神は絶対に手放さない

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神と貴方と巡る綾

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「そうそう、あの時は八岐大蛇まで起こしてしまって」
「うわわわわ、志摩宮っ志摩宮っ、蛇でかっ!」
「はいはい、でかいのは見りゃ分かるんでさっさと飲んで下さい」

 神様の話に合わせて八つの頭を持つ数十メートルはあろうかという蛇が現れて、指差して騒ぐ俺に横の志摩宮が盃を口元に持ってきて傾けてくる。だいぶ溢しながらも飲み下すと、ぐっと喉が熱くなった後に霊力が戻ってくるのを感じた。

「おい坊主! 紋遅ぇ!」
「今掛けたっ!」

 壁の紋を掛けて覆ってしまおうにも、どの程度の大きさにするか紋に組み込む為のサイズを見極めるのすら一苦労だ。
 この蛇で一体何体目だったか。三十以降は数えていない。時間が分かるのがせめてもの救いで、徹さんに貰った腕時計を見て「あと五時間!」と声を張り上げた。

「そいっ!」

 砌輪さんはリーダー面するだけあって術のキレがやばい。呪札となんかよく分からない印を結ぶ術で妖怪をボコボコにしている。
 鯛さんは切っては捨て切っては捨て、刀が妖怪の邪気を吸って切れなくなると鍔の方で殴り倒したりしている。
 ヤモリさんは砌輪さんへ呪札を、鯛さんへは刀を供給するのに徹している。ほとんどずっと姿を隠しているけれど、俺が紋を掛けるのに手間取っていると必要な紋の種類を耳打ちしてくれたりする。

「えっと、これ、この蛇って破邪? 蛇って神性だから効かない??」
「クソ坊主治癒足んねぇ! 腕の血止めろ邪魔だ!」
「待って今範囲治癒描いてるっ」
「拙者の身体強化がそろそろ切れるが」
「ひーっ、志摩宮、酒っ!」

 描いても描いても足りない。前衛の二人が妖怪の視線を釘付けにしてくれているから紋での援護に集中出来ている筈なのに、忙しすぎて目を回しそうだ。たまに攻撃に回ろうと欲をかくと霊力切れでバフを切らして怒鳴られる。
 志摩宮は生存枠なので、とりあえず物理的な傷を負わないようにしながら俺に酒を飲ませるのが仕事みたいになっている。
 ビリ、と破れるような刺激が腕に走って、慌てて叫んだ。

「ごめん、壁破れるー!!」
「あ゛あああ!!!?」

 俺の悲鳴みたいな報告より、砌輪さんの怒鳴り声の方が大きい。
 次の瞬間、壁の紋が八岐大蛇の尻尾にぶち破られて崩壊した。

「うぎゃーっ、退避、退避っ」
「あ痛っ、これ俺にも当たりますね」
「逃げながらでいいから範囲治癒の紋踏んでろ志摩宮!」
「坊主!! 強化ァ!!!」

 半泣きで酒を煽って、走りながら砌輪さんに強化の紋を飛ばしてから範囲治癒に範囲拡大の紋を繋げる。

「うぇっ」

 もう飲みたくないのに、飲まないと紋が使えない。腕で口元を拭って、四人の位置を探知の紋に霊力を流して把握する。
 全員無事、だけど暴れる蛇の尻尾がびったんびったんと跳ね回っていて、擦っただけでも血を流している。

「頑張れ、ヒトの子。叫ぶ声のなんともまあ愛らしいことよ」

 庭で大蛇から逃げ回る俺たちを見て、酒に酔って顔を赤くした神様が手を叩いて楽しそうに笑っている。あれでヒトの子を愛してるって、ドSか。
 酒、と視線を回すとすいと背後に現れた着物の少女が「甘酒など如何です?」と器を差し出してきた。受け取りつつ、心臓に悪いからと紐の紋で繋いで板の間の方に投げておく。

「わたくしー、それらには害されませんのにーっ」
「それでも気になるの!」
「お酒を注ぐのがわたくしのお仕事ですのよーっ」
「だったら瓶ごと投げて瓶で!」

 ふわりと着地した少女が、大きな声で不満そうに呼びかけてくるので、やけっぱちに答えた。すると、とすん、と目の前に一升瓶が落ちてくる。
 先に甘酒を飲み干すと、米の粒が枯れかけていた喉に引っかかって咽せた。辛い日本酒よりは喉の焼け具合がマシだとは思いつつ、範囲治癒を掛け直す。

