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第二十二話 月見の会前日譚
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竜帝国では奇数月の中頃の満月の日に月見の夜会が開かれる。
皇族、高位の貴族、文武の高官らを宮中に招き、日頃の労をねぎらうというものである。
その月見の夜会を利用して、皇帝に月香蘭をお披露目しようというのが、明鈴の魂胆であった。
そこで皇帝に気に入られれば異民族である月香蘭も後宮での地位は確実となり、ひいては明鈴の手柄にもできる。
明鈴は名実ともに飛燕派の人間であり、最終的には月香蘭も味方にひきいれ、燕貴妃の立場を確かなものにしようと彼女は考えていた。
それに皇帝の鶴の一声があれば唯一の懸念材料である月香蘭が子持ちであるということも解決できるだろう。ということは月香蘭と明鈴は皇帝の鶴の一声をもらわないといけないのである。
燕貴妃は皇帝の好みのど真ん中をついたと明鈴は思っている。
だから、ある意味容易であった。
そして燕貴妃の天性ともいえる愛され体質が発揮され、幸いしてうまくいった。
月香蘭は皇帝の好みとはわずかに違うと明鈴は推察する。なので別の価値観から皇帝に気にいってもらおうというのが、明鈴の作戦の要であった。
そうすることで違う人間性の女性を皇帝のそばにおける。
一人の寵姫にのめり込んだため、滅びた王朝はいくつもある。そのことも玉太后は危惧していたのではと明鈴は考える。
月見の夜会まではあと五日と迫っていた。
それまでに最終仕上げをしなくては。やりすぎることはないと明鈴は考える。
まず、明鈴は月見の夜会に月香蘭に着せるための衣装をとりに銀蝶屋に向かった。むろん月香蘭をともなってである。
月香蘭の息子である子真の面倒は小梅と麻伊がみてくれている。子真はすっかり二人になついていた。麻伊は孫ができたようだと喜んでいた。
「頼まれた衣装は完成しました」
明鈴と月香蘭を出迎えた銀蝶舞はそう言った。
店の奥に行き、月香蘭にさっそくその衣装に着替えさせる。
「しかしかわった意匠ですね」
銀蝶舞はちらりと明鈴を見る。
その間も手を休めずに銀蝶舞は月香蘭にその衣装を着せる。
明鈴が銀蝶舞に依頼した着物は冬景色が描かれたものであった。五角形や六角形の白い柄があちこちにちりばめれた意匠のものだ。それは雪を拡大して見るとそのような形に見えるのだと烏次元に聞いたことがある。最近帝都で流行っている雪の結晶柄の着物だ。褐色の肌をした月香蘭によく似合う。
さらに長袴と羽織に分かれていて、その羽織の下に着るものが独特であった。
月香蘭の豊かな胸を一つの布で包み、背中の部分でキュッと結び、乳房を固定しているのだ。
「しかしこの発想はなかったわ」
衣装をつくった銀蝶舞も感心していた。同じものを彼女もつけている。
「どう苦しくはないかしら?」
明鈴は月香蘭に訊いた。
「いえ、むしろ乳房が固定されて心地よいほどです」
自身の大きな胸を持ち上げ、月香蘭は答えた。
「明鈴様、これはどういったものなのですか?」
銀蝶舞は訊く。彼女としても初めてつくったそれの所以を知りたかった。
「うーん。出どころはちょっと言えないのだけど。そうね、これは名付けて乳袋といったところでしょうか」
顎先に手をあて、明鈴は言葉を選びながら答えた。
流石に発想の出どころが皇帝の記憶だとは言えなかった。
「なるほど乳袋か。言いえて妙ですね。うん、これは儲かる予感がするわ」
銀蝶舞は商売人である。この乳袋なるものに商機を見出していた。
事実、この乳袋は貴族や裕福な女性たちの間で大流行する。
豊かな胸のものはその形を綺麗に保つことができる。ささやかな者は布の厚みや綿をはさんでより良い見た目にすることができた。
やがて庶民の間にも広がり、乳袋は竜帝国において婦女子のたしなみとなるのである。
