私立桜妃女学院ラビリンス【R18】

水無月礼人

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露見(三)

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☆☆☆


 三階に在る神谷奏子と江崎花蓮の部屋がノックされたのは、16時46分のことだった。
 在室していた奏子は扉を開けて来訪者を確認した。銃を手にした警備隊員三名が前面に立ち、後方には世良、そして世良に肩を借りる花蓮の姿があった。

「……寮内の殺人について、何か判ったのですか?」

 奏子は隊長の藤宮に尋ねた。三十分くらい前に生徒の安否を確認するという名目で、この部屋も藤宮と多岐川によって調べられていた。

「ああ、そうだな。いろいろと判ったよ。寮長、奥に行ってくれるか?」

 藤宮は銃の先で奏子に後ろへ下がるよう指示した。銃口を女子高生に向けるなど、事情を知らない者から見たら藤宮の方が悪者として目に映っただろう。
 しかし素直に奏子は部屋の奥、窓際まで後退した。続いて警備隊員達が部屋に入ったが、彼らは奏子と二メートルの間隔を開けた。

「隊長さん、どういうことでしょうか」

 自室へ武装した男達に押し入られても、奏子は動じていなかった。揺れない瞳で藤宮を見据えていた。

「十四人……いや、最初に発見された二人を加えて全部で十六人、生徒の死亡を確認した」
「そうでしたか」

 多くの生徒の死を知らされても、奏子は驚きの色を出さなかった。藤宮が指摘した。

「アンタは誰が死んでいるか知っていたっぽいな。犠牲になった生徒は全員、アンタがカウンセリングに通っていた相手だとか」
「そう……、カレンに聞いたんですね」

 部屋の入り口で世良と一緒に留まっている花蓮。奏子は彼女へ視線を移した。花蓮は赤い眼で睨み返した。

「この……化け物! 本物のソーコを何処へやった!?」

 ふふっと奏子は笑った。初めて感情らしきものを表した。

「ここに居るじゃないカレン。私がソーコよ?」
「違う! おまえは偽物だ!! あたしの知るソーコとは違う!」

 世良も何度か今の奏子に違和感を抱いていた。奏子を演じている別人。そう考えたら納得できた。

「本物よ。身体の一部と記憶は」

 奏子は淡々と恐ろしい事実を述べた。

「は……? 記憶?」
「ええ。これは確実にソーコのものよ。カレン、同室のあなたがどうして生きていられるか解ってる? ソーコの記憶があなたを殺すことを拒んだからよ」
「!………………」

 感情が高ぶった花蓮は世良の肩を強く掴んだ。痛かったが、世良は花蓮の心情を思い遣って耐えた。

「……寮長、アンタが他の生徒を殺したと認めるんだな?」

 警備隊員達は全員、銃の安全装置を外していた。

「殺したのではなく、精気を吸収しただけです。活動する為には栄養分を摂り込まなければならない。皆さんもそうですよね?」
「生物界の弱肉強食の掟に従うなら、俺達はここでアンタを始末しなくちゃならないな」

 藤宮に連動して、警備隊員達は奏子に照準を定めた。水島は無表情だが、多岐川は眉間にしわを寄せていた。例え化け物だろうと、少女の見た目をした者を撃つことに躊躇ためらいが有るのだ。

「ああ、皆さんやめて下さいな。この身体は正真正銘ソーコだったものなんですよ? 大部分を食べて造り変えちゃったけれど」
「食べ……た? ソーコは、ソーコはどうなったんだ!?」

 必死な花蓮に対して、奏子の顔をした魔物はサラリと言った。

「安心して。私の養分となって生きているわ」

 花蓮は叫んだ。

「あ、あああ畜生! 畜生ぉぉぉぉぉ!!!!」

 それが合図となった。まずは水島が、やや遅れて藤宮と多岐川も発砲した。

『グッ……』

 身体に銃弾を受けた奏子の手足にピキッと線が入り、そこから何十本もの触手が発生し、四方から男達を襲った。

「出たな!!」
「校舎一階で戦った奴と同タイプだ! 身体の何処かに赤いコアが有るはずですから、そいつを破壊して下さい!」

 大声で水島が指示を出した。絶え間なく響く銃声、割れる窓ガラスの音、うねる触手が叩き付ける壁。耳を塞ぎたくなる轟音だが、花蓮も世良も固唾を吞んで戦いの行方を見守っていた。

 警備隊員達は交互に弾丸を補充、ハンドガンを連射して触手の動きを止めた。
 穴が空いた部分から透明な粘液と、奏子の血と混ざり合ったのかドス黒い液体が噴き出して、壁やベッドをペンキのように汚した。

「あそこ、左脇の下! 赤く光っています!」
「集中して狙え!!」

 魔物の核を見つけた彼らは集中砲火を浴びせた。

『グギャッ、グギャアァァァァァ!!!!!!』

 もはや奏子の身体の八割以上を触手に変化させていた魔物が、大量の弾丸を身体にめり込ませて、しこを踏むように左右にドンドンと揺れた。
 何発か的中して、核が破壊されたのだ。

『ガッ、グッ……、カレン…助ケテ…………』
「そ、ソーコ……」

 魔物は触手の一本を腕のように花蓮へ伸ばした。しかし手に取ってもらえることは無かった。藤宮が少女に届く前にナイフで触手を刈り取ったのだ。

『……カ…レン……』

 弱々しく呟いたその言葉を最後に、化け物は長い触手を広く展開したまま床に沈んだ。

「撃ち方やめー!!」

 藤宮の号令で隊員達は発砲を止めた。
 床にぐちゃりと横たわる魔物の死骸から目をらさず、多岐川が言った。

「消滅しません。まだ生きているのでは……?」

 答えたのは水島だ。

「いや、瞬時に死体が無くなるのは迷宮の中だけですよ。グラウンドに運んだ生徒の死体みたいに、時間をかければ消えるかもしれませんけどね」
「ああ、そうだったな……」
「だからここでは、こうしないと」

 水島は魔物を避けて、ブーツを履いた足で奥の窓まで行った。そしてガラスが半分割れた窓に掛かっているカーテンを開いた。

 目に痛いほどの強い西日が室内を照らし、日光に弱い魔物の身体を霧散させた。
 残ったのは、奏子の胸の上から頭までのみだった。この部分はまだ魔物に吸収されていなかったらしい。

「う……うぅ、ソーコ…………」

 花蓮が世良の手を借りて室内へ入り、奏子の頭部を抱えた。

「うあ、あああぁぁぁぁ────っ!!!!」

 悲痛な花蓮の慟哭どうこくが室内に響いた。
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