16 / 25
A型ストーカー(七)
しおりを挟む
次に注目したのは家の前の道路に寝かされている青年と、彼を見つめる男女のグループ。女二人は泣いていた。公民館で会った翠と、もう一人は年齢的に青年の母親だろうか。
「優ちゃん!」
坂元が駆け寄った。傍には英司も居たので予想はできたが、倒れている青年は田上優一、その人だった。
「健太くん、触らんでくれ。優は頭を殴られてるんだ。揺らしたらいかん」
田上兄弟の父親らしき人物が坂元を制した。
「殴られたって、赤路さんにか!?」
「そうだ。家に火を点けやがったのを咎めたら、いきなりゴルフクラブを振り回して襲いかかってきたんだ」
父親が顎で、道路に無造作に置かれたゴルフドライバーを指した。まさか赤路は、あれを人に向けてフルスイングしたのか!?
「救急車は!?」
「もうすぐ来るはずだ。たぶん警官と正規の消防士も」
「そいつが悪いんだ!」
誰かが叫んだ。男達の下敷きになっていた赤路だった。
「娘を殺して、何で普通に生きてるんだ! そいつのせいで妻の心まで壊れた!!」
馬鹿、もう黙れ、赤路を押さえ付けている男達が注意したが、赤路は拘束から逃れようと尚も暴れた。
何ということだ、四人の男達の身体が僅かだが持ち上がったのだ。赤路のあの細い身体の何処からそれだけの力が出ているのだろう?
目を血走らせた赤路の口から呪いの言葉が紡がれた。
「死ねばいい。火に焼かれて一秒でも長く、苦しんでもがいて死ねばいい!」
「ふざけんな!」
兄弟の父が怒鳴り返した。
「陽菜ちゃんが死んでから、村のみんながどれだけアンタら夫婦に気を遣ってきたか。女房だって優だって、ちょくちょく奥さんの話し相手になってたじゃねーか。それなのに何だよこの仕打ちは!!」
赤路に殴りかかりそうな勢いの父親を、背後から近付いた坂元が羽交い締めにした。
「手を出しちゃ駄目だ、おじさん」
赤路は完全に正気を失っていた。殴っても諭しても、もはや意味の無い状態だった。
「解ってる、解ってるよぉ。でも何で家がこんな目に遭わなきゃならねーんだ。火ぃ点けられて、優まで……」
父親は両膝をその場について泣き崩れた。
優一はぐったりとしてピクリとも動かない。最悪死亡、助かったとしても頭部への大ダメージだ、障害が残るかもしれない。
群衆の誰もが暗い想像をしてしまったのだろう、場が静まり返った。
その静寂を切り裂いたのは女の金切り声だった。
「アンタが悪いんだ!」
翠だった。彼女は涙と鼻水でグシャグシャになった顔を隠そうともせず、ゴルフドライバーに歩み寄ってそれを手に取った。
桃川が言っていた。翠は優一が好きなのだと。
ならば翠は、優一を傷付けた赤路を許せないだろう。新たな惨劇が生まれないように、私は赤路の前に立って翠を止めようとした。
しかし翠はなんと、自分の隣に居た英司に向かって思い切り、凶器のドライバーを振り下ろしたのだった。
「死ねぇ!」
「うわぁ!?」
英司は虚を突かれながらも、翠からの一撃目を何とかかわした。
だが尻餅をついた英司に、翠は無慈悲な二撃目を繰り出そうとしていた。
「オマエが……オマエのせいで……」
どうして? どうして翠は英司に殺意をぶつけるのだ?
