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6月30日 最後の探索へ(二)
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「セラに何か有ったんですか……?」
合流した藤宮の様子を詩音が窺った。彼の表情には怒りと焦りが浮かんでいた。
「何でも……いや」
誤魔化そうとした藤宮だったが、すぐに考えを改めた。詩音も心から世良の身を案じている一人だ。情報は共有した方がいい。
「高月はヤバイ状態だ。相当に無理をしている」
「そうですか、やっぱり」
「生徒会長は気づいていたのか?」
「はい……」
詩音は足元へ目線を落として歩いた。
「異変が始まってから寮内は大変でした。魔物と殺し合ったり、友達が死んだり……。ほとんどの生徒が無気力になって引き籠もっていく中で、セラの目は前を向いていた。何度も泣いていたけど、彼女は決して諦めることがなかったんです」
藤宮は一言一句同意だった。世良の活力は陽の光ように周囲を温かくし、生徒だけではなく警備隊員も照らしていたから。しかしその太陽は沈んでしまった。
「今は……違うよな」
苦し気に詩音は頷いた。
「彼女はもう進めないでしょう。倒れないように、踏ん張っているだけで今は精一杯に見えます」
「………………」
「水島さんの代わりにセラを護ろうと思ったんです。でも私じゃ駄目かもです。あの人に敵わない。あんないい加減な人なのに、セラへの愛情が大き過ぎて……」
「生徒会長、それは……」
『二人とも、そこまでだ。死にたくなければ気持ちを切り替えろ』
先導していた灯夜が振り返って注意をした。もう皆は体育館の入り口まで来ていた。
藤宮は詩音の肩をパンと叩いた。
「生徒会長、アンタだって高月の近くに居る。水島のクソッタレに遠慮なんてしないで更に距離を詰めろ。くれぐれも死んで高月を泣かすような真似はするなよ?」
詩音は笑った。
「それは藤宮さんもです。年の差なんて気にせずガンガン行くべきです。絶対に生きて帰りましょうね」
藤宮が世良へ特別な感情を抱いていること、それについても観察眼の優れる詩音は見抜いていた。バレたと藤宮は多少の居心地の悪さを感じたが、詩音へ笑い返した。
「よし、行こう!」
そうして皆は迷宮へ足を踏み入れた。途端に背筋を走る妖気。お馴染みのこの現象は今夜で最後となるか。
「父さん、水島は何処に居るんだろう?」
彼は神出鬼没だ。迷宮深部にも浅い階層にも出現する。
「取り敢えず最後に出会った釣殿? 泉の場所まで行こう。庭園を捜しても見つからなかったら全ての階を回るしかないな」
今夜は長丁場となりそうだ。その覚悟を持って皆は武器を手に進んだ。
☆☆☆
地下五階。泉からはまたも巨大亀の化け物が出現した。それも二体も。
強敵だが、一度戦って攻略法が解っていたので皆は冷静に対処できた。
一匹を倒し、二匹目も灯夜が脚を斬り付けてひっくり返した。露出した亀の柔らかい腹部分へ、藤宮が容赦なくショットガンを撃ち込んだ。
『グボアァァァ!!!!』
こもった耳障りな断末魔を発して亀は塵と化した。休む間もなく上空から鳥の魔物が接近してきた。
「俺に任せて!」
中距離まで引き付けてから、響がマシンガンの高速連射で鳥を撃ち墜とした。ここまでは順調にいっている。
「敵影ゼロ!」
「よし、水島の捜索再開だ。暗いからあまり離れるなよ」
庭園には所々にかがり火が焚かれているが、発光する壁が少ないので屋内より視界が悪くなる。そんな中で一人の人間を捜すのは骨が折れる作業だ。
立川親子がサングラスタイプの暗視ゴーグルを付けているが、正規の軍人がヘルメットに装着するものより精度は劣るだろう。
『情念が……、おまえ達が妖気と呼ぶものが流れてくる』
