ギルド回収人は勇者をも背負う ~ボロ雑巾のようになった冒険者をおんぶしたら惚れられた~

水無月礼人

文字の大きさ
140 / 257

地潜りの竜(6)

しおりを挟む
「すみませんが、どなたか縄を」

 エンは後方に居る王国兵士へ視線を移した。その隙を見逃さなかったユーリは右手のクナイをエンへ向けた。

 ズドン。

 ユーリのクナイがエンに刺さることは無かった。それよりも先に高く振り上げた私の右脚が、背後からユーリの右肩目がけてかかと落としを沈めたからである。
 ユーリは声も無く床に崩れ落ちて完全に意識を失った。

「うおっ、やるね!」

 明るい声で私を称えたマシューとは対照的に、ギルドの仲間達は何とも言えない顔で私を見ていた。
 何? 言いたいことが有るならちゃんと口にして欲しい。

「何ですか皆さん。私が勝手に動いたと怒っているんですか?」

 ルパートが頭を横に振った。

「いや何か、未来の自分の姿を見たような感覚になって……」

 ん? どういうこと?
 キース、マキア、アルクナイト、エリアスも続いた。

「痴話喧嘩をしたら確実に僕が負けますね……」
「俺は一撃で不能になりそう」
「誰が小娘をここまで鍛えた」
「あの足技を封じるには長い裾のドレスを着させるべきか……?」

 何を言ってるんだろうこの人達は。私は彼らの呟きを無視し、やはり蒼い顔をした兵士から縄を受け取って、エンと一緒にユーリを縛ったのだった。

「胸を撃たれた奴は即死だったようだな。こちらの腹を撃たれた奴にはまだ息が有るが……、臓器を損傷している。日が暮れるまでたないだろう」

 銃で撃たれた男二人の身体をあらためたエリアスが見解を述べた。アルクナイトは腹を撃たれた男を指差して確認を取った。

「マシュー、こいつも必要か?」
「まぁ……。情報源は多い方がいいですかね」
「ならば死なない程度にまで回復させよう」

 アルクナイトは静かな口調で治療の呪文を唱えた。彼の手から発生した柔らかい光の粒が、腹を負傷した構成員の身体をふんわり包んだ。

「あなたは火に水に、癒しの適性まで有るんですか……」

 マシューがアルクナイトの施術に目を丸くしていた。

「マシュー、無事か!?」

 コンサートホールから私達の居る舞台袖の部屋へ入ってきたのは、外で待機していたはずのエドガー連隊長だった。
 二階からの敵襲を受けたエレ小隊が笛で救援を呼んだ時、エドガー自らが部下と一緒に突入してくれたようだ。エリートでありながら、聖騎士は皆さん勇ましいよね。流石は実力で出世した人達である。

「先輩、援軍ありがとうございます」
「二階に居た奴らは全て片付けたぞ。ボスの座に就けるような威厳を持った奴は見つからなかったが。そちらの首尾はどうだ?」
「二人の幹部を捕らえました。残念ながら首領らしき男にはそこの裏口から逃げられました」

 エドガーは開けっ放しの扉へ視線を定めた。

「裏口にはギリアム大隊を配置した。更に建物全体をグラハムさんが指揮するもう一つの連隊が包囲している。首領がいかなる腕の持ち主だろうと、あの人数相手には逃げられんだろう」
「ですよね」

 楽観視している現役聖騎士に対し、元聖騎士だったルパートが難しい顔をしていたので私は尋ねた。

「先輩? どうかしました?」
「いや……。扉が開いたおかげで風が通って遠くの気配を探れるようになったんだが、外で騒ぎが起きてねぇんだよ。首領は戦わずに大人しく投降したんかな?」

 それを聞いたマシューとエドガーは、顔を見合わせた後にすぐ裏口へ駆けた。私達ギルドメンバーも後に続いた。
 扉を抜けて公民館の外へ出ると、そこは多少の広さが在る公園広場のようで、子供用の遊具がポツポツ設置されていた。コンサートホールからけっこうな音が漏れるので、すぐ近くに民家を建てられず公園が造られたのだろう。
 公民館の建物から十メートルほど間隔を空けて、ぐるりと取り囲む王国兵士達はみんな整然としていた。とても大捕り物が有った後とは思えない。
 兵士の中の一人へエドガーが声をかけた。

「ギリアム! 裏口へ出てきた者はどうなった!?」

 ギリアムと呼ばれた兵士は大きな声で明確に、上司へ報告をした。

「こちらには誰も出てきておりません!」
「何だと!? 裏口は開いていたぞ?」
「扉が開き、逃亡者が出てくるかと一度は身構えましたが、誰も出てきませんでした!」
「扉が開いた……だけ?」

 私はサァッと血の気が引いた。あの危険な男……首領は何処へ消えたの!?

「みんな、裏口以外に脱出口が無いか探せ!」

 ルパートの指示で私達は公民館内のあの部屋へ戻った。壁際の床には何枚も薄汚れた布が落ちている。ここで雑魚寝していた構成員達の寝具だろうと気に留めていなかったのだが。
 それらをめくっていくと……ああ、何てことだ!

「先輩、床に扉が在ります!!」

 布に隠されていた、人間が一人通れるくらいの小さな扉。しっかりした造りだったが木製だったので軽く、私の力でも簡単に開いた。
 そっと覗いた扉の下には暗い穴が在り、そして臭気が漂っていた。

「下水道だ……!」

 扉を閉めてからルパートは悔しそうに言った。

「奴らは公民館の地下を掘って、町で利用していた下水道に脱出口を繋げたんだ」

 聖職者であったキースが舌打ちした。

「裏口の扉を開けたのは、そちらから逃げたと見せかける為のカモフラージュでしたか。してやられましたね」

 偽装工作で裏口の扉を開けに行った一人と、脱出に手間取った一人がアスリーに撃たれた。
 そしてユーリは首領を逃がす時間稼ぎをする為に独りで挑んできた。自分が逃げる権利を放棄して。多勢に無勢だ、勝てっこない。彼に待つのは高確率の死であるというのに。それが忍びと言うものなの?

「地下道を用意していたとは。地潜りの竜アンダー・ドラゴンの名は伊達じゃないってことですね」

 マシューが乾いた笑いを見せて、

「くそっ! 師団長に報告してくる」

 エドガーが荒れた足取りで立ち去った。
 もう首領達は下水道を抜けて、何処かの河川敷に逃れているだろう。そこにはきっと部下と馬が用意されている。私達はまんまと首領の逃亡を許してしまったのだ。

(本拠地まで来たのに。追い詰めたのに……)

 落胆しかけたが、私は気を取り直した。
 縛られた状態で床に寝かされたユーリ。彼を優しい視線で見守るエン。
 この義兄弟が救われる道だけは、ギリギリ繋げることができたのだから。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。 けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、 やがて――“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※本作の章構成:  第一章:アカデミー&聖女覚醒編  第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編  第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編 ※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

オネエ伯爵、幼女を拾う。~実はこの子、逃げてきた聖女らしい~

雪丸
ファンタジー
アタシ、アドルディ・レッドフォード伯爵。 突然だけど今の状況を説明するわ。幼女を拾ったの。 多分年齢は6~8歳くらいの子。屋敷の前にボロ雑巾が落ちてると思ったらびっくり!人だったの。 死んでる?と思ってその辺りに落ちている木で突いたら、息をしていたから屋敷に運んで手当てをしたのよ。 「道端で倒れていた私を助け、手当を施したその所業。賞賛に値します。(盛大なキャラ作り中)」 んま~~~尊大だし図々しいし可愛くないわ~~~!! でも聖女様だから変な扱いもできないわ~~~!! これからアタシ、どうなっちゃうのかしら…。 な、ラブコメ&ファンタジーです。恋の進展はスローペースです。 小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。(敬称略)

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

異世界転生してしまった。どうせ死ぬのに。

あんど もあ
ファンタジー
好きな人と結婚して初めてのクリスマスに事故で亡くなった私。異世界に転生したけど、どうせ死ぬなら幸せになんてなりたくない。そう思って生きてきたのだけど……。

猫なので、もう働きません。

具なっしー
恋愛
不老不死が実現した日本。600歳まで社畜として働き続けた私、佐々木ひまり。 やっと安楽死できると思ったら――普通に苦しいし、目が覚めたら猫になっていた!? しかもここは女性が極端に少ない世界。 イケオジ貴族に拾われ、猫幼女として溺愛される日々が始まる。 「もう頑張らない」って決めたのに、また頑張っちゃう私……。 これは、社畜上がりの猫幼女が“だらだらしながら溺愛される”物語。 ※表紙はAI画像です

没落した建築系お嬢様の優雅なスローライフ~地方でモフモフと楽しい仲間とのんびり楽しく生きます~

土偶の友
ファンタジー
優雅な貴族令嬢を目指していたクレア・フィレイア。 しかし、15歳の誕生日を前に両親から没落を宣言されてしまう。 そのショックで日本の知識を思いだし、ブラック企業で働いていた記憶からスローライフをしたいと気付いた。 両親に勧められた場所に逃げ、そこで楽しいモフモフの仲間と家を建てる。 女の子たちと出会い仲良くなって一緒に住む、のんびり緩い異世界生活。

無事にバッドエンドは回避できたので、これからは自由に楽しく生きていきます。

木山楽斗
恋愛
悪役令嬢ラナトゥーリ・ウェルリグルに転生した私は、無事にゲームのエンディングである魔法学校の卒業式の日を迎えていた。 本来であれば、ラナトゥーリはこの時点で断罪されており、良くて国外追放になっているのだが、私は大人しく生活を送ったおかげでそれを回避することができていた。 しかしながら、思い返してみると私の今までの人生というものは、それ程面白いものではなかったように感じられる。 特に友達も作らず勉強ばかりしてきたこの人生は、悪いとは言えないが少々彩りに欠けているような気がしたのだ。 せっかく掴んだ二度目の人生を、このまま終わらせていいはずはない。 そう思った私は、これからの人生を楽しいものにすることを決意した。 幸いにも、私はそれ程貴族としてのしがらみに縛られている訳でもない。多少のわがままも許してもらえるはずだ。 こうして私は、改めてゲームの世界で新たな人生を送る決意をするのだった。 ※一部キャラクターの名前を変更しました。(リウェルド→リベルト)

処理中です...