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第二十一話 集結
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腕をくみ、赤い髪の鬼は和服の老人を見ている。鬼は水干と呼ばれる平安時代の服を着ていた。
「幽界であなたを相手にするのは分がわるい。一度引くとしましょう」
老人鬼三郎はそう言い、くるりと背を向けた。
足音もたてずに歩いていき、どこともなく消えてしまった。
「心得てるではないか」
赤い髪の鬼は、そう言い、フフッと妖しげな笑みを浮かべた。
「ここはあやつの夢の世界なのじゃ。これが真実か嘘の世界なのかは儂にはわからん。だが、もうじきこの世界は閉じられる。やつが去ったからのう。案ずるな、目が覚めたらもとのところにいるじゃろうて」
赤い髪の鬼しゃがみこみ史乃の瞳を見る。
紫色の瞳で史乃の顔を見た。氷のような冷たい手のひらで史乃の頬をなでる。
ぞくりとする感覚を史乃は覚えた。
背筋が凍るとはこのことだろう。
「不運なものよのう……」
驚いたことに鬼はあわれみ、みずからの人差し指の爪をぺきりと折った。
赤い爪は宝石のように輝いている。
それを史乃の手のひらにおき、握らせた。
「これをやろう。まあ、御守りのようなものじゃ」
赤い髪の鬼は言った。
もう、雨はやんでいた。
空を舞う、黒いものが見えた。
クカァーという奇声をあげていた。
いまいましい目でそれを鬼は見た。
「八咫の烏か。あの小賢しい狐の陰陽師の子孫めの……。儂も退散するとしよう。ぬし、目を閉じるとよい。次に目覚めれば、現世にもどれているじゃろう。あの八咫の烏がつれていってくれるからのう」
鬼は体をひるがえす。すると鬼はどこにともなく消えてしまった。
史乃はいわれたとおり、目を閉じた。
目を覚まして、はじめて視界にはいったのはコバヤシ少女の端正ながらもほっそりとした顔であった。
「目が覚めた」
と彼女は言った。
傍らには、明智がたち、パイプから紫煙をくゆらせていた。
「帰ってこれたのですね」
史乃は言った。
「お帰り。帰ってこれてよかったな」
そう言い、司は微笑した。
手のひらに違和感を感じたので、史乃はそのなかを見た。
赤く光る爪がそこにあった。大事にそれをコートの内ポケットにしまった。
猛スピードで落下した夢子と小野寺であった。
小野寺は軍人ながら悲鳴を上げた。
こんなところで死にたくないと本当に本気で思った。
彼の手をつかんでいる夢子は平然としている。まるで空の旅を楽しんでいるかのようだ。
速度が徐々にではあるが、落ちてきた。浮遊感を小野寺は持った。大げさに首を左右にふり、周囲を見る。
「風をつかさどる竜王の力を借りて、落下の速度をおさえています。このままゆっくりと着地しましょう」
夢子は言った。
これが竜王の巫女とあだなされる彼女の力か。
小野寺は感嘆の念を覚えた。
二人はみどりの木々の間をぬうようにゆっくりと落下し、着地した。
ひさびさに感じる大地の感触に小野寺はよろこんだ。本当は数分の時間であったが、彼には何時間ものながきに感じられた。
甲高いカラスのこえが聞こえたので、二人は空をみた。
悠然と空を舞う大きな烏の姿があった。
三本足の霊鳥、八咫の烏である。
ある方向に飛んで行く。
彼らを導こうというのだ。
「さあ、影王について行きましょう」
そう夢子は言い、小野寺とあるきだした。
崖をかけおり、ある程度進んだところで滝沢はサーベルを突き刺した。
サーベルにぶら下がるかたちで停止する。
眼下に見えるのは、濃いみどりの木々が並んでいる。
サーベルを引き抜き、ある一本の巨木めがけて飛ぶ。
サーベルを巨木に突き刺す。
巨木を切り裂きながら、滝沢はゆっくりと落下していく。
途中でサーベルが衝撃にたえきれずにべきりと鈍い金属音をたて、折れてしまった。
着地した滝沢は半分の長さになってしまったサーベルを鞘におさめた。無銘の剣であったが、愛用の品であった。
よく働いてくれたと滝沢はサーベルに礼を言う。
ずいぶんと無茶をさせたからな、剣客はそう思い、鞘の上からサーベルを撫でた。
はるか上空で烏の鳴き声がした。
黒く雄美なその姿の後を追うと司たちと合流することができた。
影王は降下し、その翼を夢子の小さな肩に休めた。
京都郊外にその屋敷はあった。
かなり広大な屋敷であった。どこぞの華族か財閥家の屋敷ではないかと思われるほどのである。
その屋敷の名を清風邸といった。
主人の名は平井時昌といった。
夢子の魔術の師匠である。
驚くほど広い庭の片隅に古い茶室があった。
古いが、よく手入れされており、清潔な空間だった。
その中に三人の人物がいた。
地味な和服を着ているが顔は厚化粧という風変わりな男が茶をたてていた。
かなり手慣れた手つきだ。その所作にむだなものはいっさいない。
彼こそが、夢子の師匠である平井時昌であった。
黒茶碗に入れた茶を向かいの二人の客にさしだす。
向かいの人物のうちの一人は喪服を着た清楚な女性であった。はかなげで美しい人物であった。
もう一人は、つめいり服に口ひげが特徴的な男であった。左目に生気がない。どうやら義眼のようだ。
