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2.辺境の密会、魔女の耳は獣耳

Remember-60 忍び寄る影/不穏な暗雲

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 時間は早朝……いや、もういつの間にか日が昇っててっぺんに到達しそうだ。
 簡易な造りの脚立をぐらぐらと不安定に揺らしながら目の前の仕事に没頭し続けていただけなのに、もうこんなに時間が経っている。

 ……さて、今まで成り行きに身を任せて口にはしなかったが、いい加減に尋ねようか。

「……クレオさん、なんで俺たちこんな仕事やってるんですか」

 シャン、と金属製の鉄板が震える音を鳴らしながら、俺は漆喰塗りのコテを土壁から擦り離してそう尋ねるのだった。

 話を遡ると、まだ日が昇っていない早朝――いや、あれは早朝ですらなかった。まだギリギリ夜間だ――突然俺の寝ていた馬車の戸が叩き開かれた。
 因みに、アザミはシャーリィの馬車で、シャーリィは四つ目の馬車に詰まった藁の上で寝ているため、その馬車には俺しか居ない。
 つまりその訪問者……クレオさんは俺に用があって来たことは当時の俺も寝ぼけながら理解していた。

「――兄ちゃん! 朝飯前の一仕事を始めるぞ!」

 ……まあ、その時聞かされた突拍子の無い言葉は理解出来なかったけど。
 そうして、命じられたままに動くだけの機械みたいになっていた俺は、頼まれるがままに働き、空いた腹に簡単な食料を詰めて、働いて、ようやくマトモな人間らしい思考回路を得て今に至る訳なのだが――

「そりゃ兄ちゃん、村の住民が困ってるからだろうが。んでもって男手は俺さんと兄ちゃんしかいないからな。嬢ちゃんやアザミさんにゃさせられんだろ」
「もっとこう、困ってるの方向性が考えているのとは違ったと言いますか。てっきり俺達は異世界絡みの件でしか動かないもんだと……」

 隣で力任せに漆喰を混ぜているクレオさんとそんなやり取りをしながら、俺はコテを使って漆喰を壁に塗り広げるのだった。
 ……初めてやる漆喰塗りは凄く重労働だ。ペンキを塗るようなイメージだったけど、どちらかと言えば泥の山を引き延ばしている感覚に近い。

 ただの泥みたいな物がこんなにも固いのは、原材料が貝殻の粉末だからだろうか。脚立を揺らしながら力を込めてしっかり塗り広げていく。

「ふぅー、兄ちゃん! 今塗ってる壁が終わったら休憩しよう! そろそろ腹も空いてきただろ?」
「うん、肩が外れそうなぐらいへとへとだ。そろそろ休みたい……ムラ無く塗るのに神経使うな……」
「結構大変だろ? 力仕事かと思いきや結構神経を使うんだ。俺さんが子供で小銭を稼ぐときはよくやってたよ……自分に合ったコテを使うのが塗る時に楽するコツなんだよな」

 そう言われて使っているコテに視線を落とす。
 剣の切っ先みたいな形をした鉄板の真ん中に鉄柱が溶接されていて、木製の握りが鉄板とは水平に取り付けられている。人差し指と中指の間に鉄柱を挟んで握り込むように使うソレは、体感的には扱いやすいと思える。

「……これ、武器に使えないかな」
「……へ?」
「いや、ちょっと前にシャーリィと話題になったんだけどさ、転生使いの使う武器って消耗が激しいから交換が利くようにしておけって言われたんだよ。で、このコテが武器として使えそうな感じがする……鉄板を研いで切れ味を持たせてさ」
「……兄ちゃん、俺さんがくれてやった斧もそうだが、それって武器じゃなくて道具だぞ?」

