私立桜妃女学院ラビリンス【R18】

水無月礼人

文字の大きさ
122 / 250

6月14日の迷宮(三)

しおりを挟む
「おお……」

 多岐川が興味深げに室内を見渡した。
 さして広い空間ではなかったが、お堂の中には武器や行李こうりが置かれていた。棚には(昔の草書体で読めなかったが)書物も収められていた。

「これ……まだ使える」

 京香が引き寄せられたのは、壁に縄で固定されていた漆黒のを持つ薙刀であった。刃は綺麗に研がれていて光沢が鋭さを際立てた。

「良かったね。キョウカずっと本物の薙刀を欲しがっていたもんね」
「ええ。これでもっと戦えるわ」

 京香は所持していたモップのを壁に立てかけて、薙刀を新たな武器として持ち替えた。
 そのタイミングで入口からお堂の中へ蛇が侵入した。さっそく薙刀を振るおうとした京香だったが、

 ぐしゃ。

 その前に小鳥がかかとを落として蛇の頭を正確に潰した。

「ウフフ、水島さんのアレに換算して二本目……」

 ヒールキックを決めた小鳥に、その場に居た全員がもれなく引いた。
 小鳥へ言い返したら負けだと悟ったのか、水島は黙々と行李こうりの中を漁ることに専念した。そして小さな陶器を見つけた彼は片手で鼻をつまんだ。

「この瓶すっげぇ匂い。何だコレ?」

 京香が答えた。

「お香ですね。平安時代の人間は湯船に浸かる習慣が有りませんでしたから、体臭を隠す為に着物に香の匂いを染みつかせるんです」
「フランスの香水みたいなモンか。風呂に入らない昔の人間はばっちぃな」
「お風呂は昔も在りましたよ? でも蒸し風呂……、今で言うサウナ形式でした。熱で汗を流して、浮き出た垢を布でき取るんです」
「お湯を浴びないのか? それじゃ汗掻きっ放しじゃん。綺麗にならないだろ」
「当時はみんな汚れて匂っていましたから。全員そうならあまり気にならないものなんです」
「……まるで見てきたように言うんだな」

 藤宮が懐疑的な瞳で京香を見た。

「歴史、得意なんです」

 しれっと京香は返した。この二人の間には何やら怪しい空気が有ると世良は思った。

「このすずりすみ……。歴史的価値が有りそうですね」

 多岐川がすずり箱を開けて感想を言った。木製の箱自体にもこまやかな彫刻がほどこされていた。

「古物商に持ち込めば高値がつくかもな」
「でも状態が良すぎて、本物だと思われないんじゃないッスか?」
「取り敢えずそいつは持って帰ろう。平安時代の遺物を目の当たりにしたら、理事会の対応が変わるかもしれない」
「あ~、金目の物が有るって目の色変えるかもしれないですね。あの人達って強欲だから。大々的にトレジャーハンターチームを送り込んでくるかもですよ?」
「学院が開けるならそれでいい。ここは閉鎖的過ぎる」

 閉じ込められた生徒達を藤宮は憐れに思っていた。
 多岐川がすずり箱を行李こうりに入っていた綺麗な布で包み、斜めがけしているショルダーポーチへ何とか押し込んで仕舞った。

「よし、もう少し歩くぞ」

 全員お堂から外へ出て、地下三階の探索を再開させた。
 少し歩くと水音が聞こえてきた。藤宮が小型懐中電灯で照らすと十メートルほど先に川が在った。

「昨日とは違う方向に歩いてきたんだがな。この川で地下三階は分断されてるようだな」
「本当に川が……」
「どうしますー? 昨日見つけた橋で向こう側へ渡りますか~?」
「いずれはな。だが狭い橋の上であの大蛇と戦うのは命取りだ。まだアイツが川に潜んでいるなら渡る前に排除しておきたい」
「なら、おびき寄せるしかないですね~。セラ、僕の懐中電灯で川照らしてて」

 そう言って水島は地面の手頃な石を掴むと、川へ向かって遠投した。

 ぼちゃん!

 暗い水面に波紋を広げて石は川へ沈んでいった。

「椎名も頼む。川を照らしてくれ」

 警備員達から渡された懐中電灯で、世良と小鳥は言われた通りに川方面を明るくした。
 水島が二つ目を投擲とうてきした後、川面かわもには泡が立ち、石が作ったものより大きな波紋が生じた。

「やっぱり居やがったな!」

 ザバアァッ!!!!

 獅子の頭を持つ大蛇が川に出現した。一本の太い柱のように水上に立って大地に居るメンバーを見下ろした。飛び散る水滴に懐中電灯の光が反射している。

「……ひぃっ、きゃあぁぁぁ!」

 初めてソレを目にした小鳥は、獅子蛇の禍々しい姿に恐怖したようだ。しかし前衛の藤宮と水島、後衛の多岐川が一斉に銃撃を開始して小鳥の悲鳴をかき消した。

 パンパンパンパン! ダーン、ダーン!

 ハンドガンとライフルの銃声が暗い空間にこだました。かすかに発生した白いモヤは硝煙しょうえんだろう。

『グシュアッ、アグァァ!!』

 三人が放つ、絶え間無い銃弾の雨を浴びて獅子蛇は身をぐねらせた。

「奴を丘に上げるな! この位置で決めるぞ!!」

 やがて前衛の二人の銃は弾切れを起こしたが、多岐川の援護を受けて難無くマガジンの交換を済ませた。

「いけいけいけいけ!」

 警備隊員達はとにかく撃ちまくったのだった。
 茂みから出てきた二体のトカゲが彼らを襲おうとしたが、京香がリーチの長い薙刀で円を描いて切り刻み、それらを順にほふった。当然だがモップの時よりも断然動きが良い。

『ギュオアァァァァァッ!!!!』

 断末魔の雄叫びをあげ、獅子蛇は水面へぐにゃりと倒れ込んだ。そして水飛沫みずしぶきが立つ寸前に、化け物の身体は霧散してその存在を消した。倒したのだ。

「よっしゃあぁぁ!! 完・全・勝利! スッキリしたぁぁ!!」

 昨日は手こずった獅子蛇退治だが、警備隊員三人体制で火力を上げた今日は楽な仕事となった。

「どうします隊長。他にも居ないかまた石を投げましょうか?」
「いや、弾丸の消費が激しいから今日はここまでだ。慎重にいこうや」
「了解」

 一人の怪我人も出さず強力な武器も手に入れた。本日の探索は大成功に終わったと言えるだろう。
 ご機嫌な水島は世良に近付き、懐中電灯を返してもらうついでに彼女の耳元へ囁いた。

「セラ、寮へ戻ったらまたシャワー浴びるの?」
「え? あ、はい」
「じゃあその後に、昨日と同じ部屋で待ち合わせしようね」
「!…………」

 恋人に誘われた世良は照れながらも頷いた。水島はまた満足そうに笑った。 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

まなの秘密日記

到冠
大衆娯楽
胸の大きな〇学生の一日を描いた物語です。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...