「突然の来訪にかかわらず、このようなおもてなし感謝いたします。私は救世会の白蓮梅と申します。となりにひかえるのは、北一輝というものです」
と喪服の女は言った。
「幽界であなたを相手にするのは分がわるい。一度引くとしましょう」
老人鬼三郎はそう言い、くるりと背を向けた。
足音もたてずに歩いていき、どこともなく消えてしまった。
「心得てるではないか」
赤い髪の鬼は、そう言い、フフッと妖しげな笑みを浮かべた。
「ここはあやつの夢の世界なのじゃ。これが真実か嘘の世界なのかは儂にはわからん。だが、もうじきこの世界は閉じられる。やつが去ったからのう。案ずるな、目が覚めたらもとのところにいるじゃろうて」
赤い髪の鬼しゃがみこみ史乃の瞳を見る。
紫色の瞳で史乃の顔を見た。氷のような冷たい手のひらで史乃の頬をなでる。
ぞくりとする感覚を史乃は覚えた。
背筋が凍るとはこのことだろう。
「不運なものよのう……」
驚いたことに鬼はあわれみ、みずからの人差し指の爪をぺきりと折った。
赤い爪は宝石のように輝いている。
それを史乃の手のひらにおき、握らせた。
「これをやろう。まあ、御守りのようなものじゃ」
赤い髪の鬼は言った。
もう、雨はやんでいた。
空を舞う、黒いものが見えた。
クカァーという奇声をあげていた。
いまいましい目でそれを鬼は見た。
「八咫の烏か。あの小賢しい狐の陰陽師の子孫めの……。儂も退散するとしよう。ぬし、目を閉じるとよい。次に目覚めれば、現世にもどれているじゃろう。あの八咫の烏がつれていってくれるからのう」
鬼は体をひるがえす。すると鬼はどこにともなく消えてしまった。
史乃はいわれたとおり、目を閉じた。
目を覚まして、はじめて視界にはいったのはコバヤシ少女の端正ながらもほっそりとした顔であった。
「目が覚めた」
と彼女は言った。
傍らには、明智がたち、パイプから紫煙をくゆらせていた。
「帰ってこれたのですね」
史乃は言った。
「お帰り。帰ってこれてよかったな」
そう言い、司は微笑した。
手のひらに違和感を感じたので、史乃はそのなかを見た。
赤く光る爪がそこにあった。大事にそれをコートの内ポケットにしまった。
猛スピードで落下した夢子と小野寺であった。
小野寺は軍人ながら悲鳴を上げた。
こんなところで死にたくないと本当に本気で思った。
彼の手をつかんでいる夢子は平然としている。まるで空の旅を楽しんでいるかのようだ。
速度が徐々にではあるが、落ちてきた。浮遊感を小野寺は持った。大げさに首を左右にふり、周囲を見る。
「風をつかさどる竜王の力を借りて、落下の速度をおさえています。このままゆっくりと着地しましょう」
夢子は言った。
これが竜王の巫女とあだなされる彼女の力か。
小野寺は感嘆の念を覚えた。
二人はみどりの木々の間をぬうようにゆっくりと落下し、着地した。
ひさびさに感じる大地の感触に小野寺はよろこんだ。本当は数分の時間であったが、彼には何時間ものながきに感じられた。
甲高いカラスのこえが聞こえたので、二人は空をみた。
悠然と空を舞う大きな烏の姿があった。
三本足の霊鳥、八咫の烏である。
ある方向に飛んで行く。
彼らを導こうというのだ。
「さあ、影王について行きましょう」
そう夢子は言い、小野寺とあるきだした。
崖をかけおり、ある程度進んだところで滝沢はサーベルを突き刺した。
サーベルにぶら下がるかたちで停止する。
眼下に見えるのは、濃いみどりの木々が並んでいる。
サーベルを引き抜き、ある一本の巨木めがけて飛ぶ。
サーベルを巨木に突き刺す。
巨木を切り裂きながら、滝沢はゆっくりと落下していく。
途中でサーベルが衝撃にたえきれずにべきりと鈍い金属音をたて、折れてしまった。
着地した滝沢は半分の長さになってしまったサーベルを鞘におさめた。無銘の剣であったが、愛用の品であった。
よく働いてくれたと滝沢はサーベルに礼を言う。
ずいぶんと無茶をさせたからな、剣客はそう思い、鞘の上からサーベルを撫でた。
はるか上空で烏の鳴き声がした。
黒く雄美なその姿の後を追うと司たちと合流することができた。
影王は降下し、その翼を夢子の小さな肩に休めた。
京都郊外にその屋敷はあった。
かなり広大な屋敷であった。どこぞの華族か財閥家の屋敷ではないかと思われるほどのである。
その屋敷の名を清風邸といった。
主人の名は平井時昌といった。
夢子の魔術の師匠である。
驚くほど広い庭の片隅に古い茶室があった。
古いが、よく手入れされており、清潔な空間だった。
その中に三人の人物がいた。
地味な和服を着ているが顔は厚化粧という風変わりな男が茶をたてていた。
かなり手慣れた手つきだ。その所作にむだなものはいっさいない。
彼こそが、夢子の師匠である平井時昌であった。
黒茶碗に入れた茶を向かいの二人の客にさしだす。
向かいの人物のうちの一人は喪服を着た清楚な女性であった。はかなげで美しい人物であった。
もう一人は、つめいり服に口ひげが特徴的な男であった。左目に生気がない。どうやら義眼のようだ。
「突然の来訪にかかわらず、このようなおもてなし感謝いたします。私は救世会の白蓮梅と申します。となりにひかえるのは、北一輝というものです」
と喪服の女は言った。
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