16 / 24
不審者?
しおりを挟む
おばさんは縦格子の引き戸を開けて、シンジと水戸を中へと促した。コンクリート造りの土間は車が一台停められそうなほど広い。
ひんやりと体を覆うレインコートを脱ぐと、首の後ろがぐっしょりと濡れていた。侵入してきた雨なのかもしれないし、汗なのかもしれない。
スニーカーの中は雨水を含んで、じゅくじゅくと気持ち悪い音を立てる。やはり帰った方が良さそうだが――。
おばさんは洗い立てのバスタオルをシンジと水戸に一枚ずつ渡した。
「千秋、先にお風呂に入りなさい」
「はーい」
シンジはレインコートのお陰で濡れているのは首から上と足元だけだが、水戸は制服から体の線がくっきりと浮き出るほどびしょ濡れである。初夏とは言え、さぞ寒かった事だろう。
頭や制服を拭きながら靴を脱ぎ、シンジを見やる。
「葉山君、ゆっくりしてってね。ご飯も食べて帰ったらいいのに」
「いや、じいちゃん待ってるから……」
「さぁ、上がって」
おばさんはシンジに手招きをする。
「いや、あのぉ、ここでいいです。靴の中までびしょ濡れで一旦脱ぐと二度と履きたくなくなる状態でして……」
「あら、そうよね。確かにそうだわ。じゃあ、そこで待っててちょうだい」
おばさんはようやく諦めてくれた様子で、家の奥に消えて行く。
「もう、帰っちゃう?」
「うん、もう濡れたついでだし、雷はもう弱まってきてるし。筍いただいて帰るよ」
「そっか。じゃあ、また明日学校で」
水戸ははにかんだ笑顔を見せる。
「うん。風邪ひくなよ」
「うん。送ってくれてありがとう。ここに座って待ってて」
水戸は膝ほどの高さになっている床へとシンジを促した。
負荷のかかった自転車で、上り坂を上った両足は軽く疲労を訴えている。
無事、水戸を送り届けた事への安堵も相まって、「ありがとう」と礼を言った後、へたり込むように腰を下ろした。
前髪から垂れる雫が不快に目元を濡らす。柔軟剤の香りが漂うタオルで、ゴシゴシと頭を拭った。
水戸はその様子を見届けて、奥へと入って行った。
家の奥からは、賑やかな声と食器が触れ合うような生活音。テレビの音。温かな夕飯時の匂いが漂ってきて空腹を刺激する。
家族が多いと、水戸は言っていた。
シンジの自宅では、祖父は口数が少なく、夕飯時はいつも静かだ。
東京にいた頃も、父はいつも仕事帰りが遅く、母と二人。
母はおしゃべりで賑やかな人だった。いつも笑っていて、幸せそうにしていた。笑い上戸で笑わせ甲斐のある人だったなぁとシンジは思い出に耽る。
両親に会いたいなどと、口にした事はないが、いつも心の中にはやるせない気持ちが澱のように沈んでいて、他所の家族を見ると泣きたくなるぐらい胸が締め付けられる。
もう、こんな思いは二度と嫌なのだ。
何としても、ゆらを守らなくては。
玄関のドアがガラガラと開いた。
「うおっ!」
と雄たけびを上げたのは、派手な柄の入ったTシャツに、白いシャツを重ね着している若い男だ。髪は真っ黒で、目はぎょろっと大きい。
その声と風貌に、シンジは一瞬身構えた。
「あ、なんだ。お前、あれか。東京モンか」
「え? トウキョウモン?」
確かに東京から移り住んだが、そんな風に呼ばれていたとは知らなかった。
「千秋と同級生だよな。浜の屋の……孫?」
「あ、はい」
「俺は、千秋の兄ちゃんだ。晃だ。よろしくな」
「あ、どうも。よろしくお願いします。葉山シンジです」
「珍しいな。千秋が男連れてくるなんて。上がんねーの?」
玄関ドアの外に向かって、傘の雫を振り払いながらそう言った。
「あ、いや。水戸を送ってきただけなので」
「そっか――」
そう言って、水戸晃がこちらを振り返った時だ。
敷地の外で不審に動いた人物を、薄明るい街灯が浮き上がらせた。全体的にだぼっとした服装。中肉中背。
「あ!」
シンジは慌てて立ち上がり、晃から傘をひったくった。
「ちょっと借ります」
「へ? え? なんだ?」
「不審者です」
「なに? 不審者だと!」
ひんやりと体を覆うレインコートを脱ぐと、首の後ろがぐっしょりと濡れていた。侵入してきた雨なのかもしれないし、汗なのかもしれない。
スニーカーの中は雨水を含んで、じゅくじゅくと気持ち悪い音を立てる。やはり帰った方が良さそうだが――。
おばさんは洗い立てのバスタオルをシンジと水戸に一枚ずつ渡した。
「千秋、先にお風呂に入りなさい」
「はーい」
シンジはレインコートのお陰で濡れているのは首から上と足元だけだが、水戸は制服から体の線がくっきりと浮き出るほどびしょ濡れである。初夏とは言え、さぞ寒かった事だろう。
