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1.王女と異世界と転生使い

Remember-27 作戦開始/意思の確認とか

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 ……そろそろ日没が始まる。
 今回の作戦で俺たちが乗る馬車に荷物を詰め込む為、俺とシャーリィとクレオさん、それから手の空いていたレイラさんの四人で王国の馬車乗り場に来ていた。

 馬車とは言っても今回は以前乗ったような移動用の馬車ではなく、幌が被せられた荷物を運ぶ用の小さい荷台だった。
 馬車には少し嫌な思い出があるので少し不安があったが、車輪には振動や揺れを吸収して緩和する素材が使われていたり荷台の底も柔らかい素材を使っていたりと、こういう配慮の充実さは流石ギルドだ。荷台の中も狭そうに見えたけど、伏せて入れば俺でもこの中で問題なく動けそう。

「なあ兄ちゃん。これから戦いに行くんだろ? なのにこんなに荷物が少ないってどういうことだ?」
「荷物が少ない? いやでも、コレとかアレとか、結構大きいと思うけど」
「バッカ兄ちゃん、これは必需品で夜間行動と野宿の生命線みたいなもんで、これは荷物と呼べないぜ。俺さんが言いてぇのは――」

 そう言うとクレオさんは俺の手にしていたナップサックをひょい、と摘まみ上げて中身を取り出す。
 因みに中身は新しい武器とか便利な小道具とかが入っているわけではなく、昨日の夜にペーターさんが作り置いてくれたサンドイッチが二人分入っているだけ。
 で、サンドイッチをナップサックに戻してそれを荷台にポン、と乗せるとクレオさんは咳払いをして、

「……遠足じゃないんだぞ?」
「…………はい」

 そんなことは分かってる。分かっているけど何も言い返せないのであった。これから戦いに行くと言うのに丸腰で持ち物がサンドイッチだけというのは何かの冗談かと思われたって文句は言えないのである。

「ユウマは荷物どころか武器も持っていないからねぇ」
「……貴族の遠足でも武器ぐらいは持つぞ?」
「…………はい」

 さっきから苦しそうな「はい」しか言ってないな俺……さっきからクレオさんの正論がザクザクと刺さって痛い。俺だって好きで丸腰な訳じゃないのでこれ以上追求してくるのは勘弁して欲しい。
 そんな心情が表情から滲み出ていたのか、クレオさんは「しょうがないな」と言いながら馬車から袋を取り出し、俺に胸元へ目掛けて投げた。緩やかな弧を描いて投げ込まれた袋は俺の腕の中に落ちるとカシャン、と金属特有の音を漏らした。

「クレオさん、コレは?」
「武器にしてはビミョーだが、十分役立つと思うぞ。子供の頃に使ってた物でさ、今じゃ体格に合わなくてお守りみたいに持ち歩いてたのさ。良かったらやるよ」
「ありがとう……! でも本当に良いのか? ショベルといいガラス瓶といい、毎回道具を使い潰してるから、もしかしたらこの武器も駄目になるかもしれないけど……」
「いいっていいって。正直持て余していた物だったし、使って貰えた方が嬉しいぜ」

 袋の大きさからして、短剣だろうか? どうやら革製の鞘みたいな物も入っているし、二本入っている……? 中身を袋から取り出して確認してみたかったが、この場で中身を広げるのはどうかと思えたので荷台の中に詰め込んだ。

「よし、荷物は積み終わったな。お嬢さん、兄ちゃん、もう出発できやすぜ」
「りょーかい、予定通り今から出発するわ。行くわよユウマ」

 シャーリィは踏み台に足を乗せて荷台の中に転がり込む。
 荷台の狭い隙間の中で体を折りたたみ、緑色の目を光らせている姿はまるで猫みたいだった。俺も続いて荷台の中に乗り込もうとした時、ここに来てから無言でこちらを見守っていたレイラさんとふと目が合った。

「レイラさん、行ってきます」

 何処か心配そうに見つめているレイラさんに向けて明るく声をかける。
 きっと俺の身を案じてくれているのだろうから、心配させないように可能な限り明るく振る舞ったが、それでもレイラさんの顔は曇ったままだ。

