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第十九話 第二の妃候補
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その反物屋は白鯨屋から少し歩いたところにあった。
店の名は銀蝶屋といった。
そこまでの道中、小梅はずっと楊紫炎と
手をつないで歩いていた。
その姿を見て、明鈴は素直に羨ましいと思った。
自分も烏次元とこのようにして歩いてみたものだと思った。
だが、それはかなり難しいだろう。
後宮の仕事で忙しい彼は街に買い物に出かける時間なんてほとんどない。
それにあの店主のように宦官のことをよく思わない市井の人は多い。
烏次元は決して悪人ではない。
むしろ彼は善良で優しい。
それは一緒に暮らしている明鈴はよく理解していた。
ではあるがそれまでの宦官が権力をかさにきて、市井の人々に悪いことをしつくした結果、宦官全体が悪い印象をうえつけてしまった。それを払拭するのは並半可な努力ではすまないだろう。
そんなことを明鈴が考えていると楊紫炎の知り合いが営むという反物屋に到着した。
店に入ると豊かな身体をした女店主が出迎えてくれた。
わざと襟元を大きくあけて、その深い胸の谷間を見せつけていた。
右側だけが長い髪型をしていて、顔の半分が隠れている。
落馬髪という最近帝都で流行っている髪型である。馬から落下したときの髪に似ているからそうよばれている。楊紫炎の話ではこの髪型をはやらせた張本人がこの女店主だという。
その女店主の名を銀蝶舞といった。
「これはこれは将軍様、おひさしゅうござまいます」
銀蝶舞は深くお辞儀する。
「わっあの人のおっぱい大っきい」
どこか嬉しげに小梅は言った。
「これっ小梅、失礼ですよ」
明鈴はたしなめる。
ではるが同性の明鈴からみても見とれてしまうほど、銀蝶舞の胸は大きくて豊かであった。
「はははっ。いいのですよ。それで将軍様。そちらの方々は?」
銀蝶舞は明鈴と小梅を交互に見る。
「こちらは我が友烏次元のご内儀の明鈴殿と妹の小梅殿だ」
楊紫炎は二人を銀蝶舞に紹介する。
明鈴と小梅はていねいにお辞儀をする。
「それはそれはご丁寧に」
にこやかに笑顔で銀蝶舞は笑顔で挨拶する。あの白鯨屋の店主とは真逆の対応であった。楊紫炎の話ではお金さえ払えば、銀蝶舞は身分や出自などはまったく気にしないという。それがこの銀蝶屋の経営方針であった。
「それでどのようなものをお探しで……」
銀蝶舞は尋ねる。左目で明鈴の頭頂部からつま先までをさっと見る。
「ええっ着物をいくつか仕立ててもらおうかなと」
明鈴が答えると小梅が私もと手を上げる。
「かしこまりました。いくつか見繕ってきますね」
そう言い、銀蝶舞は奥に消える。金色の髪をした女中が明鈴たちに茶を用意してくれる。
明鈴たちは椅子に座り、銀蝶舞を待つ。
「そういえば閣下はいつ帝都にもどられたのですか?」
小梅が最愛の人にきく。
楊紫炎は南の邪教徒の叛徒を討伐に行っていたという。本来なら三ヶ月から半年はかかると思われた討伐作戦をわずか一ヶ月で終わらせたという。もちろん彼の勝利で戦いは終わった。
「あまり気ののらない作戦だったので早く終わらせたまででござるよ」
ははっ言い、楊紫炎は茶を一口飲む。
「このような速さで作戦を遂行できるのは護国将軍だけです」
きまじめに岳雷雲は言った。
「岳隊長、ほめても何もでないでござるよ」
楊紫炎は乾いた笑いを浮かべる。
そうこうしていると銀蝶舞がさきほどの金髪の女中と共にいくつかの反物をもって戻ってきた。
明鈴と小梅は夢中になって反物を選ぶ。
「このひまわりの柄なんてどうですか? 明鈴姉さんは顔が地味ですから派手な柄のほうが似合いますよ」
広げた反物を見て、小梅は言う。
「もうっ小梅。それは褒めてるのけなしているの」
ぷっと明鈴は頬を膨らませる。
「小梅はいいわね。身体が小さくて、胸も貧相だから反物の生地が少なくてすむわね」
明鈴がやり返す。
「これはやられたわ」
額を抑えて、小梅は笑う。
結局明鈴は青地に金の鈴の柄の反物を選んだ。
「明鈴姉さん、名前に合わせて鈴の柄にしたのね。私もよ」
小梅は白地に梅の柄の反物を選んだ。ついでどばかりに二人はかんざしや口紅、靴も買い込んだ。白粉は銀蝶舞が特別に配合した植物の実からつくったものを購入した。化粧品は燕貴妃の分もお土産として買った。けっこな出費だったが、烏次元からもらった金子はまだまだ余裕があった。
