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朝日と復旧(一)
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寮の生徒達の大半は、二階と三階に割り振られた自分達の部屋へ戻った。内鍵をかけて閉じ籠っているようだ。一階に残っているのは怪我人と死体、そして後処理をしている者達だった。
世良は処理班の一人として動いていたが、自分を決して心の強い人間だとは自惚れていない。何かをして気を紛らわしたかっただけだ。何人もの怪我の手当をすることにより、短時間で包帯の巻き方がとても上手くなった。
「ね、ねぇ、ダメ元で流してみたんだけど、トイレの水、流れたよ……?」
トイレから出てきた杏奈が驚いた顔をして言った。五メートルくらい離れているのに表情がハッキリ見て取れた。周囲はだいぶ明るくなっていた。
まな板で補強した台所のすりガラスが明るく輝いている。陽が昇ったのだ。
「断水が終わった?」
世良はまた靴をサンダル履きして台所へ入り、調理台の蛇口を捻ってみた。勢い良く出た水に世良は歓喜の声を上げた。
「やった! 江崎先輩、これで飲み水の確保は問題有りません!」
聞いた副寮長の花蓮も顔をほころばせた。久々の明るいニュースだった。
「もしかして電気も?」
期待を込めて世良は壁の給湯器スイッチを入れた。ピコロン♪ 軽快な音と共にデジタル文字がお湯の温度を画面に表示した。
(え? お湯も出る!?)
赤いマークの付いた方の蛇口を捻って、出てくる水に手を当てた。数秒後にそれは温かいお湯となった。
「先輩! 電気も使えるしお湯も出ます!!」
「マジか!」
ガスは復帰ボタンの操作をしなくても供給されたので、最初から止まっていなかったのかもしれない。震度5以上で自動的に止まるはずだが……、昨晩の地震は実は大した震度では無かったのか?
ともかくライフラインが使えるようになったことは喜ばしいことだ。怪我をした生徒達からも歓声が上がった。
「電話だって使えるようになったんじゃない?」
詩音が弾んだ声で廊下の固定電話へ手を伸ばした。だがすぐに肩を落とした。
「駄目……まるで反応が無い」
「あたしのスマホも相変わらず圏外だ。くそっ」
また暗い雰囲気になりかけたが……、
「あのぅ、寮母さんがトランシーバー持っているんじゃないでしょうか? 以前使っているの見ました」
おずおずと一人の生徒が挙手して発言した。見ると昨日外に居て、命からがら寮内に逃げ込んだあの一年生だった。
「そうだね、地震の後は暗くて寮母さんの部屋を探れなかったけど、今なら……。一年生、有益な情報をあんがと!」
花蓮は力強く頷いて、詩音と一緒に一階の寮母の部屋へ向かった。世良と杏奈も続こうとして、前に回った一年生に呼び止められた。
「セラお姉様、私にもお手伝いさせて下さい!」
この数時間、寮と生徒の為に動いていたのは花蓮、詩音、世良、杏奈の四人だけだった。茜はソファーを動かしただけで、取り巻きと一緒に自室へ戻ってしまった。人手が増えるのはありがたい。
しかしこの一年生は、目の前で餓鬼に友達を喰われて大きなショックを受けているはずだった。世良は彼女の精神状態を心配した。
「あなた……大丈夫なの?」
「やれます! と言うよりやりたいんです。じっとしていると暗いことばかり考えちゃって……、そっちの方がキツイんです」
この少女も自分と一緒なんだ。世良は一年生の肩に手を乗せた。
「ありがと。一緒にやれることをやろう。あなたの名前は?」
「は、はい、一年の椎名小鳥といいます!」
小鳥は憧れている世良に触れられて顔を赤くした。
「じゃ、行こう」
花蓮と詩音を追って世良達は、室内灯が点いた寮母の部屋へ入った。が、部屋に何やら違和感を感じた。何だろう?
首を傾げる世良に花蓮が言った。
「あー、トランシーバーはあたしとシオンで探すからさ、アンタ達は上に行ったみんなに声をかけてきてもらえるかな?」
「声がけですか?」
「うん。水分補給しておくようにって。最近むし暑いからさ、熱中症起こされたら大変じゃん」
「あ、そうですね」
世良と杏奈、小鳥は素直に部屋を出ていった。その後で扉を閉めて、花蓮は詩音と顔を見合わせた。
「……暗い時は気づかなかったけど、この部屋さ、妙に片付いてね?」
「うん。掃除したと言うより、物が極端に少ないよね。前に連絡事項でお邪魔した時は、寮母さんの私物がもっとゴチャゴチャ置いてあった」
「備え付きの家具だけ置いて、まるで夜逃げしたみたいじゃね?」
「私も同じこと思った……」
二人の少女の表情が険しくなった。
「地震の後に怖くなって……じゃあないよね、停電の中で荷物を纏められるとは思えない」
「もっと前々から準備してなきゃ間に合わないっしょ」
「でも昨日の夕食の時、寮母さん普通に居たよね?」
「うん。でも地震の後にソーコと部屋を覗いた時には居なかった」
「…………。夕食から地震発生の短い時間に寮母さんは消えた。荷物と一緒に。何処へ?」
「判んない。でも凄く手際がいい。計画してたみたいに」
まさか寮母は地震を予測していた? 自然災害を? 花蓮は頭を掻きむしった。
「訳わかんない。でも寮母さん、生徒を置いて独りで逃げたっぽいね」
「………………。みんなに伝えたら動揺するだろうから、このことはしばらく私とカレンだけの秘密だよ?」
外部と連絡を取る為に校舎へ向かったのだと思っていた寮母。その彼女は予め逃げる準備をしていた。
理由は判らない。ただ非常時に、寮で唯一の大人に見捨てられたという残酷な事実が、花蓮と詩音の肩に重く圧しかかった。
世良は処理班の一人として動いていたが、自分を決して心の強い人間だとは自惚れていない。何かをして気を紛らわしたかっただけだ。何人もの怪我の手当をすることにより、短時間で包帯の巻き方がとても上手くなった。
「ね、ねぇ、ダメ元で流してみたんだけど、トイレの水、流れたよ……?」
トイレから出てきた杏奈が驚いた顔をして言った。五メートルくらい離れているのに表情がハッキリ見て取れた。周囲はだいぶ明るくなっていた。
まな板で補強した台所のすりガラスが明るく輝いている。陽が昇ったのだ。
「断水が終わった?」
世良はまた靴をサンダル履きして台所へ入り、調理台の蛇口を捻ってみた。勢い良く出た水に世良は歓喜の声を上げた。
「やった! 江崎先輩、これで飲み水の確保は問題有りません!」
聞いた副寮長の花蓮も顔をほころばせた。久々の明るいニュースだった。
「もしかして電気も?」
期待を込めて世良は壁の給湯器スイッチを入れた。ピコロン♪ 軽快な音と共にデジタル文字がお湯の温度を画面に表示した。
(え? お湯も出る!?)