「ユウマ君、本当に大丈夫なの?」
「大丈夫ですよ――って言うはちょっと無責任か。なんとか上手くやってみせます」
「でも……」
「――ほれほれ、さっきから何が言いたいんじゃレイラよ。まるで無理にユーマを引き留めているように見えるが……お主、もしやユーマに好いていおるか?」

 不意に、視界の外から金色のもこもこした何か人影が入り込んだかと思うと、クククと笑いながら口を挟んできた。

「ぎ、ギルドマスター!? い、いや! 好いているとかそんなのじゃなくて、本当に心配なだけで――」
「いつの間に来ていたんだ、ギルドマスター」
「ギルドからそう遠くないからな。因みに仕事はペーターとバーンに投げてきた」
「無視した……!? というかまた二人に仕事を投げないでください!」

 隣で珍しく怒っているレイラさんを聞こえないふりでやり過ごしながら、ギルドマスターは俺の元にやって来た。

「ユーマよ、別にレイラみたいに心配しているわけではないが、大丈夫か? せいぜい二日程度で終わるだろうが、それでも苦しいことには変わりないぞ」
「うん、覚悟は済ませてる」
「フフッ、相変わらず良い決意だよ――さて」

 いつも通りの笑みを浮かべながらそう云うと、ギルドマスターはピョン、と踏み台に飛び乗って荷台に上半身だけ突っ込んだ。

「絶対来ると思った! こっちに来るんじゃないわよギルマス!」
「……くっ、抱きつこうと思ったらあやつめ、奥に隠れておる……だ、駄目だ、届かんッ……!」
「何やってるんだ……」

 足をジタバタ動かしながらギルドマスターは一人で騒いでいた。
 荷台の奥でシャーリィは引きこもっているしクレオさんはこの場を離れて馬に帯を取り付けているし、レイラさんは心配そうに俺を見つめているし……まるで統一感がないこの状況、果たして俺はどうすれば良いのだろうか。今から出発するんじゃなかったんですか。

「仕方ない、真面目な話をするか」
「真面目な話?」
「そうだとも。だから仕事をペーター達に投げ捨ててまで来たのだよ」
「……シャーリィ目当てで来たのかと思ってた」
「なんじゃと小僧。だが実は七割ぐらい正解だったり」

 ギルドマスターは荷台から降りて懐から一枚の紙を取り出し、それを荷台の中に放り込む。その中身は分からないが、どうやらシャーリィに渡す物だったらしい。

「……と、まあ詳しい内容はあっちの紙に書いてある。この前お主ら二人が戦った反ギルド団体の男から判明した情報だ。そちらを見て貰えば分かる――と、言いたいところだったが……シャーリィから聞いたぞ? お主、字が読めないとな。この王国に識字出来ない人間はいないのだが……いや、記憶と共に忘れているだけかもしれないが」
「……なんかごめんなさい」

 面目ないデス。やれやれと言いたげなギルドマスターの表情を見ていると凄く申し訳なくなってくる。

「まあよい、気にするな。むしろ個性として誇――るのは無理があるか。ユーマにも簡素に口頭で伝えておくかの……コホン。それで内容だが――例の反ギルド団体の男の身体を調べた報告が届いた。異常性に関して新しく判明した点がある」
「異常性……ああ、痛みを感じないのとあの身体能力だっけ」

 異常性――“転生”した俺やシャーリィと同等かあるいはそれ以上の跳躍力を見せたように、あの人間離れした身体能力。それと、全身にガラスの破片が刺さっていようとも問題なく動いていた痛覚の異常。
 確か脳内に異常があって、それが原因で痛覚が無いって話だったような。他に分かったことがあったのか。

「脳以外にも脚や腕をあのよく分からん機械で検査したらしい。私からすればあんな物で何が分かるのか不思議でならないが……どうやら、筋肉や神経系に特異性がある。断言はできないが、異世界に関わった可能性があるようだ」
「異世界ね……そう、分かった。少なくとも連中は異世界について知っているってことね」
「シャーリィ? 今のどういう……なんで異世界の話が?」

 俺がそう口を挟むと、ギルドマスターはシャーリィにやや鋭い視線を送る。
 初めてギルドに訪れて、魔法の重要性について説明された時みたいに“どういうことだ?”と言いたげな目だ。

