ギルド回収人は勇者をも背負う ~ボロ雑巾のようになった冒険者をおんぶしたら惚れられた~

水無月礼人

文字の大きさ
161 / 291

不安定なこの世界(3)

しおりを挟む
「アル?」

 私の呼びかけに、彼はもう一度頭を左右に振った。

「……おまえの見た夢が神の記憶なのだとしたら、この世界は奴が書いた小説の中だということになる」
「うん……」

 自分達が小説の登場人物だった。驚きの展開だ。

「ショックだよね。自分の人生が誰かに用意されたものだったなんて。でも神の御業みわざは人間達には計り知れないと言うし、そういうものだと思って納得するしかないのかな?」

 しかしアルクナイトは吐き捨てるように言った。

「納得などできるか」

 彼は忌々しそうに顔を歪めた。

「覚えているか? 前回見た神の夢を」
「前回?」

 私はアルクナイトの迫力に押されながら、以前見た夢について必死に思い返してみた。

「前回の夢は……、確か時間のループを破ったすぐ後に見たんだよね?」

 何てことをしたの!と、神である少女に酷く怒られた記憶が蘇った。

「そうだ。おまえだけではなく俺達全員が神の言葉を聞いた」
「ええと、ループと一緒に神の防御障壁からも抜けてしまったから、これからは危険だとかそんな感じの内容だったような」
「ああ。重要なのはそれより前の部分だ」

 前? 何だっけ。思い出す前にアルクナイトが解答を示した。

「神は言っていた。だったと。十日間だけが防御障壁に護られていたとも」
「ああ、そんなことを言っていたね。その十日間がループしていたんだったよね」

 神が造り出し護っていた十日間。その期間中は私の身の安全が保証されていた。

「……………………」
「アル?」
「気づかないのか?」

 しかめっつらのアルクナイトは、私が見落としていた恐ろしい真実を告げた。

「俺達は神が創作した、十日間の物語の登場人物なんだ。つまり、それより前には存在していない」
「!?」

 私は目をまたたいた。

「え? 存在していない……?」

 そんなはずはない。だって彼は……。

「あなた482歳じゃない。ずっと存在していたでしょう? 私達が生まれる前から長くこの世界に」
「どうだかな」
「だって私は、あなたが起こした三百年前の戦争を学校で習ったよ?」
「知識としてなら……存在しているのだろうな」

 私はアルクナイトの言っている意味が解らなかった。目の前の魔王のことは私だけではなく、国中の者が子供の頃に大人から聞かされて育つ。

「設定だよ」

 アルクナイトは、怒りとも悲しみとも判断がつかない表情で私に言った。

「おまえの好きな恋愛小説にも、登場人物の紹介欄に細かい設定が書かれているだろう? あれと一緒だ」
「えっ……。設定ってヒロイン18歳、下町の少女で歌が得意とか、そういうやつ?」
「そうだ。俺達もそうなんだ。魔王アルクナイト、過去に人類と戦った天才魔術師。そういった設定を俺達に刷り込んだ上で、神はあの十日間の物語を展開させたんだ」
「は…………?」
「俺達は物語を彩る為に用意された……こまなんだよ」

 私は無理に笑った。

「いやいやいや。流石にそれは無い。こまだなんてそんな。神様の干渉を受ける世界だとしても、私達を産んでくれたのは人間のお母さんでしょう? あなただって」
「……………………」

 見開いた目が凄いスピードで乾いていく。ガクッと膝から力が抜けそうになった。駄目だ踏ん張れ。昨日みたいに倒れている場合じゃない。でも心臓がバクバク鳴っている。

「嘘だよね?」

 否定してよ。設定なんて、そんな馬鹿げたこと。

「私……今年で25歳になったんだよ?」
「……………………」
「でも本当は、生まれてまだ一ヶ月も経ってないの?」

 彼の言うことが正しいのならそういうことになる。年上のエリアスやルービック師団長ですら誕生したばかりだ。みんな同じ時期に神によって造り出されたキャラクターなんだ。
 右側頭部に偏頭痛が起きた。チクチクした痛みが思考の邪魔をした。
 アルクナイトは溜め息交じりに述べた。