 壁を塗り終わったので、試しに両手にコテを持って構えたりしてみる。攻撃というよりは守りに特化しているような感じだし、もし研いで切れ味を持たせることができれば斧には出来なかった斬撃ができるかもしれない。
 斧の時は鈍い切れ味で叩き切る感じだったから、鋭い切れ味で斬ったり防御したりできるという点で見れば期待値は高めだ。それに建築に必須の道具なので調達も容易なのも良い。
 辺境の村では薪割り用の両手斧ばかりで俺が使っている片手斧なんて置いていないが、コテなら予備まで置いてある。

「まあいい……気に入ったのなら貰えば良いんじゃないか? 俺さんは飯食いに馬車へ戻るぞ。あーあ、腹が減りすぎて目眩がしてきたぜ」
「ああ待ってクレオさん、俺も今行くから」

 コテに残った漆喰をコテ同士擦り合わせるようにこそげ落として、クレオさんの後を追う。俺もクレオさんに負けじと腹ぺこだ。

 ……と、クレオさんを追いかけようとしたところで、ふと村の真ん中にできていた小さな人だかりが視界に入った。
 人だかりが小さいのは、集まっているのが子供達だからだ。まるで何かに聞き入るように子供達は静かに座って集まっている様子。

「あの中に居るのは……アザミ?」
『目立つ帽子をしているから一目瞭然だな。なんだろう、何か本を読んでいるみたいだな』

 子供達の集まりの真ん中で、アザミが椅子に腰掛けて一冊の本を開いていた。
 木陰の下で髪をそよ風に撫でられながら、太ももの上で広げた本を読んでいる姿は、何というかサマになっているように感じる。

「なんだろう、読み聞かせでもしているのかな」
『見た感じだとそうかもな。子供達も聞き入っているように見えるし』

 ……よく見れば、昨日俺に絡んできた子供三人も大人しく座っているのが見える。他にもこの村の子供達が集まっているみたいだ。

「おーい! ホントに置いてくぞ-!」
「……いや、置いていってください! 遅れて行きます!」
「あ、ああ? えーっと、そうか! んじゃ先行って待ってるからなー!」

 事情は分からないけど、とりあえず分かった様子でクレオさんは先に馬車の方へ戻って行った。

 残った俺は……俺は、あれ……何がしたかったんだ、俺は?
 特にこれといった用事がある訳でもないのに、何故か俺はこの場に残ることを無意識に選んでしまった。

『ユウマ? 何かあったのかい?』
「……いや、何もない。何もないのに……変だよな」
『?』

 ……言われなくても分かってる。今、一番変なのは自分だ。
 ベルを困惑させたまま、俺は静かに彼女の元へ――優しい口調で本を読み聞かせているアザミの方にへと歩き出した。

「……!」

 静かに歩いているが、音や気配を殺している訳ではない。すぐに本から視線を上げたアザミと目が合って、しかし彼女は何事もなかったみたいに視線を本に戻す。

 俺には分からない言葉で読み聞かせている様子を、少し離れた所から見守っていると、やがてアザミはその読み聞かせていた本をポン、と閉じて子供達に向けて優しく微笑んだ。

「――――!」
「――……! ――」
「――!」

 わっ、と子供達の声が一斉に広がる。
 子供達は嬉しそうな顔だったり名残惜しそうな表情だったり、言葉は分からないがきっとアザミの読み聞かせを絶賛したり、もっと話を読んで欲しいと訴える声なのだと分かった。

「ユウマさん! お仕事お疲れ様です。何かありましたか?」

 そんな聞き取れない子供達の声の中で、アザミが本を片手に俺の元へやって来た。

「……いや、何もないよ。偶然近くを通っただけ」
「――! ――!」
「えっと、この子は何を言っているんだ?」
「ふふっ。ユウマさん、鼻の頭に泥が付いてます。その子に笑われちゃってます」
「鼻の頭……ん、さっきの漆喰か」

 鼻の頭を擦ると、ボロボロと張り付いていた物が崩れ落ちる手応えを感じた。
 そんな俺を笑いながら、近くにいた子供は何処かに走り去ってしまう。そしてそれに続くように、集まっていた子供達はみんなそれぞれ何処かに遊びに行ってしまった。

 ……この場に残っているのは実質、俺とアザミだけだ。
 このまま何か話すことも行動も起こさないのは気まずさを感じてしまったので、頭をフル回転させて、あまりにも単純な質問を口にした。

「えっと……なあ、何で読み聞かせなんてしていたんだ?」
「何でと言われると、少し返答に困りますね……うーん」
「ああいや、別に異議があるとか深い意味を求めている訳じゃないんだ。ただの興味ってやつで気になっただけ」

 慌てて補足のように付け足して言うが、アザミは真面目に理由を考えている。

「そうですね……それらしい理由を言うなら、辺境の村は識字率は低いんです。王国内では極めて高いのですが辺境の村の、それも子供となればこうした本の物語を読むこともできませんから」
「それで物語を聞かせてあげようと?」
「はい。文字が読めないからなんて理由で、こういう物語を知らないのはもったいないことだと思ったのです。いえ、子供だからこそ、こうした多くのことを知るべきだと思いませんか?」
「……そういうことは考えたことがないけど、そう言われてみれば確かにそう思える。なんていうか、アザミは子供が好きなんだな」

 これもまた、あまりにも単純な返答を口にする。
 浅はかにも、こんな感じに深い話をするつもりは無かったから、せっかく質問に対して真面目に答えてくれたのにふんわりとした返事しかできない。

「ええ、好きですよ。……あ、そういえばユウマさんも文字が読めないのでしたよね。後でまた読み聞かせをやろうかなと思っているので、良かったら子供達と一緒に聞いていきませんか?」
「……いや、まだ仕事が残ってるから今日は遠慮しておくよ」
「そうでしたか……お仕事頑張ってください。あ、人手が必要でしたら、是非私を呼んで下さい! 簡単な建築なら少し経験がありますので」
「……もしもの時には考えておく」

 そういえば、アザミが住んでいたあの家はツギハギというか、無理矢理増設したような見た目をしていたが……もしかして“少し経験がある”というのはそういうことなのか……?

 いや、今は関係の無い考察だった。これ以上アザミの足止めをしていないで、早く昼食を摂って仕事に戻るべき……いや、その前にちょっと気になったことが。

「……ところでさ、俺が文字を読めないことって話してたっけ? シャーリィから聞いたのか?」
「へ……? あ、ええ! シャーリィさんから聞きました……あはは」

 俺の些細な問いに対して、アザミは片手にぶら下げていた本を抱きかかえて、愛想笑いのような笑みを浮かべて答えた。

「……?」
「えっと……それでは、私は失礼しますね。シャーリィさんに用があるので……」
「あ? ああ……また後で」

 何やら少し急ぎ気味にこの場を立ち去るアザミを見送りながら、静かに唸り首をかしげる。
 ……どうして彼女は愛想笑いを浮かべていたのだろうか? 根拠はないけど……何かを誤魔化されたような気がする。

『……少し気になるところはあったけど、そんなに深読みする必要はなさそうだな』
「なんだろ、こう……嘘は言ってないけど誤魔化されてるって感じがした。変だよな? 嘘じゃないのに誤魔化すだなんて……いや、俺がそう感じただけで嘘を言ってる可能性はあるけど」
『別に深読みするのは止めないけど、そろそろ休んだらどうだ? ずっとクレオさんを待たせてるんだろ』
「……あっ!?」

 いけない、完っっ全に忘れてた……!?
 慌てた拍子にオロオロと二の足を踏んだりしたが、俺はやや慌ててクレオさんの後を追いかけたのだった。



 ■□■□■



「ぜぇ、ぜぇ……今日の労働、完了……」
『お疲れ様。体を痛めないようによくストレッチをしておくんだぞ』
「このまま水浴びして飯食って寝たい……」

 あれからもクレオさんと共に壁の漆喰塗りを行ったり、途中で通りすがったシャーリィと話したりしていた。腕がもうバキバキである。
 ……真上にあったはずの太陽がもう夕日に変わっている……あの労働をしていると時間が経つのが異様に早い気がする。