頭や制服を拭きながら靴を脱ぎ、シンジを見やる。
「葉山君、ゆっくりしてってね。ご飯も食べて帰ったらいいのに」
「いや、じいちゃん待ってるから……」
「さぁ、上がって」
おばさんはシンジに手招きをする。
「いや、あのぉ、ここでいいです。靴の中までびしょ濡れで一旦脱ぐと二度と履きたくなくなる状態でして……」
「あら、そうよね。確かにそうだわ。じゃあ、そこで待っててちょうだい」
おばさんはようやく諦めてくれた様子で、家の奥に消えて行く。
「もう、帰っちゃう?」
「うん、もう濡れたついでだし、雷はもう弱まってきてるし。筍いただいて帰るよ」
「そっか。じゃあ、また明日学校で」
水戸ははにかんだ笑顔を見せる。
「うん。風邪ひくなよ」
「うん。送ってくれてありがとう。ここに座って待ってて」
水戸は膝ほどの高さになっている床へとシンジを促した。
負荷のかかった自転車で、上り坂を上った両足は軽く疲労を訴えている。
無事、水戸を送り届けた事への安堵も相まって、「ありがとう」と礼を言った後、へたり込むように腰を下ろした。
前髪から垂れる雫が不快に目元を濡らす。柔軟剤の香りが漂うタオルで、ゴシゴシと頭を拭った。
水戸はその様子を見届けて、奥へと入って行った。
家の奥からは、賑やかな声と食器が触れ合うような生活音。テレビの音。温かな夕飯時の匂いが漂ってきて空腹を刺激する。
家族が多いと、水戸は言っていた。
シンジの自宅では、祖父は口数が少なく、夕飯時はいつも静かだ。
東京にいた頃も、父はいつも仕事帰りが遅く、母と二人。
母はおしゃべりで賑やかな人だった。いつも笑っていて、幸せそうにしていた。笑い上戸で笑わせ甲斐のある人だったなぁとシンジは思い出に耽る。
両親に会いたいなどと、口にした事はないが、いつも心の中にはやるせない気持ちが澱のように沈んでいて、他所の家族を見ると泣きたくなるぐらい胸が締め付けられる。
もう、こんな思いは二度と嫌なのだ。
何としても、ゆらを守らなくては。
玄関のドアがガラガラと開いた。
「うおっ!」
と雄たけびを上げたのは、派手な柄の入ったTシャツに、白いシャツを重ね着している若い男だ。髪は真っ黒で、目はぎょろっと大きい。
その声と風貌に、シンジは一瞬身構えた。
「あ、なんだ。お前、あれか。東京モンか」
「え? トウキョウモン?」
確かに東京から移り住んだが、そんな風に呼ばれていたとは知らなかった。
「千秋と同級生だよな。浜の屋の……孫?」
「あ、はい」
「俺は、千秋の兄ちゃんだ。晃だ。よろしくな」
「あ、どうも。よろしくお願いします。葉山シンジです」
「珍しいな。千秋が男連れてくるなんて。上がんねーの?」
玄関ドアの外に向かって、傘の雫を振り払いながらそう言った。
「あ、いや。水戸を送ってきただけなので」
「そっか――」
そう言って、水戸晃がこちらを振り返った時だ。
敷地の外で不審に動いた人物を、薄明るい街灯が浮き上がらせた。全体的にだぼっとした服装。中肉中背。
「あ!」
シンジは慌てて立ち上がり、晃から傘をひったくった。
「ちょっと借ります」
「へ? え? なんだ?」
「不審者です」
「なに? 不審者だと!」
0
あなたにおすすめの小説
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。
その事実だけを抱え、離縁を突きつけ、家を出た。
そこで待っていたのは、最悪の出来事――
けれど同時に、人生の扉がひらく瞬間でもあった。
夫は愛人と共に好きに生きればいい。
今さら「本当に愛していたのは君だ」と言われても、裏切ったあなたを許すことはできない。
でも、子供たちの心だけは、必ず取り戻す。
妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。
過去を悔いながらも、愛を手に入れることを決めた彼女が辿り着いた先には――
美味しいコーヒーの愉しみ方 Acidity and Bitterness
碧井夢夏
ライト文芸
<第五回ライト文芸大賞 最終選考・奨励賞>
住宅街とオフィスビルが共存するとある下町にある定食屋「まなべ」。
看板娘の利津(りつ)は毎日忙しくお店を手伝っている。
最近隣にできたコーヒーショップ「The Coffee Stand Natsu」。
どうやら、店長は有名なクリエイティブ・ディレクターで、脱サラして始めたお店らしく……?
