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13 互いに気付かぬエンカウント
しおりを挟む翌日、大学の講義は午前だけだったので、学食で昼食をとり、そのまま『ドリームラボ』の店舗に向かおうとして、途中の公園前で足を止めた。
親との約束③、週に一度は30分以上現実で体を動かす時間を作る。
いつもは毎週土曜の夜、夕食後に家の近所を散歩することで消化していた。
が、今週からその時間帯には城戦がある。
どうせなら暇な今消化してしまおう、とウサギを模した個性的な車止めの横を通り抜けた。
園内マップを見るに敷地面積はそれほど大きくないようだが、ぐるりと楕円を描くように敷かれた遊歩道は綺麗に舗装されていた。
遊歩道の内側には子供用の遊具が3つほどあり、5、6人の幼児とその母親らしき人たちが和やかに遊んでいる。
ところどころ千切られたキノコらしき白片が落ちていたりするが、芝生には大きな乱れがなく、歩道脇に一定間隔で生える樹木もきちんと手入れされているらしいのが初めて来た俺にも分かった。
1組の親子が他の親子に挨拶して去っていく先を見れば、公園の真横に大きなマンションが数棟建っていた。
おそらく、この公園はそのマンション居住者の利用が多いのだろう。
そう考えると、足元のふわふわした感触にも納得がいった。
このゴムみたいなのなら、転んでも痛くなさそうだもんな。
転んでアスファルトで膝を擦りむいた幼少期を思い出し、ズボン余裕で貫通するもんなぁ、と思い出し痛みに肩を竦める。
空を見上げた。
先週くらいから、積乱雲が少なくなり、羊雲が増えた。
最近も関東の方では昼間は夏日くらいまで気温が上がったりするらしいが、俺の住んでいる地域は朝晩は10℃を下回り始めている。
海が近いせいか毎年雪はほとんど降らないけれど、風が強くて実際の気温よりずっと寒く感じる地域だ。
来週の散歩はちゃんとしたコートを着てきた方がいいかもしれない。
上着として着てきた大きめのパーカーのフードが強風に煽られて後頭部に当たって、それと同時にカラカラカラッ! と音を立てて缶が足元へ転がってきた。
反射的に拾ってしまい、この近くにゴミ箱があるのか知らないことに気付く。
アルミ缶は結構な期間を外で過ごしてきたのか、潰れて土で煤け、よくよく見ればあまりに汚い。
これを持って長時間歩くのはちょっと嫌だなぁ、と思いつつ辺りを見回していると、ちょうど行く先に自動販売機が見えた。
横に黒い屑籠らしき物体があって、しかもそこでゴミを回収している最中の人まで居た。
「すいません、これもいいですか?」
回収して空になった直後の屑籠に入れるのもなんだか申し訳ないような気がして、軽く駆け足で近寄りながら青いツナギを着た用務員らしき人影に声を掛けた。
黒い帽子を被った人は一瞬動きを止め、それからかなりゆっくりとした動作で立ち上がってこちらを振り返
────待って、でかい。
すっごいでっかい。
まっすぐ立ち上がったその人は自動販売機よりも帽子のてっぺんが高い所にあって、俺の方が下に居るのに帽子の鍔で影になって顔がよく見えなかった。
首から下げたネームプレートが膨らんだ胸の下あたりに位置していて、それが顎を上げないと見えない先にあるものだから急に自分が縮んでしまったような気になる。
『レジデンス亀山 管理人 兎村 未來』。
うさぎむら……いや、とむら、みらい、かな。
「……どうぞ」
驚きで足を止めてしまった俺に用務員さん──ではなく、管理人だったらしい兎村さんがゴミ袋を開いて促してくる。
どうも、と小さく呟いて缶を袋に入れると、兎村さんも俺より小さい声でありがとうございます、と返してくれた。
兎村さんが軽く会釈すると首から下が全部揺れて、効果音をつけるなら『ばるんっ』かな、なんて思いつつその場を離れた。
背後から兎村さんが歩く足音が聞こえてきて、それが思ったより早かったのでなんとなく気になってそっと後ろを振り向く。
視線の先にいた兎村さんの背中はシャキッとまっすぐで、大量の缶が入ってはち切れそうなゴミ袋を片手に持っているのにちっとも重そうに見えなかった。
俗にいう、動けるデブとか、レスラー体型というやつなんだろうか。
よく駅で力士の人たちを見るけれど、あそこまでの丸い感じではなく、かといってマッチョでイメージするような筋肉だけの体でもなく。
ツナギの胸や肩、腕回りなんかはパツパツだったのに、腹には適度に布地に弛みがあり、尻と太腿は少し窮屈そうだった。
布の動きが難しい。
肉体と服は確実に別パーツで作らなきゃ駄目だ。
面倒くさがって一体型で作ったら絶対後から後悔する。
