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混ざり合うモノ(三)
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「川原さんは水島を心配してアイツに触れたんだ。……そうしたら、水島が攻撃されたと勘違いした白い犬が川原さんに襲いかかった」
「犬の魔物が水島を護ったのか? ……どうして?」
「強い水島に懐いたって、水島本人が言ってた……」
「そんなことが……有り得るのか?」
息子の話を聞いた立川は雫と灯夜に目を向けた。答えを求められていると察した雫が口を開いた。
「有り得ます。魔物となってもまだ生前の心を残している者は、己の意志で主を決め行動します」
灯夜が雫に忠誠を誓い続けるように、篤鬼も自分を保護してくれた泰史に今も寄り添っている。
「そして、心を無くした者は単純に自分よりも強い者に従おうとします」
灯夜が呼び寄せた屍兵がその例だろう。
立川が尚も雫に尋ねた。
「では水島が魔物に懐かれたのは、さほど不思議なことではないのでしょうか?」
「………………。犬の魔物という点が気になります」
「? そもそも迷宮にどうして犬が出現するのでしょう?」
「呪いの材料に使われたからです。家来の死体の他に、虫や蛇、犬猫や猿といった野生動物もたくさん殺されて呪具となりました。生前そのままの姿で出現する者も居れば、他の魂と融合して禍々しい姿となった者も居ます」
皆はこれまで遭遇した迷宮の魔物を思い浮かべた。人蜘蛛は人間と蜘蛛が、獅子蛇は何体もの猫と蛇が融合して強化されたモノだったのだろう。
「……犬は、とても警戒心の強い動物です。いくら水島さんが強くても、その、同族以外に心を開くとは……」
口籠った雫に代わり灯夜が結論を述べた。
『つまり、水島も迷宮の住人となったのだ。犬が仲間と認識する魔物にな』
「!?」
全員が灯夜の言葉を心の中で反芻した。
水 島 が 魔 物 に……?
「待って。……待って下さい……」
世良が声を絞り出した。
「コハルさんは……死んでしまったのですか……?」
『いや、死んだのならば一度迷宮に取り込まれるはずだ。そこから魔物として復活するには時間がかかる』
「な、なら、いったい彼の身に何が起きたのですか……?」
『俺にとってもこんな例は初めてだ。だから推測に過ぎんぞ?』
灯夜は世良に、そして皆に考えを伝えた。
『水島は己が慕う相手を自ら手にかけ、苦しんでいたそうだな?』
「はい……」
『奴の深い苦しみ、嘆きが、迷宮に渦巻く亡者の情念と共鳴したのだと思う。同調してしまったのだ』
「同調……! 私とシズク様のように?」
詩音が目を丸くした。雫は力を安定させる為に巫女と同調している。こちらは正の作用だ。
水島の場合は負の作用。本人の意志とは関係無くマイナスの感情同士、運悪く波長が合ってしまったのだ。
『奴は生きながら呪力と交わってしまった。血を吐いていたのは、肉体が変貌している最中だからだろう』
「最中……? では変貌が終わったら完全に魔物になるのですか?」
『そうだな。だが死者である俺達とは違うモノだ。人とも違う』
世良の心拍数が上がっていった。こんなことになってしまうなんて。あの時、這ってでも水島に追い縋《すが》り止めるべきだった。
水島と共に戦い抜きたかった。彼が傍に居てくれたら、どんな困難にも立ち向かえると思っていた。迷宮でも、人生でも。
『言うなれば水島はこれから、────魔人と成るのだ』
衝撃的な宣言をされ、世良は意識が飛びそうになった。だけれど歯を食いしばり、僅《わず》かな望みを提示した。
「……人でもあるんですよね? だったらコハルさんは人間社会に戻れますよね?」
「無理だと思う……」
力無く反論したのは響だ。彼は両腕で自分の身体を抱きしめて震えていた。
「アイツ、太陽が出ている昼間は外へ出られなかったって言ってた……。それに、川原さんがすぐ隣で犬に襲われたのに平然としてて……!」
響の語調も荒々しくなってきた。
「水島は元から考えが読みにくい男だったけど、それでも前のヤツには人間らしい泥臭さが有った。でもさっき俺達が遭ったヤツは違う! 言葉に全く感情が込められてなくて、撃たれても大して動揺してなくて!!」
「もういい。解ったから響、落ち着け」
立川がストップをかけた。響は震える指で自分のコップを取り、途中で少しむせながらも中身を全部飲み干した。
「トウヤ様……、水島は戻れると思いますか?」
灯夜は無表情だったが、言葉には哀憫の念が含まれていた。
『……諦めろ。俺と姫様はおまえ達と過ごしているが、それは一時のことだ。死者と生者の時間軸は異なるのだ』
「………………」
『滅ぼされなくとも異変が終わり迷宮が閉じれば、俺はまた百年の眠りにつくことになる。この八百年間ずっとそうだった。しかし半魔の水島は迷宮と共に眠ることはできんだろう』
「じゃあ水島は人間社会で引き取らねぇと! 陽の光にさえ気をつければ何とか生活できるんじゃないのか!?」
水島直属の上司である藤宮が我慢できずに会話へ参加した。放逐してしまった部下を救ってやりたいと彼は切に願っていた。
『言ったろう藤宮、時間軸が異なると。水島は死者ではないが魔物の肉体を手に入れてしまった。年を取らず、夜しか動けず、たいていの傷がたちどころに治る。奴は人間の暮らしをする限り、周囲から奇異の目で見られ続けるぞ? 鬼と蔑まれたアツキのようにな。そして保護したおまえ達が寿命で没した後も、奴は独りで生きねばならんのだ』
