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6月14日の迷宮(三)
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「おお……」
多岐川が興味深げに室内を見渡した。
さして広い空間ではなかったが、お堂の中には武器や行李が置かれていた。棚には(昔の草書体で読めなかったが)書物も収められていた。
「これ……まだ使える」
京香が引き寄せられたのは、壁に縄で固定されていた漆黒の柄を持つ薙刀であった。刃は綺麗に研がれていて光沢が鋭さを際立てた。
「良かったね。キョウカずっと本物の薙刀を欲しがっていたもんね」
「ええ。これでもっと戦えるわ」
京香は所持していたモップの柄を壁に立てかけて、薙刀を新たな武器として持ち替えた。
そのタイミングで入口からお堂の中へ蛇が侵入した。さっそく薙刀を振るおうとした京香だったが、
ぐしゃ。
その前に小鳥が踵を落として蛇の頭を正確に潰した。
「ウフフ、水島さんのアレに換算して二本目……」
ヒールキックを決めた小鳥に、その場に居た全員がもれなく引いた。
小鳥へ言い返したら負けだと悟ったのか、水島は黙々と行李の中を漁ることに専念した。そして小さな陶器を見つけた彼は片手で鼻を摘んだ。
「この瓶すっげぇ匂い。何だコレ?」
京香が答えた。
「お香ですね。平安時代の人間は湯船に浸かる習慣が有りませんでしたから、体臭を隠す為に着物に香の匂いを染みつかせるんです」
「フランスの香水みたいなモンか。風呂に入らない昔の人間はばっちぃな」
「お風呂は昔も在りましたよ? でも蒸し風呂……、今で言うサウナ形式でした。熱で汗を流して、浮き出た垢を布で拭き取るんです」
「お湯を浴びないのか? それじゃ汗掻きっ放しじゃん。綺麗にならないだろ」
「当時はみんな汚れて匂っていましたから。全員そうならあまり気にならないものなんです」
「……まるで見てきたように言うんだな」
藤宮が懐疑的な瞳で京香を見た。
「歴史、得意なんです」
しれっと京香は返した。この二人の間には何やら怪しい空気が有ると世良は思った。
「この硯と墨……。歴史的価値が有りそうですね」
多岐川が硯箱を開けて感想を言った。木製の箱自体にも細やかな彫刻が施されていた。
「古物商に持ち込めば高値がつくかもな」
「でも状態が良すぎて、本物だと思われないんじゃないッスか?」
「取り敢えずそいつは持って帰ろう。平安時代の遺物を目の当たりにしたら、理事会の対応が変わるかもしれない」
「あ~、金目の物が有るって目の色変えるかもしれないですね。あの人達って強欲だから。大々的にトレジャーハンターチームを送り込んでくるかもですよ?」
「学院が開けるならそれでいい。ここは閉鎖的過ぎる」
閉じ込められた生徒達を藤宮は憐れに思っていた。
多岐川が硯箱を行李に入っていた綺麗な布で包み、斜めがけしているショルダーポーチへ何とか押し込んで仕舞った。
「よし、もう少し歩くぞ」
全員お堂から外へ出て、地下三階の探索を再開させた。
少し歩くと水音が聞こえてきた。藤宮が小型懐中電灯で照らすと十メートルほど先に川が在った。
「昨日とは違う方向に歩いてきたんだがな。この川で地下三階は分断されてるようだな」
「本当に川が……」
「どうしますー? 昨日見つけた橋で向こう側へ渡りますか~?」
「いずれはな。だが狭い橋の上であの大蛇と戦うのは命取りだ。まだアイツが川に潜んでいるなら渡る前に排除しておきたい」
「なら、おびき寄せるしかないですね~。セラ、僕の懐中電灯で川照らしてて」
そう言って水島は地面の手頃な石を掴むと、川へ向かって遠投した。
ぼちゃん!
暗い水面に波紋を広げて石は川へ沈んでいった。
「椎名も頼む。川を照らしてくれ」
警備員達から渡された懐中電灯で、世良と小鳥は言われた通りに川方面を明るくした。
水島が二つ目を投擲した後、川面には泡が立ち、石が作ったものより大きな波紋が生じた。
「やっぱり居やがったな!」
ザバアァッ!!!!
