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演出された悲劇(二)
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☆☆☆
二階で水と食料を配っていた世良は、とある部屋の前でノックをためらった。
「お姉様、どうかしましたか?」
「ううん、何でもない」
不思議そうに覗き込んできた小鳥に、世良は暗い気持ちを誤魔化した。
彼女が今居るのは、丸本美沙と岡部佳の部屋の前だった。地震によって最初の犠牲者となった丸本美沙。同室の岡部佳はどうしているのだろう? 昨日配達に訪れた時は扉を開けてくれなかった。独りになりたいと言って。
(ケイはああ言ったけど、独りきりではなく誰かと居た方がいいよね?)
世良はノックして級友に呼びかけた。
「ケイ、私だよ。ちょっといい?」
返答は無い。何処かに行ったか、まだ誰とも話したくないのか。
(美沙の血が部屋のあちこちに付いているはずだ。そんな部屋に閉じ籠っていても気持ちは落ち着かないだろうに。どんどん沈むだけだ)
無理矢理にでも部屋から出して、他のクラスメイトと一緒に居させた方がいい。そう考えた世良は扉のドアノブを回した。内鍵はかかっていなかった。
「ケイ? 居るの? …………!」
室内を見渡した世良は、持っていたペットボトルの水を足元に落とした。
「ケイ!」
「キャアアァァァァッ!!」
すぐ後ろで小鳥が甲高い声で叫んだ。彼女も持っていた保存食を床に落とした。
「コトリちゃん、警備隊員を呼んできて!」
「は、はい……」
しかし小鳥はヘナヘナとその場に崩れ落ちた。腰を抜かしたのだ。
世良は小鳥に肩を貸して、彼女を廊下の隅に座らせた。そして自分は一階へ走った。向かうはレクレーションルームだ。
「助けて、助けて下さい! 二階で友達が大変なんです!」
すぐにソファーで寝ていた多岐川が飛び起きた。ゆっくり起きた水島は怪訝そうな眼を世良へ向けた。
「どうしたん?」
「一緒に来て下さい、急いで!!」
世良は説明をせずに、階段を二段飛ばしで駆け上って再び二階へ戻った。後ろに多岐川が走って付いてきてくれている。それを確認して岡部佳の部屋へ入った。
「ケイ、ケイ!」
世良はベッドにもたれて床に座る佳の元へ寄った。
ベッドのシーツが捻られロープのようになって、ベッドのパイプ部分と佳の首に巻き付いていた。
それを外そうと世良は奮闘したが、動揺しているのと結び目の固さが邪魔をして上手くいかなかった。
「これは……!」
多岐川が佳の腕を取り脈を確認した。
「駄目です……。この生徒は既に死亡しています」
「そんな、蘇生措置は取れないんですか!? あなた方なら救命方法を知っているのでは!?」
「知っています。ですが手遅れです。死後硬直が始まっているので蘇生は不可能です」
「嫌、そんな、そんなの……」
「うわ、そのコ首吊って自殺しちゃったの~?」
場にそぐわない間延びした声が後方から飛んできた。振り返らなくても発信者は判った。
「ケイが自殺なんて、そんな訳ない!」
同室の美沙が死亡して佳は滅入っていた。美沙を助けられなかった自分を責めたかもしれない。
動機は有る。だけど世良は友人が自ら命を断ったなんて認めたくなかった。
「だってこんな座った状態で首を吊れる!?」
「できるよ。座った姿勢でもね」
「水島、遠慮しろ」
多岐川が咎めたが、不作法者はどこ吹く風だった。
「え~、でも僕に来てくれって頼んだのは、そこのイケメンちゃんですから」
空気を読まない後輩に舌打ちしながら、多岐川は佳の首に巻き付いていたシーツを器用に外した。そして遺体となった佳の首を確認した彼は、眉間の皺を更に深くした。
「水島、隊長を呼んできてくれ」
「俺ならここに居るぞ?」
藤宮の大柄な身体が戸口から覗いていた。寮母の部屋に居た彼だが騒ぎを聞きつけたのだろう、二階へ上がってきていた。
「隊長、こちらへ。……あなたは部屋の外へ出ていて下さい」
多岐川は世良を追い出そうとした。が、世良は応じなかった。
「どうしてですか!? ケイはクラスメイトで友達なんです!」
「あなたはここに居ない方がいい」
多岐川の言い回しを世良は怪しんだ。
「ケイの身体に、何か有るんですか……?」
「………………」
扉を閉めてから藤宮が二人の元へ寄った。水島も。
「多岐川、どうしたんだ?」
多岐川は深く息を吐いて、穏やかではない意見を述べた。
「……彼女は自殺ではないと思います。ここを見て下さい」
俯いていた佳の顔がそっと多岐川の手によって持ち上げられた。目を見開いて苦悶の表情を浮かべている。しかし多岐川が見せたかったのは顔ではなく、首に現れた肌の色素沈着だった。
「首吊りの場合は、後頭部に向かって斜め上に線の痕が残るものなんです。しかし彼女の場合は水平に痕が付いています。しかも吊った際に一番体重がかかる喉元ではなく、首の後ろが濃く痣になっている」
「あ、ホントですね~」
「それと、穿いているズボンが濡れているから失禁したのでしょうが、その割に床が汚れていない」
「つまり?」
「彼女は別の場所で亡くなったんです。この部屋の中だったとしても、この位置ではなかったはずです」
死体が勝手に歩き回る訳がない。死亡した岡部佳の身体を移動させた誰かが居たということだ。
「……ケイは殺されたんですか?」
世良の声が震えていた。恐怖なのか怒りなのか。
多岐川は世良を憐れむ目で見て告げた。
「そうです。お友達は誰かに絞殺されて、その後に自殺をしたように演出されたんです」
二階で水と食料を配っていた世良は、とある部屋の前でノックをためらった。
「お姉様、どうかしましたか?」
「ううん、何でもない」
不思議そうに覗き込んできた小鳥に、世良は暗い気持ちを誤魔化した。
彼女が今居るのは、丸本美沙と岡部佳の部屋の前だった。地震によって最初の犠牲者となった丸本美沙。同室の岡部佳はどうしているのだろう? 昨日配達に訪れた時は扉を開けてくれなかった。独りになりたいと言って。
(ケイはああ言ったけど、独りきりではなく誰かと居た方がいいよね?)