「お主はまだユーマに異世界の話をしておらぬのか……? 転生使いである以上、異世界とは切っても切れない関係だろうに。何故説明をしない」
「それについては、ごめんなさい。ユウマを巻き込みたくないとか重荷を背負わせたくないとか、そういう考えはもう無いわ。ただ、私が話すのを怖がってるだけ……必ず話すけど、もう少しだけ勇気を持つ時間をちょうだい」
「……そうか。そういうことなら、わかった。いつか必ずシャーリィの口から聞かせてくれ」

 そう言いながら頷いて、シャーリィから目を離す。彼女の希望通り、これ以上追求するのは止めて全てを任せた。
 俺に対する杞憂ではなく、彼女の中でケジメを付けるために口を閉ざしているのなら、これ以上この件に関して言うことはない。口にはしていないがギルドマスターも同意見らしく、静かに頷いていた。

「それなら特に言うことはないが……シャーリィよ、無理だけはしてならぬぞ」
「……ありがと。話を逸らしちゃったけど、他に何かわかったことはある?」
「直接伝えたかったのはこれだけだ。とにかく、敵の戦力や奥の手が不明な以上、たとえ転生使いだろうと油断してはならぬ――という年寄り美少女のお節介だと思っておくれ」
「年寄り美少女って……」
「年寄り美少女ねぇ」
「お主ら、そこだけ揃って反応するのはどうなんじゃ」

 ギルドマスターはぐぬぬと唸りながら馬車から離れて、レイラさんの元に行ってしまった。機嫌を損ねて立ち去ってしまったとかそういう訳ではなく、どうやら用件を終えたので見送る姿勢を取ったらしい。
 そして、ちょうど同じタイミングでクレオさんが俺たちの元に歩いて来た。浮かべてる笑顔から準備は万端だと窺える。

「待たせたなお二人さん、馬の準備は終わったぜ。これから依頼通りにお二人さんを運びやすが、何か忘れもんとかはないか?」
「最終確認って訳ね……私は大丈夫」
「同じく俺も大丈夫」

 そろそろシャーリィに普段の口調で話すのに慣れてきたクレオさんが、馬の手綱を握りながら俺たちに尋ねる。俺も乗り遅れないように荷台の中に乗り込んで、荷台と幌の隙間から顔を出して返事をした。

「はいよ、んじゃ、出発しやすかい!」

 パチン、と手綱が打ち鳴らされる乾いた音。それと共に荷台の車輪が回り始めた。
 ……以前の馬車に比べて静かな音でガタもない。これならきっと、街道を走ろうが快適な乗り心地だろう。そうでもないと多分途中で気が狂う。

「……んじゃ、行ってくるわ」
「レイラさん、ギルドマスター。行ってきます」
「行ってらっしゃい、シャーリィさんにユウマ君……絶対、無事に帰ってきてね……!」
「肩の力抜いて、安全に頑張るのだぞ二人とも」

 荷台の後方。がら空きになっている部分から顔を出して、シャーリィと俺は揃ってレイラさんとギルドマスターに別れを告げる。
 レイラさんの言葉を聞いて気を引き締めようと決意したし、ギルドマスターの言葉を聞いて緊張感が適度に解れた気がする。

『……そろそろ私も喋って大丈夫かな。いやまあ、何か喋るつもりがある訳じゃないけど、ずっと聞いているだけなのは少し寂しいんだ』

 ポケットの中から少し窮屈そうな声がして、ガラスを取り出した。レイラさんに負けないぐらい心配そうな表情を浮かべて、ベルは俺の顔を見つめている。

『ユウマ、もう散々聞かされて聞き飽きているだろうけど、絶対無事に終わらせような。私はユウマやシャーリィが怪我するのを見たくないんだ』
「だってさユウマ。出発した以上、もう辞退は出来なくなったけど覚悟は大丈夫? ベルとレイラさんの希望通り、無傷で帰ってこれるかしら?」
「流石に怪我をした前例があるから“無傷”って部分は無理だと思うけど、これ以上何も失わずに帰ってみせるよ」

 俺を奮起させようとしているのか、どこか挑発気味に問いかけるシャーリィに、できる限りの自信を込めた笑みを含んで答える。
 ……さあ、賽は投げられた。ここから先が正念場、意地でも無事にやり遂げてみせよう――