いつの間にか脳内で勝手に兎村さんを立体に仕上げ始めていた。
歩くのも忘れてもう見えなくなった兎村さんを3Dパーツとして組んだり剥いだりするのに夢中になっていると、不意に頬が冷たく濡れた。
見上げればいつの間にか辺りは薄暗く、心なしか雲行きも怪しい。
腕の端末で時間を確認すると、散歩を始めてから30分以上余裕で経過していた。
散歩はもういいだろう。
どうせ厳密に時間を計っているわけでもないし、報告するわけでもない。
ここまでと切り上げ、公園を出た。
「なんでなんで!? どーーーーしてブラパが防衛なんだよッ、ちゃんと説明してよッ!」
ログインしてマイルームから出ると、通常のワールドマップではなくギルドルームだった。
ギルドに入ると自動的にマイルームとギルドルームが直結してしまうらしい。
慌てて設定を確認するとルーム状態が『誰でも』になっていたので、『許可した人のみ』に直しておく。
ふう、と息を吐くと視線を感じて、それでやっと周りを見るとどうしてかギルドルームに居るプレイヤーのほとんどが俺に視線を向けていた。
「ぇ……」
な、何。怖い。
一体何をやらかしてしまったのかと思わず謝罪が口をつきそうになって、けれどその前にキンとした高い声がぶつけられた。
「ちょっとお前! お前、ポイントさえ入ればそれでいいんでしょ!?」
「へ……?」
ぶつかりそうな勢いで駆け寄ってきたのは昨日見たピンク髪のツインテールの女の子だった。
ふわふわした薄く透ける黒い布を何重にも重ねたようなミニ丈ワンピースを着て、太腿から下も同じ素材でブーツが作られている。
確か『春の魔法少女ガチャ』の『オプスキュリテ』だ。
背中に背負うオプションパーツとしてついてくる同素材の羽衣が人気で、ワールド内オークションでは常に高値をつけている。
実際目にするのは初めてで、実体化しているのに霞のように消えたり小さく輝くようなエフェクトが掛かるのを興味深く観察した。
「ちょっと! 聞いてる!?」
「っえ、あ」
「ポイント入ればいいだけならブラパ連れて行く必要はないよねぇ!? ブラパは攻撃チームでいいじゃん! ねっ! ねぇっ!?」
「……えっと……」
「シレネ。いつまでも駄々捏ねんな」
なんでブラパがどうのを俺に言うんだろう、と困っていると当人の声がして、そちらを見ると同時にシレネと呼ばれた少女──にしか見えないが、一人称はオレのようだ。身体性別設定は一体どっちなんだろう──が彼に飛びついた。
「ブラパ、ブラパ、オレのブラパ! やっとオレを攻撃チームに入れてくれたのに、どうしてブラパが防衛なんだよ!」
「昨日の夜説明したのにもう忘れたのか? そういう『条件』だっつったろうが」
「それじゃ納得出来ない! だって防衛チームに入れてポイント稼がせてやればいいだけなんだろ!? だったらブラパがお守りしてやらなくても……」
ギャンギャン喚くシレネはどうやらブラパが防衛チームに入るのが不満なようだ。
「……あの、俺は別に……」
シレネの言う通り、ポイントを稼げればどちらでも。
そう言おうとした瞬間ブラパに無言で睨みつけられ、先を言えずに口を噤む。
「お前と俺じゃ役割被っちまうんだって。分かってんだろ」
俺が黙ったのを確認してブラパは胴にひっついているシレネに視線を落とし、その頭を撫でた。
慣れた素振りでもう片方の腕をシレネの太腿の裏に回し、掬うように抱き上げる。
「オールラウンダーなんて何人いてもいいだろ!」
「防衛の方が後衛2になっちまう。しかもコイツはスナしか使えねえ初心者の芋砂野郎だ。万が一防衛落としたらどうすんだよ」
「……だからってぇ……」
抱かれてご満悦なのかシレネは表情を緩め、甘えるようにブラパにしなだれかかった。
俺、もういいかな。
そろっと離脱しようとすると一瞬ブラパの視線がこっちに来たが、シレネに頬を持って戻された。
「我慢するから、週末以外はオレとヤッて?」
「……はいはい」
「やった! ブラパだーいすきっ!」
ベタ甘カップルの痴話喧嘩に巻き込まれただけのようだ。
俺がまた無意識に何かしでかしていたのでないと分かって内心でホッと息を吐く。
ワールドマップからコロシアムへのローディングドアを出す。
昨日の動画で復習したことを、週末までに少しでも実践出来るようにしておこう。
そう思って野良のチームコロシアムへ参加しに行こうとしたのだけど、ドアをくぐる前に後ろから肘を引っ張られた。
「亀くん。チムコロ行くなら一緒に行こ」
振り向いた俺にそう声をかけてきたのはマシューさんだった。
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