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神を裏切り貴方と繋ぐ
Sー35、散歩するモルモット
しおりを挟む志摩宮が神子って、どういうことだろう。
思わず前のめりになった俺から森さんは染井川さんに視線を移して、それからまた俺を見た。
「静汰くんの神様が、志摩宮くんへ移ってきたんだそうだよ」
「移った?」
「志摩宮くん自体から話を聞けたわけじゃないんだけど……、君らが姿を眩ませてからすぐくらいに、蛍吾くんから聞いたところによると『神様が待てって言ってるから待つんだ』と言っていたそうですよ」
志摩宮が、俺を待ってる。
そう聞かされて、俺は自分でも驚くくらい動揺していた。だって、志摩宮には彼氏が居て、だから俺なんてすぐ忘れてしまうと思っていた。まだ俺が帰ってくるのを待っているなんて思ってもみなかった。どうして、と困惑しながらも、喜んでいる自分がいるのにも自己嫌悪する。
無事の一報くらいは入れてやるべきか、と無意識に染井川さんを窺うと、彼は俺がまだ何も言わないうちから首を横に振った。
「駄目だ」
「え」
「まだ駄目だ」
低い声で同じ事を言い、染井川さんは火を点けたばかりの長い煙草を灰皿に押し付けて火を消すと、立ち上がって部屋を出て行ってしまった。
染井川さんがそう言う気持ちも理解出来るので黙ってその背を見送ったら、森さんが苦笑しながら溜め息を吐く。
話が終わりなら俺も行こう、とお茶をぐっと飲み切って立ち上がろうとすると、森さんは俺に手を差し伸べてきた。その指には、小さな紙切れがつままれている。
「スマホ取り上げられてるんでしょ。電話番号、覚えてないならコレあげるけど」
「えっと……」
紙切れには『蛍吾くん』と『志摩宮くん』という名前が並んでいて、その下に携帯番号が書かれていた。
もはや懐かしさすら感じてしまう二人の名前を目にして、しかし俺は数瞬悩んでそれを受け取らなかった。
「染井川さんが駄目だって言ったので、俺から連絡はしません」
「……それでいいの?」
「良くは無いですけど。優先順位ってやつですよ」
俺の中では、もう高い高いてっぺんに染井川さんが君臨してしまっていて、だからその彼が『否』と言えば否なのだ。染井川さんが嫌がることをしたくはない。
肩を竦めてお手上げのポーズをとると、黙って見ていた砌輪さんが立ち上がった。ヤモリさんも片付けようと腰を上げ、周りが動いた気配を感じたのか目を覚ました鯛さんもそれに続く。
「師を裏切らねぇとこは気に入った。次の再封印の儀は三年後だ。それまでに精々鍛錬しておけ」
「あ、はい」
砌輪さんに背中を軽く叩かれ、しかし三年後、という単語に凍りついた。三年後。たった三年後に、染井川さんは自分がこの世に居ないのを確信してるのか。
足の止まった俺をヤモリさんが哀れそうに見て、しかし湯呑みを集めて台所の方に行ってしまった。座布団を集めて一か所に積んだ森さんが、砌輪さんがしたより優しく背を叩いてくる。
「まあ、君たちにはまだまだ時間があるからね。いくらでもやり直す時間が」
森さんの言葉は優しいようでいて、冷たい。まるで俺が、染井川さん亡き後に志摩宮とやり直すんだろうとでも言いたげで、文句を言いたかったのに開いた唇からは何も出て来なかった。
さっき志摩宮が俺を待っていると聞いた時動揺したのが自分の中にも尾を引いていて、自分の弱さを知っているからこそ森さんを非難出来なかったのだ。
「……出よう」
ヤモリさんに促され、重い足を引き摺るように玄関に行って靴を履いた。
外に出ると、染井川さんと砌輪さんが石段の手前で煙草を吸っていた。家の中で吸い終えたばかりなのに外でまた吸ってる、と呆れると、こちらを振り向いた染井川さんが薄く笑った。眉尻の下がった表情が申し訳なさそうにしていて、染井川さんが悪いんじゃない、と無言で首を振る。
ぎゅ、と心臓が締め付けられるみたいに痛む。俺の動揺を、心の揺れを、染井川さんは悟ってしまっている。好きなのに。本当に本気で染井川さんを好きな筈なのに、どうしてか俺の心から志摩宮が出て行ってくれない。嫌だ。染井川さんと、ずっと一緒に居たい。まだ、なんて言わせたくない。ずっと駄目だ、って言っていて欲しい。
言っても困らせるだけの自分勝手な泣き言を飲み込んで、染井川さんに駆け寄って背中から抱き付いた。
「なんだ静汰。おウチが恋しくなったか」
「お腹空いた。今日は唐揚げ食べたい」
「いや一昨日も唐揚げだったろ」
「かーらーあーげー」
「……しょうがねーな」
わしゃわしゃ、と雑に頭を撫でられて目を細めると、砌輪さんが煙を吐きながら目を眇めて口をへの字に曲げた。
