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地潜りの竜(6)
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「すみませんが、どなたか縄を」
エンは後方に居る王国兵士へ視線を移した。その隙を見逃さなかったユーリは右手のクナイをエンへ向けた。
ズドン。
ユーリのクナイがエンに刺さることは無かった。それよりも先に高く振り上げた私の右脚が、背後からユーリの右肩目がけて踵落としを沈めたからである。
ユーリは声も無く床に崩れ落ちて完全に意識を失った。
「うおっ、やるね!」
明るい声で私を称えたマシューとは対照的に、ギルドの仲間達は何とも言えない顔で私を見ていた。
何? 言いたいことが有るならちゃんと口にして欲しい。
「何ですか皆さん。私が勝手に動いたと怒っているんですか?」
ルパートが頭を横に振った。
「いや何か、未来の自分の姿を見たような感覚になって……」
ん? どういうこと?
キース、マキア、アルクナイト、エリアスも続いた。
「痴話喧嘩をしたら確実に僕が負けますね……」
「俺は一撃で不能になりそう」
「誰が小娘をここまで鍛えた」
「あの足技を封じるには長い裾のドレスを着させるべきか……?」
何を言ってるんだろうこの人達は。私は彼らの呟きを無視し、やはり蒼い顔をした兵士から縄を受け取って、エンと一緒にユーリを縛ったのだった。
「胸を撃たれた奴は即死だったようだな。こちらの腹を撃たれた奴にはまだ息が有るが……、臓器を損傷している。日が暮れるまで保たないだろう」
銃で撃たれた男二人の身体を検めたエリアスが見解を述べた。アルクナイトは腹を撃たれた男を指差して確認を取った。
「マシュー、こいつも必要か?」
「まぁ……。情報源は多い方がいいですかね」
「ならば死なない程度にまで回復させよう」
アルクナイトは静かな口調で治療の呪文を唱えた。彼の手から発生した柔らかい光の粒が、腹を負傷した構成員の身体をふんわり包んだ。
「あなたは火に水に、癒しの適性まで有るんですか……」
マシューがアルクナイトの施術に目を丸くしていた。
「マシュー、無事か!?」
コンサートホールから私達の居る舞台袖の部屋へ入ってきたのは、外で待機していたはずのエドガー連隊長だった。
二階からの敵襲を受けたエレ小隊が笛で救援を呼んだ時、エドガー自らが部下と一緒に突入してくれたようだ。エリートでありながら、聖騎士は皆さん勇ましいよね。流石は実力で出世した人達である。
「先輩、援軍ありがとうございます」
「二階に居た奴らは全て片付けたぞ。ボスの座に就けるような威厳を持った奴は見つからなかったが。そちらの首尾はどうだ?」
「二人の幹部を捕らえました。残念ながら首領らしき男にはそこの裏口から逃げられました」
エドガーは開けっ放しの扉へ視線を定めた。
「裏口にはギリアム大隊を配置した。更に建物全体をグラハムさんが指揮するもう一つの連隊が包囲している。首領がいかなる腕の持ち主だろうと、あの人数相手には逃げられんだろう」
「ですよね」
楽観視している現役聖騎士に対し、元聖騎士だったルパートが難しい顔をしていたので私は尋ねた。
「先輩? どうかしました?」
「いや……。扉が開いたおかげで風が通って遠くの気配を探れるようになったんだが、外で騒ぎが起きてねぇんだよ。首領は戦わずに大人しく投降したんかな?」
それを聞いたマシューとエドガーは、顔を見合わせた後にすぐ裏口へ駆けた。私達ギルドメンバーも後に続いた。
扉を抜けて公民館の外へ出ると、そこは多少の広さが在る公園広場のようで、子供用の遊具がポツポツ設置されていた。コンサートホールからけっこうな音が漏れるので、すぐ近くに民家を建てられず公園が造られたのだろう。
公民館の建物から十メートルほど間隔を空けて、ぐるりと取り囲む王国兵士達はみんな整然としていた。とても大捕り物が有った後とは思えない。
兵士の中の一人へエドガーが声をかけた。
「ギリアム! 裏口へ出てきた者はどうなった!?」
ギリアムと呼ばれた兵士は大きな声で明確に、上司へ報告をした。
「こちらには誰も出てきておりません!」
「何だと!? 裏口は開いていたぞ?」
「扉が開き、逃亡者が出てくるかと一度は身構えましたが、誰も出てきませんでした!」
「扉が開いた……だけ?」
私はサァッと血の気が引いた。あの危険な男……首領は何処へ消えたの!?
