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残留
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到着した緊急バンに乗せられたのは杏奈ただ一人だけだった。
現在の寮内には杏奈以外の重傷者が居なかったのだ。異変が始まった夜に階段で怪我をした者は寮長の化け物に殺されており、そして今日、五月雨美里弥に出会った者は確実に息の音を止められていたと、暗い顔をして戻ってきた多岐川と雫によって報告された。
それでも三階は二階に比べて被害が少なく、五十三名の生徒達が生存していた。二階と合わせて六十名が何とか生き残った。
「異変が始まってからまだ三週間も経ってねぇのに、生徒数は三分の一程度にまで減っちまったということか……」
藤宮が頭を掻きむしり己の無力さを悔いた。艦に乗って陸から離れていた海上自衛隊時代とは違い、今度は側に居ながら若い命を護ってやれなかったのだ。
「残った生徒さんはここから離れて助かりますよ、隊長」
藤宮を励ます多岐川の声も沈んでいた。美里弥に殺された少女達の姿は目を覆いたくなるものばかりだった。
「もう17時過ぎです。陽が落ちる前に、生徒の遺体をグラウンドへ移さないと」
眠気から復活した笹川が積極的に動いた。死体を運び出す警備隊員達に世良と小鳥も加わり作業を手伝った。不思議そうに水島が恋人に問う。
「セラ達は荷物をまとめなくていいの? 一時間もしない内にセイゴさんが手配したバスが到着するよ?」
「……私の荷物は少ないですから」
レクレーションルームでは生き残った生徒達を集めて、生徒会長の詩音が雫と共に今後のことを説明していた。
皆一様に疲れた顔をして、ブツブツ独り言を繰り返す者も居た。しかし詩音が保養所へ避難できると伝えた時には、生徒から大きな歓声が上がった。
「本当に、本当に私達、ここから出られるんですか!?」
「ええ。ただし持ち物は最低限の着替えだけだよ。スマホを含めた私物は我慢してね。生活必需品はあちらに揃っているから」
異変を体験した生徒達を、外の事情を知らない人間と接触させる訳にはいかない。
だから保養所へ行っても通信手段を持たされず軟禁状態となるが、仲間達が大量死した寮に居るよりはマシだろう。清吾の話ではカウンセラーも付けてくれるそうだ。
希望を提示されて生徒達は活力を取り戻した。久し振りに明るい顔となり、荷物を作る為に各々の部屋へ引き上げていった。
「セラとピヨピヨも、いい加減そろそろ準備をした方が良くないか?」
黙々と死体の運搬作業を続ける世良と小鳥へ、腕時計を見た水島が改めて確認した。バスの到着予定時刻まであと十五分となっていた。
「……そうですね。小鳥ちゃん、あなたは自分の部屋へ戻って準備をなさい」
「えっ、お姉様は?」
「私は寮に残る」
「ええ!?」
小鳥はもちろん、警備隊員達も世良の発言に驚いて振り返った。
「高月、何を言い出すんだ」
「五月雨さんが亡くなって、他の生徒達も保養所へ行くんですから、もう寮で生徒同士が殺し合うことは有りませんよね?」
「生徒同士ではな。しかし学院敷地内にいる限り、化け物に襲われる危険が常に付き纏うぞ」
「そうですよ高月さん。椎名さんと一緒にバスに乗るべきです」
藤宮と多岐川の二人がかりで説得したが、世良は悲しげに微笑んで返した。
「外に行っても、私には待ってくれている家族が居ません。帰る家も」
皆「あ……」という顔をした。孤児となった世良が育った施設は、中学卒業と同時に退所という決まりだった。
「理事は私を生贄にする為に入学させたのかもしれません。でも私は高校生になれて嬉しかった。ここは私にとって大切な場所なんです」
そして世良は背筋を伸ばして宣言した。
「だからこそ学院が殺戮の舞台になったこと、友達を殺されたことがとても悔しいんです。仇を討ちたい。理事達の思惑を潰したい。私は迷宮の呪いを解いて二度とシズク姫が利用されないように、ここに残って戦います!」
「セラ……」
迷いの無い瞳。もはや世良の意志を変えることはできないと皆は感じた。
「なら、私も残ります!!」
同じく残留を志願した小鳥。予想していた世良は小鳥の肩を両手で掴み、強い口調でその考えを否定した。
「駄目だ。あなたは家族の元へ帰りなさい」
「でも、私はお姉様と……」
「コトリちゃんの家族は酷い人達なの?」