獅子の頭を持つ大蛇が川に出現した。一本の太い柱のように水上に立って大地に居るメンバーを見下ろした。飛び散る水滴に懐中電灯の光が反射している。
「……ひぃっ、きゃあぁぁぁ!」
初めてソレを目にした小鳥は、獅子蛇の禍々しい姿に恐怖したようだ。しかし前衛の藤宮と水島、後衛の多岐川が一斉に銃撃を開始して小鳥の悲鳴をかき消した。
パンパンパンパン! ダーン、ダーン!
ハンドガンとライフルの銃声が暗い空間にこだました。微かに発生した白いモヤは硝煙だろう。
『グシュアッ、アグァァ!!』
三人が放つ、絶え間無い銃弾の雨を浴びて獅子蛇は身をぐねらせた。
「奴を丘に上げるな! この位置で決めるぞ!!」
やがて前衛の二人の銃は弾切れを起こしたが、多岐川の援護を受けて難無くマガジンの交換を済ませた。
「いけいけいけいけ!」
警備隊員達はとにかく撃ちまくったのだった。
茂みから出てきた二体のトカゲが彼らを襲おうとしたが、京香がリーチの長い薙刀で円を描いて切り刻み、それらを順に屠った。当然だがモップの時よりも断然動きが良い。
『ギュオアァァァァァッ!!!!』
断末魔の雄叫びをあげ、獅子蛇は水面へぐにゃりと倒れ込んだ。そして水飛沫が立つ寸前に、化け物の身体は霧散してその存在を消した。倒したのだ。
「よっしゃあぁぁ!! 完・全・勝利! スッキリしたぁぁ!!」
昨日は手こずった獅子蛇退治だが、警備隊員三人体制で火力を上げた今日は楽な仕事となった。
「どうします隊長。他にも居ないかまた石を投げましょうか?」
「いや、弾丸の消費が激しいから今日はここまでだ。慎重にいこうや」
「了解」
一人の怪我人も出さず強力な武器も手に入れた。本日の探索は大成功に終わったと言えるだろう。
ご機嫌な水島は世良に近付き、懐中電灯を返してもらうついでに彼女の耳元へ囁いた。
「セラ、寮へ戻ったらまたシャワー浴びるの?」
「え? あ、はい」
「じゃあその後に、昨日と同じ部屋で待ち合わせしようね」
「!…………」
恋人に誘われた世良は照れながらも頷いた。水島はまた満足そうに笑った。
多岐川が興味深げに室内を見渡した。
さして広い空間ではなかったが、お堂の中には武器や行李が置かれていた。棚には(昔の草書体で読めなかったが)書物も収められていた。
「これ……まだ使える」
京香が引き寄せられたのは、壁に縄で固定されていた漆黒の柄を持つ薙刀であった。刃は綺麗に研がれていて光沢が鋭さを際立てた。
「良かったね。キョウカずっと本物の薙刀を欲しがっていたもんね」
「ええ。これでもっと戦えるわ」
京香は所持していたモップの柄を壁に立てかけて、薙刀を新たな武器として持ち替えた。
そのタイミングで入口からお堂の中へ蛇が侵入した。さっそく薙刀を振るおうとした京香だったが、
ぐしゃ。
その前に小鳥が踵を落として蛇の頭を正確に潰した。
「ウフフ、水島さんのアレに換算して二本目……」
ヒールキックを決めた小鳥に、その場に居た全員がもれなく引いた。
小鳥へ言い返したら負けだと悟ったのか、水島は黙々と行李の中を漁ることに専念した。そして小さな陶器を見つけた彼は片手で鼻を摘んだ。
「この瓶すっげぇ匂い。何だコレ?」
京香が答えた。
「お香ですね。平安時代の人間は湯船に浸かる習慣が有りませんでしたから、体臭を隠す為に着物に香の匂いを染みつかせるんです」
「フランスの香水みたいなモンか。風呂に入らない昔の人間はばっちぃな」
「お風呂は昔も在りましたよ? でも蒸し風呂……、今で言うサウナ形式でした。熱で汗を流して、浮き出た垢を布で拭き取るんです」
「お湯を浴びないのか? それじゃ汗掻きっ放しじゃん。綺麗にならないだろ」
「当時はみんな汚れて匂っていましたから。全員そうならあまり気にならないものなんです」
「……まるで見てきたように言うんだな」
藤宮が懐疑的な瞳で京香を見た。
「歴史、得意なんです」
しれっと京香は返した。この二人の間には何やら怪しい空気が有ると世良は思った。
