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気持ちの切り替えと新たなる同居人(一)
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翌日。午前10時。
世良、小鳥、京香は今朝も部屋の清掃に励んでいた。昨晩よりもハイペースで作業を進められたので、この段階で残り一部屋を残すのみとなった。
「あと一息だね」
最後の現場へ向かう途中、三階廊下で詩音と花蓮に出くわした。
泣き腫らした目をした花蓮は、バスタオルにくるんだものを大切そうに胸元に抱えていた。神谷奏子の頭部だろう。
詩音が申し訳なさそうに世良達へ言った。
「ごめんね。掃除を全部任せてしまって」
「そんな、いいんです」
詩音も疲れた顔をしていた。
「先輩達は、これから……?」
「うん。グラウンドの桜の樹の下へ行ってくる」
奏子を見送る心の準備ができたようだ。俯きがちだった花蓮が顔を上げて、しっかりとした口調で宣言した。
「今日は無理だけど、明日からあたしも迷宮探索へ参加するよ」
「カレン、もう少し休んだ方が……」
「いいんだシオン、やりたいんだよ。迷宮の魔物を全部殺さなきゃ気が済まない。あたしはソーコの仇を取りたいんだ」
「カレン……」
「じゃ、高月。また明日ね」
困り顔の詩音とは対照的に、花蓮は迷いを捨てた晴れ晴れとした表情だった。
去っていく二人を見て京香が呟いた。
「江崎先輩、無理をしなければいいけれど」
「私はいいと思う」
世良は花蓮の決意を肯定した。
「昨日はずっと泣いてる先輩を見て、悲しみから立ち直れないんじゃないかって心配だったんだ。でも、今日の江崎先輩は生きようとしている。たとえ目的が復讐であったとしても、前を向いて自分の足で歩いてる」
「ああ、そうか、そうよね……」
京香と小鳥も僅かに微笑んだ。今日の花蓮はゆっくりとした歩みだが、誰の支えも受けずにいた。身体も心も回復してきているのだ。
「さ、私達は私達で、今できることをやろう」
何が起きても私は進む。世良はそう決意して、仲間達と共に最後の部屋の清掃に取りかかった。
☆☆☆
無事に全部屋の清掃を終えた世良達三名は、それぞれゴミ袋を持って一階へ降りた。10時半少し前だ。早朝5時まで警備に当たっていたはずの水島がまだ寝ていることを小鳥は期待したのだが、
「セラ、おはよ~」
奴は起きていた。目ざとく世良の姿を見つけた性犯罪者は当然のように近付いてきた。
「ピヨピヨとお姫様カットもおはよ」
気安い水島に小鳥はイラついた。
「おはようございます。ずいぶんと早起きですね。理想の睡眠は八時間と言われていますよ? 身体が資本の警備隊員さんなんですから、もっと寝てらしたらどうですか?」
「そうしたかったんだけどさ、夕べのセラの裸がチラついちゃってあんまり眠れなかったんだよね~」
「うわ、最低」
「……夕べの裸? あなた達ってそういう関係だったの?」
怪訝そうに京香が世良と水島を交互に見た。して欲しくない誤解を世良は訂正した。
「違うよ。私とコトリちゃんがシャワーを使っている所へ、この人が乱入してきたんだよ」
「何ですって!?」
京香が水島を睨んだ。
「昔は結婚適齢期でも、今の時代で16歳や17歳はまだ子供でしょう!? 分別有るべき大人の殿方が何をしているんです!」
京香の剣幕に珍しく水島はたじろいた。
「お、おお……。そうなんだけどさ、お姫様って髪型だけじゃなくて言い方も古臭いんだね……」
「え、そうかしら? そんなことは無いと思うけれど……ねぇ?」
同意を求められた世良と小鳥は苦笑いを返した。この二人も京香を古風な女性だと思っていた。
「そう言えばコハルさんって、今おいくつなんですか?」
「セラ、僕のことが気になるの!?」
水島は嬉しそうだったが、世良としては話題を変えたいだけだった。
「今は21歳だよ~。この6月の終わりに22歳になるけどね~」
「そうでしたか。私は今年の4月に17歳になりましたから、五つ違いだったんですね」
「うん。気にするほどの歳の差じゃないよね?」
「五つ上は女子高生から見たら充分オッサンですよ」
小鳥の嫌味は水島にスルーされた。
「誕生日にはセラからプレゼントが欲しいなぁ~」
「はぁ……。でもこんな状況下ですから、街へ買い物には行けませんよ? 私あまりお小遣い持っていませんし」
「馬鹿だなセラ。プレゼントは形に残るものばかりじゃないんだよ?」
そう言って水島は人差し指で世良の唇をなぞった。
小鳥が代わりに「ぎゃ!」と悲鳴を上げ、即座に指は世良に叩き落とされた。
「セラ~、冷たくしないで~。昨日までは僕に甘えてくれたのに」
「はい。その後のシャワー室で、あなたがケダモノだと再認識できましたので」
「手は出してないじゃん。ちゃんと我慢したよ?」
「視線で犯されました」
「……もう一回言って。セラの口から犯されるなんてワード、めちゃくちゃ興奮するんだけど」
「うわ、ホントこの人最低……」
「あのなぁおまえ達」
横から別の男の声が届いた。寝起きでボサボサ頭の藤宮だった。非常に不機嫌そうだ。
「朝からうるせぇ! 夜勤明けの俺達にとってはまだ早朝なんだよ!」
「す、すみません!」
「まぁ悪いのは水島だろうがな」
