落第錬金術師と辺境の黒騎士

白鷺雨月

文字の大きさ
2 / 4

第2話 旅立ち

しおりを挟む
「とりあえず、飯でも食うか?」
 グレイの意見にエリナは反対する術を知らなかった。

「あの……私これしかもっていないんですけど」
 エリナはてのひらに乗せた数枚の銅貨をグレイに見せる。
 ご飯を食べるというグレイの意見に反対はしないが、彼女のもちあわせはわずかだ。

「あはっはつ。飯ぐらいおごらせてくれよ。あんたは俺の嫁さんになるんだからな」
 気持ちのいい笑いをグレイは浮かべる。
「まだ、私はあなたと結婚するなんていってませんけど」
 エレナは頬をふくらませる。
「まあ、飯をくいながらゆっくりはなそうじゃないか」
 グレイはエリナの右手をぐっと握る。これも不思議なことだが、ついさっき会ったばかりの男だというのに嫌な気はまったくしない。それどころか、こうやって手を握られていると心が落ち着くのである。
「さあ、そいつも持ってやろう」
 そう言い、グレイはあまった右手で魔導書のつまった鞄を軽々ともった。
 グレイに手をひかれ、大通りのある酒場に入った。
 夕刻にはまだ早い時間であったがけっこうな人でにぎわっていた。
 その酒場の名は白兎亭といい、豊満な体をした女将さんがきりもりしていた。

「あんたら、ここいらじゃあ見ない顔だね」
 女将はルイーザとなのり、グレイに注文をきいた。
「ああ、東のワイバーンからこの王都のバビロンにきたのさ」
 グレイは言い、いくつか注文する。
「へえ、ワイバーンってこっから半月はかかるってところだろう。また遠くからきたんだね」
 女将のルイーザは豊かな胸の前で腕を組み、関心する。
「ああっ、アレクの奴に剣術大会にさそわれてな」
 アレクという名前を聞いて、ルイーザは目を大きく見開いた。
「それってもしかしてアレク王子のことかい」
「ああっあいつやたらえらそうだと思ったら王子だったらしいな」
 グレイは言う。
 世間にうといエリナでもアレク王子の名前は知っている。
 このヴァヴェル王国の第二王子で剣聖の異名を持っている。
「アレク王子と引き分けた騎士がいたってきいたけど、もしかしてあんたなのかい」
「まあ、そうだな。剣術では引き分けたが、俺が得意なのは槍だからな。槍だったらまけなかったさ」
 不遜な笑みをグレイは浮かべる。



 やがてルイーザが料理を持ってきた。
 鳥もも肉の香草焼きに豆と茸のスープ、分厚くきったベーコンをソテーしたものにライ麦パン。
 エリナは眼の前の料理に思わずごくりと生唾をのみこんだ。
 ルイーザはグレイの眼の前によく冷えたエール酒を置く。
「すまない、俺は酒はのめないんだ」
 グレイはばつの悪そうな顔で言う。
「もしかしてこの酒はそっちの緑毛のお嬢ちゃんなのかい」
 ルイーザはわかりやすい驚いた顔で酒を置きなおす。
 グレイの前にはレモンをしぼった水が置かれた。
 ルイーザが豊満な尻をふりながら、厨房にきえたあと、エリナはグレイの黒い瞳を見る。
「そんないかつい風貌で酒が飲めないんですね」
 エリナは言い、鶏もも肉にかぶりつく。肉なんて食べるのはいつぶりだろうかと彼女は感慨深い気分となった。
「格好は関係ないだろう。飲めないものはしかたがないだろう」
 豆と茸のスープを飲み、ライ麦パンをかじる。
「さっきいってましたけど王子様と知り合いなのですか?」
 気になっていたことをエリナはきいた。
「まあ、一応友人ってやつだな。悪友っていったほうがいいかな」
 豪快に笑い、グレイも鳥もも肉にかぶりつく。こいつは美味いなと付け足した。
「あいつの誘いでギルフォード魔法魔術学園を見学していたんだ。そこで俺は研究成果を講堂で発表しているあんたをみつけたんだ」
 グレイは言う。
 その言葉を聞き、エリナはうつむいた。あの講堂にあつまった教授と講師ら、生徒たちからの嘲笑と冷笑を思いだしたからだ。
「あのとき言っていた空気から肥料をつくるってのは本当にできるのか?」
 真剣な眼差しでグレイはエリナを見つめる。
「ええできますよ。この世界の空気は色々なものがまじっているのです。その中から肥料に使える成分だけを選んで集めるのです。四大元素エレメンタルの風の魔法を使えばけっこう簡単なんです」
 エリナはそこまで言うとごくごくとエールを喉に流し込んだ。
「それってすごいじゃないか。ということは荒れ地なんかを農地にできるってことだろう」
 感心した様子でグレイは言う。
「ええそうです。農作物の収穫量はおおはばにあがるでしょうね。私の理論を採用してくれる人がいればの話ですけど……」
 そこでエレナは魔法魔術学園のルキフグス教授の顔を思い出した。そんなものが真理に到達するためになんの役にたつのだというのだ。この学園の創立目的は人間を進化させ、神に一歩でも近づくことである。農作物が多少ふえたからといって、それが人の進歩にいったいどれほど貢献できるというのだ。
 人を見下したルキフグス教授の顔がエリナの頭から離れない。