「それでは奥で採寸しましょうか。将軍様がたにはお酒と肴をご用意しましょう」
銀蝶舞は言う。
「あっ護国将軍様は酒は飲めないのでしたね。いいぶどう汁が手に入りましてのでそちらをご用意いたしまね」
女店主はそう付け足した。楊紫炎はかたじけないと答える。
銀蝶舞は二人を店の奥に行く。
身体を隅々まで採寸し、ぴったりの着物を作るのが銀蝶屋の方針であった。
「身体にあった着物を着るとすごく楽なのですよ」
と銀蝶舞は言った。たしかにと裁縫が得意な小梅がうんうんと頷く。
巻き尺を首にかけた金色の髪をした女中が部屋に入ってくる。
失礼しますと、明鈴の身体を細部にいたるまで測っていく。胸やお尻、肩幅に太ももまで測られてけっこう恥ずかしい。
明鈴はその金色の髪をした女中を何気なくみた。宝石のようにきれいな青い瞳をしている。その肢体は女店主銀蝶舞に負けないぐらいに豊かであった。大きなビロードの椿のかんざしを金色の髪にさしている。
女中は明鈴の身体を測った後、小梅の身体を図る。
「お客様はもっと背が伸びて、肉付きもよくなると思われるのでゆとりをもって仕上げたほうが良さそうですね」
金髪青眼の女中は言った。
この女中の外見は竜帝国のものではない。
西の呂摩国の人間はこのような外見のものが多いと明鈴は聞いたことがある。
この人、どこかでみたなと明鈴は思った。
記憶をたどると大通りで踊り子に酷似している。
試しに聞いてみると本人であった。
踊り子だけでは食べてはいけないのでこの銀蝶屋の女中として働いているのだという。
明鈴はあらためてその女中の顔をまじまじと見つめた。
その瞳はきらきらと宝玉のように輝き、まつげもばさばさに長い。
女中の顔を見ていると彼女は恥ずかしそうに頬を赤らめた。
「どうしたのですか? 私の顔になにかついていますか」
女中は明鈴にきく。
その時、明鈴の体に雷が落ちたような衝撃が駆け抜けた。
「そうだ!! 萌の次はオタクに優しいギャルだ!!」
店中に響き渡る大声で明鈴は意味不明の言葉を叫んだ。
小梅と女中、それに銀蝶舞はそろってきょとんとした顔をしている。
「ど、どうしたの明鈴姉さん。急に蓬莱国の言葉でさけんで。さっぱり理由がわからないのですけど……」
代表して小梅は言った。
明鈴は顔を真っ赤にして興奮していた。
店の名は銀蝶屋といった。
そこまでの道中、小梅はずっと楊紫炎と
手をつないで歩いていた。
その姿を見て、明鈴は素直に羨ましいと思った。
自分も烏次元とこのようにして歩いてみたものだと思った。
だが、それはかなり難しいだろう。
後宮の仕事で忙しい彼は街に買い物に出かける時間なんてほとんどない。
それにあの店主のように宦官のことをよく思わない市井の人は多い。
烏次元は決して悪人ではない。
むしろ彼は善良で優しい。
それは一緒に暮らしている明鈴はよく理解していた。
ではあるがそれまでの宦官が権力をかさにきて、市井の人々に悪いことをしつくした結果、宦官全体が悪い印象をうえつけてしまった。それを払拭するのは並半可な努力ではすまないだろう。
そんなことを明鈴が考えていると楊紫炎の知り合いが営むという反物屋に到着した。
店に入ると豊かな身体をした女店主が出迎えてくれた。
わざと襟元を大きくあけて、その深い胸の谷間を見せつけていた。
右側だけが長い髪型をしていて、顔の半分が隠れている。
落馬髪という最近帝都で流行っている髪型である。馬から落下したときの髪に似ているからそうよばれている。楊紫炎の話ではこの髪型をはやらせた張本人がこの女店主だという。
その女店主の名を銀蝶舞といった。
「これはこれは将軍様、おひさしゅうござまいます」
銀蝶舞は深くお辞儀する。
「わっあの人のおっぱい大っきい」
どこか嬉しげに小梅は言った。
「これっ小梅、失礼ですよ」
明鈴はたしなめる。
ではるが同性の明鈴からみても見とれてしまうほど、銀蝶舞の胸は大きくて豊かであった。
「はははっ。いいのですよ。それで将軍様。そちらの方々は?」
銀蝶舞は明鈴と小梅を交互に見る。
「こちらは我が友烏次元のご内儀の明鈴殿と妹の小梅殿だ」
楊紫炎は二人を銀蝶舞に紹介する。
明鈴と小梅はていねいにお辞儀をする。
「それはそれはご丁寧に」
にこやかに笑顔で銀蝶舞は笑顔で挨拶する。あの白鯨屋の店主とは真逆の対応であった。楊紫炎の話ではお金さえ払えば、銀蝶舞は身分や出自などはまったく気にしないという。それがこの銀蝶屋の経営方針であった。
