村長奇譚 ~夏祭りの惨劇と少女の亡霊~

水無月礼人

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A型ストーカー(七)

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 次に注目したのは家の前の道路に寝かされている青年と、彼を見つめる男女のグループ。女二人は泣いていた。公民館で会った翠と、もう一人は年齢的に青年の母親だろうか。

「優ちゃん!」

 坂元が駆け寄った。傍には英司も居たので予想はできたが、倒れている青年は田上優一、その人だった。

「健太くん、触らんでくれ。優は頭を殴られてるんだ。揺らしたらいかん」

 田上兄弟の父親らしき人物が坂元を制した。

「殴られたって、赤路さんにか!?」
「そうだ。家に火を点けやがったのを咎めたら、いきなりゴルフクラブを振り回して襲いかかってきたんだ」

 父親があごで、道路に無造作に置かれたゴルフドライバーを指した。まさか赤路は、あれを人に向けてフルスイングしたのか!?

「救急車は!?」
「もうすぐ来るはずだ。たぶん警官と正規の消防士も」
「そいつが悪いんだ!」

 誰かが叫んだ。男達の下敷きになっていた赤路だった。

「娘を殺して、何で普通に生きてるんだ! そいつのせいで妻の心まで壊れた!!」

 馬鹿、もう黙れ、赤路を押さえ付けている男達が注意したが、赤路は拘束から逃れようと尚も暴れた。
 何ということだ、四人の男達の身体がわずかだが持ち上がったのだ。赤路のあの細い身体の何処からそれだけの力が出ているのだろう?
 目を血走らせた赤路の口から呪いの言葉がつむがれた。

「死ねばいい。火に焼かれて一秒でも長く、苦しんでもがいて死ねばいい!」
「ふざけんな!」

 兄弟の父が怒鳴り返した。

「陽菜ちゃんが死んでから、村のみんながどれだけアンタら夫婦に気を遣ってきたか。女房だって優だって、ちょくちょく奥さんの話し相手になってたじゃねーか。それなのに何だよこの仕打ちは!!」

 赤路に殴りかかりそうな勢いの父親を、背後から近付いた坂元が羽交い締めにした。

「手を出しちゃ駄目だ、おじさん」

 赤路は完全に正気を失っていた。殴ってもさとしても、もはや意味の無い状態だった。

「解ってる、解ってるよぉ。でも何でウチがこんな目に遭わなきゃならねーんだ。火ぃ点けられて、優まで……」

 父親は両膝をその場について泣き崩れた。
 優一はぐったりとしてピクリとも動かない。最悪死亡、助かったとしても頭部への大ダメージだ、障害が残るかもしれない。
 群衆の誰もが暗い想像をしてしまったのだろう、場が静まり返った。
 その静寂を切り裂いたのは女の金切り声だった。

「アンタが悪いんだ!」

 翠だった。彼女は涙と鼻水でグシャグシャになった顔を隠そうともせず、ゴルフドライバーに歩み寄ってそれを手に取った。
 桃川が言っていた。翠は優一が好きなのだと。
 ならば翠は、優一を傷付けた赤路を許せないだろう。新たな惨劇が生まれないように、私は赤路の前に立って翠を止めようとした。
 しかし翠はなんと、自分の隣に居た英司に向かって思い切り、凶器のドライバーを振り下ろしたのだった。

「死ねぇ!」
「うわぁ!?」

 英司はきょを突かれながらも、翠からの一撃目を何とかかわした。
 だが尻餅をついた英司に、翠は無慈悲な二撃目を繰り出そうとしていた。

「オマエが……オマエのせいで……」

 どうして? どうして翠は英司に殺意をぶつけるのだ?
 私達にも、おそらく英司本人にもその理由は判っていなかった。

「やめてぇっ!!」

 兄弟の母親の悲鳴が響き、我に返った私がいち早く翠に飛び付いた。坂元が追従し、群衆の中の一人も後に続いた。彼は村人Aとする。

「それから手を放すんだ、翠さん!」
「邪魔するなぁぁ!」

 翠は凄まじい怪力を発揮した。まず翠の背面に居た私がヒップアタックで弾き飛ばされ、次に翠の左側面に居た村人Aが、左手からの水平チョップを胸に喰らって咳込んだ。
 赤路もそうだが翠は興奮状態で、脳のリミッターが外れてしまっていたのだろう。かろうじて坂元が翠の右手に取りすがっていたが、筋肉質な彼すらも翠の腕力に押され気味だった。

「やめろ、何で英ちゃん狙うんだよ? 翠ちゃん、やめろって、おいっ!」
「コイツが、コイツのせいで優一さんまで!」
「ゲホゲホッ。この馬鹿、その物騒なモンをこっちに寄こせ!」

 村人Aが逆襲のモンゴリアンチョップを翠の両肩に叩き込んだ。流石にフラついた翠へ私は再度ダイブした。

「指、指を開くんだ翠さん!」

 暴れる翠に寂しくなった頭髪を何本かむしり取られたが、私は決してひるまなかった。絶対に止めなければならなかった。翠に英司を殺させない為に。
 二分近くに渡る格闘の末、男三人がかりでようやく翠からドライバーを取り上げた。もう皆汗だくだ。私はともかく、若い坂元までもが肩で息をしていた。

「……………………」

 武器を失った翠は戦意も喪失したらしい。うつろな瞳で立ち尽くしていた。

「何でっ……」

 腰を抜かしていた英司が、声を振り絞って翠に抗議した。

「何で俺のせいなんだよ。俺が兄貴の血液型をバラしたせいか!?」

 翠は答えない。

「あれは仕方が無かったんだ。俺は事情を知らなかったんだから!」

 翠の身体は左右に揺れていた。重力の少ない所を漂っているかのように。

「それに兄貴を襲ったのは赤路さんじゃないか。俺は悪くない。そうだろ、俺は何も悪くない!」

 激昂した英司は自己弁護を繰り返した。対する翠は生気のともなわない顔で笑った。それを見て私は戦慄した。公民館での陽菜の姿が、今の翠に重なって見えたのだ。

「英司……」

 翠は英司に向き直った。

「アンタって、本当にどうしようもないヤツね」

 言ったきり、翠は後方に倒れ込んだ。坂元が咄嗟に胸倉を掴んだことで、翠はアスファルトに頭を打ち付けずに済んだ。

「翠ちゃん、おいっ?」
「翠さん!」

 私達の呼びかけに翠の反応は無かった。代わりに遠くから、待ち望んでいたサイレン音が聞こえてきた。
 良かったと、そう思えたのは束の間だった。群衆の中にあの花模様が居たのだ。

 浴衣ゆかたの彼女はこちらを見ていた。他の誰でもなく、この私を見ていた。
 目が合った瞬間、彼女はまたニタリと笑い、そして煙のように消えてしまった。 
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