「少なくとも十日間を十七周はしている。体感時間では何ヶ月か経っている」 
「だけどあの十日間を繰り返しただけなんだよね? もう成人している状態の私達で」
「……………………」
「私が持っている故郷で過ごした子供の頃の記憶は……。家族のことも、全部が全部設定だったの? 私には本当は家族が居ないの!?」
「小娘」
「ルパート先輩は親友と恋人の裏切りに遭って……、キース先輩は魅了の瞳のせいで長く苦しんで……。あれもそれも、全部神様が定めた設定だったの!? マキアとエンが毎回死んじゃうことも!!」

 小説は重い設定の物語の方が読みごたえが有ったりする。登場人物が苦労した分だけハッピーエンドが盛り上がるから、作者は前半部分をハードな内容にしがちだ。でもそれはあくまでも暇つぶしの物語。実在する人間の歴史じゃない。

「ロウィー」

 アルクナイトは興奮した私をそっと抱きしめた。秘密の愛称と共に。

「落ち着け、大丈夫だ」

 そして私の背中を軽くトントンと叩いた。赤ん坊を寝かしつける親のように。

「でも……。今まで信じてきたものがただの設定だとしたら……私」

 今すぐ故郷のエザリの村に帰ったとして、はたして私は両親や姉に会えるのだろうか?

「心配するな。おまえには元賢者の魔王がついているんだ。大抵の物事は力技で何とかなる」

 私を安心させようとアルクナイトは軽口を叩く。だけどいつもの精彩さが足りていなかった。
 ……当然だ。アルクナイトは五百年近く生きてきた記憶を持っているんだ。たかが二十五年の私とは桁が違う。
 人類と敵対した魔王でありながら、子供だったエリアスとうっかり情を交わして親友になってしまったお人好し。人の世の平和な未来を築く為に、たった独りでかつての配下である魔物の軍勢を抑えようとしてくれた。
 それら行動の原理となった彼の心の葛藤が、全て神によって刷り込まれた情報だったなんて。簡単に受け入れられる訳がない。

 アルクナイトがそうしてくれているように、私も彼を抱きしめた。
 大木の陰で私達はしばらく寄り添っていた。お互いの気持ちが落ち着くことを祈って。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転生したら、実家が養鶏場から養コカトリス場にかわり、知らない牧場経営型乙女ゲームがはじまりました

空飛ぶひよこ
恋愛
実家の養鶏場を手伝いながら育ち、後継ぎになることを夢見ていていた梨花。 結局、できちゃった婚を果たした元ヤンの兄(改心済)が後を継ぐことになり、進路に迷っていた矢先、運悪く事故死してしまう。 転生した先は、ゲームのようなファンタジーな世界。 しかし、実家は養鶏場ならぬ、養コカトリス場だった……! 「やった! 今度こそ跡継ぎ……え? 姉さんが婿を取って、跡を継ぐ?」 農家の後継不足が心配される昨今。何故私の周りばかり、後継に恵まれているのか……。 「勤労意欲溢れる素敵なお嬢さん。そんな貴女に御朗報です。新規国営牧場のオーナーになってみませんか? ーー条件は、ただ一つ。牧場でドラゴンの卵も一緒に育てることです」 ーーそして謎の牧場経営型乙女ゲームが始まった。(解せない)

王宮侍女は穴に落ちる

斑猫
恋愛
婚約破棄されたうえ養家を追い出された アニエスは王宮で運良く職を得る。 呪われた王女と呼ばれるエリザベ―ト付き の侍女として。 忙しく働く毎日にやりがいを感じていた。 ところが、ある日ちょっとした諍いから 突き飛ばされて怪しい穴に落ちてしまう。 ちょっと、とぼけた主人公が足フェチな 俺様系騎士団長にいじめ……いや、溺愛され るお話です。

英雄の番が名乗るまで

長野 雪
恋愛
突然発生した魔物の大侵攻。西の果てから始まったそれは、いくつもの集落どころか国すら飲みこみ、世界中の国々が人種・宗教を越えて協力し、とうとう終息を迎えた。魔物の駆逐・殲滅に目覚ましい活躍を見せた5人は吟遊詩人によって「五英傑」と謳われ、これから彼らの活躍は英雄譚として広く知られていくのであろう。 大侵攻の終息を祝う宴の最中、己の番《つがい》の気配を感じた五英傑の一人、竜人フィルは見つけ出した途端、気を失ってしまった彼女に対し、番の誓約を行おうとするが失敗に終わる。番と己の寿命を等しくするため、何より番を手元に置き続けるためにフィルにとっては重要な誓約がどうして失敗したのか分からないものの、とにかく庇護したいフィルと、ぐいぐい溺愛モードに入ろうとする彼に一歩距離を置いてしまう番の女性との一進一退のおはなし。 ※小説家になろうにも投稿

異世界に喚ばれた私は二人の騎士から逃げられない

紅子
恋愛
異世界に召喚された・・・・。そんな馬鹿げた話が自分に起こるとは思わなかった。不可抗力。女性の極めて少ないこの世界で、誰から見ても外見中身とも極上な騎士二人に捕まった私は山も谷もない甘々生活にどっぷりと浸かっている。私を押し退けて自分から飛び込んできたお花畑ちゃんも素敵な人に出会えるといいね・・・・。 完結済み。全19話。 毎日00:00に更新します。 R15は、念のため。 自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)

異世界に落ちて、溺愛されました。

恋愛
満月の月明かりの中、自宅への帰り道に、穴に落ちた私。 落ちた先は異世界。そこで、私を番と話す人に溺愛されました。

ご褒美人生~転生した私の溺愛な?日常~

紅子
恋愛
魂の修行を終えた私は、ご褒美に神様から丈夫な身体をもらい最後の転生しました。公爵令嬢に生まれ落ち、素敵な仮婚約者もできました。家族や仮婚約者から溺愛されて、幸せです。ですけど、神様。私、お願いしましたよね?寿命をベッドの上で迎えるような普通の目立たない人生を送りたいと。やりすぎですよ💢神様。 毎週火・金曜日00:00に更新します。→完結済みです。毎日更新に変更します。 R15は、念のため。 自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)

転生したら乙女ゲームの主人公の友達になったんですが、なぜか私がモテてるんですが?

山下小枝子
恋愛
田舎に住むごく普通のアラサー社畜の私は車で帰宅中に、 飛び出してきた猫かたぬきを避けようとしてトラックにぶつかりお陀仏したらしく、 気付くと、最近ハマっていた乙女ゲームの世界の『主人公の友達』に転生していたんだけど、 まぁ、友達でも二次元女子高生になれたし、 推しキャラやイケメンキャラやイケオジも見れるし!楽しく過ごそう!と、 思ってたらなぜか主人公を押し退け、 攻略対象キャラからモテまくる事態に・・・・ ちょ、え、これどうしたらいいの!!!嬉しいけど!!!

召喚とか聖女とか、どうでもいいけど人の都合考えたことある?

浅海 景
恋愛
水谷 瑛莉桂(みずたに えりか)の目標は堅実な人生を送ること。その一歩となる社会人生活を踏み出した途端に異世界に召喚されてしまう。召喚成功に湧く周囲をよそに瑛莉桂は思った。 「聖女とか絶対ブラックだろう!断固拒否させてもらうから!」 ナルシストな王太子や欲深い神官長、腹黒騎士などを相手に主人公が幸せを勝ち取るため奮闘する物語です。

処理中です...