「それでどのようなものをお探しで……」
銀蝶舞は尋ねる。左目で明鈴の頭頂部からつま先までをさっと見る。
「ええっ着物をいくつか仕立ててもらおうかなと」
明鈴が答えると小梅が私もと手を上げる。
「かしこまりました。いくつか見繕ってきますね」
そう言い、銀蝶舞は奥に消える。金色の髪をした女中が明鈴たちに茶を用意してくれる。
明鈴たちは椅子に座り、銀蝶舞を待つ。
「そういえば閣下はいつ帝都にもどられたのですか?」
小梅が最愛の人にきく。
楊紫炎は南の邪教徒の叛徒を討伐に行っていたという。本来なら三ヶ月から半年はかかると思われた討伐作戦をわずか一ヶ月で終わらせたという。もちろん彼の勝利で戦いは終わった。
「あまり気ののらない作戦だったので早く終わらせたまででござるよ」
ははっ言い、楊紫炎は茶を一口飲む。
「このような速さで作戦を遂行できるのは護国将軍だけです」
きまじめに岳雷雲は言った。
「岳隊長、ほめても何もでないでござるよ」
楊紫炎は乾いた笑いを浮かべる。
そうこうしていると銀蝶舞がさきほどの金髪の女中と共にいくつかの反物をもって戻ってきた。
明鈴と小梅は夢中になって反物を選ぶ。
「このひまわりの柄なんてどうですか? 明鈴姉さんは顔が地味ですから派手な柄のほうが似合いますよ」
広げた反物を見て、小梅は言う。
「もうっ小梅。それは褒めてるのけなしているの」
ぷっと明鈴は頬を膨らませる。
「小梅はいいわね。身体が小さくて、胸も貧相だから反物の生地が少なくてすむわね」
明鈴がやり返す。
「これはやられたわ」
額を抑えて、小梅は笑う。
結局明鈴は青地に金の鈴の柄の反物を選んだ。
「明鈴姉さん、名前に合わせて鈴の柄にしたのね。私もよ」
小梅は白地に梅の柄の反物を選んだ。ついでどばかりに二人はかんざしや口紅、靴も買い込んだ。白粉は銀蝶舞が特別に配合した植物の実からつくったものを購入した。化粧品は燕貴妃の分もお土産として買った。けっこな出費だったが、烏次元からもらった金子はまだまだ余裕があった。
「それでは奥で採寸しましょうか。将軍様がたにはお酒と肴をご用意しましょう」
銀蝶舞は言う。
「あっ護国将軍様は酒は飲めないのでしたね。いいぶどう汁が手に入りましてのでそちらをご用意いたしまね」
女店主はそう付け足した。楊紫炎はかたじけないと答える。
銀蝶舞は二人を店の奥に行く。
身体を隅々まで採寸し、ぴったりの着物を作るのが銀蝶屋の方針であった。
「身体にあった着物を着るとすごく楽なのですよ」
と銀蝶舞は言った。たしかにと裁縫が得意な小梅がうんうんと頷く。
巻き尺を首にかけた金色の髪をした女中が部屋に入ってくる。
失礼しますと、明鈴の身体を細部にいたるまで測っていく。胸やお尻、肩幅に太ももまで測られてけっこう恥ずかしい。
明鈴はその金色の髪をした女中を何気なくみた。宝石のようにきれいな青い瞳をしている。その肢体は女店主銀蝶舞に負けないぐらいに豊かであった。大きなビロードの椿のかんざしを金色の髪にさしている。
女中は明鈴の身体を測った後、小梅の身体を図る。
「お客様はもっと背が伸びて、肉付きもよくなると思われるのでゆとりをもって仕上げたほうが良さそうですね」
金髪青眼の女中は言った。
この女中の外見は竜帝国のものではない。
西の呂摩国の人間はこのような外見のものが多いと明鈴は聞いたことがある。
この人、どこかでみたなと明鈴は思った。
記憶をたどると大通りで踊り子に酷似している。
試しに聞いてみると本人であった。
踊り子だけでは食べてはいけないのでこの銀蝶屋の女中として働いているのだという。
明鈴はあらためてその女中の顔をまじまじと見つめた。
その瞳はきらきらと宝玉のように輝き、まつげもばさばさに長い。
女中の顔を見ていると彼女は恥ずかしそうに頬を赤らめた。
「どうしたのですか? 私の顔になにかついていますか」
女中は明鈴にきく。
その時、明鈴の体に雷が落ちたような衝撃が駆け抜けた。
「そうだ!! 萌の次はオタクに優しいギャルだ!!」
店中に響き渡る大声で明鈴は意味不明の言葉を叫んだ。
小梅と女中、それに銀蝶舞はそろってきょとんとした顔をしている。
「ど、どうしたの明鈴姉さん。急に蓬莱国の言葉でさけんで。さっぱり理由がわからないのですけど……」
代表して小梅は言った。
明鈴は顔を真っ赤にして興奮していた。
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