「あ、また会ったわね。調子はどう?」

 疲労感と黄昏を感じてゲッソリとしているところを、背後からシャーリィが気さくに挨拶をしてきた。
 彼女もギルドへ出す手紙を書いたり、他にも色々書類仕事のようなことをやっていたりと仕事をしていたらしいが……俺と違って肉体労働じゃないから余裕そうだ。単に仕事慣れしているのもあるだろうが。

「……シャーリィ。俺の様子見て分からないか?」
「うーん、そうね。死ぬほど疲れてるように見えるわ」
「正解……だから死ぬほど眠らせて欲しいかも」
『あーこら、こんな地面で寝るなユウマ』

 寝ないから。ちょっと座り込むだけだからそれぐらいは許して欲しい。俺は足を地面に投げ出すように座り込んで、腕をダランと同じく地面に投げ出した。
 隣でシャーリィはそんな俺を見て笑っているし、ベルは注意してくるしで安息はまだ先のようだ……と、

「ユウマさん! シャーリィさん!」

 遠く――村の中央の方からアザミの呼ぶ声がした。
 だが、ただの呼び声ではなくどこか迫真というか、切羽詰まったような呼び声で、俺とシャーリィは思わず互いの顔を見合わせた。どうやら今の声で感じたものはシャーリィも同じらしい。

「……ユウマ、行くわよ」
「っ、ああ!」

 投げ出した四肢にムチを打って、俺はシャーリィと共にアザミのところまで駆け出した。よく見ればアザミの他にもザワザワと村人達がそこには集まっていた。
 ……なんだろう、どこか、不穏な空気を感じる気がする。

「アザミさん、何があったの」
「子供が……子供達がいなくなったと、村の方々が騒いでいまして……」
「いなくなった? いなくなったって、この村から?」
「みたいです……」

 良く周りを見てみれば、確かに大人達が深刻そうな表情を浮かべていたり、中には泣き出している女性までいる。そのいなくなった子供の母親なのだろうか。

「――――! ――、――!」
「――! ――――!」
「ッ、落ち着いて下さい! 単独で探すのは危険です! 森の近くにはスモッグもあるんですよ!」
「これは……良くない状況ね。皆混乱して冷静な判断が出来ていないわ」

 場は混乱が支配してしまっている。村の人々は当然、アザミも慌てて忘れているのか共通言語で話しかけて止めようとしていたり……シャーリィの言う通り、これは良くない状況だ。

(ベル……そうすれば良い……お前なら、どうやってこの場を収める……?)

 ……どうする。どうすれば良い。いくらこの場が混乱しているとはいえ、堂々とベルに相談することは難しいだろう。
 それに、シャーリィも何かしらの行動を起こすことができずにいる。以前は先陣を切って指示を出していたこともある彼女だが、今回の相手は騎士兵ではなく、言葉の通じない村人なのだ。勝手が違うのだろう。

 ああ、クソッ。やっぱり俺は自分の頭で考えて動くことができないのか……?
 冷や汗を掻きながら脳味噌をフルに回転させる。村人達の混乱じみた喧噪の中、俺は俺にできることを必死に、必死に考えて――

「…………?」

――瞬間、喧噪が止んだを感じた。


――――言葉が通じない以上、彼女を除いて行動を起こせる人は居ない――


 まるで、耳鳴りのように声がした。
 鈴を転がしたような、聞き覚えのある声。それが俺の隣で囁いている。


――――だけど、その彼女が動揺し慌てているのが問題だ――


 まさか、この場で堂々とベルが喋っているのか――と思ったが、違う。
 ベルの声によく似ている……と思う。だけど、周りの誰も今の声に見向きもしないし、隣にいるシャーリィも何の反応を示していない。

(……この声が聞こえているのは、俺だけなのか……?)


――――そうなると……今はまず、彼女を落ち着けないと――


「……!」

 耳鳴りは、言葉を残して跡形もなく消えていった。まもなくして喧噪が耳を通り抜け始める。

 ……そうだ。今はまず、彼女を落ち着けないと。
 頭の中に残った言葉を目標に変えて、俺はアザミの元へ、目の前に群がる人々を掻き分けて近づき、手を伸ばした。

「アザミ!」
「ひゃ――ちょ、ちょっと、ユウマさん!?」

 やや強引で不作法に、村人たちの混乱を収めようと必死に声をかけているアザミの手を取って引き寄せ、その思ったよりも小さな両肩を掴んで向き合った。
 ……距離は俺の腕ほど。その間合いの先でアザミは動揺している様子で、胸元に商手を合わせて握っていた。

 それで……それで、どうしよう――いや、違う。そういう考えが駄目なんだ。“どうしよう”だとか“どうすればいい”とか、そういう考えを辞める思考をしないようにしなければ。

「ゆ、ユウマさん? 何を……?」

 目の前で、アザミはどうすれば良いのか分からずオロオロとしている。
 ……まず、彼女を落ち着けるんだ。落ち着ける方法……方法、は。

「……深呼吸をしろ、アザミ」
「…………へ?」
「深呼吸だ。何回かそれを、繰り返すんだ」
「え、は、はぁ……わかり、ました? スゥ――、ハァ……」

 ……我ながら、どういう状況なんだろうか?
 こちらを見た村人が二度見をしたり“なにやってるんだ”と言いたげな視線を向けているのに気がついて、なんか俺の方が冷静になった。

 そんな中で、肩をがっしりと固定されたまま、アザミは目を閉じて深呼吸を三回繰り返して、目を開けた。

「……落ち着いたか?」
「……はい、落ち着けたと思います」
「変なやり方ですまないな……スモッグ周辺は俺達が探す。だからそれ以外の場所を探すように村の人達に説得してくれ。言葉を話せるのはアザミしか居ないからな」
「……は、はい! わかりました。えっと、――! ――、――。――――!」

 俺がアザミの両肩を手離すと、彼女は再び村人達の元へ説得を試みる。今度はちゃんとこの村の言語らしい。
 変なやり方に違いないだろうが、彼女を落ち着けることに成功したみたいだ。

「何かに攫われたのか、単に帰ってこないだけなのかも分からないからな……取り敢えず皆を落ち着けるのを優先で!」
「わかりました! ……ユウマさん!」
「ん、何だ?」

 元気の良い返事から少し遅れて投げかけられた声を聞いて、俺は振り返った。
 何か問題でもあったのか――なんて思ったが、そんな様子ではないらしい。表情を見れば一目で分かった。

「ありがとうございます。おかげさまで助かりました」
「……ああ。この場は任せた。アザミも村人に指示を出し終えたら、スモッグ周辺を調べてくれ。俺達は先に捜索してくる」
「はい! すぐに向かいます!」

 アザミの返事を受けながら少し離れた所で待っている――ベルと会話できる配慮だろうか――シャーリィの元へ戻ると、彼女は腕を組んで意外そうな顔をして俺を見守っていた。

「……ふーん、早いわね。ベルの力を借りずにそんな冷静に指示を出せるとは。しかも俺“達”って私まで巻き込んで」
『ああ。凄いぞユウマ……私がこうするべきだって思ったことをそのまんまやり遂げられるなんて……! うぅ、でもなんかちょっと寂しいな……私が居なくても問題ないって事実が』

 ……確かに、俺が自主的に動いて指示を出すことが出来るなんて、本当に自分がやった事なのか今でも疑わしく思えている。
 その動機も“誰かの声が聞こえたから”なんて冗談みたいな理由だから、なおのことそう思えた。