「なら、俺の領地で実践してくれ。あんたの魔術に必要なものは俺が用意する。あんたの実力を俺の村で発揮してくれ」
 黒い髪の頭を下げ、グレイは頼み込む。
 男の人が頭を下げて、頼むなんてエリナには信じられなかった。辺境に住んでいるとはいえ、貴族であろう眼の前の男が頭を下げてたのんでいる。一介のしかも落第追放された魔術師の女にである。
 頬に手をあて、エリナは考える。
 どのみち行くところもないのだし、この男のいうことをきいてもいいのではないか。
 会ってそんなに時間はたっていないが、このグレイという男は裏表のない性格をしている気がする。
 もし、見誤ったらそれは自分の見る目がなかっただけだ。
「わかったわ。あなたの領地にいくわ」
 エリナのその言葉を聞き、グレイは満面の笑みで彼女に抱きつき、両脇をかかえてだきあげた。
「ちょっちょっとやめてください。恥ずかしいじゃないですか」
 とがった耳の先まで赤くして、エリナは抵抗したがそれは無駄であった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

強面夫の裏の顔は妻以外には見せられません!

ましろ
恋愛
「誰がこんなことをしろと言った?」 それは夫のいる騎士団へ差し入れを届けに行った私への彼からの冷たい言葉。 挙げ句の果てに、 「用が済んだなら早く帰れっ!」 と追い返されてしまいました。 そして夜、屋敷に戻って来た夫は─── ✻ゆるふわ設定です。 気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

好きすぎます!※殿下ではなく、殿下の騎獣が

和島逆
恋愛
「ずっと……お慕い申し上げておりました」 エヴェリーナは伯爵令嬢でありながら、飛空騎士団の騎獣世話係を目指す。たとえ思いが叶わずとも、大好きな相手の側にいるために。 けれど騎士団長であり王弟でもあるジェラルドは、自他ともに認める女嫌い。エヴェリーナの告白を冷たく切り捨てる。 「エヴェリーナ嬢。あいにくだが」 「心よりお慕いしております。大好きなのです。殿下の騎獣──……ライオネル様のことが!」 ──エヴェリーナのお目当ては、ジェラルドではなく獅子の騎獣ライオネルだったのだ。

「お前を愛する事はない」を信じたので

あんど もあ
ファンタジー
「お前を愛することは無い。お前も私を愛するな。私からの愛を求めるな」 お互いの利益のために三年間の契約結婚をしたアヴェリンとロデリック。楽しく三年を過ごしたアヴェリンは屋敷を出ていこうとするのだが……。

神様の手違いで、おまけの転生?!お詫びにチートと無口な騎士団長もらっちゃいました?!

カヨワイさつき
恋愛
最初は、日本人で受験の日に何かにぶつかり死亡。次は、何かの討伐中に、死亡。次に目覚めたら、見知らぬ聖女のそばに、ポツンとおまけの召喚?あまりにも、不細工な為にその場から追い出されてしまった。 前世の記憶はあるものの、どれをとっても短命、不幸な出来事ばかりだった。 全てはドジで少し変なナルシストの神様の手違いだっ。おまけの転生?お詫びにチートと無口で不器用な騎士団長もらっちゃいました。今度こそ、幸せになるかもしれません?!

「婚約破棄された転生令嬢ですが、王城のメイド五百人に慕われるメイド長になりました。なお元婚約者は私のメイドに土下座中です」

まさき
恋愛
社畜OLとして過労死した私は、異世界の令嬢・アリア・ヴェルナーに転生した。 目が覚めたら、婚約破棄されていた。 理由は「地味で面白みがない」から。 泣く暇もなかった。翌朝、王城のメイド採用面接に向かった。 最初は鼻で笑われた。雑用係からのスタートだった。 でも——前世で叩き込まれた仕事術と、一人ひとりの話を聞く姿勢で、少しずつメイドたちが集まってきた。 厨房が変わった。リネンが変わった。王城全体が変わっていった。 そして就任スピーチで宣言した。 「500人全員の名前を、覚えます」 冷酷と噂される王太子は、静かに見ていた。 悪役令嬢は妨害を仕掛けてきた。 元婚約者は——後悔し始めていた。 婚約破棄された令嬢が、500人に慕われるメイド長になるまでの物語。 なお元婚約者は、私のメイドたちの前で土下座中です。

処理中です...