神の舌を持つ定食屋の娘×クリエイティブ界の神と呼ばれた男 2人の出会いはやがて下町を変えていく――?
定食屋とコーヒーショップ、時々美容室、を中心に繰り広げられる出会いと挫折の物語。
過激表現はありませんが、重めの過去が出ることがあります。
片想い婚〜今日、姉の婚約者と結婚します〜
橘しづき
恋愛
姉には幼い頃から婚約者がいた。両家が決めた相手だった。お互いの家の繁栄のための結婚だという。
私はその彼に、幼い頃からずっと恋心を抱いていた。叶わぬ恋に辟易し、秘めた想いは誰に言わず、二人の結婚式にのぞんだ。
だが当日、姉は結婚式に来なかった。 パニックに陥る両親たち、悲しげな愛しい人。そこで自分の口から声が出た。
「私が……蒼一さんと結婚します」
姉の身代わりに結婚した咲良。好きな人と夫婦になれるも、心も体も通じ合えない片想い。
15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~
深冬 芽以
恋愛
交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。
2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。
愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。
「その時計、気に入ってるのね」
「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」
『お揃いで』ね?
夫は知らない。
私が知っていることを。
結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?
私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?
今も私を好きですか?
後悔していませんか?
私は今もあなたが好きです。
だから、ずっと、後悔しているの……。
妻になり、強くなった。
母になり、逞しくなった。
だけど、傷つかないわけじゃない。
結婚相手は、初恋相手~一途な恋の手ほどき~
馬村 はくあ
ライト文芸
「久しぶりだね、ちとせちゃん」
入社した会社の社長に
息子と結婚するように言われて
「ま、なぶくん……」
指示された家で出迎えてくれたのは
ずっとずっと好きだった初恋相手だった。
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
ちょっぴり照れ屋な新人保険師
鈴野 ちとせ -Chitose Suzuno-
×
俺様なイケメン副社長
遊佐 学 -Manabu Yusa-
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
「これからよろくね、ちとせ」
ずっと人生を諦めてたちとせにとって
これは好きな人と幸せになれる
大大大チャンス到来!
「結婚したい人ができたら、いつでも離婚してあげるから」
この先には幸せな未来しかないと思っていたのに。
「感謝してるよ、ちとせのおかげで俺の将来も安泰だ」
自分の立場しか考えてなくて
いつだってそこに愛はないんだと
覚悟して臨んだ結婚生活
「お前の頭にあいつがいるのが、ムカつく」
「あいつと仲良くするのはやめろ」
「違わねぇんだよ。俺のことだけ見てろよ」
好きじゃないって言うくせに
いつだって、強引で、惑わせてくる。
「かわいい、ちとせ」
溺れる日はすぐそこかもしれない
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
俺様なイケメン副社長と
そんな彼がずっとすきなウブな女の子
愛が本物になる日は……
『愛が揺れるお嬢さん妻』- かわいいひと -
設楽理沙
ライト文芸
♡~好きになった人はクールビューティーなお医者様~♡
やさしくなくて、そっけなくて。なのに時々やさしくて♡
――――― まただ、胸が締め付けられるような・・
そうか、この気持ちは恋しいってことなんだ ―――――
ヤブ医者で不愛想なアイッは年下のクールビューティー。
絶対仲良くなんてなれないって思っていたのに、
遠く遠く、限りなく遠い人だったのに、
わたしにだけ意地悪で・・なのに、
気がつけば、一番近くにいたYO。
幸せあふれる瞬間・・いつもそばで感じていたい
◇ ◇ ◇ ◇
💛画像はAI生成画像 自作
【完結】妖精姫と忘れられた恋~好きな人が結婚するみたいなので解放してあげようと思います~
塩羽間つづり
恋愛
お気に入り登録やエールいつもありがとうございます!
2.23完結しました!
ファルメリア王国の姫、メルティア・P・ファルメリアは、幼いころから恋をしていた。
相手は幼馴染ジーク・フォン・ランスト。
ローズの称号を賜る名門一族の次男だった。
幼いころの約束を信じ、いつかジークと結ばれると思っていたメルティアだが、ジークが結婚すると知り、メルティアの生活は一変する。
好きになってもらえるように慣れないお化粧をしたり、着飾ったりしてみたけれど反応はいまいち。
そしてだんだんと、メルティアは恋の邪魔をしているのは自分なのではないかと思いあたる。
それに気づいてから、メルティアはジークの幸せのためにジーク離れをはじめるのだが、思っていたようにはいかなくて……?
妖精が見えるお姫様と近衛騎士のすれ違う恋のお話
切なめ恋愛ファンタジー
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる