま違和感無いかもしれないけど、俺はヤバいぞ。客逃げるぞ」
「えー、そんな事ないよ」

 令慈は笑いながら、ぽっと頰を赤くした。
 うん、髪も長めだし、普通にショートカットの女の子みたい。
 異性装って事は、志摩宮も女装するのかな。そう思って教室内を探してみるが、志摩宮の姿は無い。何処かにお使いに出されたのかと思っていると、衝立の向こうがキャアキャアと騒がしくなった。

「わ、ヤバ。ヤッバ。ちょー綺麗」
「ね、ね、でしょ、やっぱ銀髪でしょ。最高でしょ」
「リサ天才。やっば。尊い。もう語彙とかどうでもいい、ヤバみの極み」

 どうやら、リサとユミがはしゃいでいるらしい。
 何をしているのかと俺と令慈が呆れてそちらを見ていると、衝立の隙間から銀色が零れ出てきた。

「──」

 銀色の、腰まである長い髪。ストレートの銀糸が顔を上げるのに合わせて揺れて、赤銅色の肌に落ちた。緑の瞳と、長い睫毛。踊り子のような布面積の少ない衣装まで着せられた彼は、神話の女神のようだった。
 志摩宮だ。
 そう分かっているのに。
 俺は、その姿を見て、酷い頭痛に苛まれた。

 ──銀色。忘れろと言われた。
 ──緑色。覚えていろと言われた。

 頭上には木々。朽ちた石段。幻のように揺れる記憶。
 両親とはぐれて泣く俺の頭を撫でた、煤竹色の指。「これを持っていけば戻れる」と、石を渡された。「まだこっちに来るには早い」と追い返された。
 緑色が、揺れる。心配そうに、愛しげに、俺を見る、神様の瞳。見上げた森の、木漏れ日の色。
 唐突にフラッシュバックしてきた記憶が、俺の脳内に色や匂いや音を思い出させる。
 木々が鬱蒼と茂った山の中だった。雨の後で濡れた草と、湿った土の匂いがしていた。頂上の神社まで、母と手を繋いでいた筈だった。いつのまにか母も父も、前後に沢山居た筈の他の参拝客も皆消えて、石段に一人取り残されていた。
 階段を一段登る度、自分が薄くなっていく気がしていた。でも、母も父も、上を目指して登っていたから、登るしかないと思った。
 母を呼んで泣きながら足を動かす俺の前に、唐突にその人は現れた。
 そして、階段の下を指差して、戻れと言ったのだ。
 「大丈夫」「いつでもついてる」「こちらに来るのはまだだから」と、優しい声で俺を励まし、「階段を降りたら、左側にある小屋にこの石を入れてね」と言った。
 綺麗な石だった。綺麗な緑色の石。神様の瞳と同じ色の。

「──神様」

 そうだ。神様だ。
 あの時会った神様。俺の神様。 

「あーっ、わかる、神様みあるよね!」
「こういう神様、ゲームで見たことあるよ~! エジプトとかの女神様だっけ?」

 騒々しい声に急に現実に引き戻された。
 目の前の志摩宮は、呆然とする俺を見て訝しげに首を傾げている。

「神様って……そんな大層なもんじゃないでしょ」
「いや、マジでヤバいからね志摩宮くん!」
「だよだよ!」

 騒ぐ女子達の声が耳に刺さる。不愉快さに眉間に皺が寄った。

「う……」

 頭痛がする。こめかみが断続的に叩かれているみたいで、あまりの激痛にその場にしゃがみ込んだ。

「静汰くん? 大丈夫?」

 令慈が俺を気遣って背中を撫でているが、不快で吐き気がした。
 触るな。俺に触っていいのは、俺の神様だけ。神様、神様。俺の神様。志摩宮が神様? 俺の神様は志摩宮? そんな訳はない。だって志摩宮はここにいる。神様も俺の傍にいる。
 頭痛の合間を縫って、神様に語りかける。
 神様、神様、俺の神様。居ますよね。俺の傍に。ずっと俺の傍にいたんですよね。
 ふわ、と暖かい指が、俺の頭を撫でた。頭痛が引いていく。
 そうだ。やっぱり、志摩宮は神様じゃない。有り得ない。
 だったら何故、記憶の神様と、今目の前の志摩宮が瓜二つなのか。

「先輩」

 久々に、志摩宮が俺を呼んだ。
 静汰、とは呼ばないんだな。のろのろと声の方を見上げると、俺の頭を撫でていたのは志摩宮の指だった。

「どうして……」

 訳が分からない。俺の頭を撫でたのは、神様だった筈だ。志摩宮じゃない。志摩宮じゃなかった。

「どうして」

 急に眠気に襲われた。視界が白く霞んでいく。足の感覚が無くなって、体が前に傾いだ。
 この感覚、よく似ている。経を唱えた時と。
 神様。貴方は今、何に嫉妬しているんですか。

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