「この硯と墨……。歴史的価値が有りそうですね」
多岐川が硯箱を開けて感想を言った。木製の箱自体にも細やかな彫刻が施されていた。
「古物商に持ち込めば高値がつくかもな」
「でも状態が良すぎて、本物だと思われないんじゃないッスか?」
「取り敢えずそいつは持って帰ろう。平安時代の遺物を目の当たりにしたら、理事会の対応が変わるかもしれない」
「あ~、金目の物が有るって目の色変えるかもしれないですね。あの人達って強欲だから。大々的にトレジャーハンターチームを送り込んでくるかもですよ?」
「学院が開けるならそれでいい。ここは閉鎖的過ぎる」
閉じ込められた生徒達を藤宮は憐れに思っていた。
多岐川が硯箱を行李に入っていた綺麗な布で包み、斜めがけしているショルダーポーチへ何とか押し込んで仕舞った。
「よし、もう少し歩くぞ」
全員お堂から外へ出て、地下三階の探索を再開させた。
少し歩くと水音が聞こえてきた。藤宮が小型懐中電灯で照らすと十メートルほど先に川が在った。
「昨日とは違う方向に歩いてきたんだがな。この川で地下三階は分断されてるようだな」
「本当に川が……」
「どうしますー? 昨日見つけた橋で向こう側へ渡りますか~?」
「いずれはな。だが狭い橋の上であの大蛇と戦うのは命取りだ。まだアイツが川に潜んでいるなら渡る前に排除しておきたい」
「なら、おびき寄せるしかないですね~。セラ、僕の懐中電灯で川照らしてて」
そう言って水島は地面の手頃な石を掴むと、川へ向かって遠投した。
ぼちゃん!
暗い水面に波紋を広げて石は川へ沈んでいった。
「椎名も頼む。川を照らしてくれ」
警備員達から渡された懐中電灯で、世良と小鳥は言われた通りに川方面を明るくした。
水島が二つ目を投擲した後、川面には泡が立ち、石が作ったものより大きな波紋が生じた。
「やっぱり居やがったな!」
ザバアァッ!!!!
獅子の頭を持つ大蛇が川に出現した。一本の太い柱のように水上に立って大地に居るメンバーを見下ろした。飛び散る水滴に懐中電灯の光が反射している。
「……ひぃっ、きゃあぁぁぁ!」
初めてソレを目にした小鳥は、獅子蛇の禍々しい姿に恐怖したようだ。しかし前衛の藤宮と水島、後衛の多岐川が一斉に銃撃を開始して小鳥の悲鳴をかき消した。
パンパンパンパン! ダーン、ダーン!
ハンドガンとライフルの銃声が暗い空間にこだました。微かに発生した白いモヤは硝煙だろう。
『グシュアッ、アグァァ!!』
三人が放つ、絶え間無い銃弾の雨を浴びて獅子蛇は身をぐねらせた。
「奴を丘に上げるな! この位置で決めるぞ!!」
やがて前衛の二人の銃は弾切れを起こしたが、多岐川の援護を受けて難無くマガジンの交換を済ませた。
「いけいけいけいけ!」
警備隊員達はとにかく撃ちまくったのだった。
茂みから出てきた二体のトカゲが彼らを襲おうとしたが、京香がリーチの長い薙刀で円を描いて切り刻み、それらを順に屠った。当然だがモップの時よりも断然動きが良い。
『ギュオアァァァァァッ!!!!』
断末魔の雄叫びをあげ、獅子蛇は水面へぐにゃりと倒れ込んだ。そして水飛沫が立つ寸前に、化け物の身体は霧散してその存在を消した。倒したのだ。
「よっしゃあぁぁ!! 完・全・勝利! スッキリしたぁぁ!!」
昨日は手こずった獅子蛇退治だが、警備隊員三人体制で火力を上げた今日は楽な仕事となった。
「どうします隊長。他にも居ないかまた石を投げましょうか?」
「いや、弾丸の消費が激しいから今日はここまでだ。慎重にいこうや」
「了解」
一人の怪我人も出さず強力な武器も手に入れた。本日の探索は大成功に終わったと言えるだろう。
ご機嫌な水島は世良に近付き、懐中電灯を返してもらうついでに彼女の耳元へ囁いた。
「セラ、寮へ戻ったらまたシャワー浴びるの?」
「え? あ、はい」
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