私立桜妃女学院ラビリンス【R18】

水無月礼人

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演出された悲劇(二)

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☆☆☆


 二階で水と食料を配っていた世良は、とある部屋の前でノックをためらった。

「お姉様、どうかしましたか?」
「ううん、何でもない」

 不思議そうに覗き込んできた小鳥に、世良は暗い気持ちを誤魔化した。
 彼女が今居るのは、丸本美沙と岡部佳の部屋の前だった。地震によって最初の犠牲者となった丸本美沙。同室の岡部佳はどうしているのだろう? 昨日配達に訪れた時は扉を開けてくれなかった。独りになりたいと言って。

(ケイはああ言ったけど、独りきりではなく誰かと居た方がいいよね?)

 世良はノックして級友に呼びかけた。

「ケイ、私だよ。ちょっといい?」

 返答は無い。何処かに行ったか、まだ誰とも話したくないのか。

(美沙の血が部屋のあちこちに付いているはずだ。そんな部屋に閉じ籠っていても気持ちは落ち着かないだろうに。どんどん沈むだけだ)

 無理矢理にでも部屋から出して、他のクラスメイトと一緒に居させた方がいい。そう考えた世良は扉のドアノブを回した。内鍵はかかっていなかった。

「ケイ? 居るの? …………!」

 室内を見渡した世良は、持っていたペットボトルの水を足元に落とした。

「ケイ!」
「キャアアァァァァッ!!」

 すぐ後ろで小鳥が甲高い声で叫んだ。彼女も持っていた保存食を床に落とした。

「コトリちゃん、警備隊員を呼んできて!」
「は、はい……」

 しかし小鳥はヘナヘナとその場に崩れ落ちた。腰を抜かしたのだ。
 世良は小鳥に肩を貸して、彼女を廊下の隅に座らせた。そして自分は一階へ走った。向かうはレクレーションルームだ。

「助けて、助けて下さい! 二階で友達が大変なんです!」

 すぐにソファーで寝ていた多岐川が飛び起きた。ゆっくり起きた水島は怪訝けげんそうな眼を世良へ向けた。

「どうしたん?」
「一緒に来て下さい、急いで!!」

 世良は説明をせずに、階段を二段飛ばしで駆け上って再び二階へ戻った。後ろに多岐川が走って付いてきてくれている。それを確認して岡部佳の部屋へ入った。

「ケイ、ケイ!」

 世良はベッドにもたれて床に座る佳の元へ寄った。
 ベッドのシーツがひねられロープのようになって、ベッドのパイプ部分と佳の首に巻き付いていた。
 それを外そうと世良は奮闘したが、動揺しているのと結び目の固さが邪魔をして上手くいかなかった。

「これは……!」

 多岐川が佳の腕を取り脈を確認した。

「駄目です……。この生徒は既に死亡しています」
「そんな、蘇生措置は取れないんですか!? あなた方なら救命方法を知っているのでは!?」
「知っています。ですが手遅れです。死後硬直が始まっているので蘇生は不可能です」
「嫌、そんな、そんなの……」
「うわ、そのコ首吊って自殺しちゃったの~?」

 場にそぐわない間延びした声が後方から飛んできた。振り返らなくても発信者は判った。

「ケイが自殺なんて、そんな訳ない!」

 同室の美沙が死亡して佳は滅入っていた。美沙を助けられなかった自分を責めたかもしれない。
 動機は有る。だけど世良は友人が自ら命を断ったなんて認めたくなかった。

「だってこんな座った状態で首を吊れる!?」
「できるよ。座った姿勢でもね」
「水島、遠慮しろ」

 多岐川が咎めたが、不作法者はどこ吹く風だった。

「え~、でも僕に来てくれって頼んだのは、そこのイケメンちゃんですから」

 空気を読まない後輩に舌打ちしながら、多岐川は佳の首に巻き付いていたシーツを器用に外した。そして遺体となった佳の首を確認した彼は、眉間のしわを更に深くした。

「水島、隊長を呼んできてくれ」
「俺ならここに居るぞ?」

 藤宮の大柄な身体が戸口から覗いていた。寮母の部屋に居た彼だが騒ぎを聞きつけたのだろう、二階へ上がってきていた。

「隊長、こちらへ。……あなたは部屋の外へ出ていて下さい」

 多岐川は世良を追い出そうとした。が、世良は応じなかった。

「どうしてですか!? ケイはクラスメイトで友達なんです!」
「あなたはここに居ない方がいい」

 多岐川の言い回しを世良は怪しんだ。

「ケイの身体に、何か有るんですか……?」
「………………」

 扉を閉めてから藤宮が二人の元へ寄った。水島も。

「多岐川、どうしたんだ?」

 多岐川は深く息を吐いて、穏やかではない意見を述べた。

「……彼女は自殺ではないと思います。ここを見て下さい」

 うつむいていた佳の顔がそっと多岐川の手によって持ち上げられた。目を見開いて苦悶の表情を浮かべている。しかし多岐川が見せたかったのは顔ではなく、首に現れた肌の色素沈着だった。

「首吊りの場合は、後頭部に向かって斜め上に線の痕が残るものなんです。しかし彼女の場合は水平に痕が付いています。しかも吊った際に一番体重がかかる喉元ではなく、首の後ろが濃く痣になっている」
「あ、ホントですね~」
「それと、穿いているズボンが濡れているから失禁したのでしょうが、その割に床が汚れていない」
「つまり?」
「彼女は別の場所で亡くなったんです。この部屋の中だったとしても、この位置ではなかったはずです」

 死体が勝手に歩き回る訳がない。死亡した岡部佳の身体を移動させた誰かが居たということだ。

「……ケイは殺されたんですか?」

 世良の声が震えていた。恐怖なのか怒りなのか。
 多岐川は世良を憐れむ目で見て告げた。

「そうです。お友達は誰かに絞殺されて、その後に自殺をしたように演出されたんです」
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