世良はノックして級友に呼びかけた。
「ケイ、私だよ。ちょっといい?」
返答は無い。何処かに行ったか、まだ誰とも話したくないのか。
(美沙の血が部屋のあちこちに付いているはずだ。そんな部屋に閉じ籠っていても気持ちは落ち着かないだろうに。どんどん沈むだけだ)
無理矢理にでも部屋から出して、他のクラスメイトと一緒に居させた方がいい。そう考えた世良は扉のドアノブを回した。内鍵はかかっていなかった。
「ケイ? 居るの? …………!」
室内を見渡した世良は、持っていたペットボトルの水を足元に落とした。
「ケイ!」
「キャアアァァァァッ!!」
すぐ後ろで小鳥が甲高い声で叫んだ。彼女も持っていた保存食を床に落とした。
「コトリちゃん、警備隊員を呼んできて!」
「は、はい……」
しかし小鳥はヘナヘナとその場に崩れ落ちた。腰を抜かしたのだ。
世良は小鳥に肩を貸して、彼女を廊下の隅に座らせた。そして自分は一階へ走った。向かうはレクレーションルームだ。
「助けて、助けて下さい! 二階で友達が大変なんです!」
すぐにソファーで寝ていた多岐川が飛び起きた。ゆっくり起きた水島は怪訝そうな眼を世良へ向けた。
「どうしたん?」
「一緒に来て下さい、急いで!!」
世良は説明をせずに、階段を二段飛ばしで駆け上って再び二階へ戻った。後ろに多岐川が走って付いてきてくれている。それを確認して岡部佳の部屋へ入った。
「ケイ、ケイ!」
世良はベッドにもたれて床に座る佳の元へ寄った。
ベッドのシーツが捻られロープのようになって、ベッドのパイプ部分と佳の首に巻き付いていた。
それを外そうと世良は奮闘したが、動揺しているのと結び目の固さが邪魔をして上手くいかなかった。
「これは……!」
多岐川が佳の腕を取り脈を確認した。
「駄目です……。この生徒は既に死亡しています」
「そんな、蘇生措置は取れないんですか!? あなた方なら救命方法を知っているのでは!?」
「知っています。ですが手遅れです。死後硬直が始まっているので蘇生は不可能です」
「嫌、そんな、そんなの……」
「うわ、そのコ首吊って自殺しちゃったの~?」
場にそぐわない間延びした声が後方から飛んできた。振り返らなくても発信者は判った。
「ケイが自殺なんて、そんな訳ない!」
同室の美沙が死亡して佳は滅入っていた。美沙を助けられなかった自分を責めたかもしれない。
動機は有る。だけど世良は友人が自ら命を断ったなんて認めたくなかった。
「だってこんな座った状態で首を吊れる!?」
「できるよ。座った姿勢でもね」
「水島、遠慮しろ」
多岐川が咎めたが、不作法者はどこ吹く風だった。
「え~、でも僕に来てくれって頼んだのは、そこのイケメンちゃんですから」
空気を読まない後輩に舌打ちしながら、多岐川は佳の首に巻き付いていたシーツを器用に外した。そして遺体となった佳の首を確認した彼は、眉間の皺を更に深くした。
「水島、隊長を呼んできてくれ」
「俺ならここに居るぞ?」
藤宮の大柄な身体が戸口から覗いていた。寮母の部屋に居た彼だが騒ぎを聞きつけたのだろう、二階へ上がってきていた。
「隊長、こちらへ。……あなたは部屋の外へ出ていて下さい」
多岐川は世良を追い出そうとした。が、世良は応じなかった。
「どうしてですか!? ケイはクラスメイトで友達なんです!」
「あなたはここに居ない方がいい」
多岐川の言い回しを世良は怪しんだ。
「ケイの身体に、何か有るんですか……?」
「………………」
扉を閉めてから藤宮が二人の元へ寄った。水島も。
「多岐川、どうしたんだ?」
多岐川は深く息を吐いて、穏やかではない意見を述べた。
「……彼女は自殺ではないと思います。ここを見て下さい」
俯いていた佳の顔がそっと多岐川の手によって持ち上げられた。目を見開いて苦悶の表情を浮かべている。しかし多岐川が見せたかったのは顔ではなく、首に現れた肌の色素沈着だった。
「首吊りの場合は、後頭部に向かって斜め上に線の痕が残るものなんです。しかし彼女の場合は水平に痕が付いています。しかも吊った際に一番体重がかかる喉元ではなく、首の後ろが濃く痣になっている」
「あ、ホントですね~」
「それと、穿いているズボンが濡れているから失禁したのでしょうが、その割に床が汚れていない」
「つまり?」
「彼女は別の場所で亡くなったんです。この部屋の中だったとしても、この位置ではなかったはずです」
死体が勝手に歩き回る訳がない。死亡した岡部佳の身体を移動させた誰かが居たということだ。
「……ケイは殺されたんですか?」
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