私立桜妃女学院ラビリンス【R18】

水無月礼人

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戻らない者

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 藤宮らは体育館経由で地上へ戻ってきた。詩音をさらわれ茜が死亡するハプニングで探索を切り上げたので、寮へは早めの帰還となった。

「お帰りなさい!」

 多岐川が玄関のドアチャイムを鳴らすとすぐに内鍵が開けられ、世良によって玄関扉が開かれた。

「高月さん、部屋へ戻らなかったんですか?」
「一度は戻ったんですが皆さんが心配で……、ここで時間を潰しながらお帰りを待っていたんです」

 見ると玄関ホールの床に輪を描いて小鳥、京香、そして絵札を手にした三枝が座っていた。女性陣は待つ間トランプに興じていた模様だ。

「アンナ、無事で良かった!」

 世良が多岐川の後ろに居た杏奈へ笑顔を向けたが、杏奈は微笑み返すことができなかった。暗い表情で立つ親友を見た世良は胸騒ぎを覚えた。

「アンナ、何処か怪我したの?」
「ううん……、私は大丈夫」

 杏奈は靴を脱ぎ玄関から床の上へ足を付けた。多岐川と水島もブーツを脱ぎ始め、に入った藤宮が扉を閉めて施錠した。

「藤宮さんで最後ですか? 桜木先輩と桐生先輩は?」

 藤宮が苦々しく告げた。

「……桐生は魔物に殺された」
「!?」
「生徒会長は……別の魔物に連れ去られて行方不明だ」

 恐ろしい事実を聞かされて世良は後ろへよろめいた。倒れはしなかったが明らかにショックを受けている世良を、小鳥と京香が支えて床へ座らせた。もっともその二人とて平常心ではいられなかった。

「ねぇ藤宮、行方不明ってどういうことよ?」

 尋ねた三枝へ藤宮は怒鳴るように言った。

「言葉の通りだよ! 捜しても見つからねぇ! 生徒会長をさらった魔物の後を追ったが、角を曲がった途端に煙のように消えてしまったんだ!!」
「ちょ、ちょっと落ち着いてよ藤宮」
「……ああワリィな先生。いらついて八つ当たりをしちまった」

 一昨日おとといに江崎花蓮と五月雨百合弥。そして本日は桐生茜と桜木詩音。
 立て続けに犠牲者を出してしまい、藤宮はリーダーとして自責の念に駆られていた。

「アナタ達も座んなさいよ。今お茶淹れてあげるからさ」

 三枝の言葉に甘えて、杏奈と警備隊員達は床の上に脚を投げ出して座った。探索時間は短かったがみんな疲れていた。……水島以外は。もちろん彼は演技して周囲に合わせていたが。
 ほどなくして三枝が、盆に四人分のカップと砂糖入れを乗せて台所から戻ってきた。

「さ、インスタントコーヒーだけどアンナちゃんも飲みなさい。甘くするとリラックスできるよ」
「ありがとうございます……」

 杏奈は三枝が淹れてくれたホットコーヒーに砂糖を三さじ入れた。外は蒸し暑いので身体が汗ばんでいたが、冷房の効いた寮内で飲んだコーヒーは美味しかった。

「魔物が……消えた。ひょっとしたら地下二階みたいな……」
「セラ、何か気になるの?」

 ブツブツ独り言を呟いていたセラへ水島が声をかけた。

「あの……私は地下四階をまだ見ていないので憶測に過ぎませんが、隠し扉や回転床が在るんじゃないかって思ったんです」
「隠し扉?」
「はい。地下二階で上から壁が落ちてきたことが有りましたよね? あんな感じで迷宮にはまだ仕掛けが存在するんじゃないでしょうか」
「あ」

 警備隊員達が顔を見合わせた。

「それ……在るかもな」
「生徒会長を捜していた時は、目に見える扉の中ばかり確認しましたからね。もしかしたら壁を押したら秘密の通路や部屋に行けたかもしれません。迂闊うかつでした……」
「試してみましょう! 桜木先輩の元へ行けるかも!!」

 立ち上がりかけた世良を、右隣りに座る杏奈が慌てて引き留めた。

「セラちょっと待って、まさか今から迷宮へ行くつもりなの!?」
「もちろん行くよ、先輩の身が危ないんだから!」
「セラ」

 水島が落ち着いた声でさとした。

「気持ちは解る。でも今から行っても間に合わないだろう。桐生のお嬢さんはあっという間に魔物にられた。生徒会長もきっともう生きてはいない」
「でも……」
「水島の言う通りです。残念ですが、桜木シオンさんの生存は絶望的です。今はこらえて下さい」

 いつも意見を後押ししてくれる多岐川からも止められて、世良は諦めて座り直した。聡い彼女は感情だけで動こうとした自分を反省した。

(探索に出たみんなは桐生先輩の死を目の当たりにして、迷宮の危険性が身に染みて解ったんだ。寮で休んでいた私はアレコレ言える立場じゃない……)

 水島が落ち込む世良ではなく、二つ隣りの杏奈へ視線を向けた。

「アンナちゃんは今回の探索でかなりショックを受けてしまったようだから、当分は寮で休んでいた方がいいと思う」

 不意に水島に言われて、杏奈は自分がお役御免になったことを理解した。
 杏奈は茜を迷宮で藤宮と多岐川から引き離し、水島が殺害した後、彼にとって有利な証言をする為に探索参加していたのだ。

「そ……うですね。桐生先輩が危ない時に何もできなかった私は、やっぱり迷宮探索に向いてないと思います。これからは……寮内の掃除などでお役に立てるよう頑張ります」

 寮内で自分を支配しようとする茜が居なくなった。そしてここに残れば、探索に出る水島と顔を合わせる機会が減る。
 杏奈はセーフティゾーンでしばし精神の安定を図りたかった。

 しんみりした時にドアチャイムが再び鳴り、皆は一瞬身体を固くした。水島が立ち上がって扉へ向かった。

「黒田さん達ですか?」
「おう。開けてくれや」

 お宝発掘隊の面々だった。全員無事に戻ってきた同僚を見て、ようやく藤宮は少しだけ表情を和らげた。

「黒田さん達も早めの帰還だな。何か遭ったのか?」
「いや~、弾切れ起こしそうになったんで帰ってきた。川でよぉ、おまえ達が言っていた巨大蛇に遭遇したんだよ。ライオンヘッドの奴」

 まだ獅子蛇が残っていたらしい。

「アイツの容貌にビビッて撃ちまくった」
「ああ……、俺達も最初見た時はインパクトがデカかったな」
「ま、お堂でいろいろゲットしたんで今日はもういいかって戻ってきたんだ」
「笹川さんが持っているその黒いの槍は?」

 水島が目ざとく見つけた。発掘隊最年少の笹川が答えた。

「これはゾンビ兵を倒した時に消えずに残ったんだ。俺達は槍を扱えないけど、そっちの隊は銃剣道……だっけ? 突きの技を使える自衛隊経験者が二人も居るからどうかなって」
「おお、僕達の為に持ってきてくれたんですか。ありがたいです」

 水島は槍を受け取った。

「二本目の槍だ。隊長、僕とピヨピヨとで一本ずつ装備してもいいですか?」
「構わん。俺はショットガンを管理しなきゃなんでな」

 これによって、雫姫捜索隊の戦力がわずかだがまた上がった。
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