ここで頼りになるのが灯夜の感知能力だ。散開していた皆は灯夜の元へ集まった。
「流れてくるとはどちらの方向から?」
立川の問いかけに灯夜は行動で示した。迷うことなく一方向へ歩き出したのだ。皆は当然その後を追った。
「あ……!」
まるで職員室の再現だった。庭園の一ヶ所に穴がポッカリ開いており、下へ階段が伸びていたのだ。
『こんな穴は以前に無かった。新たな下の階層まで出現するとは』
「迷宮が変化したんですか?」
『ああ、大きく造り変えられた。ここまでなせるようになるとは……。あの男、ヤスフミより厄介かもしれぬぞ』
対象者は一人だけだ。
「水島……!」
一週間前までは仲間だった。軽口を叩いてすぐ隣で笑い合っていた相手が、最大の障害として自分達の前に立ち塞がることになるなんて。
何処で間違えてしまったのか。選択を悔いても仕方が無い。時間は戻らず結果も覆らないのだから。
『立ち止まる訳にはいかない。降りるぞ』
灯夜が階段に足をかけた。皆も倣った。覚悟は決めてきた。
階段を降りながら、詩音は深呼吸を繰り返して緊張を和らげた。毎回思う。階段の下にはどんな光景が広がっているのかと。
しかし今回は、その光景を見ることが叶わなかった。
「おい、マズイぞ……」
階段の下の方が白く霞んでいた。
「あれは……霧か?」
『毒霧かどうか、俺が確かめる』
「えっ、トウヤさ……」
止める間も無く、灯夜はスタスタと白いモヤの中へ降りていってしまった。残った警備隊員と詩音は固唾を吞んで霧を見つめた。
『大丈夫だ、毒では無い!』
下方から届いた声に一同は安堵し、灯夜に続こうとゆっくり階段を下った。
「濃いな……」
確かに毒性は無かったものの、一段降りる度に霧の濃度が増していった。
「耳の調子も……何か悪い気がする」
すぐ前を行く響と同じように、詩音の耳もモワンとしてきた。
「うわっ、気をつけろみんな、階段が終わった」
藤宮は急に足元が平坦になったので驚いた。どうやら地下六階に到達したらしい。眼前は白く碌に物が見えないが。
仲間のシルエットが辛うじて確認できる、そのレベルの視界だった。
合流した藤宮の様子を詩音が窺った。彼の表情には怒りと焦りが浮かんでいた。
「何でも……いや」
誤魔化そうとした藤宮だったが、すぐに考えを改めた。詩音も心から世良の身を案じている一人だ。情報は共有した方がいい。
「高月はヤバイ状態だ。相当に無理をしている」
「そうですか、やっぱり」
「生徒会長は気づいていたのか?」
「はい……」
詩音は足元へ目線を落として歩いた。
「異変が始まってから寮内は大変でした。魔物と殺し合ったり、友達が死んだり……。ほとんどの生徒が無気力になって引き籠もっていく中で、セラの目は前を向いていた。何度も泣いていたけど、彼女は決して諦めることがなかったんです」
藤宮は一言一句同意だった。世良の活力は陽の光ように周囲を温かくし、生徒だけではなく警備隊員も照らしていたから。しかしその太陽は沈んでしまった。
「今は……違うよな」
苦し気に詩音は頷いた。
「彼女はもう進めないでしょう。倒れないように、踏ん張っているだけで今は精一杯に見えます」
「………………」
「水島さんの代わりにセラを護ろうと思ったんです。でも私じゃ駄目かもです。あの人に敵わない。あんないい加減な人なのに、セラへの愛情が大き過ぎて……」
「生徒会長、それは……」
『二人とも、そこまでだ。死にたくなければ気持ちを切り替えろ』
先導していた灯夜が振り返って注意をした。もう皆は体育館の入り口まで来ていた。
藤宮は詩音の肩をパンと叩いた。
「生徒会長、アンタだって高月の近くに居る。水島のクソッタレに遠慮なんてしないで更に距離を詰めろ。くれぐれも死んで高月を泣かすような真似はするなよ?」
詩音は笑った。
