姉は女王様

朝霧麗羅

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姉弟の新生活

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 15歳になり学校を出てから、私の女性化は急速に進められた。
 家に居る時はブラジャーとショーツそしてソックスとワンピースといういで立ちで過ごすことになった。
 6月に入ると、靴下もワンピも脱がされ、ブラとショーツだけで過ごすようになった。
 姉の家は一人暮らしという建前だったので、私は来訪者に対応しなくてもよく、ずっと女の子の格好をして過ごせた。
 やがて買い物などの外出の時も女の子の格好をするように姉に命じられた。
 私の女装に気づく者もいたが、気づかない人の方が多かった。
 男よりも女の方が私の女装に気づくことが多かった。
 私は下着などの婦人服売り場にも堂々と入ることができた。
 私のための可愛い下着に混じって姉のセクシーな大きいランジェリーを平然と買うことができるのは楽しかった。
 さすがに美術教室には男の格好で通ったが、男の格好で外出するのは却って刺激的だった。
 小学校に上がる前の小さな子どもから主婦や中高年の日曜画家まで様々な年齢の人が教室に通っていた。
 その中で私は不本意ながら、子どもの部類に入れられていた。
 高校1年になったとはいえ身長は160センチに届かず、幼い顔つきをしていたからである。 
 
 家で一人でするデッサンの対象は果物や野菜や花などであったが、やがて姉のアイデアで彼女のパンプスや衣類も対象になった。
 姉のハイヒールパンプスは見事な大きさであり、迫力があった。
 デッサンのし甲斐があった。
 しかし婦人靴は独特の曲線で構成されていて、なかなか形を取るのが難しかった。
 ざっとした作りの紳士靴とはデザインの精妙さがまったく違っていた。 
 女性の足の形の微妙な美しさを表現するのが婦人靴のデザインの基本思想だった。
 SMクラブから帰って来た姉にパンプスのデッサンを見せると、彼女はいつも上機嫌だった。
 彼女は私のデッサンの未熟を見破ったであろうが、私が彼女の靴を一心に表現しようとしたことは十分に伝わったからである。
 姉のブラジャーをデッサンにしたことがあるが、複雑な形には苦労した。
 スリップは艶めかしい生地を表現するのが難しかった。
 ある日私は勇気を出して、彼女の使用済みパンティのデッサンをしても良いかと聞いたことがある。
 姉は怖い顔をして「なぜそんな物を描く必要があるのよ」と語気を強めた。
「初美お姉様の崇高なお身体から出た分泌物に染まったパンティは美しい一つの芸術作品だからです」と私は答えた。
 姉はしょうがないわねという表情をみせたが、楽しそうに言った、
「お前がそんなに私のことを崇拝しているなら、お姉ちゃんを好きなら、好きにしなさい」
 さらに彼女は提案した。
 それは時間が取れたなら、彼女の身体を間近に見てデッサンすることだった。
 
 
 
 
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