私立桜妃女学院ラビリンス【R18】

水無月礼人

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迷宮へ(一)

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「理事会から許可は下りたが、聞いての通りだ。何が遭っても自己責任だと受け入れられる者だけに、探索する資格と権利が与えられる」

 流石に少女達の顔が引きった。魔物の巣窟であろう校舎。武装した警備隊員が付いてきてくれるとは言え、彼らだって生身の人間だ。餓鬼よりも強い化け物が出現したら勝てる保証は無い。最悪死ぬかもしれないのだ。

「私は行きます。話を出したのは私ですから」

 京香が立候補した。続いて世良も。

「私も。もう待ってるだけは嫌です。危険でも前に進みたい」
「おぉ~、性格までイケメンじゃん」

 詩音と茜も挙手したが、藤宮に止められた。

「待て待て待て。最初の一回は様子見だ。大人数では行かない」
「警備隊員は全員参加ですか?」
「いや……同行するのは一人だけだ」

 藤宮としては戦闘訓練を受けた隊員だけで探索したいところだが、彼らに下された命令はあくまでも、「生徒の監視と脱出の阻止」なのだ。自分達が居ない隙に生徒の誰かが学院の門を出て、外は安全だという事実を知ったら大変なことになる。

「一人だけですか……」
「ああ、残る二人は校舎の外で待機。全員が中に入っちまったら、他の場所で問題が起きた場合に対処できなくなる」
「確かにそうですね」

 多岐川は納得したが、茜が不満を露わにした。

「ちょっと、一人きりじゃ大した戦力にならないじゃない! そんなんで生徒を護れるの!?」
「だから少人数で行くんだ。警備隊員一名に、生徒二名で班を作ろう。それ以上は駄目だ」
「誰が行きます?」
「生徒は先に立候補したそこの二人」

 藤宮に視線を定められ、世良と京香が頷いた。

「お姉様……」
「大丈夫だよコトリちゃん。そんなに奥まで行かないし、長く居座る訳でもない。必ず戻ってくるよ」
「そうだな。探索時間は最大で一時間と決めておこう。参加警備員は俺……」
「はいはーい、僕が行きまーす!!」

 藤宮の発言に水島が被せた。

尖兵せんぺいは僕が務めまーす!」
「おい水島……。まずは俺が探ってくるからおまえは待ってろ。何が有るか判らねぇ所へ部下は派遣できねぇんだよ」
「でもお嬢さん達は行くんでしょう?」
「彼女達は俺が護るから」
「二人を護るくらいなら僕にだってできますよ。それにね、隊長のあなたに何か遭ったら大変でしょう?」
「だがな……」
「隊長」

 多岐川が水島を後押しした。

「彼の言う通りです。あなたを失ったら現場は混乱します。それに水島の身体能力の高さはずば抜けていますから、大抵の事態に対処できるでしょう」
「………………」

 渋い表情で藤宮は決断した。

「了解だ。一回目の探索には水島、おまえが行け」
「はい! さっそく出撃準備しなくちゃ。くっさいブーツ履こうっと」

 まるで遠足前の児童のように、楽しそうに準備を始めた水島へ皆は呆れた眼を向けた。


☆☆☆


「準備はいい? イケメンちゃんにお姫様」

 校舎の南玄関前に水島、世良、京香が揃っていた。他の生徒達は寮に留まることになり、藤宮と多岐川も彼女達の護衛役として寮に残った。
 京香は水島によってされた、自分に対する呼称に首を傾げた。

「何でお姫様?」
「髪型がそれっぽいじゃん。昔のお姫様カット」
「昔……。高月さん、私のこの髪型、古臭いかしら?」
「え、いや、素敵だと思うよ……?」
「武器もそれっぽいしさ」

 薙刀が得意な京香は、モップ部分を取り外した長いを握っていた。

「イケメンちゃんはナイフ?」
「はい。料理包丁だと抜き身の状態で危ないので、ケースが付いていたペティナイフにしました」
「それじゃあ小さくない? 武器にするならこれくらい持たなきゃ」

 水島は自分の腰に携帯しているサバイバルナイフを指し示した。

「ペティナイフでも餓鬼程度なら倒せますよ? 現に先輩はコレでめった刺しにしていましたから」
「怖」

 笑って水島は校舎を見据えた。

「さ、行きますか」

 先頭に立って歩く彼に二人の少女は続いた。明るいの下では普通の校舎に見えた。あの晩のことは夢だったのか、世良がそう思いそうになるくらいに。
 しかし水島によって開けられた扉の横を過ぎ、玄関に足を一歩踏み入れた途端に、得体の知れない不快感が全身を突き抜けた。

「……何だ、コレ」

 お調子者の水島も異変を肌で感じたようだ。真顔になっていた。

「スゲェじゃん、確かに何か有るな、ここ」

 昼間だったが、電気が点いていない校舎は薄暗かった。扉や窓のガラスが何故か遮光しており、中まで日光が届いていない状態だった。
 それでも薄暗い程度で済んでいるのは前に見た時と同じ、校舎の壁や床がほのかに発光しているおかげだ。

「マジでこれ樹の根か? どうなってんだよ」

 ツタのように壁に張り付いている樹の根を水島は観察した。

「あ、ソレ触らない方がいいですよ。ネトネトした粘液がなかなか取れなくなるから」
「ふ、イケメンちゃんは触っちゃったんだ? 何か鼻にツンとする匂いがするな」
「待って二人とも、何か居る!」

 京香が叫んで柄の先をある方角へ向けた。そこにはうごめく二つの影が有った。

『ギャギャギャギャギャ!』

 餓鬼だ。やはり昼間は校舎に潜んでいたか。世良がペティナイフのケースを外そうとしている間に、

 パンパンッ、パンパンッ。

 水島が拳銃で二発ずつ撃ち込み、あっという間に二体の餓鬼を倒していた。

「イケメンちゃん、ケースは事前に外しておかなきゃ。銃の安全装置もね。戦場ではこれ、常識だよ?」

 いつもの調子で水島は軽く言って笑った。しかし目は笑っていなかった。
 職業軍人であった彼。自分達とは根本的に考え方も戦闘力も違うのだと、世良は密かに恐怖したのであった。
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