「……いえ、私を愛してくれています……」
「ならバスに乗りなさい。長く生きればいつか必ず家族との別れがやってくる。その時まで、どうか家族のことを大切にして」
「お姉様……」
「さ、急いで。時間があまり無い」
「……はい」
トボトボと小鳥は自室へ向かって去っていった。
「さぁ、私達は残りの遺体を運びましょう」
「……ピヨピヨや他のみんなを見送らなくていいの?」
「それは生徒会長と姫様がやってくれますから」
「………………」
水島には解っていた。世良も小鳥と離れることがつらいのだと。見送れば未練が生まれてしまうと彼女は思っているのだろう。だから水島はそれ以上聞かなかった。
☆☆☆
何十体もの死体運搬は骨の折れる作業だった。グラウンド隅の体育用具倉庫に有ったリアカーを使えたが、外へ行き着く前に死体を抱えて寮内の階段を降りる工程が大変だった。
全てを終える頃には陽が完全に沈んでしまっていた。グランドに三体の餓鬼が出現したので銃で仕留めた。
警備隊員と世良は重くなった腕を回しながら寮へ帰った。
「お帰りなさい。キツイ仕事を任せてしまってごめんなさい」
迎えてくれた詩音はゴム手袋を両手にはめていた。生徒達をバスに乗せた後、彼女は清掃活動に勤しんでいたようだ。
寮内が静かだった。それはそうだ、大半の生徒が死亡するか退寮するかしたのだから。
「高月さんと警備隊の皆さんは今日はもう休んで下さい」
「いや、ワリィがみんなもう少し頑張ってくれ。二階を少しでも片付けておかねぇと」
異変収束後に寮は解体されるだろうが、それまで世良達はここに住むのだ。血で汚れた箇所を消毒しておかなければ。
世良達は二階へ上がり、そこで洗剤を使って廊下を綺麗にしている雫と…………小鳥を目にした。
「コトリちゃん!?」
「おいピヨピヨ、おまえ何でここに居るんだよ!?」
思わず駆け寄った世良と水島。やはりゴム手袋を装備している小鳥は二人を見上げた。
「準備してバスへ向かったんですが、乗り込むことができませんでした」
「何で!」
「家族よりも、お姉様と居たいって思ったからです」
「……………………」
世良は憤った。家族が居る小鳥は安全な外へ帰るべきなのだ。今からでも車を呼んで無理にでも押し込もうか。
しかし出てきたのは一言だけだった。
「…………馬鹿」
小鳥はそんな世良に対して、いつもの屈託ない笑顔を見せた。
現在の寮内には杏奈以外の重傷者が居なかったのだ。異変が始まった夜に階段で怪我をした者は寮長の化け物に殺されており、そして今日、五月雨美里弥に出会った者は確実に息の音を止められていたと、暗い顔をして戻ってきた多岐川と雫によって報告された。
それでも三階は二階に比べて被害が少なく、五十三名の生徒達が生存していた。二階と合わせて六十名が何とか生き残った。
「異変が始まってからまだ三週間も経ってねぇのに、生徒数は三分の一程度にまで減っちまったということか……」
藤宮が頭を掻きむしり己の無力さを悔いた。艦に乗って陸から離れていた海上自衛隊時代とは違い、今度は側に居ながら若い命を護ってやれなかったのだ。
「残った生徒さんはここから離れて助かりますよ、隊長」
藤宮を励ます多岐川の声も沈んでいた。美里弥に殺された少女達の姿は目を覆いたくなるものばかりだった。
「もう17時過ぎです。陽が落ちる前に、生徒の遺体をグラウンドへ移さないと」
眠気から復活した笹川が積極的に動いた。死体を運び出す警備隊員達に世良と小鳥も加わり作業を手伝った。不思議そうに水島が恋人に問う。
「セラ達は荷物をまとめなくていいの? 一時間もしない内にセイゴさんが手配したバスが到着するよ?」
「……私の荷物は少ないですから」
レクレーションルームでは生き残った生徒達を集めて、生徒会長の詩音が雫と共に今後のことを説明していた。
皆一様に疲れた顔をして、ブツブツ独り言を繰り返す者も居た。しかし詩音が保養所へ避難できると伝えた時には、生徒から大きな歓声が上がった。
「本当に、本当に私達、ここから出られるんですか!?」
「ええ。ただし持ち物は最低限の着替えだけだよ。スマホを含めた私物は我慢してね。生活必需品はあちらに揃っているから」
異変を体験した生徒達を、外の事情を知らない人間と接触させる訳にはいかない。
だから保養所へ行っても通信手段を持たされず軟禁状態となるが、仲間達が大量死した寮に居るよりはマシだろう。清吾の話ではカウンセラーも付けてくれるそうだ。