「………………!」
絶望、その二文字が藤宮の脳内に浮かんだ。
「……教えてくれ。俺達が水島にしてやれることは何だ……?」
『滅ぼしてやれ。他の魔物達と同じだ。それが業からの解放手段なんだ』
灯夜の言葉が皆の肩に重く圧し掛かった。
「犬の魔物が水島を護ったのか? ……どうして?」
「強い水島に懐いたって、水島本人が言ってた……」
「そんなことが……有り得るのか?」
息子の話を聞いた立川は雫と灯夜に目を向けた。答えを求められていると察した雫が口を開いた。
「有り得ます。魔物となってもまだ生前の心を残している者は、己の意志で主を決め行動します」
灯夜が雫に忠誠を誓い続けるように、篤鬼も自分を保護してくれた泰史に今も寄り添っている。
「そして、心を無くした者は単純に自分よりも強い者に従おうとします」
灯夜が呼び寄せた屍兵がその例だろう。
立川が尚も雫に尋ねた。
「では水島が魔物に懐かれたのは、さほど不思議なことではないのでしょうか?」
「………………。犬の魔物という点が気になります」
「? そもそも迷宮にどうして犬が出現するのでしょう?」
「呪いの材料に使われたからです。家来の死体の他に、虫や蛇、犬猫や猿といった野生動物もたくさん殺されて呪具となりました。生前そのままの姿で出現する者も居れば、他の魂と融合して禍々しい姿となった者も居ます」
皆はこれまで遭遇した迷宮の魔物を思い浮かべた。人蜘蛛は人間と蜘蛛が、獅子蛇は何体もの猫と蛇が融合して強化されたモノだったのだろう。
「……犬は、とても警戒心の強い動物です。いくら水島さんが強くても、その、同族以外に心を開くとは……」
口籠った雫に代わり灯夜が結論を述べた。
『つまり、水島も迷宮の住人となったのだ。犬が仲間と認識する魔物にな』
「!?」
全員が灯夜の言葉を心の中で反芻した。
水 島 が 魔 物 に……?
「待って。……待って下さい……」
世良が声を絞り出した。
「コハルさんは……死んでしまったのですか……?」
『いや、死んだのならば一度迷宮に取り込まれるはずだ。そこから魔物として復活するには時間がかかる』
「な、なら、いったい彼の身に何が起きたのですか……?」
『俺にとってもこんな例は初めてだ。だから推測に過ぎんぞ?』
灯夜は世良に、そして皆に考えを伝えた。
『水島は己が慕う相手を自ら手にかけ、苦しんでいたそうだな?』
「はい……」
『奴の深い苦しみ、嘆きが、迷宮に渦巻く亡者の情念と共鳴したのだと思う。同調してしまったのだ』
「同調……! 私とシズク様のように?」
詩音が目を丸くした。雫は力を安定させる為に巫女と同調している。こちらは正の作用だ。
水島の場合は負の作用。本人の意志とは関係無くマイナスの感情同士、運悪く波長が合ってしまったのだ。
『奴は生きながら呪力と交わってしまった。血を吐いていたのは、肉体が変貌している最中だからだろう』
「最中……? では変貌が終わったら完全に魔物になるのですか?」
『そうだな。だが死者である俺達とは違うモノだ。人とも違う』
世良の心拍数が上がっていった。こんなことになってしまうなんて。あの時、這ってでも水島に追い縋《すが》り止めるべきだった。
水島と共に戦い抜きたかった。彼が傍に居てくれたら、どんな困難にも立ち向かえると思っていた。迷宮でも、人生でも。
『言うなれば水島はこれから、────魔人と成るのだ』
衝撃的な宣言をされ、世良は意識が飛びそうになった。だけれど歯を食いしばり、僅《わず》かな望みを提示した。
「……人でもあるんですよね? だったらコハルさんは人間社会に戻れますよね?」
「無理だと思う……」
力無く反論したのは響だ。彼は両腕で自分の身体を抱きしめて震えていた。
「アイツ、太陽が出ている昼間は外へ出られなかったって言ってた……。それに、川原さんがすぐ隣で犬に襲われたのに平然としてて……!」
響の語調も荒々しくなってきた。
「水島は元から考えが読みにくい男だったけど、それでも前のヤツには人間らしい泥臭さが有った。でもさっき俺達が遭ったヤツは違う! 言葉に全く感情が込められてなくて、撃たれても大して動揺してなくて!!」
「もういい。解ったから響、落ち着け」
立川がストップをかけた。響は震える指で自分のコップを取り、途中で少しむせながらも中身を全部飲み干した。
「トウヤ様……、水島は戻れると思いますか?」
灯夜は無表情だったが、言葉には哀憫の念が含まれていた。
『……諦めろ。俺と姫様はおまえ達と過ごしているが、それは一時のことだ。死者と生者の時間軸は異なるのだ』
「………………」
『滅ぼされなくとも異変が終わり迷宮が閉じれば、俺はまた百年の眠りにつくことになる。この八百年間ずっとそうだった。しかし半魔の水島は迷宮と共に眠ることはできんだろう』
「じゃあ水島は人間社会で引き取らねぇと! 陽の光にさえ気をつければ何とか生活できるんじゃないのか!?」
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『言ったろう藤宮、時間軸が異なると。水島は死者ではないが魔物の肉体を手に入れてしまった。年を取らず、夜しか動けず、たいていの傷がたちどころに治る。奴は人間の暮らしをする限り、周囲から奇異の目で見られ続けるぞ? 鬼と蔑まれたアツキのようにな。そして保護したおまえ達が寿命で没した後も、奴は独りで生きねばならんのだ』
「………………!」
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