 ■□■□■



「……うむむ」

 荷台の底に肘をついて、その手のひらに頬を乗せて唸る。王国を出発する直前にクレオさんから受け取ったお古の武器一式を広げてみて、もう一度“どうしたものか”と唸り声が漏れ出た。

「……ぷはっ、さっきから唸っててどうしたのよ」

 幌の隙間から顔だけを出して、さっきから周囲の様子を伺っていたシャーリィが顔を引っ込めてそう尋ねてきた。
 外は既に王国ではなく、広い草原と丘に細く土の地面が伸びているだけの景色が広がっている。それも少しずつ暗くなって景色が闇一色に染まろうとしていた。

「いや、てっきり俺はシャーリィみたいな短剣を想像していたんだが」
「想像していたけど、どうしたの?」
「……なんて言うか、別ジャンルの武器だったというか」

 床に並べている“手斧”を手に取って弄り回してみる。
 特別凝った仕組みが無いからその分頑丈な作りで、クレオさん曰くだいぶ前から使っていないとのことらしいが手入れはされていたらしい。こうして並べてある二本とも錆や汚れは見当たらない。

「……斧ね」
「斧だろ? 正直言って剣より自信ないんですけど」
「うーん、でもまあ、片手で扱える大きさだから短剣とそう変わらないでしょ。大きさからして投げて使えそうだし」

 もう一本の投げ斧を手に取ってシャーリィは冷静に分析する。
 言われてみれば木を何とか切り倒せる程度の斧として最低限の厚さで、柄の先に勢い良く刺せば殺傷力がありそうな突起がある。投擲しても十分殺傷力がありそうだが……

「……ま、これは貴方の武器なんだし自由に使えば良いんじゃない? 一応言っておくけど、これは人間用の農具よ。転生使いが武器として使うことは想定されてないだろうから、扱いには気をつけるのよ」
『力加減を間違えて壊さないように、ってことだな』
「一応借り物だしな……できる限りは大切にするよ」

 斧を革製の鞘に収めながらシャーリィとベルに対してそう楽観的に答えた。言われた通り、転生して力一杯にぶん投げたら、当たり所によっては曲がったり折れそうだ。忠告通り気をつけておこう……

「で、これが渡された報告書か……ああ、王国の研究員の研究結果の写しか」
『さっきの話に出てたが、王国に研究員なんて居るのか?』
「うん、機密組織で城の中に居るわ。私ですらよく分かってない研究をしてる」
「よく分かってない研究って……」
『シャーリィもギルドマスターもちゃんと把握してない機関って大丈夫なのか?』

 斧の鞘をズボンに取り付けていると、シャーリィがベルとそんな話をしながら紙をクシャクシャと開いて目を通し始めた。
 ……機密組織の情報を平然と横流しされる王国機関はかわいそうだと思いました、なんて他人事な感想を思ってみたり。

「……こんなの数値で書かれても私は分からないってばさ。単位の意味を知らないのに理解できる訳ないって……のっ!」

 そしてクシャクシャに丸められる書類。ギルドマスターと言いシャーリィと言い、王国のお偉いさん達は王国の機関を虐め倒す義務でもあるのか。
 荷台に積まれていた木箱の中に放り込まれる極秘だった物を見届けていると、シャーリィが寝返りをうつように転がってこちらに近寄ってきた。

「……さて、こんなところでだけど作戦について続きを話そうかしら」
「ん、そういえば役割は聞いたけど、実際に何をするのかは聞いていなかったな」
「それで実際に何をするかなんだけど――えっと、此処に確か……」

 荷台に積まれた荷物の中からシャーリィは何かを漁り始める。何かを引っ張り出そうとして苦戦していたが、すぐに目的の物――薄い一枚の木の板を取り出した。
 それがどうしたのかと疑問に思っていると、シャーリィは腰から短剣を取り出してガリガリと表面を削って何かを描き始めた。

「っと、この大きいマルが反ギルド団体が根城にしている山だと思って頂戴。この真ん中に窪地があって、ここに唯一の入り口があって……で、ここに今私たちが走っている道が伸びていて……こんな感じ」

