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キリング・ノヴァの慎也と海児(1)
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3月21日の月曜日、春分の日。祝日。
スギ花粉が飛びまくりで鼻に大ダメージを受けながらも、私は才と共に深沢一家の住むマンションに到着した。
土日祝日は家族と過ごすのが私の願いなのだが、今度ばかりはそうも言っていられなかった。殺害された死体を二度も発見してしまったのだ。関係者と今後について相談したいという私の申し出を、夫は渋い顔をしつつも納得して送り出してくれた。
キリング・ノヴァの元メンバーが続けて殺害されたことで、マスメディアは祭りのような騒ぎになっていた。ワイドショーでは連日、マングローブは原生林の曲が流されている。警察も同一犯による連続殺人事件の線が濃いとして、捜査本部を設置したそうだ。
皆が騒げば犯人は動きにくくなるだろう。私はそう考えているのだが、才は意地悪な言い方で否定した。
「愉快犯なら、目立つことを喜んでいますよ」
才がエントランスに設置されていた操作パネルで、美波から教えられていた部屋番号を押した。
『はい』
パネルからは聞き慣れない女性の声がした。おそらくは美波の母親だろう。
「あ、久留須と申します。えと、日比野さんもい、一緒です」
初めての相手に戸惑うのは相変わらずだ。
『ああ、どうも。今開けます』
ガラス戸が自動的に横へ開いた。オートロックの、なかなか立派なマンションに深沢海児は住んでいた。夫婦共働きで、同居している娘も会社勤めしている。稼ぎ手が三人も居る現在の一家は、金銭面で困ってはいないようだ。
私と才はエレベーターを使って三階まで上がった。302号室が深沢家だ。
ドアホンを押すとすぐに内側から扉が開けられた。出迎えてくれたのは美波だった。
「お待ちしてました。どうぞ中へ!」
美波の案内で私達はリビングに通された。横のキッチンにはお茶を淹れている女性。ソファーには男性が座っていた。二人は私達を見ると一礼してくれた。
「美波の父の深沢海児です。そこに居るのは妻の和美。今日は遠くまですまないね」
深沢海児。キリング・ノヴァの元ボーカルで、メンバー最年少。童顔なのに声が低くて、当時そのアンバランスさが女性に受けていた。容姿的には流石に老けたが、深みの有る低音ボイスは現在も健在だ。
私は少し緊張しながら挨拶を返した。
「日比野カナエに、久留須才です。腰の具合はいかがですか?」
海児は二ヶ月ほど前に階段から転落して腰を強打した。まだ長距離移動がつらいそうなので、今日の会合を彼の自宅で開くことにしたのだ。
「日常生活に支障が出ない程度には回復したんだけどね。嫌なもんだ、歳を取ると治りが遅くてさ」
海児は気さくに笑った。良かった、話し易そうな人だ。
「どうぞ座って下さい。慎也おじさん達は少し遅れて来るって。さっき聖良お姉さんから連絡が有りました」
今日は渚慎也も来るのか。キリング・ノヴァのメンバーとしばらく交流を断っていたらしい彼。元同僚の海児とは久し振りの再会になるのかな?
「何でもおじさんが出がけにスマホ無くして、二人で探して遅くなったそうです。お姉さんから電話して鳴らそうにも、電源自体が切られてたみたいで」
私と才は勧められるまま、ソファーに腰を下ろした。
「聖良さんも親御さんと同居なんですか?」
私の質問に美波が顔を曇らせた。まずいことを聞いちゃった? お茶を運んでくれた母の和美が代わりに答えた。
「あちらのご家族は、聖良ちゃんが小さい頃に離婚してるんです。聖良ちゃんはお母さんに引き取られて、同じ都内ですがお父さんとは別居しています。同居のお母さんも五年前に亡くなられているから、今は聖良ちゃん独り暮らしのはずです」
美波がフォローした。
「あ、でも、おじさんと聖良お姉さん、親子仲はいいんですよ!」
本当に美波は良い子だ。坂上健也の死をまだ引き摺っているだろうに、他の人間を持ち上げるなんて。
「お姉さんはちょくちょく、泊まり込みでおじさんに会いに行っています。掃除がメインらしいですが」
「ああ、慎也さんは放っておくと汚部屋を製造するからなぁ。テレビ局の楽屋もえらいことになってた……」
渚慎也は整理整頓が苦手な人物のようだ。呆れ顔の私に、海児が慌てて取り繕った。
「そんな慎也さんだけど、料理はすっげぇ上手いんだぜ。もうプロ並み!」
この人も良い人だ。
「料理か……」
ティーカップの縁を指でなぞりながら、才がボソッと呟いた。
「坂上さんは料理の最中に襲われたのか、それとも料理をしていた誰かに襲われたのか。どっちでしょうね?」
才以外の全員がギョッとした。その意見はヤバイぞ才。話の流れから、慎也が怪しいと言っているようなものだ。
海児の表情が険しくなった。
「ちょっとキミ、聞き捨てならないな。それどういう意味!?」
ほら~。
「すみません。この子は思ったことすぐ口に出しちゃうんです。決して悪意は無いんです」
海児に睨まれて固まった才を私は助けた。
「それに皆さんの安全を確保する為には、あらゆる可能性を精査する必要が有ると思うんです。不愉快な話題が出るかもしれませんが、どうかご容赦下さい」
「う……」
「そうよあなた。お二人はあなたを心配して来て下さったんだから」
「うん、そうだよな。今日はいろんなこと話し合おうって集まったんだもんな。ごめんな久留須くん、俺単純で」
私と妻の両者から諭された海児は、素直な謝罪の言葉を才に述べた。
「い、いえ、俺も失礼な発言をしてしまって……」