「え~、隊長ひどい」
「とにかく静かにしていろ。俺は二度寝する」
しかし藤宮の望みは叶わなかった。玄関の呼び鈴が誰かに押され、明るく大きな音が一階部分に鳴り響いたのだ。
世良、小鳥、京香は今朝も部屋の清掃に励んでいた。昨晩よりもハイペースで作業を進められたので、この段階で残り一部屋を残すのみとなった。
「あと一息だね」
最後の現場へ向かう途中、三階廊下で詩音と花蓮に出くわした。
泣き腫らした目をした花蓮は、バスタオルにくるんだものを大切そうに胸元に抱えていた。神谷奏子の頭部だろう。
詩音が申し訳なさそうに世良達へ言った。
「ごめんね。掃除を全部任せてしまって」
「そんな、いいんです」
詩音も疲れた顔をしていた。
「先輩達は、これから……?」
「うん。グラウンドの桜の樹の下へ行ってくる」
奏子を見送る心の準備ができたようだ。俯きがちだった花蓮が顔を上げて、しっかりとした口調で宣言した。
「今日は無理だけど、明日からあたしも迷宮探索へ参加するよ」
「カレン、もう少し休んだ方が……」
「いいんだシオン、やりたいんだよ。迷宮の魔物を全部殺さなきゃ気が済まない。あたしはソーコの仇を取りたいんだ」
「カレン……」
「じゃ、高月。また明日ね」
困り顔の詩音とは対照的に、花蓮は迷いを捨てた晴れ晴れとした表情だった。
去っていく二人を見て京香が呟いた。
「江崎先輩、無理をしなければいいけれど」
「私はいいと思う」
世良は花蓮の決意を肯定した。
「昨日はずっと泣いてる先輩を見て、悲しみから立ち直れないんじゃないかって心配だったんだ。でも、今日の江崎先輩は生きようとしている。たとえ目的が復讐であったとしても、前を向いて自分の足で歩いてる」
「ああ、そうか、そうよね……」
京香と小鳥も僅かに微笑んだ。今日の花蓮はゆっくりとした歩みだが、誰の支えも受けずにいた。身体も心も回復してきているのだ。
「さ、私達は私達で、今できることをやろう」
何が起きても私は進む。世良はそう決意して、仲間達と共に最後の部屋の清掃に取りかかった。
☆☆☆
無事に全部屋の清掃を終えた世良達三名は、それぞれゴミ袋を持って一階へ降りた。10時半少し前だ。早朝5時まで警備に当たっていたはずの水島がまだ寝ていることを小鳥は期待したのだが、
「セラ、おはよ~」
奴は起きていた。目ざとく世良の姿を見つけた性犯罪者は当然のように近付いてきた。
「ピヨピヨとお姫様カットもおはよ」
気安い水島に小鳥はイラついた。
「おはようございます。ずいぶんと早起きですね。理想の睡眠は八時間と言われていますよ? 身体が資本の警備隊員さんなんですから、もっと寝てらしたらどうですか?」
「そうしたかったんだけどさ、夕べのセラの裸がチラついちゃってあんまり眠れなかったんだよね~」
「うわ、最低」
「……夕べの裸? あなた達ってそういう関係だったの?」
怪訝そうに京香が世良と水島を交互に見た。して欲しくない誤解を世良は訂正した。
「違うよ。私とコトリちゃんがシャワーを使っている所へ、この人が乱入してきたんだよ」
「何ですって!?」
京香が水島を睨んだ。
「昔は結婚適齢期でも、今の時代で16歳や17歳はまだ子供でしょう!? 分別有るべき大人の殿方が何をしているんです!」
京香の剣幕に珍しく水島はたじろいた。
「お、おお……。そうなんだけどさ、お姫様って髪型だけじゃなくて言い方も古臭いんだね……」
「え、そうかしら? そんなことは無いと思うけれど……ねぇ?」
同意を求められた世良と小鳥は苦笑いを返した。この二人も京香を古風な女性だと思っていた。
「そう言えばコハルさんって、今おいくつなんですか?」
「セラ、僕のことが気になるの!?」
水島は嬉しそうだったが、世良としては話題を変えたいだけだった。
「今は21歳だよ~。この6月の終わりに22歳になるけどね~」
「そうでしたか。私は今年の4月に17歳になりましたから、五つ違いだったんですね」
「うん。気にするほどの歳の差じゃないよね?」
「五つ上は女子高生から見たら充分オッサンですよ」
小鳥の嫌味は水島にスルーされた。
「誕生日にはセラからプレゼントが欲しいなぁ~」
「はぁ……。でもこんな状況下ですから、街へ買い物には行けませんよ? 私あまりお小遣い持っていませんし」
「馬鹿だなセラ。プレゼントは形に残るものばかりじゃないんだよ?」
そう言って水島は人差し指で世良の唇をなぞった。
小鳥が代わりに「ぎゃ!」と悲鳴を上げ、即座に指は世良に叩き落とされた。
「セラ~、冷たくしないで~。昨日までは僕に甘えてくれたのに」
「はい。その後のシャワー室で、あなたがケダモノだと再認識できましたので」
「手は出してないじゃん。ちゃんと我慢したよ?」
「視線で犯されました」
「……もう一回言って。セラの口から犯されるなんてワード、めちゃくちゃ興奮するんだけど」
「うわ、ホントこの人最低……」
「あのなぁおまえ達」
横から別の男の声が届いた。寝起きでボサボサ頭の藤宮だった。非常に不機嫌そうだ。
「朝からうるせぇ! 夜勤明けの俺達にとってはまだ早朝なんだよ!」
「す、すみません!」
「まぁ悪いのは水島だろうがな」
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