美の基準が乳袋へとうつりかわり、纏足はすたれることになる。
この乳袋を製作販売した銀蝶舞は巨万の富を得ることとなる。それはまた別の物語であった。
さて次は楽士探しである。
月香蘭の踊りはそれだけでも魅力的であったが、明鈴はそれをさらに完璧に仕上げたいと考えた。
舞踏に音楽が加われば、皇帝の興味を完全に鷲掴みすることができると明鈴は推察した。
人を楽しませることに手を抜いてはいけないのだ。しかも相手は竜帝国の最上位にある皇帝である。やりすぎぐらいでちょうどいいのだ。
しかし、この楽士探しが思ったよりも難航した。
宮廷の楽士たちが皆、首を左右にふって拒否したのだ。
月香蘭のような異民族で出自が不確かなものに自らの技量を貸せないというのが主だった理由であった。
「きっと霊賢妃が妨害しているのですよ」
ぷりぷりと頬を膨らませて小梅は怒った。
明鈴も同意したいが、確たる証拠はない。それに楽士たちは本気でそう思っているのかもしれない。
宮廷は排他的になりがちなものだ。
困っている明鈴に岳雷雲が声をかけてきた。
「もしよろしければ我が百鬼隊の楽士を紹介しましょうか?」
彼はそう提案した。
軍隊と音楽は密接な関係がある。命令に笛や太鼓をよく使うからだ。
音楽を使い、指揮系統を統一したのが皇帝竜星命の功績の一つだ。
岳雷雲が連れてきた楽士は義夢という名の男だった。得意な楽器は琵琶だと彼は言った。
その楽士を烏次元の屋敷に連れ帰り、月香蘭の踊りを見せた。
もちろんあの乳袋に雪の結晶柄の着物を着て、月香蘭は舞う。
「これは想像力をかきたてる踊りですな」
琵琶を手にもち、義夢は即興でひきはじめる。
その琵琶の音を聞き、月香蘭はふたたび舞う。
月香蘭の激しい踊りにあわせて、義夢が琵琶をかき鳴らす。
月香蘭の揺れる胸が魅惑的であり蠱惑的であった。義夢の激しく鳴らす琵琶の音に思わず明鈴は聞き入ってしまった。
「我がことなった!!」
月香蘭と義夢の二人に明鈴は拍手を送る。
そして月見の夜会当日となった。
皇族、高位の貴族、文武の高官らを宮中に招き、日頃の労をねぎらうというものである。
その月見の夜会を利用して、皇帝に月香蘭をお披露目しようというのが、明鈴の魂胆であった。
そこで皇帝に気に入られれば異民族である月香蘭も後宮での地位は確実となり、ひいては明鈴の手柄にもできる。
明鈴は名実ともに飛燕派の人間であり、最終的には月香蘭も味方にひきいれ、燕貴妃の立場を確かなものにしようと彼女は考えていた。
それに皇帝の鶴の一声があれば唯一の懸念材料である月香蘭が子持ちであるということも解決できるだろう。ということは月香蘭と明鈴は皇帝の鶴の一声をもらわないといけないのである。
燕貴妃は皇帝の好みのど真ん中をついたと明鈴は思っている。
だから、ある意味容易であった。
そして燕貴妃の天性ともいえる愛され体質が発揮され、幸いしてうまくいった。
月香蘭は皇帝の好みとはわずかに違うと明鈴は推察する。なので別の価値観から皇帝に気にいってもらおうというのが、明鈴の作戦の要であった。
そうすることで違う人間性の女性を皇帝のそばにおける。
一人の寵姫にのめり込んだため、滅びた王朝はいくつもある。そのことも玉太后は危惧していたのではと明鈴は考える。
月見の夜会まではあと五日と迫っていた。
それまでに最終仕上げをしなくては。やりすぎることはないと明鈴は考える。
まず、明鈴は月見の夜会に月香蘭に着せるための衣装をとりに銀蝶屋に向かった。むろん月香蘭をともなってである。
月香蘭の息子である子真の面倒は小梅と麻伊がみてくれている。子真はすっかり二人になついていた。麻伊は孫ができたようだと喜んでいた。
「頼まれた衣装は完成しました」
明鈴と月香蘭を出迎えた銀蝶舞はそう言った。
店の奥に行き、月香蘭にさっそくその衣装に着替えさせる。
「しかしかわった意匠ですね」
