ファミコンが来た日

白鷺雨月

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第三話 三国志の孔明肉まん

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三月中頃の夕暮れ時に和人は駅前にいた。
有希子の帰りを待っている。
その日は三月だというのに寒かった。まだまだダウンジャケットは手放せないなと和人が思っているとスマートフォンが着信音を鳴らす。

有希子からのラインであった。
有希子のラインのアイコンは自撮り画像である。ラインの画面はまるで有希子が直接かたりかけているようであった。
着いたよというメッセージを見たあと、顔を上にあげると駅の改札口から出てくる有希子を和人は見つけた。
改札口に早足で向かう和人に有希子は抱きつく。
人前でいい年をした大人が抱きつくなんて気恥ずかしいと思う和人をであったが、有希子のほんのりと香る花の匂いに恥ずかしさは吹き飛んだ。

「お疲れ様」
仕事帰りの有希子に和人はねぎらいの言葉をかける。
「はーお腹空いた」
くくくっとあの喉の奥を鳴らすような笑いをし、有希子は和人の手に自分の手を絡める。

「ねえ三国志行こうよ」
有希子は言った。
三国志とはここから歩いて数分のところにある中華料理店の名前であった。
いわゆる町中華のお店だ。

「いいね」
和人は答えた。
三国志はもともと和人が行きつけにしていた店だ。今では有希子の方が気にいって、店員とも仲良くなっている。
有希子のコミュニケーション能力の高さに和人はいつも驚かされる。

店にはいると元気のいい店員の声がする。
「いらっしゃいませ!!」
台湾出身の店員が有希子に眼で挨拶する。
「こんばんは李さん」
にこりと微笑み、有希子は店員の李さんに挨拶する。
「有希子さん、奥のテーブル空いてるよ」
李さんの案内で和人たちは奥のテーブルに行き、向かいあわせに座る。
和人はテーブルに置かれている色あせたメニュー表をめくる。
メニューの写真はずいぶん前にとられたのだろう、実物と色がぜんぜん違う。

「何食べようかな」
鼻歌混じりで有希子はメニュー表をのぞきこむ。
「ねえニラレバ炒め食べられる?」
有希子はきいた。
眼を細めて、口角だけを上げて笑っている。
有希子は下を向いているため、襟首からその豊かな胸の谷間が見える。

この聞きかたはこの日の夜のことを暗示している。
最初のころは戸惑ったが、付き合って一年の今、有希子のいわんとすることがなんとなくわかってきていた。
和人は有希子と付き合うまで女性にも性欲があるということを考えたことがなかった。それは和人の女性との付き合いの経験の少なさからくるものであった。比較対象となるものがあまりにも少なかったのだ。
和人は有希子の前にも交際にこぎつけた女性が三十代のころ、一人だけいた。まあ、その女性にも一月ほどでふられてしまったのでカウントするのもおこがましいと彼は考えている。

「いいね、レバニラ炒め」
和人がいうとニラレバ炒めよと有希子に訂正された。和人はレバニラ炒めとニラレバ炒めの違いがまったくわからない。でもたしかにメニュー表にはニラレバ炒めと書かれている。

「僕は天津飯が食べたい」
和人が言うと有希子はぐっと親指をたてる。どうやら賛同を得られたようだ。しかしこんなこ恥ずかしい仕種も有希子がするとかわいいなと和人は思った。
二人はニラレバ炒めと天津飯、麻婆豆腐、餃子二人前を注文した。

「和人君って三国志で誰が好きなの?」
有希子は頬杖をつき、和人にきいた。
数日前に二人でシミュレーションゲームの三国志をプレイしたのを思いだす。ファミコン版のあのカセットがでかいものだ。

「やっぱり陸遜かな」
和人は答えた。
「あー陸遜ね。たしかにビジュアルはいいよね」
有希子は含み笑いをする。
「でも陸遜って最後かわいそうなのよね。ていうか呉の孫権って最悪よね。私にいわせれば赤壁の時が一番よかったわね」
まるで見てきたかのように有希子は語る。
こうなると歴史好きの有希子は止まらない。
こういうとき、和人は有希子が語るのにまかせている。
和人が感心しながら聞くと有希子は鼻を膨らませて喜ぶ。

「有希ちゃんは誰なの」
和人はたずねる。前は周瑜と言っていた。その前は趙雲と言っていた。

「そうね、今はやっぱりまわりまわって諸葛孔明ね。ねえ知っていた。諸葛亮孔明っていったら駄目なのよ。名と字は一緒によんだら駄目なのよ」
有希子は実に楽しそうにうんちくを語る。
そんな有希子もかわいいなと思う和人であった。和人は有希子が何をしてもかわいいと思ってしまうのだ。
「諸葛孔明ってのは饅頭を発明した人でもあるのよ。生け贄に生首を捧げていた民衆にそんな野蛮なことをやめさせるために肉まんを代わりにしたのよね」
ふふんっとどや顔で有希子は豊かな胸の前で腕を組む。
今日の有希子は絶好調だなと和人感心した。

メニューが運ばれて来たので、会話は一時中断する。
テーブルに所狭しとメニューが並べられる。
和人は有希子に割り箸をてわたす。
和人がいただきますというと有希子もいただきますと言った。
和人はいただきますと言い両手を合わせる有希子の姿が大好きであった。

和人は熱々の餃子にたれをつけ、口にいれる。熱い肉汁が口の中に広がる。
有希子もハフッハフッと餃子を頬張っている。
「やっぱ三国志の餃子は最高だわ」
熱い餃子を食べた直後なので有希子の口から湯気が出ていた。
そんな有希子を見て、和人は思わず笑ってしまった。

「ほら和人君、ニラレバ炒め食べさせてよ」
有希子は雛のように口をあーんと開ける。
四十も半ばにしてこれはかなり恥ずかしいが、有希子はやり出したら途中で終わることはしない。それは一年近い付き合いで理解してことだ。
和人はレンゲの上に小さなニラレバ炒めをつくり、それを有希子の口にいれる。
「ハフッおいひい」
有希子はニラレバ炒めを食べて、そう言った。

三国志で夕食を食べた和人と有希子は自分たちへのお土産に冷凍の肉まんを買って帰った。
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