「まるっきりガキじゃねぇか。よくそんなのに欲情できるな」
「普段がコレだからギャップが……」
「染井川さんッ」
余計な事言わなくていい、と叱り付けて、彼より先に階段を降りる。背後で笑う気配がして、ああまた無理して笑わせた、と心が痛んだ。
「じゃあな」
「息災で」
「気を付けて帰るんだよ。またね、静汰くん」
駐車場で最後に挨拶すると、それぞれ車に乗ってどこかへ走り去っていく。
誰も染井川さんに、『また』と言わなかった。彼らの誰もが、次の仕事とやらで顔を合わせるのは俺だと思っているのだ。
俺と染井川さんが最後に残って、乗り込んだ助手席の窓から外を見たら建物どころか今降りてきた階段すら消えていて呆気にとられた。
「へ……?」
「お前、ほんとに疑う事を知らねぇのな」
車の周囲は、だだっ広いただの空き地だ。混乱して何度も目を擦っていると、染井川さんが大きく溜め息を吐いた。もっと厳しくいくか、という小さな呟きは聞こえなかった事にしたい。
ピンポーン、とチャイムの音がした。
俺が染井川さんの家に来て、それを聞くのは二度目だ。また荷物か何かで運送屋が来たのだろうか、と玄関の扉を開けると、そこに立っていたのは同い年くらいの少年だった。
「こんにちは」
「こんにちは……?」
少年にしては可愛らしい顔をしている。目が大きく潤んでいて、小動物じみた愛らしさがある。背は俺より少し低いくらいだろうか。大きめのベージュのパーカーに細身のデニムの出で立ちで、とてもじゃないが山を登ってきたようには見えないのだが、俺から見える範囲の庭に車やバイクの類も見えない。
明かに運送業ではない少年が何用なのか、訝しむ前に少年の方が口を開いた。
「僕、キミシマといいます。徹くん居ますか?」
「と……」
徹くん?
染井川さんを下の名前で呼ぶ少年に、唇が引き攣ったのが自分で分かる。まさかあの人、俺以外にも子供に手を出してるのか? 俺だけ、みたいな事を言っていたくせに、と笑顔を作ろうとしながらも睨みつけてしまいそうで可愛い顔から視線を逸らした。
「ごめんなさい、染井……徹さんは今仕事で不在なんです。何か用があるなら、俺が伝えますけど」
思わず張り合ってしまって、やきもちかよ、と自嘲するけれどキミシマと名乗った少年は俺の反応を気にする様子もなく「そうですか」と顎に手をやって考える素振りをした。
「そろそろだと思ったので、一応空の箱を持ってきてあげたんですが」
「……箱?」
「ええ。そろそろ使い切ってしまうでしょう?」
ひょい、となんでもない物のようにキミシマはパーカーの腹のポケットから木組みの箱を取り出した。掌に収まるサイズの箱で、塗装や意匠も無い、本当に生木を組んだだけのようだ。
「それが、箱」
「徹くんから聞いてません? 彼、これが無いと死ぬって」
キミシマは悪戯っぽく笑って箱にちゅ、とキスして、その挑発的な仕草にムッとしたが堪えて返事をする。
箱について、染井川さんは詳細を話してくれなかった。染井川さんの父親が呪物の箱で亡くなった事と、箱に溜まった大量の霊力で染井川さんが生きていられるという二点以外、ハッキリと教えて貰えなかったのだ。
相当ヤバい代物なんだと思っていたのに、目の前の少年はなんともなさそうに指で弄んでいる。
「聞いてます、けど……」
「じゃあ渡しておいて」
はい、とこちらに差し出されて、一応破邪の紋を掛けてから受け取るかと指先で紋を飛ばしたら、ふふ、とキミシマに笑われた。
「そんなに警戒しなくても大丈夫ですよ。徹くんは……そうですね、同士ですかね。だから、お裾分けです」
「同士?」
「ええ。貴方が箱に相応しければ最高に面白……じゃない、幸運だったんですが、どうやら適性は無さそうですし。あ、くれぐれも『早く見つけて使いなさい』と伝えて下さいね」
手渡された箱はひどく軽かった。たったこれだけの小さな玩具で、本当に染井川さんを救えるのだろうか。
掌に乗った箱を見下ろして、視線を上げた先にはもう誰も居なかった。
庭を見回しても誰もいない。そこに居た気配さえ残さず消えていた。思わず玄関から顔を出して庭を見回したけれど、そこはいつもの霧雨と、鬱蒼と茂った木々が広がっているだけだ。
数週間前に会ったヤモリさんと同じ幻術だったのだろうか。しかし、俺の手の中には相変わらず箱がある。
箱への適性。早く見つけて使いなさい。思わせぶりで、しかし何の意味も分からない。ぎゅ、と箱を握り締めて、早く帰ってこい、と染井川さんを想った。
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