落第錬金術師と辺境の黒騎士

白鷺雨月

文字の大きさ
1 / 4

第一話 落第錬金術師のエリナは王都で黒騎士と出会う。

しおりを挟む
 エリナ・レイ・コカトリスは失意のただなかにあった。二年に一度の研究結果の発表をギルフォード魔法魔術学園で行い、落第の評価をもらってしまった。前回もエリナの評価は落第であった。二回連続で落第の評価をうけるとその者は学園に籍をおけなくなる。
 エリナは今回の研究成果に魔術師生命をかけていた。
 しかし、帰ってきたのは嘲笑と冷笑がいりまじったものであった。
「はあっ、今回の研究に全財産つぎこんだのに」
 王都の大通りからはずれた裏道で、一人うずくまり、彼女は誰ともなくつぶやく。
 薄暗い、じめじめとした路地裏だ。
 そこに魔導書をつめこんだ革鞄の上にすわり、エリナは途方にくれていた。
 彼女の財産はこの九冊の魔導書とコートのポケットにわずかに残った銅貨数枚のみだ。この銅貨を使えば、この日のパンは買える。しかし、それで終わりだ。明日から、エリナは食べるものを買うお金は文字通り一銭もなくなるのだ。

 エリナは何度もため息をつく。
 この魔導書を売れば、さらにわずかに生き延びることができるだろう。
 しかし、その後どうする。
 魔法魔術学園を追放されたエリナには行くあてはまったくない。
 彼女は孤児だった。
 彼女が育った孤児院はすでに存在しない。 
 どうやらヴァヴェル王国の政策でそのようになったという。
 そう、エリナには帰るところはないのである。
 帰るところもなければ、行くあてもないのが現在のエリナの状況であった。


「やっとみつけたぞ」
 低い男の声がする。
 エリナがその声の方向に視線をおくると、そこには見たこともない背の高い男が立っていた。
 短い黒髪に精悍な顔立ち。身長はエリナよりも頭三つほど高いだろう。まあ、エリナは女性でも小柄な部類にはいるのだが。それでもその男はかなりの上背があると思われた。背中には大剣を背負い、漆黒の旅装をまとっていた。マントまで真っ黒であった。最初、エリナは闇が動いたと思った。それほどその男は黒につつまれていた。
「あんた、錬金術師のエリナ・レイ・コカトリスだろう。俺はグレイ。グレイ・シグルズ・ワイバーン。辺境の黒騎士なんて呼ぶ者もいる」
 じっとエリナの顔を見つめながら、その漆黒の装いの男は言った。
 瞳も黒いんだ。みつめられながら、エリナはそんなことをぼんやりと思った。

「そ、その黒騎士様が私になんのようなんですか?」
 エリナは黒騎士の顔を見る。けっして美男子とは言えないが、頼りがいのある強い視線をその男はもっていた。グレイにみつめられながら、エリナはそう思った。

「エリナ・レイ・コカトリス。あんた、俺の嫁にならないか」
 グレイは言い、そっとエリナの頬にふれる。
 不思議だが、エリナはまったく嫌な気持ちにならなかった。むしろ、どこか安心感を覚えた。

「ちょっあなた、何いってるの」
 しかし、その言葉の内容に正直エリナはあわてふためいた。
 ついさっきまで途方にくれていたが、今はこの突然あらわれた黒騎士に求婚されている。
 頭脳にはあるていどの自信があるエリナだったがこの自体に頭が完全においついていない。

「あんたメルクド人だろう。その緑の髪を見たらわかる。昔、おれの祖父がメルクド人に命をすくわれてな。子供のときから、結婚するならメルクド人の女ときめていたんだ。それに俺はあの学園で研究成果をかたっているおまえを見て、一目惚れしたんだ。聞けばいくあてもないのだろう。なら俺と結婚して、領地にきてくれないか」
 グレイはそうかたる。

 エリナはメルクド人とよばれる種族であった。人間よりも魔力が高く、魔術師や錬金術師になるものがおおい。その特徴は小柄で細身、深緑の髪、ややとがった耳であった。その容姿から森の精霊エルフなんて呼ぶものもいる。明確には森の精霊エルフとは別の種族であるが。
 メルクド人は人間よりも魔力は高いが、森の精霊エルフのように長命ではなかった。その寿命はほぼ人間と同じであった。


「そ、そんな。初めてあった人と結婚だなんて」
 あまりに急なことにエリナはそういうのが精一杯であった。

「じゃあ心に決めた人でもいるのか?」
 グレイはきく。

「いや、そんな人はいません」
 エリナは小さな首を左右にふる。
 ギルフォード魔法魔術学園に入学して以来、研究ばかりしていた。異性と交際はおろか知り合うひますらない生活であった。そんな私生活をすべてすててまで打ち込んだ研究がまったくといっていいほど評価されなかった。
 エリナの心にはむなしい失望だけが残った。

「ならいいじゃないか。俺の領地にきたら食うにはこまらないぞ。それにもちろん寝るところも着替えも用意しよう。どうだ、今のあんたにとって破格の条件だと思うけどな」
 にこりと白い歯をみせてグレイは微笑む。まったくもって憎めない笑みだ。おもわずエリナはみとれてしまう。それに食うにこまらないという言葉は魅力的であった。
 それを証明するようにエリナのお腹はその存在を証明するようにぐうっと盛大な音をたてた。
 お腹の虫の音を聞かれて、エリナはとがった耳の先まで真っ赤になった。

「はははっ体は正直じゃないか。そうだな、俺も腹が減ったことだし、飯でも食いにいこう」
 グレイはそう言い、エリナの小さくて白い手をギュッと握った。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

強面夫の裏の顔は妻以外には見せられません!

ましろ
恋愛
「誰がこんなことをしろと言った?」 それは夫のいる騎士団へ差し入れを届けに行った私への彼からの冷たい言葉。 挙げ句の果てに、 「用が済んだなら早く帰れっ!」 と追い返されてしまいました。 そして夜、屋敷に戻って来た夫は─── ✻ゆるふわ設定です。 気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

好きすぎます!※殿下ではなく、殿下の騎獣が

和島逆
恋愛
「ずっと……お慕い申し上げておりました」 エヴェリーナは伯爵令嬢でありながら、飛空騎士団の騎獣世話係を目指す。たとえ思いが叶わずとも、大好きな相手の側にいるために。 けれど騎士団長であり王弟でもあるジェラルドは、自他ともに認める女嫌い。エヴェリーナの告白を冷たく切り捨てる。 「エヴェリーナ嬢。あいにくだが」 「心よりお慕いしております。大好きなのです。殿下の騎獣──……ライオネル様のことが!」 ──エヴェリーナのお目当ては、ジェラルドではなく獅子の騎獣ライオネルだったのだ。

「お前を愛する事はない」を信じたので

あんど もあ
ファンタジー
「お前を愛することは無い。お前も私を愛するな。私からの愛を求めるな」 お互いの利益のために三年間の契約結婚をしたアヴェリンとロデリック。楽しく三年を過ごしたアヴェリンは屋敷を出ていこうとするのだが……。

神様の手違いで、おまけの転生?!お詫びにチートと無口な騎士団長もらっちゃいました?!

カヨワイさつき
恋愛
最初は、日本人で受験の日に何かにぶつかり死亡。次は、何かの討伐中に、死亡。次に目覚めたら、見知らぬ聖女のそばに、ポツンとおまけの召喚?あまりにも、不細工な為にその場から追い出されてしまった。 前世の記憶はあるものの、どれをとっても短命、不幸な出来事ばかりだった。 全てはドジで少し変なナルシストの神様の手違いだっ。おまけの転生?お詫びにチートと無口で不器用な騎士団長もらっちゃいました。今度こそ、幸せになるかもしれません?!

「婚約破棄された転生令嬢ですが、王城のメイド五百人に慕われるメイド長になりました。なお元婚約者は私のメイドに土下座中です」

まさき
恋愛
社畜OLとして過労死した私は、異世界の令嬢・アリア・ヴェルナーに転生した。 目が覚めたら、婚約破棄されていた。 理由は「地味で面白みがない」から。 泣く暇もなかった。翌朝、王城のメイド採用面接に向かった。 最初は鼻で笑われた。雑用係からのスタートだった。 でも——前世で叩き込まれた仕事術と、一人ひとりの話を聞く姿勢で、少しずつメイドたちが集まってきた。 厨房が変わった。リネンが変わった。王城全体が変わっていった。 そして就任スピーチで宣言した。 「500人全員の名前を、覚えます」 冷酷と噂される王太子は、静かに見ていた。 悪役令嬢は妨害を仕掛けてきた。 元婚約者は——後悔し始めていた。 婚約破棄された令嬢が、500人に慕われるメイド長になるまでの物語。 なお元婚約者は、私のメイドたちの前で土下座中です。

処理中です...