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第二十九話 ボーガン会談
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辺境の街フェリオンから南に騎馬で半日のところに港町ボーガンがある。
港町ボーガンは漁村よりはやや大きいという程度の大きさだ。西の帝国ゼルダンや南方異大陸、群島諸国からの商人が訪れるので、大きさの割にはけっこうな賑やかさがある。
先日、クロネが僕宛てに手紙を持ってきた。
クロネは僕の従兄弟であるヨーゼフの愛人で腹心だ。
その手紙にボーガンで待っていると簡潔に書かれていた。重要なことは会って話したいとクロネがヨーゼフの代わりに伝える。
六月の末ごろ、僕はジルとエルクを伴って港町ボーガンに向かった。それにクロネが続く。
昼前にフェリオンを出発し、日が西に沈みかける頃にはボーガンに到着した。
クロネの案内でヨーゼフが滞在するという宿屋に向かう。
その宿屋は「紅い人魚亭」という名であった。
一階はレストランで二階は宿屋になっている。よくあるオーソドックスな宿屋だ。
どうやら宿屋は貸し切りになっているようで他に客はいない。
僕はまず奥に立つメイド服の白髮エルフを見つけた。
それはシロンだ。
クロネによく似た美少女エルフメイドだ。
そのクロネの前に座るのがヨーゼフだ。彼は優雅にワイングラスを傾けている。どうせ中身は果物のジュースだろう。
その太っちょヨーゼフの右隣にフードを目深にかぶった女性が腰掛けている。フードからわずかに金髪が見える。
「どうぞこちらに」
クロネがテーブルを挟んでヨーゼフの向かいに座るように促す。
ジルは黙って椅子をひき、埃などないのに椅子の座面を払う。
僕はそこに腰かける。
ジルとエルクが僕の背後に控える。
いつの間にかクロネがヨーゼフの背後に立っていた。
「飲み物は何になさいますか?」
シロンに訊かれたので果実水をと答える。
少しして、シロンがレモンの沈むお水を持ってきてくれた。
その間、ジルは赤い左目を光らせていた。
ジルはこくりと頷く。
どうやら毒なんかは入っていないようだ。
僕は一口飲み、喉の渇きを癒した。
「シオン殿下、ご足労感謝いたします」
ヨーゼフが頭を下げる。
それと同時に隣の女性がフードを下げる。
桃色がかった金髪に端正な顔立ち。彼女はエレノア・ハルトムートであった。
「お久しぶりです、シオン殿下」
にこりとエレノアは微笑むが、目は笑っていないように僕には見えた。
「エレノア、生きていてよかったよ」
僕はエレノアの秀麗な顔を見る。よく見るとかなり痩せたような気がする。
よほどの心労であったのだろう。
港町ボーガンに来る間にクロネからハルトムート家がどうなったかは聞いている。
「兄、リチャードは戦死しました。ハルトムート家は滅亡したのです」
吐き出すようにエレノアは言う。
彼女の心痛は計り知れない。
ほんの数ヶ月前までは王妃になるはずであった。
それを婚約破棄され、しかも地下牢であのような辱めを受けた。
そして兄はその無念を晴らすために戦ったが、返り討ちにあった。
ハルトムート城は陥落し、今はシリウス王の腹心であるロシュフォールが城司を務めているという。
エレノア自身は夜の魔女教団の手引きでこのボーガンまで落ち延びて来たという。
「知っているかシオン殿下」
いつもふざけたような笑みのヨーゼフが真剣な顔で僕に問う。
さて、なんのことだろうか。
「シリウス王は貴族を民衆にたかる寄生虫だと言っているそうだ。すべての貴族は排斥されるべきだと言っている」
その言葉はゾルからの情報で聞いている。
兄シリウスは王族なのに貴族排斥を掲げているのだ。
「人は皆平等で貴族などあってはならない」
僕は言う。
その言葉はシリウスが即位後に言った言葉だという。