「みんな、裏口以外に脱出口が無いか探せ!」
ルパートの指示で私達は公民館内のあの部屋へ戻った。壁際の床には何枚も薄汚れた布が落ちている。ここで雑魚寝していた構成員達の寝具だろうと気に留めていなかったのだが。
それらをめくっていくと……ああ、何てことだ!
「先輩、床に扉が在ります!!」
布に隠されていた、人間が一人通れるくらいの小さな扉。しっかりした造りだったが木製だったので軽く、私の力でも簡単に開いた。
そっと覗いた扉の下には暗い穴が在り、そして臭気が漂っていた。
「下水道だ……!」
扉を閉めてからルパートは悔しそうに言った。
「奴らは公民館の地下を掘って、町で利用していた下水道に脱出口を繋げたんだ」
聖職者であったキースが舌打ちした。
「裏口の扉を開けたのは、そちらから逃げたと見せかける為のカモフラージュでしたか。してやられましたね」
偽装工作で裏口の扉を開けに行った一人と、脱出に手間取った一人がアスリーに撃たれた。
そしてユーリは首領を逃がす時間稼ぎをする為に独りで挑んできた。自分が逃げる権利を放棄して。多勢に無勢だ、勝てっこない。彼に待つのは高確率の死であるというのに。それが忍びと言うものなの?
「地下道を用意していたとは。地潜りの竜の名は伊達じゃないってことですね」
マシューが乾いた笑いを見せて、
「くそっ! 師団長に報告してくる」
エドガーが荒れた足取りで立ち去った。
もう首領達は下水道を抜けて、何処かの河川敷に逃れているだろう。そこにはきっと部下と馬が用意されている。私達はまんまと首領の逃亡を許してしまったのだ。
(本拠地まで来たのに。追い詰めたのに……)
落胆しかけたが、私は気を取り直した。
縛られた状態で床に寝かされたユーリ。彼を優しい視線で見守るエン。
この義兄弟が救われる道だけは、ギリギリ繋げることができたのだから。
エンは後方に居る王国兵士へ視線を移した。その隙を見逃さなかったユーリは右手のクナイをエンへ向けた。
ズドン。
ユーリのクナイがエンに刺さることは無かった。それよりも先に高く振り上げた私の右脚が、背後からユーリの右肩目がけて踵落としを沈めたからである。
ユーリは声も無く床に崩れ落ちて完全に意識を失った。
「うおっ、やるね!」
明るい声で私を称えたマシューとは対照的に、ギルドの仲間達は何とも言えない顔で私を見ていた。
何? 言いたいことが有るならちゃんと口にして欲しい。
「何ですか皆さん。私が勝手に動いたと怒っているんですか?」
ルパートが頭を横に振った。
「いや何か、未来の自分の姿を見たような感覚になって……」
ん? どういうこと?
