私立桜妃女学院ラビリンス【R18】

水無月礼人

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6月16日の迷宮(八)

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 寮へ戻る前にわずかな希望に賭けて、警備隊員達は花蓮が消えた庭園を捜索した。

「副寮長! 生きてんなら何でもいい、音を立ててくれ!」
「江崎さん! 江崎さん!」

 しかし五分間で見つかったのは花蓮が所持していたソフトボール用の木製バットと、勝手に寄ってきたトカゲの化け物二匹だけであった。

「うおっ、こっち来んな!」

 相馬と笹川がハンドガンを乱射してトカゲを倒したが、明らかに撃ち過ぎだったので藤宮が注意した。

「弾を節約しろ。迷宮は魔物が多いからすぐに弾切れを起こすぞ」

 藤宮と親しい相馬が反論した。

「でもよ、何発撃てば殺せるのか判らねぇんだよ」
「……そっか。おまえ達は餓鬼にしか遭遇してないんだっけか。それで地下三階まで来られたのはラッキーだったな」
「えっ、ここって地下三階なのか!?」
「そうだよ。階段を三回降りただろ?」
「いや、一回だけだ。体育館から直通だった」
「?」

 捜索を打ち切った男達は世良と水島が待つ広間へ戻った。そして黒田がショットガンで破壊した奥の扉を確認した。
 寝殿造りの貴族の住居は、手入れされた庭と一体化できるように柱と御簾みすで構成するのが基本なのだが、この建物は四方を壁に囲まれていた。源氏の追っ手から雫姫を護る為だろうか。
 扉の残骸ざんがいの先には上へ向かって階段が伸びていた。

「これが体育館に繋がってんだよ」
「体育館って、学院の? どうしておまえ達は体育館へ向かったんだ?」
「三枝先生と生徒会長のお嬢さんに、校舎一階の探索を勧められたからだよ」
「はん? あの二人にか?」
「ああ。俺達が寮に着いた時におまえらが不在だったから、その二人が応対してくれたんだ。んで俺達がお宝発掘しに迷宮へ潜るって言ったら、職員室の階段から繋がる地下はヤバイから、今日の探索は校舎一階だけにしておけって止められたんだよ」

 的確なアドバイスだ。一階はだいぶ妖気が薄まっており強い敵が出てこない。初回は戦いよりも迷宮の雰囲気に慣れることを優先するべきだ。
 初挑戦で校舎のボスを倒してしまった水島達は見事だったと言う他ない。

「それで一階をグルっと回って体育館まで行ったんだけどな、そこにも下り階段が在ったんだよ」
「おいおい……、地下はヤバイって聞いていたのに進んだのか?」
「まぁ、職員室から通じる地下じゃないし?」
詭弁きべんだろ」
「ハハハ。俺達も命令されて宝探しに来ているもんでさ、ちょっくら成果が欲しくなったんだよ」

 相馬は楽観的な性格だった。藤宮が友人をたしなめた。

「初挑戦で地下三階は厳しいぞ。俺達は少しずつ強敵を倒して迷宮に慣れていったんだ。いきなりあの少年レベルの奴と戦うことになっていたら全滅してた」

 藤宮と相馬の会話を聞いて、黒田が神妙な面持ちで頷いた。

「……今回は隊長である俺の判断ミスだ。この銃が無かったら確かにヤバかった。二人を危険にさらしてすまねぇ」
「黒田さん、俺が行こうって言い出したからだよ! 悪いのは俺だ!」

 頭を下げた黒田を慌てて相馬がフォローした。水島も能天気な口調で続いた。

「うんうん、助けられた側の僕からしたら、よくぞ来てくれた~って感じですね」

 更に階段を見上げて水島はニンマリした。

「これからはこの階段を使って、校舎一階から地下三階までショートカットできますね。ずいぶん行き来が楽になりますよ」
「しかし下りは良いとして、疲れた状態で三階分を一気に昇るのはキツそうだな……」

 三十代後半に入って体力の衰えを感じ始めている藤宮がボヤいたが、若い隊員の笹川が感情を込めずに否定した。

「そんなに長い階段じゃなかったです。だから俺達は地下三階にまで来ていたと思わなかったんです」
「へぇ……? 早く帰りたいし、とりあえずこの階段を試してみるか。お宝発掘隊も今日は無理せず上へ戻った方がいい」

 反対する者が居なかったので全員で階段を昇った。すると笹川が言った通り三十秒ほどで地上に出た。

「!……」

 雫姫捜索隊の面々は驚いた。教室の一部が混ざってゴチャゴチャしているが、まさしく世良達が球技大会を行った体育館に到着したのだ。

「どういうことでしょう。地下二階から地下三階へ繋がる階段だけで、毎回一分以上かかっているというのに」

 多岐川の疑問に無表情で世良が答えた。

「……きっと時空が歪んでいるんです。迷宮自体、シズク姫が空間を捻じ曲げて造ったものだから……」
「そうですね……。川が流れているくらいですし」

 世良には元気が全く無かった。会話はかろうじて成立しているが、心ここに在らずといった風だった。百合弥のことで彼女は混乱しているのだ。

(どうして五月雨さんは寮のみんなを殺したの? 自分がシズク姫になりたかったとか……?)

 問い詰めたくても百合弥はもう居ない。世良が百合弥の存在を抹消したからだ。それもまた彼女を悩ませる要因となった。
 多岐川は苦しむ世良に何かしてあげたかった。

(寮へ戻ったら高月さんに温かくて甘い飲み物を用意しよう。ココア……、無ければホットミルクでも。ああいや、今はそっとしておいた方が良いのだろうか?)

 多岐川自身も心を痛めていた。

(私が迷ったから高月さんがその手を汚したのだ。私の弱さの代償を彼女に払わせるなんて……!)

 唇を噛む多岐川の後ろで世良に寄り添う水島は、対照的に穏やかな笑みを浮かべていた。

(セラが人を殺した……!)

 悲劇的な事実であるのに、水島は笑いが声として漏れないよう耐えるのに必死だった。

(アハハ……。セラはできるコだと思っていたよ。権利ばっかり主張するくせに、いざとなったら弱く繊細な振りをして、汚れ仕事を他人に押し付ける図々しい人間のなんて多いことか! でもセラは違う。覚悟と信念を持っている)

 世良の肩を抱く水島。はたから見れば恋人を気遣う優しい男だ。しかし胸中では身勝手な妄想が膨らんでいた。

(これでセラはへ来た。一度でも手を血に染めた人間はもう普通の世界じゃ暮らせない。セラは完全に僕と一緒になったんだ)

 好意を持つ相手が人をあやめた。
 相手を思い遣り自分を深く責める多岐川。
 相手が道を踏み外したことを喜ぶ水島。

 二人の人間性は決定的に違っていた。このことがいずれ、また別の悲劇を生むことになるのだった。
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