僕はヨーゼフとエレノアの目を交互に見る。
シリウス王はこのエルディア王国で人権を言い出した。この封建主義のエルディア王国で急に人権を掲げてもいったいどれほどの人間が理解できるだろうか。
それにやったことは貴族の地位を奪っただけでなく、殺してまわっているということだ。
「単刀直入に申し上げます。シオン殿下、あなたにシリウスに代わり王になっていただきたい」
いつも不遜なヨーゼフが深く頭を下げる。
背後でジルがおおっと声を上げる。
エルクはふむっと頷く。
「私からもお願いいたします。シリウスのやり方ではこの国は混乱の極に陥ります。いえ、すでにそうなりつつあります。ここはシオン殿下にお立ちになっていただき、我らの平穏を取り戻してほしいのです」
エレノアも深く頭を下げる。
王になれ。
ヨーゼフとエレノアはそのように僕に懇願した。
それは彼らにとって死活問題だからだろう。
貴族である彼らはシリウスの敵であり、滅ぼされるべき存在だ。少なくともシリウスはそう考えていると思われる。
そしてそれは僕に対しても同じだろう。
立太子の儀の日、僕はエレノア共々殺されかけた。
シリウスが手のひらを返して、僕だけ生かすとは思えない。
ならば生きるために王位を目指さなくてはいけない。
本当は有能なシリウス王のもと、僕は王族として子作りに専念したいんだけどね。
これは人生の計画をいよいよ修正しなくてはいけなくなってきたな。
「分かった。ヨーゼフ、エレノア僕に力を貸してくれ」
僕がそういうとヨーゼフとエレノアは立ち上がる。
僕も立ち上がる。
右手を差し出すとヨーゼフとエレノアはそれぞれ両手で握る。
「シオン殿下、よく決意してくださいました」
ヨーゼフはずっと真剣な顔のままだ。
「シオン殿下、微力ながら私も協力させていただきます」
エレノアはぽろぽろと涙を流していた。
この日の僕とヨーゼフ、エレノアとの話し合いをボーガン会談と後に呼ばれることになる。
僕は図らずも歴史の一舞台の主人公になってしまった。
港町ボーガンは漁村よりはやや大きいという程度の大きさだ。西の帝国ゼルダンや南方異大陸、群島諸国からの商人が訪れるので、大きさの割にはけっこうな賑やかさがある。
先日、クロネが僕宛てに手紙を持ってきた。
クロネは僕の従兄弟であるヨーゼフの愛人で腹心だ。
その手紙にボーガンで待っていると簡潔に書かれていた。重要なことは会って話したいとクロネがヨーゼフの代わりに伝える。
六月の末ごろ、僕はジルとエルクを伴って港町ボーガンに向かった。それにクロネが続く。
昼前にフェリオンを出発し、日が西に沈みかける頃にはボーガンに到着した。
クロネの案内でヨーゼフが滞在するという宿屋に向かう。
その宿屋は「紅い人魚亭」という名であった。
一階はレストランで二階は宿屋になっている。よくあるオーソドックスな宿屋だ。
どうやら宿屋は貸し切りになっているようで他に客はいない。
僕はまず奥に立つメイド服の白髮エルフを見つけた。
それはシロンだ。
クロネによく似た美少女エルフメイドだ。
そのクロネの前に座るのがヨーゼフだ。彼は優雅にワイングラスを傾けている。どうせ中身は果物のジュースだろう。
その太っちょヨーゼフの右隣にフードを目深にかぶった女性が腰掛けている。フードからわずかに金髪が見える。
「どうぞこちらに」
クロネがテーブルを挟んでヨーゼフの向かいに座るように促す。
ジルは黙って椅子をひき、埃などないのに椅子の座面を払う。
僕はそこに腰かける。
ジルとエルクが僕の背後に控える。
いつの間にかクロネがヨーゼフの背後に立っていた。
「飲み物は何になさいますか?」
シロンに訊かれたので果実水をと答える。
少しして、シロンがレモンの沈むお水を持ってきてくれた。
その間、ジルは赤い左目を光らせていた。
ジルはこくりと頷く。
どうやら毒なんかは入っていないようだ。
僕は一口飲み、喉の渇きを癒した。
「シオン殿下、ご足労感謝いたします」
ヨーゼフが頭を下げる。
それと同時に隣の女性がフードを下げる。
桃色がかった金髪に端正な顔立ち。彼女はエレノア・ハルトムートであった。
「お久しぶりです、シオン殿下」
にこりとエレノアは微笑むが、目は笑っていないように僕には見えた。
「エレノア、生きていてよかったよ」
僕はエレノアの秀麗な顔を見る。よく見るとかなり痩せたような気がする。
よほどの心労であったのだろう。
港町ボーガンに来る間にクロネからハルトムート家がどうなったかは聞いている。
「兄、リチャードは戦死しました。ハルトムート家は滅亡したのです」
吐き出すようにエレノアは言う。
彼女の心痛は計り知れない。
ほんの数ヶ月前までは王妃になるはずであった。
それを婚約破棄され、しかも地下牢であのような辱めを受けた。
そして兄はその無念を晴らすために戦ったが、返り討ちにあった。
ハルトムート城は陥落し、今はシリウス王の腹心であるロシュフォールが城司を務めているという。
エレノア自身は夜の魔女教団の手引きでこのボーガンまで落ち延びて来たという。
「知っているかシオン殿下」
いつもふざけたような笑みのヨーゼフが真剣な顔で僕に問う。
さて、なんのことだろうか。
「シリウス王は貴族を民衆にたかる寄生虫だと言っているそうだ。すべての貴族は排斥されるべきだと言っている」
その言葉はゾルからの情報で聞いている。
兄シリウスは王族なのに貴族排斥を掲げているのだ。
「人は皆平等で貴族などあってはならない」
僕は言う。
その言葉はシリウスが即位後に言った言葉だという。
僕はヨーゼフとエレノアの目を交互に見る。
シリウス王はこのエルディア王国で人権を言い出した。この封建主義のエルディア王国で急に人権を掲げてもいったいどれほどの人間が理解できるだろうか。
それにやったことは貴族の地位を奪っただけでなく、殺してまわっているということだ。
「単刀直入に申し上げます。シオン殿下、あなたにシリウスに代わり王になっていただきたい」
いつも不遜なヨーゼフが深く頭を下げる。
背後でジルがおおっと声を上げる。
エルクはふむっと頷く。
「私からもお願いいたします。シリウスのやり方ではこの国は混乱の極に陥ります。いえ、すでにそうなりつつあります。ここはシオン殿下にお立ちになっていただき、我らの平穏を取り戻してほしいのです」
エレノアも深く頭を下げる。
王になれ。
ヨーゼフとエレノアはそのように僕に懇願した。
それは彼らにとって死活問題だからだろう。
貴族である彼らはシリウスの敵であり、滅ぼされるべき存在だ。少なくともシリウスはそう考えていると思われる。
そしてそれは僕に対しても同じだろう。
立太子の儀の日、僕はエレノア共々殺されかけた。
シリウスが手のひらを返して、僕だけ生かすとは思えない。
ならば生きるために王位を目指さなくてはいけない。
本当は有能なシリウス王のもと、僕は王族として子作りに専念したいんだけどね。
これは人生の計画をいよいよ修正しなくてはいけなくなってきたな。
「分かった。ヨーゼフ、エレノア僕に力を貸してくれ」
僕がそういうとヨーゼフとエレノアは立ち上がる。
僕も立ち上がる。
右手を差し出すとヨーゼフとエレノアはそれぞれ両手で握る。
「シオン殿下、よく決意してくださいました」
ヨーゼフはずっと真剣な顔のままだ。
「シオン殿下、微力ながら私も協力させていただきます」
エレノアはぽろぽろと涙を流していた。
この日の僕とヨーゼフ、エレノアとの話し合いをボーガン会談と後に呼ばれることになる。
僕は図らずも歴史の一舞台の主人公になってしまった。
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