キース、マキア、アルクナイト、エリアスも続いた。
「痴話喧嘩をしたら確実に僕が負けますね……」
「俺は一撃で不能になりそう」
「誰が小娘をここまで鍛えた」
「あの足技を封じるには長い裾のドレスを着させるべきか……?」
何を言ってるんだろうこの人達は。私は彼らの呟きを無視し、やはり蒼い顔をした兵士から縄を受け取って、エンと一緒にユーリを縛ったのだった。
「胸を撃たれた奴は即死だったようだな。こちらの腹を撃たれた奴にはまだ息が有るが……、臓器を損傷している。日が暮れるまで保たないだろう」
銃で撃たれた男二人の身体を検めたエリアスが見解を述べた。アルクナイトは腹を撃たれた男を指差して確認を取った。
「マシュー、こいつも必要か?」
「まぁ……。情報源は多い方がいいですかね」
「ならば死なない程度にまで回復させよう」
アルクナイトは静かな口調で治療の呪文を唱えた。彼の手から発生した柔らかい光の粒が、腹を負傷した構成員の身体をふんわり包んだ。
「あなたは火に水に、癒しの適性まで有るんですか……」
マシューがアルクナイトの施術に目を丸くしていた。
「マシュー、無事か!?」
コンサートホールから私達の居る舞台袖の部屋へ入ってきたのは、外で待機していたはずのエドガー連隊長だった。
二階からの敵襲を受けたエレ小隊が笛で救援を呼んだ時、エドガー自らが部下と一緒に突入してくれたようだ。エリートでありながら、聖騎士は皆さん勇ましいよね。流石は実力で出世した人達である。
「先輩、援軍ありがとうございます」
「二階に居た奴らは全て片付けたぞ。ボスの座に就けるような威厳を持った奴は見つからなかったが。そちらの首尾はどうだ?」
「二人の幹部を捕らえました。残念ながら首領らしき男にはそこの裏口から逃げられました」
エドガーは開けっ放しの扉へ視線を定めた。
「裏口にはギリアム大隊を配置した。更に建物全体をグラハムさんが指揮するもう一つの連隊が包囲している。首領がいかなる腕の持ち主だろうと、あの人数相手には逃げられんだろう」
「ですよね」
楽観視している現役聖騎士に対し、元聖騎士だったルパートが難しい顔をしていたので私は尋ねた。
「先輩? どうかしました?」
「いや……。扉が開いたおかげで風が通って遠くの気配を探れるようになったんだが、外で騒ぎが起きてねぇんだよ。首領は戦わずに大人しく投降したんかな?」
それを聞いたマシューとエドガーは、顔を見合わせた後にすぐ裏口へ駆けた。私達ギルドメンバーも後に続いた。
扉を抜けて公民館の外へ出ると、そこは多少の広さが在る公園広場のようで、子供用の遊具がポツポツ設置されていた。コンサートホールからけっこうな音が漏れるので、すぐ近くに民家を建てられず公園が造られたのだろう。
公民館の建物から十メートルほど間隔を空けて、ぐるりと取り囲む王国兵士達はみんな整然としていた。とても大捕り物が有った後とは思えない。
兵士の中の一人へエドガーが声をかけた。
「ギリアム! 裏口へ出てきた者はどうなった!?」
ギリアムと呼ばれた兵士は大きな声で明確に、上司へ報告をした。
「こちらには誰も出てきておりません!」
「何だと!? 裏口は開いていたぞ?」
「扉が開き、逃亡者が出てくるかと一度は身構えましたが、誰も出てきませんでした!」
「扉が開いた……だけ?」
私はサァッと血の気が引いた。あの危険な男……首領は何処へ消えたの!?
「みんな、裏口以外に脱出口が無いか探せ!」
ルパートの指示で私達は公民館内のあの部屋へ戻った。壁際の床には何枚も薄汚れた布が落ちている。ここで雑魚寝していた構成員達の寝具だろうと気に留めていなかったのだが。
それらをめくっていくと……ああ、何てことだ!
「先輩、床に扉が在ります!!」
布に隠されていた、人間が一人通れるくらいの小さな扉。しっかりした造りだったが木製だったので軽く、私の力でも簡単に開いた。
そっと覗いた扉の下には暗い穴が在り、そして臭気が漂っていた。
「下水道だ……!」
扉を閉めてからルパートは悔しそうに言った。
「奴らは公民館の地下を掘って、町で利用していた下水道に脱出口を繋げたんだ」
聖職者であったキースが舌打ちした。
「裏口の扉を開けたのは、そちらから逃げたと見せかける為のカモフラージュでしたか。してやられましたね」
偽装工作で裏口の扉を開けに行った一人と、脱出に手間取った一人がアスリーに撃たれた。
そしてユーリは首領を逃がす時間稼ぎをする為に独りで挑んできた。自分が逃げる権利を放棄して。多勢に無勢だ、勝てっこない。彼に待つのは高確率の死であるというのに。それが忍びと言うものなの?
「地下道を用意していたとは。地潜りの竜の名は伊達じゃないってことですね」
マシューが乾いた笑いを見せて、
「くそっ! 師団長に報告してくる」
エドガーが荒れた足取りで立ち去った。
もう首領達は下水道を抜けて、何処かの河川敷に逃れているだろう。そこにはきっと部下と馬が用意されている。私達はまんまと首領の逃亡を許してしまったのだ。
(本拠地まで来たのに。追い詰めたのに……)
落胆しかけたが、私は気を取り直した。
縛られた状態で床に寝かされたユーリ。彼を優しい視線で見守るエン。
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