【和風ファンタジー小説 あらすじ】帝都浅草探しモノ屋~浅草あきんど、妖怪でもなんでも探します~

郁嵐(いくらん)

文字の大きさ
5 / 23

【和風ファンタジー】2話 (2)【あらすじ動画あり】

しおりを挟む
=============
【あらすじ動画】 
◆忙しい方のためのショート版(1分)
https://youtu.be/AE5HQr2mx94

◆完全版(3分)
https://youtu.be/dJ6__uR1REU
=============


「ん?」
その時、人波の中に見知った姿を見つけた。

辰政だ。
彼は若旦那のように懐に手を入れ、通りをゆったりと歩いている。その足取りとは裏腹に、視線だけは鋭い。

——獲物を狙っている。銀次は直感した。
どうやら仕事の真っ最中らしい。

辰政は一流のスリだ。
だが硬派な彼には、一つのモットーがある。

——金は、金持ちからしか盗らない。

『孤児のための募金を徴収しているだけだ』
昔、辰政がそうもらしていたのを覚えている。

やがて辰政は、髭をたくわえたソフト帽の紳士に狙いを定めた。
何気なく横に並び、煙管を取るふりをしてサッと、相手の巾着財布をかすめ取る。

時間にすれば、ほんの数秒。
辰政は現ナマだけを懐に滑り込ませると、何事もなかったかのように歩み去る。

その一連の動きは、まるで闇夜で太刀を抜くかのように、音もなく、鮮やかだった。

けれど、銀次は気づいていた。
一見、涼しい顔でやってのけている辰政も、見えない右目をいつも煩わしそうにしている。長く垂れた前髪は、粋ぶっているわけではないのだ。

ズキン、と銀次の胸が痛む。
気づけば無意識に、雑踏の中で幼なじみの姿を目で追っていた。

「市村ァ~何を見ているんだぁ~」
その時、背後から低い胴間声が響いた。

「ゲッ! 牛島!」
白い巡査服にサーベル。
振り返ると、そこにはエンコを取り締まる象潟きさかた署の警官——牛島巡査がいた。

普段、エンコの不良少年たちは象潟署の署員に袖の下わいろを渡し、多少のことは目こぼししてもらっている。

だが、この牛島だけは例外。剛直というか、堅物というか——一切の不正を許さない。

目についたガキを片っ端からしょっ引いては、こってりシメあげ、なかなか返してくれない。最悪の場合、矯正施設に送り込んでしまう。

(これは、やばい……)

銀次はへらりと誤魔化し笑いを浮かべながら、一歩ずつ後ずさった。

「これはこれは、牛島の旦那。今日もご苦労様でござんす」

運の悪いことに、牛島は先ほど銀次が見ていた方角に目をやり、ニヤリと笑った。

「ほほーう。何を熱心に見ているのかと思ったら、あそこにいるのは黒団のボス猿、伊庭いば辰政じゃないか。いい機会だ。二人まとめてしょっ引っいてやるー!」
「ギャー!」

銀次は間一髪で牛島の手をかわし、人混みの中へと紛れ込んだ。
こんな時ばかりは、小柄な自分の体格に感謝したい。

喧噪の中をかき分けて辰政に追いつくと、その腕をグッと掴む。

「銀!?」
「辰っあん! いいから、こっち! 牛島に見つかった!」

状況を即座に察した辰政が、一緒に走り出す。

「またんかぁーい! こらぁぁっ!」

背後から牛島の怒声が響いた。
ちらりと後ろを窺った辰政は、苦々しい顔をする。

「はぁ……まさか牛島に見られてたのに気づかないなんて……俺も鈍ったかな」
「や、違う。俺のせいなんだ。俺が辰っあんのこと見てたから——」
「見てたって……まさか俺に見惚れていたんじゃないだろうな」

こんな状況でも余裕たっぷりに笑みを浮かべる幼なじみに、銀次は「あーへいへい」とだけ返した。


そのまま二人は大勝館たいしょうかん、世界館の手前で横道に逸れ、千束せんぞく町まで一気に走り抜ける。


「はぁっ……はっ」

裏路地に身を潜め、ようやく一息つく。
膝に両手をつき、背中で大きく息を整えた。

千束町は深い闇に沈み、店先のランプがぽつぽつと鬼火のように揺れていた。
時折、狭い路地の奥からは、白粉の匂いをまとった女がスッと現れ、またスッと消えていく。

十二階下じゅうにかいした

震災前までここにあった私娼窟を、人々はそう呼んでいた。

十二階——正式には「凌雲閣りょううんかく」という名のその塔は、明治時代に建てられた西洋風の展望台だ。

八角形の赤煉瓦造りで、当時としては帝都一の高さを誇った。
まるで都を見下ろすかのようにそびえ立つその姿は、浅草——いや、帝都のシンボルタワーでもあった。


この塔を初めて見た日のことを、よく覚えている。
まるで西洋のおとぎ話に出てくる、魔法使いの塔のようだ、と思った。

「魔窟」——。
それが、この十二階下の別名であるのも、当然といえば当然だ。

魔女たちが巣食うこの場所は、蜘蛛の糸のように細い路地が絡まりあい、一度迷い込めば簡単には抜け出せない迷宮ラビリンス

震災で十二階が崩れ、人の往来が途絶えた今でも、その当時の面影を残している。
それどころか、灯りや人影が乏しくなった分だけ不気味さも増した。

今にも暗い路地の奥から、この世のものではないモノが現れそうな、そんな雰囲気だ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

死に戻ったら、私だけ幼児化していた件について

えくれあ
恋愛
セラフィーナは6歳の時に王太子となるアルバートとの婚約が決まって以降、ずっと王家のために身を粉にして努力を続けてきたつもりだった。 しかしながら、いつしか悪女と呼ばれるようになり、18歳の時にアルバートから婚約解消を告げられてしまう。 その後、死を迎えたはずのセラフィーナは、目を覚ますと2年前に戻っていた。だが、周囲の人間はセラフィーナが死ぬ2年前の姿と相違ないのに、セラフィーナだけは同じ年齢だったはずのアルバートより10歳も幼い6歳の姿だった。 死を迎える前と同じこともあれば、年齢が異なるが故に違うこともある。 戸惑いを覚えながらも、死んでしまったためにできなかったことを今度こそ、とセラフィーナは心に誓うのだった。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

行き場を失った恋の終わらせ方

当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」  自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。  避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。    しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……  恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。 ※他のサイトにも重複投稿しています。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...