もっと僕を見て

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 潮島の顔は、ご馳走を前にして待てをされた子供みたいに、弧にした唇の端が震えていた。
 僕の口を撫でる指は、力を込めないよう我慢しているのかゆっくりと右から左へと動いて、端で止まる。
 口を開けて、指を喉に押し込まれて、嘔吐。考えるのですら怖い。
 人の喉に手を入れるなんてことを嬉しそうにやろうとする潮島の神経を疑う。
 怖くて仕方ないのに、喜ばれるなら、と急く自分もいる。早くしないとまた冷められて突き放されるかもしれない。焦る心と逆に、僕の口は堅く閉じたままだ。

「いいよ、焦らなくて。怖いもんね。他の人の指を口の中に入れたことなんて無いでしょ?」

 僕が即座に頷くと、潮島は目を細めて笑みを深くした。

「大丈夫だよ。ゆっくり深呼吸して、体の力が抜けるまで待とうね」

 唇を撫でた指は顎に下り、もう片方の手が頭を撫でてきた。小動物を可愛がる時のように柔らかい手つきで撫でくり回され、細く息を吐く。
 寒さにぶるりと震えた。風呂場のタイルは冷たくて、膝と足先から冷えていく。

「じゃあ、落ち着くまで指が入ってからの説明をしてようか。先が分かった方が安心するもんね? ……俺の指が入ったらね、ふぅーって息を吐いてリラックスしてね。喉の奥に指が触るとすぐ喉がオエッてして苦しくなるけど、我慢してね。そこで指抜いちゃうと苦しいだけで吐けないから。俺の指がモルちゃんの喉の奥をコチョコチョしたらもっとウェッてなるから、そしたらそのままゲボッてしようね。俺の指のことは気にしなくていいから、すんなり吐けるように楽にしててね」

 子供に言い聞かせるみたいに擬音ばかりの説明をされて、なのにその内容はえげつない。喉の奥で指を動かされる、その想像をするだけでえずきそうだ。
 露骨に眉を顰めた僕に、しかし潮島はそれ以上言葉を重ねる事はせず、黙って頭を撫でてくる。

「……ん? もう大丈夫?」

 いつまでも怯えていてもどうにもならない。覚悟を決めてそぅっと口を開けると、潮島はすぐさま僕の唇に人差し指と中指を宛てがってきた。びく、と揺らした肩を撫でられて、見透かされるみたいに低く笑われた。

「怖がってるモルちゃん、すごくかわいい」

 膝立ちの僕の横でバスタブの縁に腰掛けた潮島を見上げる。見下ろしてくる彼の目には他意は見えない。可愛いと言われると、嬉しい。彼の期待に応えたい。
 彼の指先を舐めると、少し塩気があった。潮島が何も言わないのをいいことに、僕はそのまま唇に挟んで先端をぺろぺろと舐めてみる。
 大丈夫、ご主人様の指だ。いつも気持ちよくしてくれる指だ。怖くない。

「……モルちゃん」

 指を舐めるのに夢中になっていたら、潮島の爪先でトントンと太腿を叩かれた。不安だからとやりすぎてしまったかと思ったら、そのまま彼の足は僕の股間を優しく踏んだ。

「指舐めて勃ってるよ?」

 言われて下を向くと、鈴口が目に入った。真上を向く僕自身を潮島の視線から隠すように手で覆ったら、見咎められて手を蹴られる。

「何隠してんの。違うでしょ。言うことあるよね?」
「あ、ご、ごめんなさい……」
「うん。……指、美味しかった?」

 はい、と答えた瞬間、彼の指が喉に挿入ってきていた。
 ケ、と喉から音がする。舌の根を指で押されて喉が痙攣するみたいに脈打つ。
 急なことに驚く僕を見下ろして、潮島は一層目を細めて笑った。

「ご主人様の指、美味しいね? 飲み込んじゃおうね?」

 鼻から息をするのも忘れて、喉が指で埋められていることに本能的な恐怖を覚えて彼の手を掴んで止めようとした。僕が両手で止めようとしているのに、潮島の指はもっと奥に入り込んでくる。

「……ッ、ェ、ウエッ」

 舌の根本より奥まで指が入ってきて、腹の方からひっくり返りそうな感覚にえずいた。吐きたい、と思うのに、潮島の指がそれを塞き止めていて、彼の指の間から何度もゲッゲッと空気だけが抜けていった。
 早く吐かせて。僕の涎まみれになった潮島の手に縋るのに、いつまで経ってもその指は抜かれない。どころか、もっと奥まで入れたいみたいに指で喉の内側を撫ぜられて、とうとう腹の中身がせり上がってきた。
 これが潮島の言っていた瞬間かと、楽になるのを期待して体の力を抜いたのに、指は抜かれず喉で止まったまま、続行する嘔吐感に気が変になりそうになる。

「あ、今、俺の指にゲロ触ったよー」

 楽しげに言われて、ただ指が抜かれるのを待って見上げた。滲んできた生理的な涙で視界はぼやけて、彼の正確な表情は見えない。
 息をしようにも喉が押し拡げられ過ぎて鼻から吸っても喉の奥へ通っていかない。腹の奥から断続的に吐き気で迫り上がっては戻っていく。鳩尾が吊りそうな感覚に目の前が白くなってきて、潮島の手を掴んだ手から力が抜けていく。
 このまま死ぬのかもしれない。
 そう思った瞬間、勢いよく指が抜かれた。
 ごぽっ、と吐瀉物がタイルに飛び散る。痙攣する腹を抱えてそのまま何度も吐いた。最初は元は食べ物だったものが、吐き終える頃には緑色の胃液になっていた。
 吐瀉物の上に手をついてひゅうひゅうと息をする僕の頭に、潮島の手が乗る。

「頑張って全部吐けたね。えらいえらい」

 どれだけ辛かったか知りもせず、潮島はお気楽に僕を褒めた。
 潮島はシャワーのコックを捻ってお湯が出るのを確かめてから、床を流してから僕に掛けてくる。
 シャワーで洗い流され、その温かさに震える。本気で死ぬかと思った。こうして生きていられて、本当に良かった。もう無理だ。こんな事してられない。いくら好きでも、……僕が一方的に好きなだけじゃ、いつ殺されるか怯えるのは、嫌だ。

「ほらモルちゃん、立って。膝と手も洗おう」
「……もう、限界」

 二の腕を掴んで立ってと急かされ、呟いていた。
 潮島が息を飲んだ音が聞こえる。驚くなよ。それだけの事をされたよ、僕は。
 腕を掴む手を引き剥がして、嫌々と頭を振った。

「無理、です。……限界です。もう僕、こういうのは……」

 シャワーを奪って体についた吐瀉物を流して、逃げるように浴室を出ようとした。腕を掴んで止められて、振り解こうとしたのにすぐ絡みついてくる。
 蛇を連想するほどしつこい潮島に、一度殴ってやろうかと拳を振り上げたのに、その前に思いきり頭突きされた。衝撃にクラクラして抵抗をやめた隙に、なんと潮島はキスしてきた。

「うっ、や、やめっ」

 体は流したけれど、口はまだだ。口の中にはまだ吐瀉物と胃液の味がしていて、それなのに潮島は構わず舌を入れて舐め回してくる。舌先で歯列をなぞられて、隙間に残っていたカスをこそげ取られて思わず彼の体を突き飛ばした。
 気持ち悪さにぺっ、と床に吐くと、潮島は何故か笑い出した。

「ねぇモルちゃん、分かった? 俺ね、モルちゃんのゲロだって舐められるよ。こんな良いご主人様滅多にいないよ? 俺にしときなよ」
「何言って……」
「絶対に殺したりしないから。殺しちゃったら俺も一緒に死ぬから」

 だから、ねぇ。限界だなんて言わないで。潮島は僕の耳もとで囁いて、また口付けてきた。
 怖い。怖いのに、僕はもう潮島を振り払う勇気を無くしていた。
 だって、キスがすごく甘い。優しく舌を絡ませてきて、唾液まで飲ませてくれる。さっき苦しめてきたのが嘘みたいに、キスの合間に息継ぎの時間までくれて、角度を変えながら何度も啄むようなキスまでされた。
 とろとろになっている僕の後ろ頭を撫でて、潮島は唇を離してから少し考えて言う。

「なにか、ご褒美あげようか」

 ご褒美。強請っていいなら、一つしかない。

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