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白鷺雨月

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第七十九話 取調室②

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 私の目の前に置かれたA4用紙に描かれているのは私たちがつくりあげた細井瞳であった。
 主に叡智な漫画を描いている友人の戸沢麻美子が描いたものではない。
 戸沢麻美子が描いたものなら、どこか漫画的な表現が含まれている。ひるがえってこのA4用紙に描かれたものはあくまで実務的なものであった。
 これは警察が用意した物に違いない。
「このひとをご存知なのですね」
 早川は似顔絵を人さし指でとんとんと叩く。
「知っていると言えば知っています」
 私は答えた。
 知っているには間違いないが細井瞳は実在の人物ではない。
 物語上の架空の人物だ。
 私たち創作者がネット上で仲間内でシェアした架空のキャラクターである。
「この似顔絵は私たちがつくりあげたキャラクターに酷似しています」
 私は正直に答えた。
 こんなところで嘘をついても仕方がない。
「私たちが考えたキャラクターで細井瞳というのがいて、それにとても似ています」
 私はそう付け足す。
 それにしても細井瞳が何かしたのだろうか。
 細井瞳は架空のキャラクターなので、現実の警官がどうして気にするのだろうか。
「実はですね、この似顔絵の人物なのですが二つの殺人事件の現場で目撃されているのですよ」
 言葉を選ぶような感じで早川は私に言う。
 私はえっ、と唸るように言う。
 それは驚きだ。
 どういうことだろうか。
 まさか細井瞳が現実にあらわれたのか。
「これがあなたがXにあげた画像ですね」
 早川は私にタブレットを見せる。
 そこには戸沢麻美子が描いた似顔絵風の画像が写し出されている。
 二つの絵を見比べるとやはり似ていると言わざるを得ない。
「似てますね」
 私はつぶやくようにそう言った。
「似てますよね。ですから私どもは白鷺さんが何かご存知ではないかと考えたわけです」
 早川は私の顔をじっと見る。
 男の人にこんなに見られるのは久しぶりだ。
 これが現役の警官でこの場所が取調室でなければどんなによかったか。
「さあ、確かに似ていますが私がXにあげたのはあくまで架空のキャラクターです。申し訳ありませんがそうとだけしか言えません」
 私は早川にそう言った。
 おそらく記録をしているのであろう下日尾千帆がノートパソコンのキーを叩く音が室内に響く。
 
「分かりました。では少し話を変えましょう。白鷺さん、目《さがん》教というのをご存知でしょうか?」
 早川は私にそう尋ねた。
 目《さがん》教といえば悪魔博士とメールでやりとりしたときに出てきたカルト宗教だったはずだ。
「ええ、まあ名前ぐらいは」
 悪魔博士とのメールでのやりとりが思い出される。
「この目《さがん》教の教祖は違う世界に行くことができると言い、信者を集めていたようなのです。それでですね、これがその教祖の写真です。教祖の名前は目《さがん》仁美《ひとみ》と言います」
 早川はタブレットを操作して、私に目《さがん》教の教祖の画像を見せる。
 それは悪魔博士が私に見せたものとまったく同じであった。
「これは偶然でしょうか。二つの殺人事件で目撃された人物と目《さがん》教の教祖、それとあなたがネットにあげた画像。どれもよく似ています。さすがにこれを他人のそら似というのは無理があると私は考えるのですよ」
 早川は私に推理を語る。
 早川の言う通り、二つならば偶然かもしれない。
 三つそろうと何かしらの意思を感じる。
「失礼だとは思いましたが、白鷺さん。あなたの素性を調べさせてもらいました」
 早川の言葉を聞いた私は激しく喉の渇きを覚えた。
「白鷺さん、あなたの母親はその目《さがん》仁美《ひとみ》の娘である美佐子さんですね」
 早川は私の目をじっと見る。
 私は童顔の刑事の視線から目を外し、緑茶を一口飲む。
「白鷺さん、やはりあなたは何かご存知なのですよね」
 早川は感情を込めずに私に言った。
 たしかに早川の言う通り、私の母親は目《さがん》美佐子である。
 美佐子は心神喪失状態で今もとある病院に入院している。
 私は親戚の白鷺家にひきとられ、そこの養子になった。
「白鷺さん、何かご存知でしたら教えてください。何人もの人間がひどい殺され方をしているのです。しかも物的証拠はほとんどあがらない。我々も正直言えばお手あげ状態なのです。手がかりといえば事件現場付近で目撃されたこの目の細い女だけなのです」
 早川はたんたんと私に語りかける。
「もう一度いいます。何人もの人間がひどい殺され方をしたのです。白鷺さん、何かをご存知でしたら我々に教えてくれませんか」
 早川の口調は熱っぽいが怒鳴られるとかではなく、やはりたんたんとしていた。
「そんな、私は何も知りません……」
 私は震える手であまり残っていない緑茶を飲む。
 喉の渇きはとまらない。
「人が何人もむごたらしい殺され方をしたのです。白鷺さん、どんなことでもかまいません。ご存知なことがあれば我々に教えてください」
 早川は私から目を離さない。 
 早川という刑事は童顔で優しそうな雰囲気なのに、どこか例えようのない迫力がある。
 これが刑事というものなのか。
「そ、そんな。バラバラ殺人の事なんか知りません」
 私はそう言って、早川から視線を外す。
 早川の眼鏡の奥の瞳がきらりと光ったような気がした。
「白鷺さん、私はひどい殺されかたをしたと言いましたが、バラバラ殺人事件とは言っていません。報道にもその情報は伏せてあります」
 早川は低い声で私に言う。
 私の体は勝手に震え出した。
 私はミスを犯した。
 私はつい犯人しか知り得ない情報というのを口走ってしまったのだ。
「刑事さん、怪異や呪いによる殺人は起訴されないのですよ。そうですね、あなたの優しそうな見た目にだまされました。お見事です。私はミスを犯しました。たしかにバラバラ殺人なんてのはTVでもネットでも言っていませんでしたね。分かりました。すべてお話します。ですがこの話を信じてもらえるかどうかはわかりません」
 私は自分の女物のビジネスバッグからミネラルウォーターのペットボトルを取り出し、それをごくりと飲んだ。
 もう一つビジネスバッグから取り出す。
 それは一枚のタロットカードであった。
 カードに描かれているのは愚者《ザ・フール》であった。
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