心が担げば鸞と舞う桜吹雪

古ノ人四月

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第七話 三

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 それから二週が過ぎた。十五位の訓練は毎日欠かさずに続けている。十五位が四位に慣れる前に、四位が女装に慣れてしまった。平気で通りをぶらついたりしている。四位は、あれほど十五位さんが頑張っているのに、男の自分が挫けるわけにはいかない、とむしろ自分を追い込んでいる様子だ。ひとまず、女装した四位は、訓練中はなるべく十五位の視界に入るようにしてくれている。

 我儘な十五位のため、帝位の旧屋敷を借りることにした。五位に相談したところ、あっさり許可がおりた。入口を下女で塞いでおけば男は入ってこられない。昼食後から日暮れまで、四位と十五位はこの空き屋敷で過ごした。

 しかし、二週経っても二人の距離は縮まらない。十五位は、ある一定の距離に男が近づくと後ずさりをしてしまう。距離にして二馬身ほど。女装した四位なら、なんとか一馬身までは耐えてくれるものの、女装していない四位では、やはり二馬身より内には近づけない。まだまだ女装は続きそうだ。

「百位様、お客様です」
「わたしに?」

 四位と十五位が一馬身差を保ちながら散歩している様子を眺めていれば、青子が呼びに来た。屋敷の正門前に、金ピカの神輿があった。



 神輿の担ぎ棒に抱きつくようにもたれた百位は、ニカッと口角と目尻を緩めながら神輿の中を覗き込んだ。

「なにか用っ?」

 いつもの澄まし顔で五位が鼻で笑う。

「元気そうだな。なに、近くを通ってな。女子らの様子を見に来ただけだ。四位はうまくやっているか?」
「うーん、先は長いかも」

 いまも一歩踏み出した四位に対し、十五位は二歩下がった。あの調子で大丈夫だろうか。

「謁見なぞ、忙しいと断ればよいものを」
「え? 断ってもいいの? 皇帝だし、失礼じゃない?」
「あのお方は、どちらかと言えば、気さくな方だ。無理は言わん。そんなこと、四位も十五位も、知っているはずだが。謁見を受けたのは十五位であって、四位ではない。四位が、付き合ってやっているようだ」

 十五位は本気で四位を嫌がっている。それでも歯を食いしばって毎日訓練には顔を見せている。嫌だ嫌だとは聞くが、なにか信念のようなものを感じる。

「そういえば、よくここ借りれたわね。あの夜からずっと立ち入り禁止だったのに」

 五位があの赤かった部屋に開けた壁の穴はそのままになっている。あやかし出現のため屋敷には近づくな、と帝都内に知らされた。できれば二度とここには来たくなかったが、他に人気が無い場所も見当たらなかったので仕方なく利用させてもらっている。四位も居るから大丈夫だとは五位に言われていた。しかし、たまに夢に人形が出てきて飛び起きてしまうことがあって、内心では落ち着かない。

「調べも終わり、もうあやかしの気配は無い。あのあやかしたち、早期に始末できたのは運がよかった。あのままにしていれば、屋敷全体にあやかしが広がり、相当な脅威になっていた。百位、そなたのお手柄だな」

 急に褒められたせいか顔に熱を感じた。それを誤魔化そうと質問を投げる。

「気になってたけど、なんでこの屋敷にあやかしがいたのよ」

 問いに、五位は顎をさする。

「元々は十一位が暮らす部屋で霊力を与え、育てていたのだろう。十一位の部屋にあやかしの痕跡が残っていた。それと、十一位が乗っていた馬車にも同じ痕跡があった。元々の部屋では手狭になり、丸々空いていたこの屋敷に移したのだろうな。事情を探れば、ある時期を境に部屋に籠っていた十一位が外出するようになったことがわかった。俺たち帝位が引っ越した時期と重なる。そういうことだろう」
「そう」

 ずっと引っかかっている。菊花を背負う後ろ姿と、夢から覚めない青い瞳が。

「ねえ、心って、取り返せる?」
「……難しいだろう。方法は、あるが……、すぐに、どうこうなるものではない。いまは他にやるべきことがある。それらが終わってから、考えよう」
「そう、ね。わかった」

 諭すような声音に頷くしかなかった。

 ――やるべきことって、どこまでなのかしら。人形を捕まえるだけじゃ帝都は平和にならないわよね。帝位が結婚して、結婚相手の女帝を門の鍵が選ぶまでは、きっと安心できない。いつか、五位も――。

 じっと見上げてしまった視線に五位は気がついたようで、五位もじっと夕陽のような瞳で見下ろしてくる。なんだか目を逸らせなくてそのまま見続けていると、まばたいた五位が幼子を見守るように微笑んで、そしたら頬がカッと炙られたように熱くなって――、

「百位さん」
「ぅえっ!? な、なに!?」
「あっ、すいません、驚かせてしまいました」

 知らずのうちに背後まで迫っていたのは女装した四位だった。担ぎ棒を乗り越える勢いで飛び跳ねた百位に、四位は両手をひらひらさせる。

「四位……、似合って、いる、ぞ」

 五位が肩を震わしながら口元を手で覆った。

「笑わないでください。これも大事なことですから」
「す、すまん、な、ぐふっ」
「はあ……、それで、百位さん」
「なに?」

 四位は、遠くで膝を抱えて座り込む十五位を見やりながら申し訳なさそうに口を開く。

「やっぱり、難しいかもしれません。間に百位さんがいればもっと近づけますが、直接向き合うとどうしても……」
「うーん。困ったわね。そもそも、なんであんなに男が嫌いなのよ」
「それは僕も……」

 顔を左右に振った四位は肩をすくめる。神輿を見上げてはみたが、五位は口を閉ざしたままだった。
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