夏服と雨と君の席

神楽耶 夏輝

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死ぬな!!

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 真っ暗な部屋には、月明かりがぼんやりとシンジの机の上を照らしている。
 電源を落としたはずのデスクトップパソコンは不規則に点滅を繰り返す。スマホの待ち受けにしていたはずのゆらとのツーショット画像が、なぜかそのスクリーンに浮かび上がっている。
 ゲームセンターで、二人で頬を寄せ合うようにして撮ったプリクラの画像だ。
 わざとらしくキラキラと大きくなる目や、白くなめらか過ぎる肌は不自然で、二人で思いっきり笑った画像だが、去年のゆらの誕生日の記念だからと言って、お互いに同じ画像を待ち受けにしたっけ。

 シンジはベッドの上からぼんやりとその画面を眺めていた。
 眺めていたというよりは、単に視界に映っているだけなのかもしれない。
 突然、閃光が走り、パチっという音と共に画面が明るくなった。
 そこにはツーショット画像ではなく、見慣れた動画サイトが映し出されている。画面の真ん中にはアナウンサーらしき女性。
 シンジは、不思議な気持ちでゆっくりと起き上がった。ベッドから抜け出し、机に座るとマウスを操作して再生ボタンをクリックした。
 動き出した映像の中で、赤い帯の上に書かれた見出しがポップした。その帯には黒い文字でこう書かれている。

【小井川市小井川高校に斧を持った男が侵入! 1人が死亡、5人が重軽傷。女子生徒が犠牲に!!】
 効果音の後、女性アナウンサーが淡々と、ニュースを伝える。
 背景に映し出されているのは見慣れた光景。小井川高校の校舎だ。

『本日―――――頃、―――小井川高校で、斧を持った男が乱入した事件が発生しました。この事件により、1人が死亡し、5人が重軽傷を負いました。死亡したのは小井川高校に通う生徒、渡辺ゆらさん高校二年生。事件後、男は逮捕され、男の身元は―――となっており、警察は事件になんらかの関りがあると見て捜査しています。男は事件に対して『誰でもよかった』と供述しており――――』

 日付、時間、不審者の詳細がうまく聞き取れない。
 シンジはその場にへたり込んだ。
 そう言えば、その現場にシンジもいて、目の前でゆらが血を流し倒れていたのを見た。
 ゆらは死んだのだ。お葬式ってどうなってるんだっけ?
 ふとそんな事を思って、視線を移した机の上には、香典袋があった。
 そうか、やっぱりゆらは死んだのだな。なんだか違和感をおぼえながらも妙に納得して天井を見上げた。
 重力に従うように目尻を伝った涙が床に落ちる。
 もう二度とゆらには会えないのかと思うと、お腹の底から絶望に似た感情が込み上げて嗚咽が漏れる。
「うっ、うあーーーーー、あっ、あっ……」
 喉が詰まって声が出ない。思い切りあーーーーーーーと、大きな声を上げると、薄明るくなった天井が視界に広がった。
 ガバっと起き上がると、涙が顔中を濡らしていた。
「夢か……。よかったー」
 夢だったと認識してもなお、涙が止まらない。
 ゆらのいない世界はあんなにも、絶望に満ちているのだと改めて知ったシンジは、顔をゴシゴシと両手で拭い、起き上がった。
 時刻は7時少し前。
 コンコンとノック音がして、返事をする前に扉が開いた。
「シンジ、何かあったか?」
 祖父が顔を出す。シンジの叫び声に心配したのだろう。
「いや、怖い夢を見ただけ」
「そうか」
 祖父は安心したように少し笑って「もう出かけるのか?」と言った。
 シンジが制服を手にしていたからだ。
「うん。ちょっと用事があるんだ」
「メシは?」
「今日はいらない」

 制服に着替えて、洗面を済ませ、バタバタと玄関へ向かう。
 そこには、祖父が立っていて、ハンカチに包まれた弁当を差し出した。
 その上には、ラップに包まれた大きめのおにぎり。
「学校に着いたら食べろ」
「ありがとう」
 バッグに入れて、玄関の引き戸を開けると、小雨がパラついていた。空は厚い雲に覆われていて、今日も一日雨だと知らせている。
 玄関を出て隣接している車庫に入ると、軽トラックの隣にはシンジの自転車。壁に掛けられているレインコートを着込んで、自転車を押し車庫から出る。
 ペダルに足をかけて勢いよく地面を蹴った。
 これぐらいの雨なら、普段はレインコートなど着ない。少々濡れる事などへっちゃらだし、傘をさしながら自転車を漕ぐのにも慣れていた。
 しかし、今日はできるだけ早く自転車を走らせる必要があったのだ。
 ぬかるんだ道から跳ねる泥。顔を殴りつける雨粒。後ろから追い越す車が跳ねさせる飛沫は、容赦なくシンジを襲ってくる。
 しかし、そんな事はどうでもいい。
 シンジはまっすぐに前を見据えて、力の限りペダルを踏み込んだ。

 海沿いの道。学校を通り過ぎ、通学途中の生徒とは逆方向へ自転車を走らせる。
 前から押し寄せる生徒の波に、赤い傘をさしたゆらを見つけた。
 きゅきゅっとブレーキをかけて、ゆらの進行方向を自転車で塞いだ。
 肩をびくんと跳ねさせたゆらは、自転車にまたがったままのシンジの顔を見る。
「シンジ?」
 その表情は驚きと恐怖に満ちていた。
「帰れ!」
 ゆらは両手で傘の柄をぎゅっと握り、ふるふると首を横に振る。
「昨日あれだけ学校に来るなって言っただろう」
 ゆらは体を硬直させて肩をすくめ、足元に視線を向けている。
「迷惑なんだよ。お前の顔なんて誰もみたくないんだよ。ブス! 帰れ!」
 心にもない事を口にして、ゆらを傷つける。
 ゆらの青ざめていく顔がシンジの胸を痛いほど締め付けた。
 ごめん、ゆら。本当は大好きだよ。ずっとずっとゆらだけを見ていたい。だから、頼む。帰ってくれ。学校に来ちゃだめだ。
 心の中でそう叫んだ瞬間、ゆらはシンジの自転車をよけて車道に出た。
 バン! という衝撃音と共に、ゆらの体は一瞬宙を舞い、軽自動車の前に転がった。
 後方から走って来た車にひかれてしまったのだ。

「ゆらーーー。ゆらーーー。大丈夫か?」
 通学途中の生徒たちは騒然となり、誰かが「救急車」と叫んでいる。
 シンジはゆらに駆け寄り、その体を抱き上げた。
 だらんと脱力して、目は開かない。
「ゆら? しっかりしろ! 死ぬんじゃない!!」
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