 ガリガリと短剣で板を削ってシャーリィはその大きなマルの近くに一本のを描く。どうやらこの板は分かりやすく説明するために引っ張り出してきたみたいだ。

「まず私たちはこの周辺で馬車から飛び降りる。もしかすると山に近づいてくる馬車を見張っているかもしれないからね。何事もなかったみたいにそのまま道沿いに走って行くクレオさんに注意が逸れている間に、私たちは荷物を運んで麓まで移動――ここまでは良いかしら?」
「ああ、馬車から飛び……飛び降りる!? いや待った、そんなことしたら大怪我するぞ」
「キチンと転生しておけば、下手な着地でもある程度は無事で済むわ。あとこの荷物をクッションに使えば良いし。どうせ中身はテントだから」
「死なないから死ぬほど怖い目に遭えって言うのか……というかシャーリィは大丈夫なのか?」
「私もこの辺は詳しくは分かってないんだけど、理論上だと転生ってのは個人によって特徴が異なるらしいわ。私は脚力なんかが特に強くなるみたいで着地とかも得意なの。だからこそ、元々は私単騎で潜入するから飛び降りるって作戦だったけど……ユウマの参加に合わせて作戦を変更する暇が無かったの。ごめんなさい」
「…………ぉぅ」
『原因が自分にあるから、逆に謝られて申し訳なさそうだな』
「やい、人の複雑な心情を口にするんじゃないやい」

 当初の予定に無理矢理俺が入り込んだのが悪い訳だし、しかも入り込んだのが決行の前日夜だから作戦を計画した人は何も悪くない。むしろ変に異議を唱えてごめんなさい。
 あと、シャーリィの言う転生の個人差? 特徴とやらは初耳だが、確かにシャーリィは地上からバルコニーへ跳び乗る跳躍力とか着地とかが妙に上手い印象がある。……まあ、転生していたらまあなんとかなるだろう、みたいな感じに俺自身もこの力を結構信頼していたりするので、シャーリィほどではないが俺もなんとかなると思う。多分。

「で、麓まで乗り込んだら反ギルド団体の根城を探す。その規模、敵の数、設備の数や配置、敵の避難経路……そういった情報を記録する」
『なあ、シャーリィ達の他に斥候した人は居ないのか? まさかこれが初の斥候じゃあるまいな? だとしたら見切り発車にも程がある作戦だぞ!?』
「や、情報ならちゃんとある。でも最近相手の規模が急激に大きくなっているから、情報の更新や確認って感じかな。そして記録した情報を山の周辺で待機している騎士兵に伝える。伝えるには……この鳥を使うわ」
「……ずいぶんと小さい鳥だけど、大丈夫なのか? 馬車を飛び降りた拍子にどうにかなっちゃうんじゃないか?」

 正直に言って頼りなく見える。俺の手のひらよりも一回りほど小さいその鳥は、鳴かずに静かに佇んでいるが……記憶にはこんな生き物、心当たりが無い。頑丈そうな籠の中で止まり木に留まっているが、馬車から飛び降りた衝撃で失神したり死んでしまうんじゃないかと思える印象がある。

「ずっと昔から伝書鳥として使われてきた品種よ? 昔から過酷な環境でも役目を全うしてくれた記録があるから、その辺は信頼して大丈夫よ」
「まあ……そういうことなら。その鳥で情報を送って、情報を受け取った騎士兵が進軍するって感じか」
「いいえ、まだよ。私たちの情報を受けた騎士兵は、何時でも突撃できるように付近に待機する。その準備が整えばもう一度クレオさんが街道を通過するから、それを合図に私たちは動く」

 ……ちょっとだけ自分の記憶力が不安になってきた。丸投げするつもりは無いけれど、その辺の記憶はベルに任せようと思う。俺は行動するのが仕事だ。

「私たちが行動を起こして、騎士兵が突撃して良い状況になったらこの発煙筒を使って知らせる」
「……なんだそれ。名前から煙を起こすってのは分かるけど、そんな小さな筒で合図になるような煙が出てくるのか?」
「以前やった狼煙の焚き火よりは良い煙が昇るわよ。で、コイツで合図を送ってもすぐに到着する訳じゃない。反ギルド団体にバレないように離れて待機しているから、騎士兵はここに来るまで時間がかかる。その間に私たちが如何に反ギルド団体を混乱させて、尚且つ時間を稼げるかが重要になる……注意して欲しいのは、発煙筒を使ったらもう騎士兵の突撃を中断はできないってこと」
『騎士兵が来るまでユウマとシャーリィが現場を混乱させ続ける必要があるってことは、敵全員に存在がバレている中で耐え続けるってことか……これは中々責任重大だな、ユウマ』