「黒い坊主! 手ぇ空いてんならお前は蛇の頭に酒飲ませて回れ! 酔っぱらったやつから俺と鯛で切り落とす!!」

 砌輪が怒鳴ると、すかさずヤモリが志摩宮の傍に姿を見せて日本酒の瓶を渡した。

「おい爺さん! 志摩宮だっつってんだろ覚えろ! つーか志摩宮に危ないことさせんな!」
「お前も爺さん呼ばわりやめんかクソ坊主! お前よか戦力になっとるわ!」

 砌輪さんと怒鳴り合いながら援護の紋が切れないように飛ばし続け、合間に酒を呷る。
 志摩宮は言われた通り蛇の頭に酒を流し込みに行って、三体目で頭突きされて弾き飛ばされるのを見て血の気が引いた。

「志摩宮っ!!」
「はいナイスキャーッチ」

 自分でナイスと言いつつ志摩宮が地面にぶつかる前に受け止めてくれたヤモリさんに、すかさず身体強化を掛けた。志摩宮に治癒の重ね掛けをしていると、鯛さんから「腕が折られたまま治らん」と恨み言が飛んでくる。
 範囲治癒にすると全員を治癒の紋の中に入れられるが、その分回復が遅くなる。一升瓶をラッパ飲みして、鯛さんに治癒の重ね掛けを飛ばした。

「うぅぅ……志摩宮、志摩宮は無事か……?」

 徹さんのスパルタ修行のおかげで酒にもだいぶ強くなった気でいたが、ずっと座ったまま飲み続けるのと、走り回りながら飲むのでは回り方が全然違う。視界がボヤけてよく見えなくなってきて、探知の紋に頼りながら味方と蛇の気配を探りながら走るしかない。

「静汰、こっちです」

 ぐい、と引っ張られ、板張りの家の上に上げられた。志摩宮が口元にコップを押し当ててきて、嫌々と首を振る。

「まだ……まだ霊力、ある」
「水です。一回目ぇ冷まして下さい」
「水もあるなら早く出せよぉぉ」
「わたくしたち、お酒を注ぐのがお仕事ですもの」
「サボんな坊主! 頭切るから足場寄越せ!」

 砌輪に怒鳴られ、足場になるよう蛇の身体に壁の紋をいくつも飛ばしてから水をがぶ飲みして、「酒!」と怒鳴った。

「亭主関白じゃないんだから……」
「志摩宮もうヤモリさんと隠れててくれよぉ、怖くて心臓持たねぇよぉ」

 うっうっとしゃくりあげながら志摩宮に注いでもらった酒を飲むと、志摩宮はにっこりと笑って「嫌です」と言って立ち上がる。

「やっと静汰の役に立ててるんです。怪我くらいなんでもないですよ」
「待っ……」

 俺が止めるのも聞かず、志摩宮はまたひょいと庭へ降りて蛇の方へ駆け出した。蛇へ近付く彼に、ヤモリさんが小さめの刃物を渡しているのが見える。

「ああもうっ」

 範囲治癒の紋に治癒力アップを繋げ直し、残った霊力で一か八か、酔い覚ましをその場で作って飛ばしてみた。

「やれるならもっと先にやれ!!」

 一際大きい砌輪の怒鳴り声に、作用したのか、と安堵しながら俺もその紋に入ると、ほんの少しだけ気持ち悪さが消えた。空になった霊力を補うように酒を飲むが、酔い覚まし効果より紋に消費した霊力の方が大きい。
 でも、明らかに砌輪さんと鯛さんの動きが良くなった。
 二人の援護を中心に考えることなら、俺は完全に攻撃を捨ててここで延々と酒をがぶ飲みして治癒と身体強化と酔い覚ましの紋を飛ばす役目をしていた方が良さそうだ。