銀蝶舞はちらりと明鈴を見る。
その間も手を休めずに銀蝶舞は月香蘭にその衣装を着せる。
明鈴が銀蝶舞に依頼した着物は冬景色が描かれたものであった。五角形や六角形の白い柄があちこちにちりばめれた意匠のものだ。それは雪を拡大して見るとそのような形に見えるのだと烏次元に聞いたことがある。最近帝都で流行っている雪の結晶柄の着物だ。褐色の肌をした月香蘭によく似合う。
さらに長袴と羽織に分かれていて、その羽織の下に着るものが独特であった。
月香蘭の豊かな胸を一つの布で包み、背中の部分でキュッと結び、乳房を固定しているのだ。
「しかしこの発想はなかったわ」
衣装をつくった銀蝶舞も感心していた。同じものを彼女もつけている。
「どう苦しくはないかしら?」
明鈴は月香蘭に訊いた。
「いえ、むしろ乳房が固定されて心地よいほどです」
自身の大きな胸を持ち上げ、月香蘭は答えた。
「明鈴様、これはどういったものなのですか?」
銀蝶舞は訊く。彼女としても初めてつくったそれの所以を知りたかった。
「うーん。出どころはちょっと言えないのだけど。そうね、これは名付けて乳袋といったところでしょうか」
顎先に手をあて、明鈴は言葉を選びながら答えた。
流石に発想の出どころが皇帝の記憶だとは言えなかった。
「なるほど乳袋か。言いえて妙ですね。うん、これは儲かる予感がするわ」
銀蝶舞は商売人である。この乳袋なるものに商機を見出していた。
事実、この乳袋は貴族や裕福な女性たちの間で大流行する。
豊かな胸のものはその形を綺麗に保つことができる。ささやかな者は布の厚みや綿をはさんでより良い見た目にすることができた。
やがて庶民の間にも広がり、乳袋は竜帝国において婦女子のたしなみとなるのである。
美の基準が乳袋へとうつりかわり、纏足はすたれることになる。
この乳袋を製作販売した銀蝶舞は巨万の富を得ることとなる。それはまた別の物語であった。
さて次は楽士探しである。
月香蘭の踊りはそれだけでも魅力的であったが、明鈴はそれをさらに完璧に仕上げたいと考えた。
舞踏に音楽が加われば、皇帝の興味を完全に鷲掴みすることができると明鈴は推察した。
人を楽しませることに手を抜いてはいけないのだ。しかも相手は竜帝国の最上位にある皇帝である。やりすぎぐらいでちょうどいいのだ。
しかし、この楽士探しが思ったよりも難航した。
宮廷の楽士たちが皆、首を左右にふって拒否したのだ。
月香蘭のような異民族で出自が不確かなものに自らの技量を貸せないというのが主だった理由であった。
「きっと霊賢妃が妨害しているのですよ」
ぷりぷりと頬を膨らませて小梅は怒った。
明鈴も同意したいが、確たる証拠はない。それに楽士たちは本気でそう思っているのかもしれない。
宮廷は排他的になりがちなものだ。
困っている明鈴に岳雷雲が声をかけてきた。
「もしよろしければ我が百鬼隊の楽士を紹介しましょうか?」
彼はそう提案した。
軍隊と音楽は密接な関係がある。命令に笛や太鼓をよく使うからだ。
音楽を使い、指揮系統を統一したのが皇帝竜星命の功績の一つだ。
岳雷雲が連れてきた楽士は義夢という名の男だった。得意な楽器は琵琶だと彼は言った。
その楽士を烏次元の屋敷に連れ帰り、月香蘭の踊りを見せた。
もちろんあの乳袋に雪の結晶柄の着物を着て、月香蘭は舞う。
「これは想像力をかきたてる踊りですな」
琵琶を手にもち、義夢は即興でひきはじめる。
その琵琶の音を聞き、月香蘭はふたたび舞う。
月香蘭の激しい踊りにあわせて、義夢が琵琶をかき鳴らす。
月香蘭の揺れる胸が魅惑的であり蠱惑的であった。義夢の激しく鳴らす琵琶の音に思わず明鈴は聞き入ってしまった。
「我がことなった!!」
月香蘭と義夢の二人に明鈴は拍手を送る。
そして月見の夜会当日となった。
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