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惹かれ合うのは必然(一)
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迷宮探索自体は難無く進んだ。地下四階の広範囲を踏破でき、一人の負傷者も出さなかった。おまけに最後に入った部屋で薙刀と和弓を見つけられた。
「今持ってるその槍はピヨピヨに返して、生徒会長はこれから薙刀を装備したら?」
「そうですね。シズク様、寮へ戻ったら薙刀の手ほどきをして頂けますか?」
「………………」
「シズク様?」
「えっ、ええとごめんなさい、何だったかしら?」
「……。薙刀を私に教えて頂けますか?」
「もちろんよ、シオン」
あの爺と呼ばれた老人に会ってから、雫は心ここに在らずといった風だった。藤宮が腕時計で時間を確認した。
「もうすぐ潜って二時間になるな。今日はそろそろ上がろう」
反対する者が居なかったので本日の迷宮探索は終了となった。
和弓は扱いが難しいので装備できる人間が居なさそうだが、一応持って帰ることにした。
☆☆☆
「お帰りなさい!」
玄関扉を開けてくれたのはモップの柄を持った小鳥だった。モップを槍に見立てて稽古していたのだろう。彼女の後ろには鞘を付けたままの刀を握る世良も居た。
クーラーが効いた寮で大粒の汗を浮かべている二人。もう迷宮へ潜る予定は無いのに勤勉なことだ。小鳥と世良の先生役である水島と多岐川は、教え甲斐の有る生徒を見て口元を緩めた。
「セラ~ただいま。そっちも汗びっしょりだね。何か冷たいモン一緒に食べよ~よ」
「あ、学院警備室の方が来て桃をたくさん置いていってくれましたよ。笹川さんへのお見舞いと、私達にもどうぞって。冷蔵庫で冷やしてありますから剥きますね」
「えっ、どの先輩が来たの? セラ変なことされなかった!? 警備室は女好きで手の早い先輩が多いから気をつけろよ!?」
「あはは……、あなたがそれを言いますか。三枝先生が応対して下さったので大丈夫です」
水島が世良を伴って食堂へ消え、
「椎名さん、槍を貸してくれてありがとう。明日からは私、この薙刀を使わせてもらうんだ」
「了解です。生徒会長も皆さんもお疲れ様でした」
詩音と小鳥がやり取りしている横を、雫が無表情で通り過ぎた。彼女はもう自分の部屋へ戻るようだ。
雫を目で追っていた多岐川は藤宮に声をかけられた。
「多岐川、レクレーションルームで地図作成を手伝ってくれ」
「はい」
迷宮探索後の日課、藤宮と二人で記憶を突き合わせての地図作り。
十五分程度で作業が終わり、立ち上がった多岐川へ藤宮が問うた。
「……お姫さんの所へ行くのか?」
「えっ……あ……」
言い当てられて多岐川は動揺した。
「……お気づきでしたか」
「最近のおまえ、お姫さんのことをよく見ているからな」
「………………」
「今日出会ったあの爺さんは、生前のお姫さんにとって身近な人物だったっぽいな」
「……ええ。姫様は気丈に振る舞っておいでですが、あんな別れ方をして心を痛めていると思われます」
「それで慰めたいと?」
「私如きがおこがましいとは思いますが、少しでも力になれればと……」
藤宮が頭を掻いた。長めな茶髪がわしゃわしゃ乱暴に梳かれた。
「なぁ多岐川、今のおまえの気持ち、それは高月に対する保護欲みたいなモンか?」
「!……、それは……」
多岐川は口籠った。
「違うよな。姫さんをおまえは男して見ている……、そうだろ?」
これも見透かされていた。藤宮の鋭い瞳が多岐川を射貫いた。
「彼女に深く関わればとても重たいものを背負うことになるぞ? そして気の毒だが……決して成就しない恋だ」