「それは藤宮さんもです。年の差なんて気にせずガンガン行くべきです。絶対に生きて帰りましょうね」
藤宮が世良へ特別な感情を抱いていること、それについても観察眼の優れる詩音は見抜いていた。バレたと藤宮は多少の居心地の悪さを感じたが、詩音へ笑い返した。
「よし、行こう!」
そうして皆は迷宮へ足を踏み入れた。途端に背筋を走る妖気。お馴染みのこの現象は今夜で最後となるか。
「父さん、水島は何処に居るんだろう?」
彼は神出鬼没だ。迷宮深部にも浅い階層にも出現する。
「取り敢えず最後に出会った釣殿? 泉の場所まで行こう。庭園を捜しても見つからなかったら全ての階を回るしかないな」
今夜は長丁場となりそうだ。その覚悟を持って皆は武器を手に進んだ。
☆☆☆
地下五階。泉からはまたも巨大亀の化け物が出現した。それも二体も。
強敵だが、一度戦って攻略法が解っていたので皆は冷静に対処できた。
一匹を倒し、二匹目も灯夜が脚を斬り付けてひっくり返した。露出した亀の柔らかい腹部分へ、藤宮が容赦なくショットガンを撃ち込んだ。
『グボアァァァ!!!!』
こもった耳障りな断末魔を発して亀は塵と化した。休む間もなく上空から鳥の魔物が接近してきた。
「俺に任せて!」
中距離まで引き付けてから、響がマシンガンの高速連射で鳥を撃ち墜とした。ここまでは順調にいっている。
「敵影ゼロ!」
「よし、水島の捜索再開だ。暗いからあまり離れるなよ」
庭園には所々にかがり火が焚かれているが、発光する壁が少ないので屋内より視界が悪くなる。そんな中で一人の人間を捜すのは骨が折れる作業だ。
立川親子がサングラスタイプの暗視ゴーグルを付けているが、正規の軍人がヘルメットに装着するものより精度は劣るだろう。
『情念が……、おまえ達が妖気と呼ぶものが流れてくる』
ここで頼りになるのが灯夜の感知能力だ。散開していた皆は灯夜の元へ集まった。
「流れてくるとはどちらの方向から?」
立川の問いかけに灯夜は行動で示した。迷うことなく一方向へ歩き出したのだ。皆は当然その後を追った。
「あ……!」
まるで職員室の再現だった。庭園の一ヶ所に穴がポッカリ開いており、下へ階段が伸びていたのだ。
『こんな穴は以前に無かった。新たな下の階層まで出現するとは』
「迷宮が変化したんですか?」
『ああ、大きく造り変えられた。ここまでなせるようになるとは……。あの男、ヤスフミより厄介かもしれぬぞ』
対象者は一人だけだ。
「水島……!」
一週間前までは仲間だった。軽口を叩いてすぐ隣で笑い合っていた相手が、最大の障害として自分達の前に立ち塞がることになるなんて。
何処で間違えてしまったのか。選択を悔いても仕方が無い。時間は戻らず結果も覆らないのだから。
『立ち止まる訳にはいかない。降りるぞ』
灯夜が階段に足をかけた。皆も倣った。覚悟は決めてきた。
階段を降りながら、詩音は深呼吸を繰り返して緊張を和らげた。毎回思う。階段の下にはどんな光景が広がっているのかと。
しかし今回は、その光景を見ることが叶わなかった。
「おい、マズイぞ……」
階段の下の方が白く霞んでいた。
「あれは……霧か?」
『毒霧かどうか、俺が確かめる』
「えっ、トウヤさ……」
止める間も無く、灯夜はスタスタと白いモヤの中へ降りていってしまった。残った警備隊員と詩音は固唾を吞んで霧を見つめた。
『大丈夫だ、毒では無い!』
下方から届いた声に一同は安堵し、灯夜に続こうとゆっくり階段を下った。
「濃いな……」
確かに毒性は無かったものの、一段降りる度に霧の濃度が増していった。
「耳の調子も……何か悪い気がする」
すぐ前を行く響と同じように、詩音の耳もモワンとしてきた。
「うわっ、気をつけろみんな、階段が終わった」
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