 ベルがそんなプレッシャーを感じさせる発言をしてくる。精神衛生上やめて欲しいが、一度行動を起こしてしまえば後戻りはできない中で厳しい状況に耐える必要がある、というのはかなり重要な事だ。
 万が一に失敗した場合はそれを騎士兵に伝えることはできない。何も知らずに騎士兵達は基地に突撃してしまうだろう。

「今回の作戦の成功は私たちにかかっていると言っても過言じゃない。でもユウマが居るから予定よりも早く事は済みそうだわ。で、貴方が一番知りたいだろう役割の内容だけど――」
「! その話を待ってた。俺は一体何をすれば良いんだ?」

 不安もあるけど、期待混じりに俺はシャーリィに問いかける。しかし俺の問いに対して返事は無く、その代わりにはい、とシャーリィが何かを俺の前に置いた。
 ……見覚えがある。透明で泡みたいにつやつやとした光沢。手のひらサイズのそれは――

「……ガラスの瓶?」
「沢山あるわよ」
「……今の俺、すげぇ反応に困ってる」

 トン、トン、トン、なんて心地の良い音を立てながら俺の前に空き瓶を並べていくシャーリィ。訳が分からず空き瓶を手に取ってみたが、やはり何の変哲も無いガラスの瓶だ――いや、よく見たら何か文字が刻まれている……?

「少しぐらいは役立つかなって思ってルーン文字のUruz威力を刻んでみたんだけど、あの時の空気爆弾みたいにどんどん使って良いから」

 空気爆弾……反ギルド団体の男と戦う時に使ったあの攻撃か。
 ご丁寧な事に、全てあの時使った瓶と全く同じ瓶だ。頑丈さに関しては実戦で証明済みなので、空気爆弾として問題なく扱えるだろう。

「そういうことなら使わせて貰うけど……ウルズ? それってシャーリィの魔法か?」
「あ-、そういえばユウマには話していなかったっけ。私の魔法は“ルーン魔術”って言って――細かいところは省くけど、こういう所にルーン文字を刻むことでそれぞれ異なる効果を発動させることが出来るって感じ」
『なるほど、文字みたいな模様を宙に描いていたが、それがルーン文字ってやつなのか』
「そう。でもまあ、あの使い方は少し特殊って言うのかな……本来はこうやって物に刻んで使う魔法なんだけどね。アレは私の改良版って感じ」

 空き瓶に刻まれたルーン文字と思われる模様を指でなぞりながらシャーリィは少し照れくさそうに話した。
 ルーン魔術……今まで使っていたところを見る限り、火や氷を出現させたり、敵を転倒させるなんて少し変わった効果を持っていたり、何かと使い勝手が良さそうな印象がある。

「……コホン。話を戻すけど、貴方はそれを使って敵の武器庫に忍び込んで、敵の武器をぶっ壊して貰えないかしら」
「武器を壊すだって?」
「武器庫が建造物か洞窟の中かは知らないけど、取り敢えずその空き瓶の爆弾を使って敵の保管してる武器を全部壊しちゃって」
「分かった。忍び込んで破壊工作ってことか……破壊するのは武器だけで良いのか?」
「ええ、あくまで私たちは制圧しに行く訳だから。殺戮なら初めから火攻めで山を焼いてるわよ」
『因みに聞きたいんだが、あくまで"制圧"に拘るのは何か理由があるのか?』
「これは王国の正義を証明する戦いでもあるの。国民や他国に見せしめるためにも、火攻めみたいな非人道的な作戦は避けたいって訳」

 正義の証明……かぁ。
 それのために手っ取り早い手段を使えないというのは、やはり国というのは難儀な立ち位置にいるな、と他人事のように思うのだった。

「……で、話を戻すけど、他に必要な破壊工作に関しては私がやるから、ユウマは今言った指示に専念して」
「……仕掛けるよりも、これを割らずに持ち運ぶ方が難しそうだ。ベル、ちょっと窮屈になるかも」
『私なら大丈――ちょっと待てユウマ! せめて二個だけにしろ! 三つは流石に入らない! 入らないってば!?』