私達にも、おそらく英司本人にもその理由は判っていなかった。
「やめてぇっ!!」
兄弟の母親の悲鳴が響き、我に返った私がいち早く翠に飛び付いた。坂元が追従し、群衆の中の一人も後に続いた。彼は村人Aとする。
「それから手を放すんだ、翠さん!」
「邪魔するなぁぁ!」
翠は凄まじい怪力を発揮した。まず翠の背面に居た私がヒップアタックで弾き飛ばされ、次に翠の左側面に居た村人Aが、左手からの水平チョップを胸に喰らって咳込んだ。
赤路もそうだが翠は興奮状態で、脳のリミッターが外れてしまっていたのだろう。辛うじて坂元が翠の右手に取り縋っていたが、筋肉質な彼すらも翠の腕力に押され気味だった。
「やめろ、何で英ちゃん狙うんだよ? 翠ちゃん、やめろって、おいっ!」
「コイツが、コイツのせいで優一さんまで!」
「ゲホゲホッ。この馬鹿、その物騒なモンをこっちに寄こせ!」
村人Aが逆襲のモンゴリアンチョップを翠の両肩に叩き込んだ。流石にフラついた翠へ私は再度ダイブした。
「指、指を開くんだ翠さん!」
暴れる翠に寂しくなった頭髪を何本か毟り取られたが、私は決して怯まなかった。絶対に止めなければならなかった。翠に英司を殺させない為に。
二分近くに渡る格闘の末、男三人がかりで漸く翠からドライバーを取り上げた。もう皆汗だくだ。私はともかく、若い坂元までもが肩で息をしていた。
「……………………」
武器を失った翠は戦意も喪失したらしい。虚ろな瞳で立ち尽くしていた。
「何でっ……」
腰を抜かしていた英司が、声を振り絞って翠に抗議した。
「何で俺のせいなんだよ。俺が兄貴の血液型をバラしたせいか!?」
翠は答えない。
「あれは仕方が無かったんだ。俺は事情を知らなかったんだから!」
翠の身体は左右に揺れていた。重力の少ない所を漂っているかのように。
「それに兄貴を襲ったのは赤路さんじゃないか。俺は悪くない。そうだろ、俺は何も悪くない!」
激昂した英司は自己弁護を繰り返した。対する翠は生気の伴わない顔で笑った。それを見て私は戦慄した。公民館での陽菜の姿が、今の翠に重なって見えたのだ。
「英司……」
翠は英司に向き直った。
「アンタって、本当にどうしようもないヤツね」
言ったきり、翠は後方に倒れ込んだ。坂元が咄嗟に胸倉を掴んだことで、翠はアスファルトに頭を打ち付けずに済んだ。
「翠ちゃん、おいっ?」
「翠さん!」
私達の呼びかけに翠の反応は無かった。代わりに遠くから、待ち望んでいたサイレン音が聞こえてきた。
良かったと、そう思えたのは束の間だった。群衆の中にあの花模様が居たのだ。
浴衣の彼女はこちらを見ていた。他の誰でもなく、この私を見ていた。
目が合った瞬間、彼女はまたニタリと笑い、そして煙のように消えてしまった。
「優ちゃん!」
坂元が駆け寄った。傍には英司も居たので予想はできたが、倒れている青年は田上優一、その人だった。
「健太くん、触らんでくれ。優は頭を殴られてるんだ。揺らしたらいかん」
田上兄弟の父親らしき人物が坂元を制した。
「殴られたって、赤路さんにか!?」
「そうだ。家に火を点けやがったのを咎めたら、いきなりゴルフクラブを振り回して襲いかかってきたんだ」
父親が顎で、道路に無造作に置かれたゴルフドライバーを指した。まさか赤路は、あれを人に向けてフルスイングしたのか!?
「救急車は!?」
「もうすぐ来るはずだ。たぶん警官と正規の消防士も」
「そいつが悪いんだ!」
誰かが叫んだ。男達の下敷きになっていた赤路だった。
「娘を殺して、何で普通に生きてるんだ! そいつのせいで妻の心まで壊れた!!」
馬鹿、もう黙れ、赤路を押さえ付けている男達が注意したが、赤路は拘束から逃れようと尚も暴れた。
何ということだ、四人の男達の身体が僅かだが持ち上がったのだ。赤路のあの細い身体の何処からそれだけの力が出ているのだろう?
目を血走らせた赤路の口から呪いの言葉が紡がれた。
「死ねばいい。火に焼かれて一秒でも長く、苦しんでもがいて死ねばいい!」
「ふざけんな!」
兄弟の父が怒鳴り返した。
「陽菜ちゃんが死んでから、村のみんながどれだけアンタら夫婦に気を遣ってきたか。女房だって優だって、ちょくちょく奥さんの話し相手になってたじゃねーか。それなのに何だよこの仕打ちは!!」
赤路に殴りかかりそうな勢いの父親を、背後から近付いた坂元が羽交い締めにした。
「手を出しちゃ駄目だ、おじさん」
赤路は完全に正気を失っていた。殴っても諭しても、もはや意味の無い状態だった。
「解ってる、解ってるよぉ。でも何で家がこんな目に遭わなきゃならねーんだ。火ぃ点けられて、優まで……」
父親は両膝をその場について泣き崩れた。
優一はぐったりとしてピクリとも動かない。最悪死亡、助かったとしても頭部への大ダメージだ、障害が残るかもしれない。
群衆の誰もが暗い想像をしてしまったのだろう、場が静まり返った。
その静寂を切り裂いたのは女の金切り声だった。
「アンタが悪いんだ!」
翠だった。彼女は涙と鼻水でグシャグシャになった顔を隠そうともせず、ゴルフドライバーに歩み寄ってそれを手に取った。
桃川が言っていた。翠は優一が好きなのだと。
ならば翠は、優一を傷付けた赤路を許せないだろう。新たな惨劇が生まれないように、私は赤路の前に立って翠を止めようとした。
しかし翠はなんと、自分の隣に居た英司に向かって思い切り、凶器のドライバーを振り下ろしたのだった。
「死ねぇ!」
「うわぁ!?」
英司は虚を突かれながらも、翠からの一撃目を何とかかわした。
だが尻餅をついた英司に、翠は無慈悲な二撃目を繰り出そうとしていた。
「オマエが……オマエのせいで……」
どうして? どうして翠は英司に殺意をぶつけるのだ?