「っしゃあ! 最後の一本!」

 砌輪さんの雄叫びに、ようやく一息吐ける、と思った瞬間に足元に嘔吐した。

「静汰、大丈夫ですか」

 慌てて戻ってきた志摩宮が、吐いてゼエゼエ荒い息をする俺を見て「染井川が喜びそうな顔になってますよ」なんて言ってくる。

「……ばか」
「生きて戻るんでしょ。もう少しなんだから、頑張って下さい」

 フラつきながら束の間の休息に戻ってきた砌輪が、俺の隣に腰を下ろして「酔い覚まし」と言うので酒を飲んでからまた掛けた。

「人使いの荒い爺さんだなほんとにっ」
「……今回は、マシだ。今までのこの儀式の中で、一番マシな面子だ」
「え……」

 それ、もしかして俺も含めて褒めてる?
 えへ、と照れた俺に、志摩宮が隣で「チョロ静汰」と呟く。

「そろそろ時間かな」

 家の中、一段高くなったところから、神様の声が響いた。
 ホッと安心しそうになってから、徹さんの「最後まで気を抜くな」という言葉を思い出して慌てて酒をぐびぐび飲んだ。満タンまで霊力を回復して息を吐くと、砌輪さんがやっと学習したか、みたいな目で見てくる。
 ということは。

「さあ、最後のお話を始めよう。──その化け物は、天に届くほどの巨体を持つ鬼だった」

 神様の言葉と共に、庭に大樹のような足が二つ現れた。ズシン、と軽く踏み鳴らすだけで地震のように地面が揺れ、上を見上げてもその鬼らしきものの肘から上は霞が掛かったみたいに煙って見える。
 ハハ、と笑うしかない。
 え、これ倒すの? 倒せるの? 人間五人で?

「最後だ。潰されるなよ、坊主ら」

 す、と立ち上がった砌輪に、ああやっぱりそうなんだ、と空笑いするしかない。

「すげーな志摩宮、やっぱラスボスはでかいんだな」
「プレイした中で最大は惑星サイズでしたから、それに比べれば小さいっスよ」
「惑星に比べたら小さいな」

 俺と志摩宮が真上を見上げて話していると、八岐大蛇の死体を解体していたヤモリさんが鯛さんの方へ何かを投げた。

「鯛さーん、お待ちかねだよ~」
「ん」

 受け取った鯛は嬉しそうに笑みを見せ、それをヒラリと一閃した。長い刀身の、日本刀というにはやや鈍器感の強い刀を持って彼はその先を鬼へ向ける。あ、あっちもやる気満々だ。この大きさに怯まないって、精神が鉄か何かで出来ているんだろうか。

「あれ何? 蛇からなんで刀が出てきたの?」

 俺の方へ戻ってきたヤモリさんに身体強化の重ね掛けを強請られ、それを掛けてから訊いてみた。

「割と有名な宝具なんだけどな~。静汰くんほんと知識量が足りてないよねぇ」
「俺は知ってますよ。天叢雲剣でしょ。レアドロだから五十周かかったんスよね」

 一周で出てくるなんてラッキーですね、と言った志摩宮に、ヤモリが「それも少し違う気がする」なんて笑いながら刃渡りの長い刀を渡した。

「ゲーム好きなら志摩宮くんはこれ好きでしょ」
「エクスカリバー?」
「いやどう見ても日本刀だからね。妖刀村正……の、レプリカ」
「レプリカだとRくらいですかね」
「俺製だからSRだよー」

 使い慣れない武器はあまり与えたくないけど、最後だし、と言うヤモリさんに、俺も目を輝かせたのだけれど。

「俺には?」
「静汰くんは紋投げしといて」
「……へーい」

 他のことしなくていいからずっと援護に集中してて、と言われて、靴を脱いで縁側に胡座をかいた。分かったよ、ずっとここに居てやる、意地でもここから動かない。

「いつまで食っちゃべってんだ! さっさと参加しろ!!」

 怒鳴る砌輪に急かされ、ヤモリさんと志摩宮は鬼へと向かって行った。
 俺は酒瓶を抱えて、全ての紋を強化して繋ぎ直す。
 三日三晩まで、残り三時間。












 結果がどうなっかと言えば、時間切れ勝利、というのが正確なところだろうか。
 最後まで頭すら見ることの無かった巨躯の鬼からしてみれば、俺たちなんかは羽虫が飛び回っている程度でしか無かっただろう。
 それでも、五人全員が生きていた。俺は途中で何度も吐きながら酒を飲んで紋を掛け続け、他の四人はずっと鬼へ攻撃を続けていた。ヤモリさんすら最後だからと武器を持って向かっていった。
 それでも、膝をつかせるのがせいぜいだった。

「時間だ」

 と神様が手を叩いて鬼が消えた瞬間、全員がその場に倒れ込んだ。
 ゼエゼエと息をして、また酒を吐く。残っていた霊力を全て酔い覚ましの紋に注ぎ込んで全員に掛けると、砌輪さんが「有難ぇ」と息も絶え絶えに呟いた。

「よく耐えた、ヒトの子らよ。これでまた私も安心して眠りにつける」

 神様はおもむろに立ち上がったかと思うと、高座敷から降りてきて、志摩宮の前へ行って横になったままの彼の手を取った。

「これから現世へ戻った後、お前は雷に打たれて神に成るだろう」

 雷に打たれる? それって死ぬよな?
 へ、と俺が固まるのに、言われた志摩宮は神様を目だけで見上げて何も言わなかった。

「さあお帰り。待つ者たちの元へ」

 神様が言うと、またふわ、と風が吹いて、瞬きする間にあの鳥居の所へ戻ってきていた。
 よく晴れたいい天気の昼下がりだ。遠くから歩いてこようとしていた通行人が、地べたに倒れている俺たちを見て顔を顰めてこちらに来るのを止めたのが見える。
 喧嘩の後で疲労困憊か、それとも昼間から酔っぱらっている不審な集団にでも見えるだろうか。霊力を振り絞って、治癒の紋でなんとか身体を回復させて立ち上がった。

「志摩宮ー、立てるー?」
「……なんとか」
「砌輪さん、と鯛さんはもう立ってるね。ヤモリさん、大丈夫ですか?」
「ああ……、静汰くんの身体強化、いいねぇ……。最近ずっと腰痛が抜けなかったから、久々に腰を気遣わずに動けたよ……」

 僕もそのうち紋を習おうかな、なんて軽口を叩くので、ヤモリさんも大丈夫そうだ。
 徹さんの車は確か近くの公園に駐車してきた筈だから、と言うと、他の三人もそうだったらしく皆で重たい足を引き摺りながら向かうことになった。

「……こっちも、結構酷かったみたいですね」

 民家の並ぶ普通の住宅街なのに、そこかしこに妖怪の死体が転がっている。普通の人には見えないだろうが、少しでも視えてしまったら町中がグロテスクで外出なんて絶対無理だろう。
 ほとんど日光で炭化しているものと、まだ新しいものが混じっている。俺たちが向こうに行ってから、こちらでもずっと戦っていたのだろう。
 徹さんの車を停めた公園に戻ってくると、車の横に蛍吾や森たちが座り込んでいた。

「静汰……!」
「ういーす。なんとか終わったよ」

 ヒラヒラ手を振って笑ってみせるが、皆顔色が良くない。
 妖怪の気配はもうほぼ無く、こっちは五人とも生き残ったのに何故、と訝しんでいると、森さんが膝に抱えていた何かを持って立ち上がった。

「静汰くん、これ……」
「……なに?」

 バスケットボールほどの大きさのある、木組みの箱だ。俺が見たのはもっと小さい物だったけれど、これは、この気配は。
 ゾクリと嫌な予感がして、それを受け取ると森さんが静かに話し始めた。
 箱の製作者が、この箱の中にここら一帯の術師を大量におびき寄せたこと。
 この箱は蠱毒になっていて、最後の一人にならないと出られない筈だったが、どうやったのか徹さんが箱の製作者以外の術師と妖怪を外に弾き出したこと。
 おそらく、箱の製作者を一人残すと条件に合致して出て来てしまうから、自分も中へ残ったということ。
 箱の製作者曰く、彼を殺すと最後の一人になっても外へは出てこられないこと。

「……つまり、この箱は徹さんの棺桶か」

 箱の製作者が出てこないということはそうだろう、と誰もが黙り込んだ。
 箱を抱えて、毛羽立つ表面を撫でる。徹さんは、父親の仇を討てて本望だろうか。だろうな。それで、一人でこの中に。
 志摩宮すら声を掛けてこず、重い沈黙が下りる。
 なんだよ、どうして皆諦めてるんだよ。