希望を提示されて生徒達は活力を取り戻した。久し振りに明るい顔となり、荷物を作る為に各々の部屋へ引き上げていった。
「セラとピヨピヨも、いい加減そろそろ準備をした方が良くないか?」
黙々と死体の運搬作業を続ける世良と小鳥へ、腕時計を見た水島が改めて確認した。バスの到着予定時刻まであと十五分となっていた。
「……そうですね。小鳥ちゃん、あなたは自分の部屋へ戻って準備をなさい」
「えっ、お姉様は?」
「私は寮に残る」
「ええ!?」
小鳥はもちろん、警備隊員達も世良の発言に驚いて振り返った。
「高月、何を言い出すんだ」
「五月雨さんが亡くなって、他の生徒達も保養所へ行くんですから、もう寮で生徒同士が殺し合うことは有りませんよね?」
「生徒同士ではな。しかし学院敷地内にいる限り、化け物に襲われる危険が常に付き纏うぞ」
「そうですよ高月さん。椎名さんと一緒にバスに乗るべきです」
藤宮と多岐川の二人がかりで説得したが、世良は悲しげに微笑んで返した。
「外に行っても、私には待ってくれている家族が居ません。帰る家も」
皆「あ……」という顔をした。孤児となった世良が育った施設は、中学卒業と同時に退所という決まりだった。
「理事は私を生贄にする為に入学させたのかもしれません。でも私は高校生になれて嬉しかった。ここは私にとって大切な場所なんです」
そして世良は背筋を伸ばして宣言した。
「だからこそ学院が殺戮の舞台になったこと、友達を殺されたことがとても悔しいんです。仇を討ちたい。理事達の思惑を潰したい。私は迷宮の呪いを解いて二度とシズク姫が利用されないように、ここに残って戦います!」
「セラ……」
迷いの無い瞳。もはや世良の意志を変えることはできないと皆は感じた。
「なら、私も残ります!!」
同じく残留を志願した小鳥。予想していた世良は小鳥の肩を両手で掴み、強い口調でその考えを否定した。
「駄目だ。あなたは家族の元へ帰りなさい」
「でも、私はお姉様と……」
「コトリちゃんの家族は酷い人達なの?」
「……いえ、私を愛してくれています……」
「ならバスに乗りなさい。長く生きればいつか必ず家族との別れがやってくる。その時まで、どうか家族のことを大切にして」
「お姉様……」
「さ、急いで。時間があまり無い」
「……はい」
トボトボと小鳥は自室へ向かって去っていった。
「さぁ、私達は残りの遺体を運びましょう」
「……ピヨピヨや他のみんなを見送らなくていいの?」
「それは生徒会長と姫様がやってくれますから」
「………………」
水島には解っていた。世良も小鳥と離れることがつらいのだと。見送れば未練が生まれてしまうと彼女は思っているのだろう。だから水島はそれ以上聞かなかった。
☆☆☆
何十体もの死体運搬は骨の折れる作業だった。グラウンド隅の体育用具倉庫に有ったリアカーを使えたが、外へ行き着く前に死体を抱えて寮内の階段を降りる工程が大変だった。
全てを終える頃には陽が完全に沈んでしまっていた。グランドに三体の餓鬼が出現したので銃で仕留めた。
警備隊員と世良は重くなった腕を回しながら寮へ帰った。
「お帰りなさい。キツイ仕事を任せてしまってごめんなさい」
迎えてくれた詩音はゴム手袋を両手にはめていた。生徒達をバスに乗せた後、彼女は清掃活動に勤しんでいたようだ。
寮内が静かだった。それはそうだ、大半の生徒が死亡するか退寮するかしたのだから。
「高月さんと警備隊の皆さんは今日はもう休んで下さい」
「いや、ワリィがみんなもう少し頑張ってくれ。二階を少しでも片付けておかねぇと」
異変収束後に寮は解体されるだろうが、それまで世良達はここに住むのだ。血で汚れた箇所を消毒しておかなければ。
世良達は二階へ上がり、そこで洗剤を使って廊下を綺麗にしている雫と…………小鳥を目にした。
「コトリちゃん!?」
「おいピヨピヨ、おまえ何でここに居るんだよ!?」
思わず駆け寄った世良と水島。やはりゴム手袋を装備している小鳥は二人を見上げた。
「準備してバスへ向かったんですが、乗り込むことができませんでした」
「何で!」
「家族よりも、お姉様と居たいって思ったからです」
「……………………」
世良は憤った。家族が居る小鳥は安全な外へ帰るべきなのだ。今からでも車を呼んで無理にでも押し込もうか。
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