多岐川は拳を握った。解っている。雫と自分とでは生まれた時代も立場もまるで違う。どれだけ愛しても伴侶となることは叶わない。
「それでも……」
多岐川が決意を口にした。
「姫様が漂う悠久の時の中で私は一瞬の存在に過ぎなくても、あの女性の為に何かをしたいのです」
目を逸らさずに言い切った部下を、もう藤宮は止めることができなくなった。悲恋になると知っていても。
「……そうか。覚悟が有るならそれでいい、姫さんのことはおまえに任せる。だが多岐川、死に急ぐようなことだけは絶対にするんじゃねぇぞ?」
「はい。肝に命じます」
藤宮へ敬礼をして、多岐川はレクレーションルームを出ていった。その後ろ姿を、妻子と死に別れた藤宮が複雑な感情で見送ったのだった。
二階の一番奥の空き部屋。ネームプレートの無いここを雫は自室としていた。
四回ノックをして多岐川は相手を待った。
「……はい。シオンかしら? ごめんなさい、薙刀の稽古は明日からにしてもらえる?」
「いえ、多岐川です」
「!……」
予期していなかった来訪者に驚いた雫。そっと開けられた扉から覗く彼女の顔に涙の跡は無かったが、瞳が若干赤くなっていた。
「どうしました? 多岐川さんお独りですか?」
「はい。姫様が落ち込んでおられるのではないかと思って……。せめて話し相手になれたらと思い伺ったのです」
「まぁ……それはお気遣いありがとうございます」
大きく扉を開いて雫は多岐川を部屋へ招いた。
「あの……宜しいのですか? 私を部屋へ入れたら男と二人きりになりますが」
プッと雫は噴き出した。
「多岐川さん、あなたときたら……! 訪ねてきたのにその反応ですか?」
「ああ、いや、廊下での立ち話を想定していたので」
「ふふふふふ!」
雫が明るく笑った。
「廊下で話していたら生徒に聞かれて目撃されますよ? 二年の清水さんが警備隊員の男性と親しくしていたって。高月さんに続いて二組目のカップル誕生ね~とか」
「あ、そうですね……」
雫に対して変な噂が立ってはいけない。そう思った多岐川は即座に部屋へ入った。ついでに廊下に誰も居なかったことも確認した。それを見た雫が肩を震わせて笑った。
「今持ってるその槍はピヨピヨに返して、生徒会長はこれから薙刀を装備したら?」
「そうですね。シズク様、寮へ戻ったら薙刀の手ほどきをして頂けますか?」
「………………」
「シズク様?」
「えっ、ええとごめんなさい、何だったかしら?」
「……。薙刀を私に教えて頂けますか?」
「もちろんよ、シオン」
あの爺と呼ばれた老人に会ってから、雫は心ここに在らずといった風だった。藤宮が腕時計で時間を確認した。
「もうすぐ潜って二時間になるな。今日はそろそろ上がろう」
反対する者が居なかったので本日の迷宮探索は終了となった。
和弓は扱いが難しいので装備できる人間が居なさそうだが、一応持って帰ることにした。
☆☆☆
「お帰りなさい!」
玄関扉を開けてくれたのはモップの柄を持った小鳥だった。モップを槍に見立てて稽古していたのだろう。彼女の後ろには鞘を付けたままの刀を握る世良も居た。
クーラーが効いた寮で大粒の汗を浮かべている二人。もう迷宮へ潜る予定は無いのに勤勉なことだ。小鳥と世良の先生役である水島と多岐川は、教え甲斐の有る生徒を見て口元を緩めた。
「セラ~ただいま。そっちも汗びっしょりだね。何か冷たいモン一緒に食べよ~よ」
「あ、学院警備室の方が来て桃をたくさん置いていってくれましたよ。笹川さんへのお見舞いと、私達にもどうぞって。冷蔵庫で冷やしてありますから剥きますね」
「えっ、どの先輩が来たの? セラ変なことされなかった!? 警備室は女好きで手の早い先輩が多いから気をつけろよ!?」
「あはは……、あなたがそれを言いますか。三枝先生が応対して下さったので大丈夫です」