 空き瓶を上着のポケットに詰め込みながら答える。目の前に七個ぐらい並べられたけど、流石にこの数全てを持ち運ぶのは難しそうだ。
 上着のポケット全てに詰め込んで四、五個ぐらいか。あーでもナップサックに詰めればもうちょい入りそう。因みにサンドイッチはシャーリィと食べた。やはり美味でした。

「それと一応――いや、先に聞いておくべきだった。貴方に聞いておかなきゃいけない事がある」

 呑気な表情から一転して、シャーリィは真面目な表情を浮かべる。
 今までの感じからして、こういう時の彼女は真面目でかなり重大な話とか質問とか、そういう話を切り出すのだ。俺も少し身構えてしまう。

「貴方、人は殺せる?」
「――――」

 ……確かに、それは重要な話だろう。鎮圧とはいえ争いが起きている以上、当然怪我人は出てくるし、そうなれば死人だって出てくる。
 詰まるところ、人を殺してしまうことに怯えて行動を誤ってしまわないかをシャーリィは確認したいのだろう。

「やったことはないけど、殺せる。あの時――反ギルド団体と戦った時は迷っちゃったけど、覚悟はしてる」
「そう……だったら大丈夫。ごめんなさいね、こんなこと聞いて。今貴方が言った通り、人を殺すどころか助けたことがあったじゃない。もしかしたら殺しが苦手な人なのかなって――ああ、別にそれは悪い事じゃないって思ってるわ! ただ、それが原因で戦死するようなことがあったら身も蓋もないって――」

 デリケートな話題な事もあって、シャーリィはどこか慎重に言葉を選んでる節があった。
 あの時、反ギルドの男を死なせないようにしたのは、あのまま人を殺したらベルやシャーリィがどんな反応をするのかを不意に考えてしまったからであって、彼女たちがあの場に関わっていなければ殺していた方が自然な行動だと思う。

「……あの時は後ろめたさがあったから殺さなかった。俺は王国と反ギルドの問題に首を突っ込んでいる部外者だから、後ろめたさを感じた」
『ユウマはもう部外者なんかじゃないだろう。戸籍もあるし居場所ギルドもある。王国の人間として戦うことが許されてるさ。そんな後ろめたさを感じる必要は――』
「いいや、俺は部外者だよベル。確かに立場上はそうだけど、絶対これだけは忘れちゃいけないって思う。国を守るために戦って敵を殺す騎士兵やシャーリィ、自分たちの主張を貫き通すために刃向かう反ギルド団体の人達と違って、俺は言わば、そんなお互いの真っ向勝負の横から乱入してきた邪魔者みたいなもんだ。王国側を助ける理由も、反ギルド団体の人達を殺す事に正当性は無い……と思う」

 俺は記憶喪失の浮浪者。いくら取り繕ったって、王国で身分を得たってその真実は変わらない。
 そんな俺が、シャーリィを放っておけなかったという理由で争いに乱入するのは、気まぐれで片方の味方をしている気がして双方にとても失礼なことをしている――なんて、今更だけどそう思えた。

「……だけど、俺にも王国には失いたくないものがたくさんあるってハッキリしたんだ。だからもう俺は後ろめたさなんて感じない。人を殺す事実も責任も、忘れずに全て受け止めて戦うよ」

 言いたいことが回りくどくなってしまったが、だから胸を張って戦える。その点に関しては信頼してくれて良いと、自分なりに根拠を持って俺は意思を宣言してみせた。

「ユウマ……貴方」
「とは言ったものの、今回は鎮圧なんだろ? だったら初めから殺すつもりで力を振る舞うつもりはないぞ。というか武器を吹っ飛ばして掻き乱したら、後は騎士兵に任せてトンズラするからな俺は」
「……はぁ。そうね、その通りよ。急に大層なことを言うもんだからちょっと驚いたけど、やっぱり貴方はいつも通りね」
「なにさその溜め息は。最初に見栄張った分落差があるってかい」
「いいえ、安心するってことよ」

 シャーリィが溜め息をついてそんなことを言うから、俺は口を尖らせて憎まれ口を叩く。しかし、シャーリィはさっぱりとした笑顔でそう呟いた。
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