姉は女王様

朝霧麗羅

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男の子から 女の子へ やがて女へ

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 最愛の姉の手で女の子へと変貌させられることは私にとってこの上ない喜びであった。
 私はそれまでの人生において最高の幸福を感じていた。
 16歳にして私は官能の喜びを十二分に味わった。
 下着からアウターに至るまで女のオシャレをして女になることは楽しかった。
 しかし……姉による私の女性化はもっと深い地点を目指していた。
 私はすべての仕草を女の子らしくするように命令された。
 女の子になり切るよう私は躾けられた。
 それはワクワクし、楽しいものであったが、厳しくもあった。
  
 女の子らしい仕草を身に着けるトレーニングをする際、私はブラジャーとショーツのみの格好をさせられた。
 そして姉の手にはなんと、乗馬鞭が握られていた。
 それは私が彼女の思い描いた通りの仕草ができない時や私の集中力が途切れた時などに私を叩いて罰するためであった。
 もちろんSMプレイにおいてある程度の経験を経たM男に用いられる乗馬鞭を姉が強く叩くことはなかった。
 なぜ私を躾けるために初美姉は乗馬鞭を使ったのか。
 それは初心者用であるバラ鞭を使うと動きが大きくなり、私の粗相や不注意をすかさず罰するには適していないからである。
 手加減さえすれば、乗馬鞭は家庭での細かい躾に適していたのである。
 それにしても姉に鞭打たれて躾けられるのはつらい、というより恥ずかしかった。
 鞭打ちという大人の男女の卑猥なプレイを姉にされるのは恥ずかしいことであった。

 確かに私は初美姉に怖ろしいくらい叩かれたり叱られたりして来た。
 肛門に大きな指を突っ込まれたりした。
 肛門の臭いを嗅がされたり咀嚼したご飯を食べさせられたりおしっこを飲まされたりした。
 とはいえそれらはいかに非常識に見えたとしても、仲の良い姉弟の間でのちょっと過激な触れ合いであった。
 しかしSMプレイで用いられる鞭という淫靡な道具を姉が使って私を躾ける(調教)するという行為は大人の性的な行為という趣が感じられ、私は血のつながった姉に鞭で打たれるのが恥ずかしくそして照れくさくもあった。
 初美姉による鞭打ちは私にとって、生まれて初めての本格的な性的行為であった。
 ということは、私は近親相姦のような気まずさを感じていたのである。

 大人の卑猥さを教えれら、また女性化の躾を受け、私の少年時代はこの日幕を閉じた。
 姉の手で私は子ども時代を終えたが、男になったのではなかった。
 女の子になったのである。
 女になったのである。
 姉のひと鞭ひと鞭が私の脳を痺れさせて、私は自分の性別を忘れるよう導かれた。
 ちなみにこの日私が下着姿にさせられたのは、鞭で打たれる恐怖が増すことを狙ってのことだと思う。
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