「中に入れないの?」

 この中に徹さんがいるというのなら、どうにかして引っ張り出せばいい。幸いなことに徹さんは神子で、シマミヤの力を借りれば無理な話ではないだろう。
 何か方法は無いのか、と訊く俺に、森さんは顔をくしゃくしゃに歪めて首を横に振った。

「……こっちと、完全に切り離されてるんだよ、静汰くん」
「切り離されてるって」
「もう、染井川さんの存在が、現世から消えたんだ」

 異界や結界の向こうから戻すとか、そういう次元の話じゃない。死人を甦らせることは、どんな呪法を使っても無理なんだ、と。森さんが言って、唇を噛んで俯いた。ぶるぶると震える握った拳を見て、息が苦しくなる。

「……」

 この箱の中に、徹さんがいる。いるのに、こちらへは戻せない。彼はもう、戻ってこない。
 嘘だろ、なんて言葉すら、本当にしてしまうみたいで口にしたくない。

「お前の手で壊してやれ、坊主」

 沈黙を破ったのは、砌輪のしゃがれ声だった。

「は……?」
「このままだと、染井川の魂は永遠にその呪物の中だ。輪廻に戻してやれ」

 常に俺に厳しかった砌輪さんの目が、悼むみたいに俺と箱を見る。やめろ。そんな目で見るな。まだ、まだ徹さんはここに居るなら。

「徹さんを……殺せって……?」
「もうこの世には居ねぇんだ。……死んでるんだ、静汰」
「……ッ」

 ぎゅ、と箱を抱き締めた。
 理屈は分かる。このままじゃいけない。箱を壊せば、徹さんの魂はシマミヤの依代になるから、向こうで会える。
 けど、俺の手で壊すなんて、徹さんを殺すなんて、出来ない。
 そうしてふと、昔徹さんにぶつけた言葉を思い出した。
 「俺の頼みなら殺すくらいはしてくれる奴だから」。だから、志摩宮を選んだのだ、と。まさか自分にブーメランが返ってくると思わなかった。
 そうかよ、徹さん。あんたも、俺に殺して欲しいのか。
 箱を撫でて笑うと、遠くから雷鳴が聞こえてきた。

「……はは、そっか。そういうことか」

 あははは! と笑い出した俺に、心配そうに志摩宮が背中を撫でてくる。彼を振り向いて、そしてその手を取って走り出した。

「静汰?」
「志摩宮、こっち! 出来るだけ広いとこ!」

 困惑する志摩宮の手を引いて、笑いながら走り出す。
 ああもう、やんなっちゃうな。これから死ぬってのに、なんでこんなに嬉しいんだか。

「志摩宮、俺たち、ずっと一緒だよなっ」

 目尻に溜まった涙が、瞬きで溢れた。痛そうに顔を顰めた志摩宮に、とびきりの笑顔を作ってキスしてやる。
 公園のだだっ広い芝生広場の真ん中まで来て、箱を腹に抱えるようにして志摩宮を抱き締めた。
 頭上の空はみるみるうちに黒くなって、すぐ近くまでゴロゴロと雷が鳴る音が近付いてくる。

「静汰、……俺は」
「我儘でごめんな、志摩宮。俺、最後まで三人でいたい」

 にか、と笑うと、志摩宮はようやく俺の意図するところに気付いたようだった。へにゃりと眉を下げて、喜んだらいいのか困ったらいいのか、みたいな表情になる。

「頑張って生き残ったの、意味無くないですか」
「まあそう言うなって」
「箱壊すついでに死ねてラッキーとか思ってません?」
「思ってないって。まだ死にたくないし」
「だったら俺に箱渡して一人で生きててくれてもいいんですよ」
「え、いいの? 俺他にも男引っ掛けるかもしれないけど?」
「今一緒に死にましょう」

 ぎゅ、と抱き締められて、くくく、と笑った。
 雷の音は間近まで迫っている。
 俺を呼ぶ蛍吾の声が聞こえるけれど、そっちは見ない。

「静汰。最後まで一緒ですね」
「一緒だよ。これからもな」

 緑の瞳と見つめ合った後、視界が真っ白になって、腕の中の箱が崩れたのを感じた。

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