水島が世良を伴って食堂へ消え、
「椎名さん、槍を貸してくれてありがとう。明日からは私、この薙刀を使わせてもらうんだ」
「了解です。生徒会長も皆さんもお疲れ様でした」
詩音と小鳥がやり取りしている横を、雫が無表情で通り過ぎた。彼女はもう自分の部屋へ戻るようだ。
雫を目で追っていた多岐川は藤宮に声をかけられた。
「多岐川、レクレーションルームで地図作成を手伝ってくれ」
「はい」
迷宮探索後の日課、藤宮と二人で記憶を突き合わせての地図作り。
十五分程度で作業が終わり、立ち上がった多岐川へ藤宮が問うた。
「……お姫さんの所へ行くのか?」
「えっ……あ……」
言い当てられて多岐川は動揺した。
「……お気づきでしたか」
「最近のおまえ、お姫さんのことをよく見ているからな」
「………………」
「今日出会ったあの爺さんは、生前のお姫さんにとって身近な人物だったっぽいな」
「……ええ。姫様は気丈に振る舞っておいでですが、あんな別れ方をして心を痛めていると思われます」
「それで慰めたいと?」
「私如きがおこがましいとは思いますが、少しでも力になれればと……」
藤宮が頭を掻いた。長めな茶髪がわしゃわしゃ乱暴に梳かれた。
「なぁ多岐川、今のおまえの気持ち、それは高月に対する保護欲みたいなモンか?」
「!……、それは……」
多岐川は口籠った。
「違うよな。姫さんをおまえは男して見ている……、そうだろ?」
これも見透かされていた。藤宮の鋭い瞳が多岐川を射貫いた。
「彼女に深く関わればとても重たいものを背負うことになるぞ? そして気の毒だが……決して成就しない恋だ」
多岐川は拳を握った。解っている。雫と自分とでは生まれた時代も立場もまるで違う。どれだけ愛しても伴侶となることは叶わない。
「それでも……」
多岐川が決意を口にした。
「姫様が漂う悠久の時の中で私は一瞬の存在に過ぎなくても、あの女性の為に何かをしたいのです」
目を逸らさずに言い切った部下を、もう藤宮は止めることができなくなった。悲恋になると知っていても。
「……そうか。覚悟が有るならそれでいい、姫さんのことはおまえに任せる。だが多岐川、死に急ぐようなことだけは絶対にするんじゃねぇぞ?」
「はい。肝に命じます」
藤宮へ敬礼をして、多岐川はレクレーションルームを出ていった。その後ろ姿を、妻子と死に別れた藤宮が複雑な感情で見送ったのだった。
二階の一番奥の空き部屋。ネームプレートの無いここを雫は自室としていた。
四回ノックをして多岐川は相手を待った。
「……はい。シオンかしら? ごめんなさい、薙刀の稽古は明日からにしてもらえる?」
「いえ、多岐川です」
「!……」
予期していなかった来訪者に驚いた雫。そっと開けられた扉から覗く彼女の顔に涙の跡は無かったが、瞳が若干赤くなっていた。
「どうしました? 多岐川さんお独りですか?」
「はい。姫様が落ち込んでおられるのではないかと思って……。せめて話し相手になれたらと思い伺ったのです」
「まぁ……それはお気遣いありがとうございます」
大きく扉を開いて雫は多岐川を部屋へ招いた。
「あの……宜しいのですか? 私を部屋へ入れたら男と二人きりになりますが」
プッと雫は噴き出した。
「多岐川さん、あなたときたら……! 訪ねてきたのにその反応ですか?」
「ああ、いや、廊下での立ち話を想定していたので」
「ふふふふふ!」
雫が明るく笑った。
「廊下で話していたら生徒に聞かれて目撃されますよ? 二年の清水さんが警備隊員の男性と親しくしていたって。高月さんに続いて二組目のカップル誕生ね~とか」
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