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白鷺雨月

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第八十話 取調室③

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 私が机の上に置いたタロットカードを早川はじっと見る。
「これは?」
 早川は訊いた。
「その前に早川さん、約束してほしいことがあります」
 私は小さく拳を握る。
 私がこれから語ることはとうてい常識の範囲の外にあるからだ。
 そんなことを言えばふざけるなと言われかねない。
 だが、事実なのである。
 ここまで来たら、私は嘘をつく気はこれっぽっちもない。
「分かりました。約束しましょう」
 早川は静かに言った。
「まず、どこから話しましょうか。そうですね、このタロットカードは私の祖母さがん仁美ひとみの形見、遺産なのです」
 私はミネラルウォーターを一口飲む。
 早川はこくりと頷く。
 相変わらず下日尾千帆はカタカタとキーボードを叩いている。どこかロボットめいている。
「祖母であるさがん仁美ひとみはおそらく記録の上では行方不明になっていると思います。ですが本当は死んでいます。それはこの世界ではなく、別の私がいた世界で祖母は亡くなりました。その時に受け継いだのがこのタロットカードなのです」
 私がそこまで言い、早川の様子を探る。
 早川は明らかに訝しげな顔をしている。
 ただ最初に約束したので、口を挟まないようにしているようだ。
 私が言っているのは妄想といわれたらそれまでの事だ。だけど、私にとっては事実なのである。
 私は一文字も嘘をついていない。
 私は話を続けることにした。
「このタロットカードを使えば別の世界に行くことができるのです。祖母の能力がこのタロットカードには込められているのです。あっそうです、早川さん。昔、少年少女たちを誘拐し殺害した犯人を逮捕されましたね」
 私がいうと早川は分かりやすいほどの驚いた顔をした。
「ええ、あります。私が交番勤務をしていたときです」
 早川は一度天井を見て、思いだしたような口調で言う。
「実はあの時の犯人Aもタロットカードを持っていたのです。犯人Aは祖母が作ったこのタロットカードを盗み、そして犯行を行っていました。ちなみに犯人Aが持っていたのは吊るされた男ハングドマンです」
 私が早川に微笑みかけると、彼は真剣な顔で頷いた。
「話を戻します。祖母のタロットカードは強い感情を持つものしか使えません。ですので母は使えませんでした。母は普通の人でした。普通の家にうまれていたらよかったのですが、運悪くさがん教なるカルト宗教の家に生まれました。祖母と違い母は何の能力も持ちませんでした。母は周囲の期待にこたえることは一切できませんでした。さがん教は祖母のカリスマと特殊能力で保たれていたのです。そして教団内で権力争いが起こりました。それはどこの組織も同じです。それを見て、祖母は嫌気がさし違う世界に行きました」
 私はここまで言うと、一つ息を吐く。
 早川は黙って話を聞いてくれている。
「祖母がいなくなり、教団内は跡目争いでますます混乱しました。誰も祖母のあとを継ぐほどの能力をもっていなかったのです。そしてその争いをしている幹部の一人があの西岡恒一だったのです」
 私の言葉に早川は僅かに身を乗り出す。
 ようやく本題に入ったのだ。
「たしかに西岡恒一は若いときに目《さがん》教に入信していたという記録がありますね」
 早川は手帳をめくる。
 どうやらこれで私の話と辻褄が合うと認めてくれたようだ。
「そうです、西岡恒一も強い精神力でこのタロットカードを使えたのです、彼が使ったのは魔術師のタロットカードです。そうそう、この世界での西岡恒一は実は別の世界の西岡恒一なのです」
 私の言葉に早川ははいと言い、首をかしげる。
「早川さん、覚えていますか。私が殺人課ではなく捜査一課ではといったことを」
 早川は頷く。
「はい、覚えています」
 早川は言った。
「私がいた世界では殺人などの凶悪犯罪を扱うのは捜査一課というところです。この世界では殺人課となっているようですが……」
 私が言うと早川は指でずれたメガネを直した。
「ちょっと待って下さい。それではあなたも違う世界から来たということですか?」
 さすがは刑事だ。
 話が早い。それに理解力が高い。
 話がスムーズに進むのでありがたい。
「そうです、西岡恒一はこの世界の西岡恒一と入れ替わったのです。私と同じようにね」
 私は言った。
 早川は黙って私の話を聞こうとしてくれている。
 私は話をつづける。
「西岡恒一は元の世界で私の母に暴行を働いたのです。すでに心神喪失状態にあった母は何をされたかわからなかったようです。母のお腹が大きくなり、ようやく周囲は気づきました。しかしその時には西岡恒一は行方不明になっていました。こちらの世界に逃げてきたのです」
 私がここまで言うと早川はまさかと口をおさえた。
「刑事さん、そうですご想像の通りです。私の父親はその西岡恒一なのです」
 私は自分の手のひらを見る。
 じっとりと汗がにじんでいる。
 この話を人にするのは初めてだ。
「私は十五歳のときにこの世界に来ました。ちょうどこの世界の白鷺月子はひどいいじめをうけてとある港から海に身を投げて自殺していました。私もこの世界の白鷺月子と入れ替わったのです。どうやらこの世界の白鷺月子はひどいいじめを受けていたようです。いじめはいけませんよね。そうして、入れ替わった私は母に暴行した西岡恒一を探しました。心神喪失状態の母を暴行した西岡恒一に鉄槌を下すためです。私に奴の血が流れていると思うと頭がおかしくなりそうでした。奴がいなくなればきっとこの気持ちは晴らされると考えたのです」
 私は残り少ないミネラルウォーターを飲みほす。
 なんだか微熱を帯びているような気がする。
 私は自分の気持ちを初めて人に吐露し、若干興奮していた。
「私は計画しました。西岡恒一を殺すためです。自分がどうなっているのかも分からない母に暴行した卑怯者を殺す計画です。それは祖母を怪異として蘇らせることです。このタロットカードを使えば可能でした。私は母と違い祖母の不思議な力を受け継いでいたのです。怪異として発生させるためには他者の認知が必要なのです。私は細井瞳という祖母に似たキャラクターを創造し、ネットに広めました。徐々にですが細井瞳は認知されていきました。怪異として蘇った祖母こと細井瞳に西岡恒一を殺害してもらいました。厳密には細井瞳の友人になった真奈美という吸血鬼にです。真奈美も新しい体を手に入れたがっていました。真奈美は西岡恒一の娘の体を奪ったのです。事件現場には娘の首しかなかった。そうでしょう刑事さん」
 私が言うと早川は額の汗を拭う。
「そ、そうです。娘は頭部しか残っていませんでした」
 早川は言った。
「私は細井瞳という怪異に依頼して、母を暴行した西岡恒一を殺害しました。ですが、当初に言った通り怪異による犯行では、私を逮捕起訴できないですよね。それに私にはアリバイがあります。犯行日時、私は会社で残業をしていました。何人もの人が証人になってくれるでしょう」
 私は立ち上がり、コートを着る。
 取調室を出ようとする私を早川は止めない。
「もう遅いです。自宅までお送りしましょう」
 今まで黙っていた下日尾千帆がノートパソコンを閉じて、そう言った。
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