「いやいや、ベルは必要だよ。居ないと困る。今のはなんていうか……偶然閃いただけだ! それとシャーリィ、今すぐ異世界で動けるのは俺とシャーリィしかないだろ? それともなんだ、まさかシャーリィは何も行動しないって言うのか!?」
「それこそまさかよ。手分けしましょ。いくら子供とはいえ異世界の中に踏み入るほど危機感が無いとは思えないけど……とにかくその周辺を探すわよ」
「……ああ!」

 そう会話を終えると俺達は一瞬で散開した。アザミは村人達の指示、説得へ。俺とシャーリィはそれぞれ別行動で異世界周辺の見回りへと急ぐ。
 どうか今の俺に出来ることを精一杯やらなければ――



 ■□■□■



 日が沈み始めた森は薄暗い。場所によっては赤く照らされていたりもするのだが、ここまで山奥だとそんな光は届かない。
 そんな中で一人――ベルも居るが――捜索しているうちに、頭の中が冷えて冷静になってきたらしい。熱意で誤魔化していた焦燥感が少しずつ脳に伝播してくる。

「…………」
『……ユウマ? 焦っているのか?』
「……かもな」

 草木を掻き分ける。
 進む先に低木があれば斧で切り飛ばし、踏み越える。
 一見、目的地があるかのような前進だが、やっていることは行き当たりばったりの捜索だ。客観的に言うなら無駄な体力の消費が多すぎる。遭難者を探しに来た人が遭難するのは、きっとこういうやり方だからなんだろうと我ながら悟ってしまう。

『……さっき村での指揮は本当に良かったと思ってる。私が考え得る最善の対応だと思う……だが今はまるで、その、最悪の場合を想定しているみたいな剣幕だぞ』
「…………」

 ……昨日、ちょうどこんな夕暮れに、嫌な話を聞いた。
 噂程度の話かもしれない。そんな怪物なんて俺とシャーリィが既に退治し終えていたかもしれない。

――怪物、襲う……子供。白帽子、白い服。不気味な、声――

 とある少年の話だ。そんなもの、子供の話だと笑い飛ばしてしまうべきだろうか。ただ単に俺が心配性なだけなのかもしれない。
 その子が話していた正体不明の“怪物”とやらのイメージが、さっきから脳裏にこびり付いて離れないのだ。

――ポポポ、ポポポポポ。

 不気味な鳥の鳴き声が耳に障る。不安を煽るような鳴き声。
 この鳴き声を聞いていると、自分の身にすら危険が迫っているのではないかと、何故かそんな不安が頭の中をよぎってしまう。

「……ッ、うるさい……!」

 つい思わず、足下の石を上に目掛けて雑に放り投げた。ガサガサッ! と木の葉を突き抜ける音と共に羽ばたく音が聞こえた。

『ユウマ、大丈夫か!?』
「ふぅ……ふぅ……ごめん。取り乱した」

 ……我ながら冷静じゃ無い。こんなところをシャーリィに見られたら笑われてしまうかもしれない。冷静にならないと……

『ユウマ、冷静になることを焦るんじゃない。いくらでも時間はかけて良い。今はただ、落ち着くことに専念しろ』
「ベル……」
『ただ事じゃない嫌な予感を感じているのはわかる……あまりにも唐突すぎる上に原因が分からない事件だからな。それでもまずは冷静になってくれ……さっきのユウマは上手くやれたんだから、もう一度冷静に立ち振る舞えるさ』
「……ああ、そうだな。ベル、もしもまた冷静じゃなくなったら一喝でもしてくれ」
『うん、任せてくれよ。私はちゃんとユウマのことを見守っているから』

 ポケットの中から心強い声を聞く。
 ……彼女が見守ってくれているならば、きっと大丈夫だろう。俺は拳を強く握り締めて更に森の奧へと足を進めた――
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