おお、才が悪びれている。少しは対人コミュニケーションを学べたのかな。良い傾向だ。
スギ花粉が飛びまくりで鼻に大ダメージを受けながらも、私は才と共に深沢一家の住むマンションに到着した。
土日祝日は家族と過ごすのが私の願いなのだが、今度ばかりはそうも言っていられなかった。殺害された死体を二度も発見してしまったのだ。関係者と今後について相談したいという私の申し出を、夫は渋い顔をしつつも納得して送り出してくれた。
キリング・ノヴァの元メンバーが続けて殺害されたことで、マスメディアは祭りのような騒ぎになっていた。ワイドショーでは連日、マングローブは原生林の曲が流されている。警察も同一犯による連続殺人事件の線が濃いとして、捜査本部を設置したそうだ。
皆が騒げば犯人は動きにくくなるだろう。私はそう考えているのだが、才は意地悪な言い方で否定した。
「愉快犯なら、目立つことを喜んでいますよ」
才がエントランスに設置されていた操作パネルで、美波から教えられていた部屋番号を押した。
『はい』
パネルからは聞き慣れない女性の声がした。おそらくは美波の母親だろう。
「あ、久留須と申します。えと、日比野さんもい、一緒です」
初めての相手に戸惑うのは相変わらずだ。
『ああ、どうも。今開けます』
ガラス戸が自動的に横へ開いた。オートロックの、なかなか立派なマンションに深沢海児は住んでいた。夫婦共働きで、同居している娘も会社勤めしている。稼ぎ手が三人も居る現在の一家は、金銭面で困ってはいないようだ。
私と才はエレベーターを使って三階まで上がった。302号室が深沢家だ。
ドアホンを押すとすぐに内側から扉が開けられた。出迎えてくれたのは美波だった。
「お待ちしてました。どうぞ中へ!」
美波の案内で私達はリビングに通された。横のキッチンにはお茶を淹れている女性。ソファーには男性が座っていた。二人は私達を見ると一礼してくれた。
「美波の父の深沢海児です。そこに居るのは妻の和美。今日は遠くまですまないね」
深沢海児。キリング・ノヴァの元ボーカルで、メンバー最年少。童顔なのに声が低くて、当時そのアンバランスさが女性に受けていた。容姿的には流石に老けたが、深みの有る低音ボイスは現在も健在だ。
私は少し緊張しながら挨拶を返した。
「日比野カナエに、久留須才です。腰の具合はいかがですか?」
海児は二ヶ月ほど前に階段から転落して腰を強打した。まだ長距離移動がつらいそうなので、今日の会合を彼の自宅で開くことにしたのだ。
「日常生活に支障が出ない程度には回復したんだけどね。嫌なもんだ、歳を取ると治りが遅くてさ」
海児は気さくに笑った。良かった、話し易そうな人だ。
「どうぞ座って下さい。慎也おじさん達は少し遅れて来るって。さっき聖良お姉さんから連絡が有りました」
今日は渚慎也も来るのか。キリング・ノヴァのメンバーとしばらく交流を断っていたらしい彼。元同僚の海児とは久し振りの再会になるのかな?
「何でもおじさんが出がけにスマホ無くして、二人で探して遅くなったそうです。お姉さんから電話して鳴らそうにも、電源自体が切られてたみたいで」
私と才は勧められるまま、ソファーに腰を下ろした。
「聖良さんも親御さんと同居なんですか?」
私の質問に美波が顔を曇らせた。まずいことを聞いちゃった? お茶を運んでくれた母の和美が代わりに答えた。
「あちらのご家族は、聖良ちゃんが小さい頃に離婚してるんです。聖良ちゃんはお母さんに引き取られて、同じ都内ですがお父さんとは別居しています。同居のお母さんも五年前に亡くなられているから、今は聖良ちゃん独り暮らしのはずです」
美波がフォローした。
「あ、でも、おじさんと聖良お姉さん、親子仲はいいんですよ!」
本当に美波は良い子だ。坂上健也の死をまだ引き摺っているだろうに、他の人間を持ち上げるなんて。
「お姉さんはちょくちょく、泊まり込みでおじさんに会いに行っています。掃除がメインらしいですが」
「ああ、慎也さんは放っておくと汚部屋を製造するからなぁ。テレビ局の楽屋もえらいことになってた……」
渚慎也は整理整頓が苦手な人物のようだ。呆れ顔の私に、海児が慌てて取り繕った。
「そんな慎也さんだけど、料理はすっげぇ上手いんだぜ。もうプロ並み!」
この人も良い人だ。
「料理か……」
ティーカップの縁を指でなぞりながら、才がボソッと呟いた。
「坂上さんは料理の最中に襲われたのか、それとも料理をしていた誰かに襲われたのか。どっちでしょうね?」
才以外の全員がギョッとした。その意見はヤバイぞ才。話の流れから、慎也が怪しいと言っているようなものだ。
海児の表情が険しくなった。
「ちょっとキミ、聞き捨てならないな。それどういう意味!?」
ほら~。
「すみません。この子は思ったことすぐ口に出しちゃうんです。決して悪意は無いんです」
海児に睨まれて固まった才を私は助けた。
「それに皆さんの安全を確保する為には、あらゆる可能性を精査する必要が有ると思うんです。不愉快な話題が出るかもしれませんが、どうかご容赦下さい」
「う……」
「そうよあなた。お二人はあなたを心配して来て下さったんだから」
「うん、そうだよな。今日はいろんなこと話し合おうって集まったんだもんな。ごめんな久留須くん、俺単純で」
私と妻の両者から諭された海児は、素直な謝罪の言葉を才に述べた。
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おお、才が悪びれている。少しは対人コミュニケーションを学べたのかな。良い傾向だ。
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