赤いマークの付いた方の蛇口を捻って、出てくる水に手を当てた。数秒後にそれは温かいお湯となった。
「先輩! 電気も使えるしお湯も出ます!!」
「マジか!」
ガスは復帰ボタンの操作をしなくても供給されたので、最初から止まっていなかったのかもしれない。震度5以上で自動的に止まるはずだが……、昨晩の地震は実は大した震度では無かったのか?
ともかくライフラインが使えるようになったことは喜ばしいことだ。怪我をした生徒達からも歓声が上がった。
「電話だって使えるようになったんじゃない?」
詩音が弾んだ声で廊下の固定電話へ手を伸ばした。だがすぐに肩を落とした。
「駄目……まるで反応が無い」
「あたしのスマホも相変わらず圏外だ。くそっ」
また暗い雰囲気になりかけたが……、
「あのぅ、寮母さんがトランシーバー持っているんじゃないでしょうか? 以前使っているの見ました」
おずおずと一人の生徒が挙手して発言した。見ると昨日外に居て、命からがら寮内に逃げ込んだあの一年生だった。
「そうだね、地震の後は暗くて寮母さんの部屋を探れなかったけど、今なら……。一年生、有益な情報をあんがと!」
花蓮は力強く頷いて、詩音と一緒に一階の寮母の部屋へ向かった。世良と杏奈も続こうとして、前に回った一年生に呼び止められた。
「セラお姉様、私にもお手伝いさせて下さい!」
この数時間、寮と生徒の為に動いていたのは花蓮、詩音、世良、杏奈の四人だけだった。茜はソファーを動かしただけで、取り巻きと一緒に自室へ戻ってしまった。人手が増えるのはありがたい。
しかしこの一年生は、目の前で餓鬼に友達を喰われて大きなショックを受けているはずだった。世良は彼女の精神状態を心配した。
「あなた……大丈夫なの?」
「やれます! と言うよりやりたいんです。じっとしていると暗いことばかり考えちゃって……、そっちの方がキツイんです」
この少女も自分と一緒なんだ。世良は一年生の肩に手を乗せた。
「ありがと。一緒にやれることをやろう。あなたの名前は?」
「は、はい、一年の椎名小鳥といいます!」
小鳥は憧れている世良に触れられて顔を赤くした。
「じゃ、行こう」
花蓮と詩音を追って世良達は、室内灯が点いた寮母の部屋へ入った。が、部屋に何やら違和感を感じた。何だろう?
首を傾げる世良に花蓮が言った。
「あー、トランシーバーはあたしとシオンで探すからさ、アンタ達は上に行ったみんなに声をかけてきてもらえるかな?」
「声がけですか?」
「うん。水分補給しておくようにって。最近むし暑いからさ、熱中症起こされたら大変じゃん」
「あ、そうですね」
世良と杏奈、小鳥は素直に部屋を出ていった。その後で扉を閉めて、花蓮は詩音と顔を見合わせた。
「……暗い時は気づかなかったけど、この部屋さ、妙に片付いてね?」
「うん。掃除したと言うより、物が極端に少ないよね。前に連絡事項でお邪魔した時は、寮母さんの私物がもっとゴチャゴチャ置いてあった」
「備え付きの家具だけ置いて、まるで夜逃げしたみたいじゃね?」
「私も同じこと思った……」
二人の少女の表情が険しくなった。
「地震の後に怖くなって……じゃあないよね、停電の中で荷物を纏められるとは思えない」
「もっと前々から準備してなきゃ間に合わないっしょ」
「でも昨日の夕食の時、寮母さん普通に居たよね?」
「うん。でも地震の後にソーコと部屋を覗いた時には居なかった」
「…………。夕食から地震発生の短い時間に寮母さんは消えた。荷物と一緒に。何処へ?」
「判んない。でも凄く手際がいい。計画してたみたいに」
まさか寮母は地震を予測していた? 自然災害を? 花蓮は頭を掻きむしった。
「訳わかんない。でも寮母さん、生徒を置いて独りで逃げたっぽいね」
「………………。みんなに伝えたら動揺するだろうから、このことはしばらく私とカレンだけの秘密だよ?」
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