私達にも、おそらく英司本人にもその理由は判っていなかった。
「やめてぇっ!!」
兄弟の母親の悲鳴が響き、我に返った私がいち早く翠に飛び付いた。坂元が追従し、群衆の中の一人も後に続いた。彼は村人Aとする。
「それから手を放すんだ、翠さん!」
「邪魔するなぁぁ!」
翠は凄まじい怪力を発揮した。まず翠の背面に居た私がヒップアタックで弾き飛ばされ、次に翠の左側面に居た村人Aが、左手からの水平チョップを胸に喰らって咳込んだ。
赤路もそうだが翠は興奮状態で、脳のリミッターが外れてしまっていたのだろう。辛うじて坂元が翠の右手に取り縋っていたが、筋肉質な彼すらも翠の腕力に押され気味だった。
「やめろ、何で英ちゃん狙うんだよ? 翠ちゃん、やめろって、おいっ!」
「コイツが、コイツのせいで優一さんまで!」
「ゲホゲホッ。この馬鹿、その物騒なモンをこっちに寄こせ!」
村人Aが逆襲のモンゴリアンチョップを翠の両肩に叩き込んだ。流石にフラついた翠へ私は再度ダイブした。
「指、指を開くんだ翠さん!」
暴れる翠に寂しくなった頭髪を何本か毟り取られたが、私は決して怯まなかった。絶対に止めなければならなかった。翠に英司を殺させない為に。
二分近くに渡る格闘の末、男三人がかりで漸く翠からドライバーを取り上げた。もう皆汗だくだ。私はともかく、若い坂元までもが肩で息をしていた。
「……………………」
武器を失った翠は戦意も喪失したらしい。虚ろな瞳で立ち尽くしていた。
「何でっ……」
腰を抜かしていた英司が、声を振り絞って翠に抗議した。
「何で俺のせいなんだよ。俺が兄貴の血液型をバラしたせいか!?」
翠は答えない。
「あれは仕方が無かったんだ。俺は事情を知らなかったんだから!」
翠の身体は左右に揺れていた。重力の少ない所を漂っているかのように。
「それに兄貴を襲ったのは赤路さんじゃないか。俺は悪くない。そうだろ、俺は何も悪くない!」
激昂した英司は自己弁護を繰り返した。対する翠は生気の伴わない顔で笑った。それを見て私は戦慄した。公民館での陽菜の姿が、今の翠に重なって見えたのだ。
「英司……」
翠は英司に向き直った。
「アンタって、本当にどうしようもないヤツね」
言ったきり、翠は後方に倒れ込んだ。坂元が咄嗟に胸倉を掴んだことで、翠はアスファルトに頭を打ち付けずに済んだ。
「翠ちゃん、おいっ?」
「翠さん!」
私達の呼びかけに翠の反応は無かった。代わりに遠くから、待ち望んでいたサイレン音が聞こえてきた。
良かったと、そう思えたのは束の間だった。群衆の中にあの花模様が居たのだ。
浴衣の彼女はこちらを見ていた。他の誰でもなく、この私を見ていた。
目が合った瞬間、彼女はまたニタリと笑い、そして煙のように消えてしまった。
1
あなたにおすすめの小説
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)
MisakiNonagase
現代文学
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。
true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。
それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。
これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。
日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。
彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。
※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。
※内部進行完結済みです。毎日連載です。
小さい頃「お嫁さんになる!」と妹系の幼馴染みに言われて、彼女は今もその気でいる!
竜ヶ崎彰
恋愛
「いい加減大人の階段上ってくれ!!」
俺、天道涼太には1つ年下の可愛い幼馴染みがいる。
彼女の名前は下野ルカ。
幼少の頃から俺にベッタリでかつては将来"俺のお嫁さんになる!"なんて事も言っていた。
俺ももう高校生になったと同時にルカは中学3年生。
だけど、ルカはまだ俺のお嫁さんになる!と言っている!
堅物真面目少年と妹系ゆるふわ天然少女による拗らせ系ラブコメ開幕!!
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
貞操逆転世界に転生したのに…男女比一対一って…
美鈴
ファンタジー
俺は隼 豊和(はやぶさ とよかず)。年齢は15歳。今年から高校生になるんだけど、何を隠そう俺には前世の記憶があるんだ。前世の記憶があるということは亡くなって生まれ変わったという事なんだろうけど、生まれ変わった世界はなんと貞操逆転世界だった。これはモテると喜んだのも束の間…その世界の男女比の差は全く無く、男性が優遇される世界ではなかった…寧ろ…。とにかく他にも色々とおかしい、そんな世界で俺にどうしろと!?また誰とも付き合えないのかっ!?そんなお話です…。
※カクヨム様にも投稿しております。内容は異なります。
※イラストはAI生成です
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる